第1話:真夜中のカップ麺
「ふふっ、さあ物語も終焉です。我が暗黒の雷撃を受けなさい。雷光と雷鳴」
そう言うと同時に【闇魔法】スキルのアーツ、黒雷を放つ。
そしてそれは見事命中し、わずかに残っていた相手プレイヤーのHPを刈り取った。
「くっくっく、圧倒的な力の前に、全ては無に返される運命なのですよ!!」
勝鬨の代わりにそう言い放つと同時に、頭上にあるモニターに《かなかな WIN》の文字が浮かび上がる。
それをニヤリとしながら見上げていた。
◇◆◇
もうやり始めて5年目になるVRMMO。中二病キャラのロールプレイが楽しすぎて滅茶苦茶ハマってしまっている。神奈月 佳奈という本名から取った『かなかな』という名前にも愛着があるし、何より「かなかな勝つかな」という言葉の語呂はかなり好きだ。
とまあ、それはそれとして。
……なんかカップ麺食べたい。
VRゲーム用のヘッドギアを外し時計を見ると、ちょうど二つの針が12のところで重なっていた。外は既に暗闇に包まれ、静かな虫の音だけが聞こえている。
「……夏休み中だし、ちょっとくらい、いいよね?」
誰に言うわけでもないが、一人暮らす部屋でそう言い訳のように呟いてみる。
そして自分で、「一日くらい良いって! 大学生だし! 成人したし!」と肯定しながら財布と鍵をポケットに突っ込み、コンビニへ向かう。
コンビニ手前の路地。吹き抜ける夜風が涼しい。
……うん、夜っていいね。溢れ出る異世界感というか、裏世界感というか……なんか魔法とか使えそうじゃない?
そんな突拍子のないことをなんとなく考えているとコンビニへ着く。……暗闇の中に差す一筋の光、その名も〝CON−BINI〟あらゆる飽食・浴酒者共を闇の世界とともに支配する混沌の支配社……思ったよりカッコよくないね。反省反省。そんなことよりさっさとカップ麺だけ買って帰ろう。
カップ麺を手に取ってレジへと……って、えっ?
「動くんじゃねえ……!! 金を詰めな」
「へっ?」
拳銃を持ち、子供を人質に脅す一人の男。その子の母と思しき女性はその近くに倒れている。非日常的その光景に対して、なぜか私は怯えていなくて。それよりも。
あの子を助けなきゃ……!!
理由を考える間もなく、私の体は動き始めていた。
するとその男は躊躇いなくこちらへ向かって発砲。私の胸元を銃弾が貫いた。
それでも何故か私の体は動いていた。
「なっ!? く、くるなあああああああ」
バンッ、バンッと二回の銃声が聞こえた。それでもお構いなしに男の手元を蹴り銃を落とす。そしてさらに距離を詰めて鳩尾に掌底を叩き込む……。
「ぐぇ……」
そして男は意識を失い、その場に伏した。
……あれ、私今何してた?
そう思うと同時に私の視界はブラックアウトした。
なぜか、痛みは感じなかった。
◇◆◇
「ようこそ! 魂の集まる大地へ! です!」
ただ真っ白な部屋の中、豪華な椅子に座らされた私に対して腕を広げてそう言ったのは、ぶかぶかな服のフードを被った白銀色の髪をした女の子。たぶん14歳くらいかな?
そしてニッコリと笑ってから手をピースにして右目のところで上下を囲うように構えて「イェイ!」とポーズを決めている。
「……私の自己紹介と同じポーズ……だと!?」
そう、私がVRMMOで自己紹介するときに取るポーズだ。……ん? なんでって、カッコいいからだよ?
「えっと、君は誰? ここはどこなの? というか私は何して……ってそう! カップ麺! カップ麺は!?」
「うん? 一気に言われても分からないのですけど……。一つずつ答えるです!」
そういうとその子は、ブカブカで手がちゃんと袖から出ない、その綺麗な振袖をフリフリしながら熱心にこっちに説明してくる。
「ひとつめ! 私はユナ! 天界に住まう可愛い可愛い天使的存在だよっ!」
うん、たしかに可愛い。抱きしめたいくらいには可愛い。天界にいる時点で天使な気がするけど……たぶん比喩的な意味での天使なんだろうね。……やっぱり可愛いし?
「ふたつめ! 君には感謝を伝えに来たのです!」
「感謝?」
「そうなのです! 実は天からの監視役さんの役割を担っていた子が危うく殺されそうになっちゃいまして」
「うん……?」
「それで、危ない! と思った私が急遽、君の体を借りてどうにか撃退したのです!」
ユナちゃんは「ふっふーん」と自信満々にそう言った。……えっ、ちょっと待って?
「私、どうなったの?」
「……君は多大な成果と共に天に召された、というより天に召喚されたのですよ!」
「えっと、つまりは死んだの?」
「簡単に言えばその通りです!」
「そっかぁ……えっ、じゃあ人生初の深夜のカップ麺は!?」
「えっと、それに関しては申し訳ないのです……」
Oh……まさか私が深夜のカップ麺を1度も食べれずに死んでしまうとは。
「……って、死んだ私はどうなるの?」
そう聞くと少し言いずらそうにこちらから視線を外して。
「……のです」
「えっ?」
「別の世界で、生きて頂くのです」
「別の、世界?」
「そうなのです……。生きるという事には〝生〟の制約が伴うことをご存知です?」
「〝生〟の制約……?」
なにそれ? と聞くようにそう返すとユナちゃんは自信満々そうな面持ちになって言った。
「全ての生きとし生ける者は〝生〟の制約に縛られているのです。とはいえ本来ならば運命に従って普通に生きているだけで制約は果たされるのですが」
「うん?」
「ですが佳奈さんの場合、こちらの都合で死なせてしまったことで、定められた〝生〟の制約の義務を果たさずに死んでしまったことになってしまいまして……」
「えっと、じゃあ私は生の制約とかいう義務を果たしてないの?」
「はい、なのです」
「それで、別の世界でその義務を果たせ、と?」
「その通りなのです! 理解が速くてありがたい限りなのです!」
「……それを私は断ったりとかってできるの?」
「無理ですよ?」
……うん。無理なら仕方ない、のかな? まあ驚くほど未練とかもないみたいだし……。とりあえず聞かなきゃならないことを聞いておくべきか。
「それじゃあ、いくつか質問してもいいかな?」
「いいのですよ? 私自ら答えてあげる、なのです!」
「その行く世界ってどんなところなの? 魔法はある?」
「自然に満ち溢れた良いところなのです。魔法はもちろんあるのですよ? 無いところなんて、君がいた地球くらいなものなのです」
自然に満ち溢れた……まあ、良いことだよね、うん。魔法があるのは嬉しい、かな。
「あと、身体はこのままなの?」
「それは、いいえ、なのです。〝生〟の制約は魂単位で決まっているので、それを果たす身体は魂の器として適した形なら大丈夫なのですが、以前の肉体は既に火葬済みで、今この世界での身体は記憶から形作られた不安定なものです。そんなわけで向こう側に渡るときに新たな肉体を生成することになるのです。希望がなければてきとうな美少女にしておくのですけど、希望とかはあるのですか?」
ふむふむ……って美少女になれるの!? えっ、嬉しい。希望……希望かぁ……。
「そこにいる人って私と体つき違ったりしないかな?」
「ヒューマンは大体同じなのです。エルフとかドワーフになると特徴から変わってくるので大きく変わるのです」
大体同じなら、大丈夫か。……エルフとドワーフってのは物凄く気になるけど、一旦スルーで。
「じゃあ適当な美少女でお願い!」
「はいなのです!」
「あとそれから、言葉は通じるの?」
たぶんこれが一番大事。だって英語すらまともに覚えられなかったからね。中学一番初めのテストで平均点を下回った頭は伊達じゃないよ!
「それは問題ないのですよ。向こうに突然行って貰うわけなのですから、それくらいのことは天界の私た……私の力でなんとかするのです!」
……お主、今〝それくらい〟とぬかしおったな? ってことは頼み込めば他にもなんかしてくれる可能性あるんじゃないかな!?
「……じゃあさ、魔法って使えるの? 私、今まで使ったことないんだけど、向こうに行ったら使えるようになるんだよね?」
「はい、もちろんなのですよ。さすがに魔法すら使えないのでは向こうに行っても制約を果たせず、すぐここへ戻ってきてしまうのです」
「それって私はどれくらい使えるの? エルフくらい? ドラゴンくらい?」
「あー、その辺は特に考えてなかったのです。まあ適当に調整しておくのです」
「いやいや、私にとっては死活問題なの! ってことで大体でいいから教えてくれない?」
さあ、言え! 言うのだ可愛い天使ちゃんよ! 私は上目遣いくらいじゃ屈さぬぞ!
「えーとですね、私がそこで暮らしていた時と同じくらい、でいいのです?」
全くわからねぇ、わからねぇよ嬢ちゃん。それじゃあ初対面の私には全くわからないよ! でもその首をコテって倒すしぐさ滅茶苦茶可愛いし許しちゃおうかな!
「うん、じゃあそんな感じでよろしくね! あとは……」
なんかあったっけ? あーそうそう。食べ物関係とか、あと魔法の使い方とかも聞いておかないとね。
「その別世界の食べ物って……」
「あっ、ごめんなのです。そろそろ家の門限になっちゃうので、残りの質問は向こうに移動してからにして下さいなのです」
「えっ、門限? っていうか向こう行ってからでも連絡取れるの?」
「じゃあそういうことでよろしくなのです!!」
ユナちゃんがそう言った瞬間、私の座っていた椅子を中心に白い光があふれて、一瞬で私は包み込まれた。
……えっ? ちょっと!? まだ大事なこと聞けてないんですが!?
ってか眩しすぎ! 目を……開けて……いられな……!?
そこで、私の意識は途切れた。