第6話:魔法修行の本格化はありません
————その日、私の部屋ではギシギシとベッドが少し軋んで音を上げていた。
「か、かなちゃん……いく、いくよ?」
「チイちゃん……。わ、私も一緒にっ……!!」
そして2人一緒に……っ!!
「「今、我らの魂は聖の力に満ち満ちたっ!! 我が魔力により震え、そして今一度大いなる源泉より一抹の聖水を我らに!」」
「$%"¿#$%'&%¿$#$&!!!!!!!!」
「ウォーター!!!!!!!!」
ベッドの上で決めポーズをしながら台詞を読み上げた直後、私たちは同時に水魔法を放った……いや、放とうとした。
じょぼぼぼぼと音をたててあらかじめ机の上に用意しておいたコップに水が出たのはチイちゃんだけ。
「もう、かなちゃん。呪文は『*/#&%*?%'&%$#>/*』だって言ってるのに」
「その発音が私にはできないんだよぉ……」
そう、私にはなんと魔術語と呼ばれる言語の発音ができないのだった! ……っていやいやいやいや!? たしかに翻訳がちゃんとされない言葉とかあった時点で私も「おかしいなー」って思ってはいたよ? でもさ、普通魔術は使えると思うやん!?
ユナちゃんも「魔法が使えます」って言ってたじゃん! こんなん詐欺やん! パッケージに『爽快なアクションゲーム』って書いてあったのに実際は『ほのぼの牧場経営ゲーム』だったレベルでパッケージ詐欺でしょ!! はぁ……はぁ……。
そんなわけで、私の魔法修行は頓挫したのであった。……ま、まだ諦めたわけじゃないんだから!
日々を側溝掃除や草取り、たまに王都の近くで行う薬草採取の依頼によって地道に過ごしつつ、チイちゃんに魔法を教わることを諦めて一緒に遊ぶだけの日々というのは案外早く過ぎていった。
異世界に来てから数か月が経つ頃、私は急に思い立った。このままじゃダメ人間じゃないかと。それに今の環境がいつまで続いてくれるかもわかったもんじゃない。
たしかに今はまだ大丈夫だ。でもこの街が地球で言うところの緯度がどれくらいのところにあるかわからない以上、四季というものはあると考えた方がいい気がする。
そう、アレだ。大地を凍てつかせ、世を白き景色へと変貌させる悪魔。その悪魔に抗う術として人々は家に閉じこもり、それが過ぎるのを凍えながら待つという……。そう私も行わなければならないのだFUYU-GOSHIという名の悪魔避けを……っ!!
「はい、勿論ありますよ」
「ですよねー!」
冬越しの存在を思い出した翌日、私は朝からギルドへと出向いていつも通りのお仕事を受けるついでに冬があるのか聞いたのである。
ちなみに一般的に冬と呼ばれるのは22月から3月までの6ヶ月間だそう。つまり地球の2倍の期間、2倍の備えが必要となるわけで……。
「えっ、それ準備しないとマズイんじゃないですか?」
「ええ、もちろんです。ギルドでは冬の間もクエストを出してはいますが、かなりの危険が伴います。特にこの辺は雪がよく降るというのもあって、依頼を受ける方は特に少なくなっていますね。もちろんそのぶん報酬は割高になってはいますが……」
あまり初心者にオススメできるものではない、だそう。そしてそれを聞いた数分後————
「はああぁぁぁぁぁ、どーしよ…………」
ギルド備え付けの休憩施設……というか酒場の一席で果実ジュースをちびちびと飲みながらため息を吐いた。
えっと、生活費を一ヶ月2kトーラくらいとして、6か月だと12kトーラ? それで宿代6か月分とかもろもろ足すと……20kくらい欲しいところだね。大銀貨20枚。小金貨なら2枚あればいいわけだ。そして今の小銭入れに入っているのは小金貨1枚に小銀貨6枚、大銅貨が8枚。1万とんで680トーラ! うん、若干足りない。せめてあと大銀貨5枚欲しい。
えっ? ユナちゃんに貰った金貨はどうしたのかって? ほらちゃんとまだ1枚残ってるじゃん!
貰った時は6枚くらいあったんだけど、来て早々に買った下着の替えとか生理用品とか、ちょっとお高いお肉とか魔法の袋とか、あと魔物レースとか色々あって……。
……も、もう使っちゃったものは仕方ないじゃん! 大丈夫、もう魔物レースはやらないから。……うん、なんかもう、アレはダメ。アレは怖い。
まあそんなわけで、私はお金を貯める必要があるのだ。幸い今は15月だから、冬に入る22月までは地球換算で半年もある。えっ、なら余裕じゃんって? はっはっは……そんなわけないじゃんっ! 1万トーラだよ!? 薬草採取100回分だよ!? 毎日の食事もあるんだよ!?
ちなみに今現在は毎日100~200トーラ程度稼いで、宿代だけ残して残りを翌日の食費にあてる、そんな生活。平均したらたぶん日給140トーラくらいで食費や雑費は毎日100トーラ前後で貯金は殆ど無し。
はい今「毎日1000円は使いすぎだろ」って思ったそこのあなた! 言い訳させてほしい。私は、これでも食費は削りに削ってる。朝は20トーラ、筋っぽいお肉と黒パンでエネルギー補充。昼は60トーラで冒険者御用達の安い定食。夜は10トーラでパン2つを頬張る。最後の10トーラは翌日用の飲み水を買って終了。
えっ、自炊はどうしたって? ふふっ、私が考えなかったとでも? そんな君に1つ役立つ知識を教えてあげよう。……調理器具って、意外と高いんだぜ?
そんなわけで、今現在の私の生活は余裕で大ピンチなのである。あーほんとどうしよ。
――その日の午後、私は1人森に来ていた。
「ふふっ、我が必殺の拳を受けてみよ! 帝王の破拳」
その言葉と共に一角兎を素手で殴る。私の拳がクリティカルヒットした小さな体躯は宙を舞い、頭部を木にぶつけると動かなくなった。
たった今自分がした動きを確認して、予想通りであったと確信する。
……うん、やっぱり私の身体能力めっちゃ向上してるわ。なんでだろ、やっぱり身体が変わったからかな? んー、きっと適当な美少女に転生させてくれるついでに力も強くしといてくれたんだね。ユナちゃんに感謝感謝!
そう、こっちに来た初日に虎から逃げながら私がやっていた火事場の馬鹿力的な謎に発現した身体能力。アレはなんとこの身体の素の力だったんですよ! な、なんだってー!
ってなわけで、魔法を使えるようになるまでは物理で頑張ろうと決めました! うん、今決めた。もちろん目標は魔法でフハハなんだけど、今だけ一時的に、ね。
そうなると必要になるのは武器なんだけど――っとまあそれはおいおいってことで。
とりあえず今は明日の食費だ。今の要領で一角兎を乱獲してじゃ! おっとそんなことを考えてる間に早速可愛いモフモフ発見! あ^~心がぴょんぴょんするんじゃあ^~……さあ私の食費となるのだっ!!!!
それから2時間……嘘です。3時間ほど殺ってました。
違うの! 別に楽しくなっちゃったとか私が残酷だとか、そういうんじゃないの! たぶん、きっと……うん。返り血に塗れた今の状態じゃ説得力の欠片もないね。
どうやら転生した時にそういうグロ耐性とか精神的な部分もだいぶ変わったらしい。いやまあ前の私なら絶対青くなって倒れてるね。そもそも初めの一匹を殴った時点で『なんかゲームと同じ感覚でできるな~』って思ってた。
もし前の私と同じ感覚で殴るなんて慣れないことしたら私の可愛い拳も優しい心も痛くなっちゃうよ。……つまり逆説的に私の今の拳は可愛くないのか? 心優しくないのか? はっはっは、まさか。そうじゃないよね。私は相変わらずのか弱い乙女だ! かっこ確信!
とりあえずめっちゃ手に入ったウサちゃんの亡骸という名の本日の成果を持ち帰る。どうやってって? ふっふっふ……じゃっじゃじゃ~ん魔法の袋~……某青タ〇キりスペクトでお送りします。
この袋、とにかくめっちゃ入るのだ。小金貨3枚したけど、その価値あるでしょ? ねえほら散財したかいあったでしょ? ふっふっふ、過去の私はこれを予期していたのだよ…………えっ、その小金貨3枚あれば冬支度できたって? な、なに言ってるんだか。わ、わからないんだなぁ? おにぎり、食べたいんだなぁ?
べ、別にいいでしょ! ほら、もしかしたらこの一角兎が高値で売れるかもしれないし……!!
「ああ、一角兎ですね。ギルドの方での買取ですと一匹あたり200トーラとなりますが、いかがでしょう?」
「じゃあそれでお願いします!」
「はい。では――――」
ほらほらほらぁ! 勝ち申した! 私、勝ち申した! 大事なことだから二回言ったよ。
そう、見てみなさい。この銀貨を! 3時間一角兎を狩り続けた成果、なんとその数6羽! 思ってたより少ない? う、うっさいわ!
ほら、1200トーラですよ奥さん! 普段の収入の6倍ですよ、6倍! もーなんでも買えちゃう気になってきますね。昨日までの私なら買うのを躊躇していたお値段30トーラの豚串でも、食べたいって思ったら買い食いできちゃうわけ! …………はっ! いかんいかん、貯金しなきゃ。なんのために力仕事したのさ。冬支度のためじゃん! ふふ、私を騙そうったってそうはいかないんだから! 私の意思は強いのさ!
とりあえずいつも通りの通りを通って宿屋へ帰還し――――っとちょい待ちなはれ、あれは昨日までは見向きをしなかった武器屋じゃないか!
さすがに素手で戦い続けるのも危険だし? 今は買わなくても見るだけならタダだし……とりあえずお店入っちゃおう!
そう決めた時、私の足は既に武器屋の方へ向かっていた。……ほら迅速な行動は大事だしね?
買うなら何かな~。ここは王道の剣? えーでもつまらないし、VRでは鉄球使ってたし……大鎌とか良いんじゃないかな!? あーワクワクが止まらねぇ! いや今日は見るだけなんだけどさ。
私の貯金する意思は固いから大丈夫っ! さあいざ初めての武器屋へレッツゴーだぜ!