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4 日常回①

 当たり前ではあるが。命の遣り取りとは、私を疲弊させるには充分過ぎる代物であった。改造人間ではあっても、戦いはずぶの素人である私だった。だから、外行きの準備をする光司郎に対して、私は限りなく調子の悪そうな声色で以て嘆願した。


「申し訳ありません、今日の巡回は勘弁して頂けますか……」


 果たして。私の申し出は受理された。そういうわけで、みどりとの戦闘が勃発した翌日である今日、私は家の中でぐうたらすることに決めた。話の流れとしては一向に万々歳であるが。ひとつ問題があるとすれば、本日は日曜日であり、改造人間捜しという予定を失った光司郎もまた、家の中にいるということだ。

 この部屋は光司郎の持ち物なので文句を言えようはずもない。……それでも、ちょっとばかし居心地の悪さは否めない。普段の日中であれば大学やらバイトやらで彼は家を空けている。こうして共にお休みを過ごすのは初めての事態であるのだから。


 朝食まではよかった。起き抜けの身嗜みを整えて、簡単な朝食を拵え、二人で食べて。やることやっているうちは気にならなかったのだが……。


「あのう……何されてるんです……?」


 光司郎は、何をするでもなく。部屋の片隅にて、壁に背を預け片膝を立てた姿勢で腰を下ろしている。尋ねれば、閉じられていた瞼が開いてこちらを向いた。


「……? 見ての通り、体を休めている」


至極当然といったふうな物言いだった。むしろこちらが常識知らずみたいな空気を出しているが……。そんな雑誌の一面飾ってそうなポーズでお休みするやつがあるのか。


「そ、そうでしたか」


 私は一旦引いたものの……やはり落ち着かなかった。人様の部屋に下す評価ではないが、なにぶん狭い部屋だから、どこにいても彼の存在感がある。自分の布団を敷いて横になっても、図書館の本を読もうとしても、ちょっとした慰みに耳かきに興じていても、どうしたって彼がちらつく。


「……」

「……」


 ううん。居候前ならともかく、今の私は彼に対して危険を覚えたりはしない。だが……それでもやっぱり、落ち着かないものは落ち着かない。


「あの。お休みでしたら、布団を敷き直しましょうか」

「いや。寝るつもりはないが」

「え。でも、お休みになるんでしょう?」

「……睡眠を取るのと休息を取るのは別ではないか?」


えぇ……。渋面を作ってしまうが、しかし、こうも言い切られてみればそんな気もしてきた。納得しかねている私の表情をどう見たのか、彼は補足する。


「睡眠が必要であればそうする。今は、体力の消耗を抑えている」 


なるほど。益々謎が深まったぞ。理解したのは、私と彼の認識に隔たりがあるということだけだ。


 こういうときこそ、直感的に理解できたらいいのだけど。生憎、私の超直感は昨日酷使した脳をお休みさせるためか、あまり稼働していないのであった。本日の怪人捜索を断念したのは、私の気が乗らないという理由だけではないのだ。

 私は働かない頭を働かせ、そうして一つ尋ねた。


「もしかして、暇なのでは?」

「……まあ、そうだな」


ばつが悪そうに、彼は視線を逸らした。だったら寝ればいいのに。


「普段のお休みはどう過ごされているんですか?」

「余暇が出来るような生活は組み立てていない」


……? 何でもないふうにのたまったが、けっこうとんでもない話ではないか? まさかとは思うが。


「……たとえば、休講になったときは?」

「そうだな。体を休めている」

「バイト先で早上がりになったりしたときも?」

「体を休めている」


ええい、やめろやめろ。その囚人みたいな休みの過ごし方をやめるんだ。


「却って不健康ですよ」

「そうだろうか」


それじゃあ心の中まで改造人間というか、マシーンではないか。思わず視線が険しくなって睨めつければ、今度は逆に向こうから問い掛けられた。


「では……ミライはどう過ごしていたんだ」

「え? あ、私ですか?」


私はいくらか意外に思った。彼が、私個人について尋ねるのは珍しい。


 ええと。路上生活やってた頃は……図書館で本を読んだり、たまに贅沢してうまい飯を食いに行ったり、銭湯でふやけるまで浸かったり、あとはホームレス連中とボードゲームなんかもしたな。でも、今この場合は、回答としてはそぐわないだろう。彼はホームレスじゃないんだから。


「私がただの人間だった頃の話でよければ……」


断りを入れれば、光司郎は頷いた。よし。言質は取ったぞ。私は一つ心に決めた。休日の楽しみ方をまるで知らない光司郎に、私が手解きしてやろうではないか。

 彼が何かしら遊びに興じていれば、私も気分良くお休みを満喫できるというものだ。更に言えば、あわよくば、この殺風景な部屋に娯楽の類いが新たに置かれ、私もご相伴与れればというさもしい思惑もあった。




「では、まずは遊びの王道、ゲームの類いを……と言いたいところだったんですが」

「ですが?」

「この部屋、ゲームないんですよね」


 仮にゲーム機があっても、テレビが無いので詰んでいる。


「まあ、必要ないからな」


 要るか要らないかで言ったら要らないのかもしれないが、そこそこゲームに縁のあった私としては釈然としない。


「ゲームはともかくとして、テレビもないのがちょっと……。バイト先とかご学友の方々とは、テレビでやってる話題についてお話ししたりしません?」

「いや。あまり話すこと自体ないな」


ああ、うん。そんな気はしてたが、実際に耳にしてみればちょっぴりショックだった。寂しい青春じゃあないか。


「ま、まあいいです。今はテレビなんて無くても、スマホ一台でなんでも出来ますからね」


 私は光司郎のスマホを弄くり、ちょいちょいと検索して目当てのページを呼び出す。


「光司郎。このアプリ、入れても良いですか?」

「ん、構わないが」


 やや弾む気持ちを抑えて指を動かす。インストールの確認画面に浮かぶアプリアイコンは、私にとっては懐かしいものだった。それは、私が結社に拉致される前日までやっていたソシャゲであった。まだサービスが続いているようで何よりだ。


「それは、ゲームなのか?」

「ええ、勿論。今はこれ一台で、基本プレイ無料でゲームが出来ちゃうんですよ」


化石めいた物言いをする光司郎に、私はちょっとばかり得意になって講釈を垂れた。そうこうしているうちにインストールが終了しアプリが開く。


「ああ。懐かしい」


スタート画面には、可愛い女の子が待ち構えていた。どうも知らない顔だが、新たに実装された子だろうか。中々に扇情的な格好で、胸もでかくて目の保養になる。ふと隣の光司郎をちらと見遣れば、しかし彼は変わらずの仏頂面だった。

 さて、過去の私のプレイデータであるが……端末が違っても、八桁のユーザーIDを入力すれば呼び出せる。無論憶えちゃいないが、しかし記憶の奥底には眠っているはず。超直感が本調子でない現在であっても、頭を過ぎるぼんやりした朧気な数字を、ぽちぽちと入力すれば……。


「それは、パスワードを入力しているのか?」

「いえ、パスワードというか、昔の暗証番号を呼び出そうとしているんですが。まあ万全なら、この程度の暗号なんてすぐですけど……あ、出た」


二度目の入力で、昔の私のプレイデータが帰ってきた。やれば出来るものだな。


 ううん。当然であるが、自然回復するスタミナや資源の類いが満タンになっている。勿体ないなあ。このソシャゲはアクション要素も薄く、いわゆる盆栽ゲーなので、プレイを重ねた分だけ充実する。


「それで、何をするんだ」


 横から画面を覗き込んだ光司郎が、怪訝そうな表情をした。ホーム画面は、割とごちゃごちゃしている。初心者の光司郎には一見して分かりづらい仕様かもしれない。そういえば、昔からあんまりUIは評判良くなかったな。


「ええと。とりあえずスタミナを消費しないと。遠征に出して、助っ人に出して、デイリー回して……」


指が覚えているまま、スキップ機能も駆使したりしなかったりして手っ取り早く回す。昔とちょっと変わっている部分もあるが、基本的には一緒だ。画面を流れていく数字を、光司郎はぼうっと眺めている。


「っと、一先ずはこれでよしと」

「……終わったのか?」

「あ、はい。とりあえずは」


三分ほどして、回せるところは回した。スタミナもほぼ全消費だ。前述の通り盆栽ゲーなので、基本的にはこれを続けていくことになる、のだが……。


「……楽しいのか? これ」


光司郎の口から漏れたのは、素朴な疑問だった。


「え、ええ。今のだけだと分かりづらいかもしれませんが、充実していく装備とか、収集要素もあってですね。あ、あとイベントとかも」

「そ、そうか」


あ、まずい。私の早口に、むしろ引いてしまった感がある。ううん。せっかくの光司郎の初ゲーム体験、もうちょっと題材を選ぶべきだったかと思うものの後の祭り。私は少しばかり逡巡したが、決めた。


「えと……そう、ソシャゲの醍醐味はガチャ回しですよ。幸いガチャ券は有り余ってますし、回してみましょう。ね」


私はガチャ画面を呼び出し、光司郎の手にスマホを握らせた。彼はしばし戸惑っていたが、私の剣幕に押し負けて、不慣れながらも太い指を動かす。


「この、十連、というやつでいいのか?」

「はい。ガチャ券の許す限りどうぞ」


自然回復上限まで溜まったガチャ券はちょうど百回分。それだけ回せば、何かしら最上級レアだって出るはず。光司郎の太い指が画面をタップして、きらんきらん煌びやかな光と音が演出される。


『私はリンメイ。星雲の導きによって今ここに――』

『あたしはチャミリヤ。喚んでくれたのは貴方?――』

『ホップルだよ! よろしくね、おにいちゃん!――』


十人十色の女の子たちの自己紹介。嫌が応にもテンションはあがる……と思いきや、そうでもなかった。なんか。なんかさ。自分でやらせておいてなんなのだが。光司郎が可愛らしい二次元女子と向き合ってるの、すごく似合わない。居たたまれずに横から口を挟む。


「あの、光司郎。ダブりの子はタップでスキップできますから」

「そうなのか」


真面目に一人一人の女の子と向き合っていた光司郎は、私のアドバイス通りに自己紹介を飛ばした。一回目では大したレアキャラは出なかった。もう一回回して貰う。二回目、だめ。三回目、はずれ。四回目、ハズレア。五回目。


「? スキップ出来ないぞ」

「あ、その子。やったじゃないですか。最上級レアですよ」


 虹色の光の中から出てきた露出度の高いおっぱい女子が、甘ったるい声で自己紹介してくれる。見覚えのない子だが、たぶん私のプレイしてない期間に新しく追加されたのだろう。


「……それで、このレアを手に入れて、どうなるんだ?」


ひとまずガチャを回すのをやめた光司郎が呟いた。


「えと。育てたり、見て楽しんだり」

「そうか」


育成画面に飛んで、光司郎がご飯をあげればレベルが上がる。加速度的に数字が大きくなって、またまた甘ったるい声色で感謝を述べる。進化させれば露出が増えた。


「……」

「……」


光司郎が、画面から目を離して私の方へ顔を向ける。何やら神妙な顔つきで。


「これって、面白い、のか?」

「……面白く、ないのかもしれません」


 どうしてだろう。昔はあんなに時間を費やしていたゲームなのに。傍から見ていると、どうにも面白くなさそうに見えてしまって。パラダイムシフトが起きていた。私は理解する。時間を費やしていたのは、惰性だったんだな……。


「時間の無駄じゃあないか?」

「まあ、仰る通りではあります」


 その無駄が楽しいのだけど……。結局、そのソシャゲはアンスコの運びとなった。私は反省する。ソシャゲは彼の情緒には早すぎたんだな、きっと。彼には、たとえばファミコンみたいな単純でレトロなやつが丁度いいんだ、きっとそう。




「なにか美味しい物を食べましょう」

「なんだ、藪から棒に」


 ゲームは彼の琴線に触れなかったらしかったので、私はもっと単純明快な娯楽で攻めることにした。すなわち、人間とは切っても切れぬ食欲に起因する、美食にて。


「普段は私の作る簡単料理で済ませちゃってますが、たまには良い物を食べて楽しもうということです」

「ミライの料理は充分美味いと思うが」

「……話の腰を早速折ろうとしないでください」

「すまん」


ひくつく口の端を努めてへの字にして、私は光司郎に語りかける。


「光司郎はなんでも食べてくれますが……私が見る限り、食べ物の好き嫌いがないですよね」

「まあ、そうだな」

「嫌いがないのは良いことですが、好きがないのはそうでもないです。何かしらの好物があった方が人生に彩りが出るというもの」


私が観察する限り、彼の食に対する関心は酷く薄い。もしかしたら皆無かもしれない。困惑する光司郎を余所に、私は問い掛けた。


「というわけで、昼は何が食べたいですか?」

「急に言われてもな……」

「頑張って捻り出してください」

「……」


大真面目に、腕を組んで首を傾げ始める光司郎。ううん。マジか。ひとっつの好物さえないのか。いや……それだけでは、ない?


「やはり、分からん。俺には好物がないのかもしれない」


 光司郎が述べる。どこか、奇妙さを覚える。今の私では、はっきりとは分からないが……。これは、拒絶だろうか? 考えることを、遠ざけようとしてる?


 ううん。ダメだ。分からん。こういうとき、如何に自分が直感に頼っていたか思い知るな。だが、まあ。分からなければ聞いてしまおう。


「そうですか。差し支えなければ、ですが。光司郎がどのような食生活をしてきたのか、お伺いしてもいいですか」


彼の境涯にヒントがあるかもしれない。そう考えて私は尋ねたのだ。


「ああ。あまり大っぴらにする話でもないが……俺は、孤児院の出だ」


意味を咀嚼するのに、少しばかり時間を必要とした。孤児院。光司郎が?


「あまり経済的に余裕のある院ではなかった。だから、食べ物に好き嫌いを覚えるのを無意識にでも控えたのかもしれない」

「……そうでしたか」


 得心がいった。食事に頓着しないのも、娯楽を一切知らないのも。そうした生活環境が一因であるのは否定できないだろう。


「すみません。不躾に聞いてしまって」

「いや、謝る必要はない。たしかに無闇に公にすることではないが、隠すことでもない」


彼の表情を窺えば、本気で言ってくれているらしかった。心遣いに甘えておく。


「ありがとうございます。……では、昼は私の食べたいものにしましょうか」

「そうしてくれ」


お詫びに、せめて腕によりをかけて作ることにしよう。

 私が密かに心に決めていると、光司郎が不意に尋ねた。


「ところで……ミライはどんな生活をしてきたのか、聞いてもいいか?」

「そうですね。まあ、ふつうの家庭だったと思います。両親がいて、特筆すべきこともなくて……」


 そう。私の家庭は、彼に比べればきっと何の変哲もなかった。一人っ子で、ふつうに学校に通って、大学まで行って、就職して。ただ、ちょっとばかり人との縁に恵まれなくって、そうこうしているうちに三十路になって。両親が鬼籍に入って。一人になった。孤独になった。会社に籍を置いてはいるけど、それだけ。だから、結社が拉致する対象としては丁度良かった。ただそれだけのことだ。

 そうか、と光司郎は短く答えた。そこにどんな感情が含められているかは、今の私には窺い知れなかった。


 光司郎は奨学金を得ていると聞いた。推し量るに、それは大学だけの話ではなく、高校も同様であろう。生活費を稼ぐためのバイトだって、大学以前から続けているのだろう。私と違って、養ってくれる親はいなかったのだから。


 ちょっとばかり、恥じ入る思いがある。のうのうと生きてきた者としては。それと同時に、困難を認識する。私は彼に娯楽を、人生を彩る楽しみを知って貰いたくてゲームやら美食やらを教え込もうと画策したが。中々難しいかもしれない。

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