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エピローグ

二話同時投稿となっていますのでご注意ください

2/2

ここまでお付き合い頂きありがとうございました

 人知れず。日本という国を牛耳ろうと暗躍する秘密結社があった。倫理を置き捨てた科学力と経済力、そして暴力を以てして、思うがままに悪として振る舞った結社は。

 人知れず。結社が誇った人間兵器たる『改造人間』、そのうちの一体が反旗を翻したことから始まる、一年に渡る闘争の末。頭目を失い瓦解した。

 そして、人知れず。崩れ落ちる地下基地から逃げ延びた結社の構成員たちが、今も人間社会に紛れ。ひっそりと暮らしている。




 地上の灯りは星々を遠ざけ、暗い空に散らされた雲の輪郭を浮き彫りにする。

 夜の帳が降りようとしている。本日の太陽の残滓が西の空に僅かに紅く残るけれども、それも間もなく消えゆくだろう。日が長くなったものだなと、歩きながらしみじみ思う。


 街並みは、帰途につく労働者でごった返していた。そのほとんどは疲れを帯びた無表情ながらも、私はすれ違いざま、そのうちに僅かばかり開放感だとか喜びの感情を嗅ぎ取った。一つ居酒屋の前に通り掛かれば、中から盛り上がりの歓声が漏れ聞こえた。本日は、ちょいと古い言葉で言えば花金。都会の夜は始まったばかりだ。


 歩き進む。宵の口ならば、然程お巡りを気にする必要はない。待ち合わせの時刻にもまだ余裕がある。たまにはのんびり外を歩くのもいいかもしれない。急ぎ往く者の邪魔にならぬよう、道の端に身を置いて。


 信号待ちの間、私はすぐ隣にあったテナントのガラスを眺める。映り込む私は、また少し髪が伸びていた。伸びっぱなしの前髪がちょっとばかり鬱陶しく、私は手櫛で耳へと流す。身を包んでいるのは、白いワンピースとデニムの組み合わせ。今一度視改めるが、着衣の乱れなどはなさそうだ。……よし。おかしいところはないはずだ、見た目には。


 植え込みに並ぶ低木。躑躅の仲間が、太陽でなく街灯に照らされて暗い緑を披露している。本来丸く剪定されていたのだろうが、梅雨を経て、夏の盛りに向けてしきりに葉を伸ばしているらしく、多少形が崩れている。


 そして、その根元に、私は一対の光るものを見た。ちょっと足を止めて覗き込めば……うわ。鼠であった。光っていたのは眼球の反射だ。人間を恐れないのか、じっと私を見上げている。都会の鼠は図太い。


 思い返せば、鼠をまじまじ見るのは久方ぶりだ。路上生活を離れて一月ほど。昔は毎日のように顔を合わせていたのに。旧交を温める気持ちなどではないが、懐かしさは感じなくもない。

 いや……これは共感と言い換えてもいいだろうか。人が営む社会の片隅で、暗がりにてひっそりと隠れ住んでいる者同士だ。私は彼らに近しささえ覚えていた。まあ、向こうからすれば知ったこっちゃないのだろうが。


 やがて私に興味を失った彼はそっぽを向き、低木の暗がりの方へと姿を消してしまう。私はそれを見送り、心の内で彼に別れを告げ、再び街の光の中を歩き始めた。




 しばし散歩気分を楽しんだ私は、とある大学の構内へ足を踏み入れた。その敷地は広く、建物も何棟とあり、知らずに踏み入れたら迷子になること請け合いだが、私は直感の通りに進み、適当な位置で待ち構える。時折通り掛かった学生が私へ奇異の目線を向けてくるが、気にはすまい。


 学舎という場所の性質上、さすがに夜の人影は少ない。その中にあって、その大きな人影は一目で彼と分かった。


「すまないミライ。待たせたか」

「いえ、今来たところですよ」

「そうか。こちらも今ほど講義が終わったところだ」

「そうでしたか。お疲れ様です」


待ち人は光司郎であった。定型句の遣り取りも程々に、私たちはその場を後にした。

 再び夜の街の喧噪の中に身を置き、並び歩く。


「ミライ。やはり、電話がなければ不便ではないか? 何なら俺が新たに契約したって」


 道中、彼の側から語りかけてきた。些か言葉足らずだが、待ち合わせに際して電話がないと不便だと言いたいのだろう。


「不便は否定しませんが……でも、私はなくとも相手の位置が分かりますし。そもそも光司郎の持ち物なんですから、光司郎が持つべきでしょう」

「……そうか」


小さく呟く光司郎に、ついでとばかりに尋ねる。


「それで、連絡先は増えましたか? ゼミの仲間とか」

「……いや」


私が鼻で小さくため息をつけば、光司郎が心持ち肩を落とした気がした。慌てて、まあこれからですよ、と励ます。そりゃあ友人がいるに超したことはないだろうが、そんなに気負って人付き合いしなくてもいいんだぞ。変えるにしても、少しずつでいいのだ。難しい顔で俯く光司郎は、やっぱりクソが付くほど真面目なきらいがあるらしい。


「そ、それに……今は家計に余裕もないんですから、電話なんて考えずとも良いですよ」


先日、テーブルや布団を一新し、窓ガラスを修繕なんかしたりして、私たちの蓄えは粗方尽きてしまった。今は新しくスマホを契約する余裕なんてないのだ。それを言えば、しかし光司郎はまたも、そうか……と肩を落としてしまった。責任を感じているらしい。ううん、面倒くさいやつめ。


「これから皆と会うのに、そんな陰気な顔しないでください」


 落ち合った私たちが向かっている先は、とある居酒屋であった。みどりのかつてのバイト先であり伝手が利くらしく、いい座敷席を確保して貰っているらしい。五人と、籠に入れられた一羽が待っている。私一人では入店出来ないので、妹設定で潜り込むべく、光司郎と共に入店する手筈となっているのだ。そういうわけだからやっぱり酒は飲めない。つらい。


 不意に、足が止まった。光司郎がその歩みを止めたからだ。


「……本当に、俺は参加するべきなのか?」

「今日の主役ですよ。不参加はダメです」


結社を崩した立役者の彼が参加しないなんて、そりゃ嘘ってものだろう。私はさっさと彼の大きな手を取り、引っ張って歩かせる。彼には、多少強引なくらいが丁度いい。彼我の体格差を鑑みるに、本気で抵抗する気があれば微動だにしないだろうが、光司郎の足は動いてくれる。


 彼の、不安に思う気持ちは分かる。どういう顔をして会えばいいのか分からないというのも承知している。半年前までは、光司郎と彼ら彼女らとでけして交わらない関係性であったというのも理解している。だが、もう決めたことだ。


 自ずから握る手に力が篭もれば、同じくらいの握力が返ってきた。


「ミライ」

「なんですか」


振り返れば、高い位置に彼の顔がある。その表情は、普段の鉄面皮の彼を見慣れていなければ分からない程度ではあったが、穏やかだった。


「ありがとう」

「……どういたしまして」


まだ素面なのに、そんな台詞を。私の方こそお礼を言いたいのだけれど、それは彼がいくらか酒を入れてからにしよう。そうしよう。私は何となく気恥ずかしくなって、微笑む彼から目を逸らすように前を向き直した。

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― 新着の感想 ―
[一言] 素晴らしい作品に感謝を。最高でした。
[一言] この作品を読み始めてすぐに読み終わってしまった……。 とても面白かったです。 続編を期待してますのでよろしくお願いします。
[一言] 最高だった
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