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なくなった物

作者: 北本和久

なくなった物――例えば、携帯電話。仕事上の取引先から、街で声をかけた女の子まで電話番号がたくさん入っていたのに。


なくなった物――例えば、本棚に並んでいた大量の本。ミステリーが好きで、ずっと買い集めていたのに。


なくなった物――例えば、三冊のスクラップブック。この五年間に観た映画の半券を張り続けて、その数は千枚を越えていたのに。


なくなった物――例えば、十年分の日記帳。事細かに書かれた映画の感想は、どの雑誌の映画評よりも生き生きと感動を書き綴ってあったのに。


なくなった物――例えば、一万円札百枚。燃えて灰になってしまった。引き出したばかりだったのに。


なくなった物――例えば、車。スクラップにされてしまった。まだ買ってから四年しか経っていなかったのに。


なくなった物――例えば、スーツ一着と靴一足。就職祝いに父親から贈られ、気に入っていたのに。


なくなった物――例えば、カバン。仕事に行くときには、いつも持って出かけていたのに。


なくなった物――例えば、会社の棚の鍵。あれがないと仕事にならず、皆が困ってしまうというのに。


なくなった物――例えば、例えば・・・遺書。彼が、最後に何を考えていたのか今となってはもう誰にも分からない。


なくなった物――例えば、一人分の命


なくなった物――例えば、一人分の人生。大切な友達の人生。


十月、珍しく暖かかったある日、運動公園の駐車場に停められた車の中で薬を飲み、お気に入りだったスーツと靴を身に着け、彼は自殺した。使われた薬品は、勤め先だった化学工場の薬品棚から持ち出したものだった。

息子の事を思い出すのが辛いと言って、彼の両親は彼が大切にしていたスクラップブックや日記帳、本、カバンなど全て処分してしまった。両親は悲しみのあまり、捨てる時に中身をよく確かめなかった。そのせいで、日記帳の最後のページに挟まれていた遺書にも、そこに「お葬式の費用に使ってください」と書かれ、いつも持ち歩いていたカバンの底に入れてあった百万円入りの封筒にも気がつかなかった。


生きてさえいれば、きっと楽しい事もあったはずなのに。

女好きを気取っていたけれど、本当はシャイで、実際に女の子の前に出ると、禄に話も出来ない奴だったのに。

本と映画が大好きで、自分より他人の事を心配するような、優しい奴だったのに。

いつものように、楽しい話をもっともっと聞かせて欲しかったのに。

また明日も会えると思っていたのに。

・・・どうして、気付いてあげられなかったんだろう。

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