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紫陽 圭

キスで目覚めて

作者: 紫陽 圭

目覚めるためには眠る必要が有るからって、コレはどうなのよ! しかも、目覚めた途端の状況が状況で……。

**********


 それは、ちゅっという可愛らしいリップ音さえしない程度のかすめるだけのキスだった。






「っっ!???」


 バチーンという派手な音が響き、周りの動きと音が止まる。

 ……と他人事ひとごとみたいに解説してるけど、実は、私自身、何が起こったのか判ってなくて、横たわったまま振り抜いた手を降ろした状態で固まってる。 当然だけど、この解説も自分の心の中のみ。 フリーズの原因である音の出どころは私なんだけどね、ワケ判らないし咄嗟とっさの行動だったしで、本人も驚いちゃったのよ。

わざわざ言うまでもなく、人の頬に平手打ちなんて令嬢のやることじゃないわけで、私の手のひらはジンジンしてる。


「(私に)何してるんですかっ!?」


 フリーズからいち早く復活した私の第一声はコレ。

私の言葉が耳に入ってないのか認識できてないのか、相手はフリーズしたまま。 少しして、たれた頬を触って確認するなんて定番の動きを見せた後、どこかぼんやりしたまま出てきた台詞が───。


「……お姫様を目覚めさせるのは王子様のキスなんだろう?」


 バチーンという、再びの派手な音。 周りの動きと音が止まるのは同じでも、今度はみんなしてポカンとした顏。 くだんの発言をした相手も同じく。

ホントに何をしてくれちゃってるのよ! おとぎ話じゃあるまいし、眠ってる令嬢にキスなんて許されるわけないでしょ!

 誤解を招きそうだから明言しておくけど、今の話題になってるのは『ちゅっという可愛らしいリップ音さえしない程度のかすめるだけのキス』とは別件。


「たとえ王子様だろうが、目覚めたら好きでもない人とキスしてたなんてイヤに決まってるでしょ!?」


 私は即座に叫び返す。 ほぼ条件反射みたいにやったこととはいえ、感情を伴ってたからか、私はフリーズしてなかったのよ。 急激な動き(平手打ち)と大声を繰り返して、呼吸が乱れる。 怒りもあったけど、叫んだりったりするには横たわったままという体勢が苦しかった。 ついでに、両方の手のひらがジンジンしてる。

 コトがコトだけに不敬罪は適用されないからとハッキリと言い切ったのが王子のプライドを傷つけたのか───。


「俺を好きだろう?!」

「いいえ、まったく!!」

「それに、未遂だっ───」

「え? してない? ホントに?」


 相手の質問にかぶせる勢いで即答しながら、横たわっていたベッドから上半身を起こし、脇に置いてあったストールを羽織る。 その途中、相手の「未遂」という一言が耳に入った瞬間、思わず食い付くように身を乗り出す。


「未遂で良かったーーー。」

「なっ?!」


 あまりにもホッとして、動揺する相手なんて目にも耳にも入ってなかった。


「いや、ちょっと待て……って、何だ? それ。」


 叫び返そうとしていたルーク王子が目を見開いて訊いてくる。 両手は平手打ちで赤くなった両頬を押さえるのに使ってるから指差すことはできなくて、そのかわりというわけじゃないだろうけど、顏から目が飛び出しそうな形相になっていて、ハッキリ言ってコワい。


「え? 精霊ですけど?!」

「は?」


 「(私が)起きたら、こうなってたのよね」と言いつつ、私は自分の周りを飛び回るカラフルな光に手を差しのべる。

大きさもまちまちな光の正体は多様な属性の精霊たちで、まぶしいわけではなく暖かな光の球としてフワフワ浮いている。 しかし、精霊たちってば、みんな一斉に成長(進化?)したみたいね、見える比率がぐっと上がったわ。 可愛い。


「もしや、貴女の周りには以前から居たんですか?!」


 噛み付かんばかりにして訊いてきたのは神殿の神官長。 どうやら、私の治癒に来ていたらしい。


「気配と声はしてましたよ。」

「……。」


 内心で舌打ちしながら、最低限の答えを返す。

知られてたら厄介なことになるのは判りきってたから、他の誰にも気づかれてないのをいいことに知らんふりを押し通してきたんだけど、見えるようになっては隠しきれない。 居たからといって判るほどの影響も無かったし、精霊たちには内緒の話し相手になっててもらってただけだし、黙ってても問題は無かったんだから文句は受け付けない。

 私の機嫌が悪化したのと、同時に精霊たちからも不穏な何かを感じ取ったのか、神官長がつばと一緒に言葉を呑み込んだのが判った。


「とにかく……ルーク様は私との婚約は解消したいんですよね? 喜んで応じさせていただきますので、手続きが終わったらマリー様とでも婚約してください、私の復帰は有り得ません、お幸せに。 それと、私の結婚については誰の指図も受けないし、神殿にも関わる気は有りません。 体調は問題ありませんけど疲れてるので少し休みます、失礼しますね。」

「え? いや、ちょっと待て───」


 私がさっさと言いたいことを言うと、精霊たちが皆をドアから押し出して閉めて……音も声も聞こえないってことは結界でも張ってくれたんだと思う。

ルーク王子が何か言おうとしてたけど、精霊相手に不敬罪も何も適用されることは有り得ないから気にしない。

精霊たちにお礼を言って、休むべく目を閉じる。 追い出すための口実ではなく、ホントに疲れていた。






「……で? 庭でのキス……までは俺のこと好きだったよな? そう言って、婚約解消前に最初で最後のキスを、ってことになったんだもんな?」


 休息後、王宮の応接室でルーク王子が訊いてきた。 「庭でのキス」の後に間が空いたのは、あのキスと言えないほどのキスの直後に2人とも気を失った(倒れた)らしいから口に出すのが気まずかったんでしょうね。

私としても、あのキスからして思い出したくもない黒歴史、でも無かったことにして婚約復活の口実を与えるつもりも無いのでツッコまない。 そう、こっちのこそが『ちゅっという可愛らしいリップ音さえしない程度のかすめるだけのキス』で、残念ながら未遂とはいえないから黒歴史の1つになってしまったのよね。


「好きだと思い込んでただけです。 王子様に恋するというシチュエーションに憧れて……いえ、見目の良い男の子の婚約者という立場に気分が盛り上がってただけ……いま思うと恋でさえなかった。」


 そう、なぜ、あんなふうになってたのか私自身にもわからない。 そのことに突然気付いた理由も……いや、こっちは予想がつかなくはないけど一部認めたくない部分が有るだけかも?!

とにかく、もやっとしたものがスッキリ晴れた感じなのは間違いない。


「実際に俺は王子で、恋の相手に問題の無い婚約者という立場だっただろう?」

「私のイメージの王子様はもう少し年上だし婚約者以外の女性にふらついたりしません。」

「ただのイメージだし、簡単に王子の婚約者を変更なんてできるものか!」

「あの時、庭で、それを貴方がやるという条件を飲みましたよね? それに、精霊たちが居る限り、誰も私に何かを無理強いすることは出来ない、つまり私が望んでいるのだから婚約は解消されます。」

「……。」


 私からの婚約解消宣言でプライドが傷ついたのか、微妙な食い下がり方をする。

 確かに、普通だったら、王族の婚約者の変更なんて簡単にはできない。 でも、天候さえも左右し得る精霊たちを怒らせるわけにはいかない以上、王子のプライドなんて問題にはされない。 他国でさえ納得する。


「そうそう、マリー様との婚約には協力させていただきますから頑張ってくださいね。」


 黙り込んだ王子に追い打ちをかける。


「いや、マリーとは、もう───」

「婚約しないとは言いませんよね? 彼女は周りから冷たく当たられていたのに、それは貴方が彼女を選んだせいなのに、今さら放り出すなんて言いませんよね? 子爵令嬢という身分がふさわしくなかったとはいえ、彼女は本気で貴方を想っていたのに、そして今も想っているでしょうに……。」


 実は、マリー様は転生者っぽい。 自分をヒロインと信じてシチュエーションに酔ってた部分も有ると思う。 でも、王子が婚約者持ちだったとはいえ、玉の輿狙いでもなく本気で恋してるのは間違いなかった。

それに対して、私のあれは今となっては黒歴史、できるものなら無かったことにしてしまいたいシロモノ。 さっき王子本人に告げたように、ルーク王子は私の「王子様」のイメージからも外れてるんだもの、有り得ない状況だったんだと思う。 マリー様の言葉通りゲームだか本だかの世界なら、強制力ってやつが働いてたせいでしょうね。 そして、それがけて現状に至る、と。 それがけた理由は……後で確認しよう。 問題の先送りだって? 問題無いからいいのよ。

 ……あれ? こういう考えをするってことは、私も転生者なのかも?!

マリー様が転生者という説も、精霊たちが聞いてきた「ゲームが」とか「ヒロインだもの」という彼女の呟きを理解したからこそだし、それを理解できたってことは、ねぇ。






「それでは、ルーク王子との婚約の解消は決定ということで間違いありませんよね?」


 会見室で、国王陛下や勢揃いした重臣のかたがたに確認する。

「間違いない」との陛下の言葉に皆さんが頷く。 もちろん、もう1人の当事者たるルーク王子も同席、どことなく憮然とした表情ながらも「わかってる」と応える。 同じく同席してるマリー様は目がキラキラしてる……ルーク王子との婚約が成立したら猛勉強と猛特訓とプレッシャーと身分差ゆえの猛烈なねたひがみとその他諸々で大変なんだけど大丈夫かな?!

 国王陛下たちの反応を受けて、目の前の書類全面にペンで大きくバツ印を入れ、念のために自分の署名は黒く塗り潰す。 そうやって無効化した婚約誓約書を机に戻し、婚約解消の申請書と(陛下からの)承認書に署名する。 後者の2枚には陛下やルーク王子、重臣数名の署名は既に入っている。 そこに、親権者でもあり立会人でもある父も署名して書類は完成。

 婚約がまだ正式な告知前だったこと、こういう書類のやりとりが有ること、これらが謁見室ではなく会見室での手続きで済んでる理由。 おかげで気まずい思いをする人が少ないんだし、よかったと思う。


 そうして、将来の王子妃の重圧から解放されてホッとしてたのに……さすがに国王陛下ともなると一筋縄ではいかなかった。


「さて、それでは……セレネ嬢、カイルとの婚約を承諾してくれるな?」

「え? 王弟殿下と?!」

「カイルなら、セレネ嬢の言う『王子様』像に近いだろう? あれは王弟とはいえ臣下にくだっているから玉の輿狙って乗り換えたとか悪く言う者は居ないだろうし、私が言わせない。 カイルとの婚約を正式に告知してしまえば、ルークとの婚約は前評判だけだったと思わせることができるからセレネ嬢も侯爵家も面目を保てる。 それに、精霊たちの存在を考えると、セレネ嬢を国外はもちろん市井しせいに出すわけにもいかなくてな。 貴女なら判ってくれると思うのだが?!」

「……。」


 王子様のイメージの話まで陛下に伝わってるとは……。 その驚きに加え、すかさず新たな婚約を持ちかけてこられるとは思ってなかった私は即答できなかった。

 その時、視界の隅でマリー様が密かにニンマリと笑うのが見えたけど、今はそんなことは私にとってどうでもいい。


「私は政略や体面だけのための結婚をする気は有りません。」

「もちろん、強制する気は無い。」


 仮にも国王陛下を相手にしての王弟殿下との婚約の話題、意識してやんわりと逃げ道を作る。 それに対して即答した陛下の応えに含みを感じるなぁ、と思っていたところに───。


「セレネ嬢、婚姻はお互いが納得できてからという前提での婚約でもダメですか?」


 王族専用のドアを開けつつ私に問いかけてきたのは、誰でもないカイル様ご本人。 このタイミング、カイル様、確実に話を聞いてましたよね?!

私は軽く一息ついて、父に頷く。


「カイル閣下のお言葉に沿うということで、お受けいたします。」


 カイル様を立てるかたちで国王陛下に応える。 先ほど陛下が「王弟とはいえ臣下にくだっている」とおっしゃったのを受けて「殿下」から「(将軍)閣下」へと敬称を変えるのも忘れない。


「賢い人は好きですよ。 そうそう、婚約者に対して『閣下』はやめてくださいね。」


 くすりと笑って握手の手を差しのべてくるカイル様は、合意無しでは婚姻しないという私の意図をしっかり判ってくださってるらしい。 さらには、ご自身は承諾済みであることを含ませつつ、希望を伝えてくるんだから、さすが王弟殿下にして将軍閣下だなぁと感心してしまう。


「それでは、カイル様……よろしくお願いします。」

「『それ』も合意した後にはやめてもらいますから、心の準備をしておいてくださいね。」

「……わかりました。」


 今まで心の中では「様」付きで呼んでたから大丈夫かと思ったのに、実際に口に出すのは妙に恥ずかしくって言葉に少し間が空いてしまった。 それなのに、その「様」付きまでやめさせると予告されるなんて、すぐにでも心の中からも「様」を外さないと対応できる気がしない……ハードルが上がったわ。

 必要以上の堅苦しさを拒絶する意思を如実に示すカイル様の口調と視線に、あらがう余地は無かったから承諾するけどね。


「では、さっそく相互理解を深めたく思いますので……失礼させていただきます。」


 握手だと思って差し出した私の手をさりげなく自身の腕に絡め、実に優雅に退出の挨拶をしてのけるカイル様。 あまりの自然さに驚いてはいても、これくらいは私も対応できるのでカイル様に合わせる。


 そうして2人で退出しようとして、ふとマリー様と視線がぶつかった。 今度は、彼女が表情を動かす前に私から、ルーク王子とマリー様にニッコリ微笑んで軽く会釈を。 それに対する反応なんて確認する必要も無いので見ていないけど……隣でカイル様に再びくすりと笑われたのは気のせいじゃないんだろうなぁ。

ついでに、周りの精霊たちにもくすくすと笑われたのは……気のせいだということにしよう。






 ───「私のイメージの王子様はもう少し年上だし婚約者以外の女性にふらついたりしません。」


 私がルーク王子に語ったこのセリフ、幼いころには絵本の影響だったけど、現実が見えるようになってからはカイル様がモデルだったりする。 つまり、今回のルーク王子との婚約解消とカイル様との婚約は私にとっては『瓢箪から駒』というか『棚からぼた餅』という幸運で、それに自惚れでなければ脈は有りそうだし……頑張って幸せを掴もうと内心で気合いを入れる。

そして、今度こそは勝手なイメージで盛り上がったりせずに、表面では判らないカイル様の内面と、本来の私を受け入れてもらえるかを確認するのを忘れない───そう自分に誓う。


 幼いころのお伽噺とぎばなし、王子様のキスで目覚めたのはお姫様。

 キスが未遂で相手がお姫さまじゃなかった今回、目覚めたのはいくつかの現実───私の記憶と精霊たちの成長と何か(強制力?)の解除とルーク王子の覚醒(?)。

それでも私たちの現実世界でも今のところはハッピーエンド。 だからこそ、ハッピーエンドの続きも幸せでいるためには、しっかりと地に足を着けてなくちゃ、ね。






***** 完 *****

ルーク王子は王太子(次期国王)ではないので、色々と大目に見てもらうことができてます(^_^;)


私の作品の中では最早お約束なパターンかも(^_^;)

余計な要素を頑張って省いてみたんですけど……わかりにくくなってないといいなぁと思ってます。

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