第4話:翻訳係さん
さてさて、私は精神的に窮地に立たされている。
目の前にいる白い髭が目立つ初老の男は、マリネちゃん曰く冒険者ギルドのギルド長らしい。冗談だろうと思いたかったが、今さっき自分でそう名乗られてしまった。
ふっと余裕の笑みを浮かべて言葉を返す。
「それで、私めに聞きたいこととは一体なんでござろうか?」
あっ、緊張で少し言葉が変になった。
「……大丈夫か?」
「大丈夫じゃありません」
そう、私は大丈夫じゃないんだ。「何が?」と聞かれたら答えようがないけど、確実に今の私はどうかしてるのだよ!
「そ、そうか。では手早く済ませよう。聞きたいことはいくつかあるんだが……まず、それに目を通して欲しい」
『それ』ってギルドカードのことだよね? どうせ私にこの国の言葉は読めないんだけど……ってこれ日本語じゃん! この世界にも日本語があるってこと⁉︎
……でも、読めることと理解できることは違うんだね。うん、ギルドカードに書かれてる情報の意味がわからなすぎるよ。
名前:かなかな
ランク:F
魔力値:xxx
名前が「かなかな」になってるのは、まあVRゲームに居た時の気分になってるし、まあ置いておくとして。ランクってなに? 魔力値ってなに?
やべぇ、わからなすぎる。これはたぶん聞かなきゃわからない奴だ。
そんな風に思っているとおっさn……ギルド長が口を開いた。
「それに書いてある文字はどこの言葉だ?」
……日本だよね? うん、日本だよ。でもここ異世界でしょ? こっちの世界で日本語が使われてる地域があるのかな? でもあったとしても知らないよ?
「えっと、日本の言葉ですね」
「……ニホンとはどこにある国だ?」
「んーと、地球……テラだっけ? の海の上です」
そう答えると、おっさ……ギルド長は訝しげな視線を私へ向けてきた。
「テラ? ……いや、知らないな。まあとりあえず置いておこうか。とりあえず、この言葉をお前は読めるんだな?」
「あーはい。読めます。というかこの言葉しか読めません」
「じゃあそこに書いてあることは分かるのか?」
ここに書いてあること?
「さっぱり分かりません。このランクと魔力値ってなんですか?」
「……ちゃんと読めている、か。ならいい。内容に関しては後でマリネから説明する。先にこちらの質問に答えてくれ」
むぅ……まあここで歯向かっても仕方ないんだけどさ、少し態度悪くない?「深淵の皇たるこの我に対しその口の聞き方、か……ふむ、どうして欲しい?」……とか言っちゃってもいいかな? ダメですか、ですね、そうですか、ええ、わかっていますとも。どうにかできる力もありませんしね。まあ仕方ない。
「次の質問だが、そこに書いてある魔力値の値はいくつになっている?」
「えっと、魔力値の隣にはxが3つ並んでますけど……」
「……エックスが何かは分からんが、数字では無いのか?」
「数字じゃありませんね」
「そうか……。では最後の質問だが、お前はどうやって、何のために、この国に来た?」
いや、何その質問。生の制約の義務を果たすために転生して来ました! とでも答えれば満足してくれるのか?
……一応、言うだけ言ってみる?
ということで、今一度ふっと余裕の笑みを小さく浮かべ、揃えた右手の人差し指と中指で色っぽく下唇を撫でつつ、口を開く。
「ふふっ、私は生の制約を果たすため、天界より定められし命に従い転生し、この地に赴いたのですよ」
「「………………」」
あれ、なんかマリネちゃんもおっさんも口半開きにしてポカーンってなってるんだけど?
……あー、うん。たぶん、もしかしなくても言い方というかノリを間違えたね。いやぁ、台詞が台詞だし、ちょっとこんな感じで言いたくなっちゃっても仕方ないとは思わないかい? えっ、仕方なくないって? はっはっは、やってしまったものは仕方ないのさ!
「……要するに、話す気は無い、ということか」
「えっ? 私、今言いましたよね?」
あっ、あからさまに溜息吐かれたよ。ちょっとー。
実際本当のことなんだけどなー。…………まあ胡散臭いことこの上ないのは自覚してますよ、はい。
でもこのままだと追い出されかねないので、てきとうに取り繕っておきますか。
「本当の理由は、魔法を学ばなければいけないからです」
「魔法を学ぶ……つまり、あの魔技専を受けるつもりなのか」
えっ、なんだって? マギセン?
「マギセンってなんですか?」
「……えっ?」
「ん?」
アレ、私また何か変なこと言った? ……いや、『また』じゃないね。
「魔技専というのは、魔法技術専門学校のことです」
首を捻っていると横からマリネちゃんがそう答え、更に続ける。
「要するに魔法を学べる場所、ですね。1年間かけて倫理的な部分から実用的な部分まで隈無く教わることができる場所ですけど……そこに入るために来たのではないのですか?」
学校……だと? つまり何か、私に転生してまで学校に行けと申すのか?
くっ……仕方ないのか。とりあえず伝達魔法だけはさっさと使えるようになって私の身体の謎をユナちゃんに聞かなければ……。
「たぶん、そこのことだと思います。勉強できるところとしか聞いていないので……」
「……ふむ、とりあえずは保留にしておくべきか。ならばわかった。残りはマリネに任せよう」
「はい、わかりました」
そう言ってギルド長はマリネちゃんが開いた扉から出て行き、そうしてからマリネちゃんは椅子へと戻り、私に向かい合った。
マリネちゃんは開口一番に謝罪した。
「えっと、先ほどは急にすいませんでした」
「えっ?」
「いえ、ギルド長がいきなり来ては驚かれたでしょう?」
「えぇ、それはまぁ……」
マリネちゃん、この歳でそんなことまで言えるなんて……控えめに言って天才な気がする。努力したのか環境のせいなのか、まあそれは置いておいて。
「それで、質問いいかな?」
「なんですか?」
「ギルドカードに書いてある、ランクと魔力値って何?」
「ランクというのはギルドのランクですね。¥nから€°までの6段階に分けられてます」
「えっ? 何から何?」
「ですから、$°から¥nまでです」
「さっきと変わってない⁉︎」
「?」
一瞬、¥nって何を改行するんだよっ! とか思ったけど、どうやら私にはランクを正しく聞き取ることは無理らしいね。……だからFか、たぶん仮にAからFの6段階に置き直しているんじゃないかな? このギルドカード有能かよ。
「つまり、私のランクは今は一番下って事でいいのかな?」
「そうですね、作ったばかりですから。それと、ランクが上がるとカードの色も変わりますので、文字が読めなくてもランクは分かりますからご安心下さい」
えっ、板の色が変わるの⁉︎ 何その凄い技術。意味わかんない。あらゆる色素に魔力が呼応してどーたらこうたら的なことがあるってこと? うん、理解する気にはなれんな。
ちなみに色で言うと下のランクから順に、青→緑→黄緑→黄→橙→赤の6段階らしい。
ついでに段階によって表面の模様も若干変わるから色盲の人でも区別できるのだとか。……って色盲とかもあるのか、割と衝撃の事実だよ。
「で、次に魔力値ですが……」
ああ、ランク説明が衝撃的すぎて聞いたことすら忘れていたよ。
「この世界の法則に当てはめた時の人の持つ魔力の比重、要するにどれだけ魔力を持ってるかってことです」
前半の説明は意味わからんしスルーでいいとして、どれだけ魔力を持ってるか、ねぇ。
「……それで、普通は数字で書かれるものなんですか?」
「はい、普通は数字です。例えば私は180です。人によって上下しますが、どんな人でも大体100から500くらいです」
数字なんだなぁ…………魔力値:xxxで何をわかれと⁉︎ なんなのこれ、ユナちゃんの嫌がらせか何か⁉︎
まあきっと問題は無いはず! 私、わからないことは気にしないタイプだから! だから英語とか苦手だったんだけどね!
「他に何か質問はありますか?」
「えっとランクを上げるには依頼をこなしていけば良いって認識で合ってる?」
「はい。それで合ってます。ですがD#以上に上がる時は認定試験を受け、合格しなくてはいけませんが」
D#か、これは……いやまさか。
「すいません、何段階目からですか?」
「えっ? えっと階級で言うと4以上に上がる時ですね」
「……えっと言葉で言うと」
「? D#、E、Fに上がる時ですね」
おーいユナちゃーん! アルファベット普通に出てきちゃってるよー!
これはC→C#→D→D#的なアレですかね。
はっはっはっはっは…………翻訳係さん遊び過ぎでは⁉︎
私は「ふぅ」と一息ついてから質問を変える。
「ところで、魔技専に入学するのってどうすれば良いの?」
「えっと、入学試験は毎年8月に行われるので、それに合格すれば入学できます」
おっ、8月だと? これは月日の感覚は日本と似た感じみたいだね。それは一安心……。
「それに合格すると16月に入学で、卒業は翌年の15月って感じです」
待てい! なんなの16月って⁉︎ えっ、一年って12ヶ月じゃないの? 限界超えてない?
「一年って何ヶ月?」
「えっ? もちろん24ヶ月ですよ?」
「1ヶ月って何日?」
「大体30日ですね。12月と24月だけは35日ですけど」
……うん、これはアレだね。1年が2倍の期間になってるわ。なに、この世界では星が恒星の周りを一周するのに地球の倍の期間が掛かってるわけ? まあ考えても無駄みたいだね。
「ところで、今日って何月何日?」
「えっと、9月13日ですね」
……………入学試験とっくに終わってるじゃろうが⁉︎
地球換算で2年間も待てと、そう言うのか⁉︎
ユナちゃん! ヘルプミー‼︎
※「¥n」:CやC++、Javaなどのプログラミング言語で使われる改行コード。