目薬と彼氏が怖い
「や、や、ちょっと待っ、待って待って!!」
首をガッツリと固定されて黒目の真上に落ちるように持ち上げられた目薬の容器。
たかだか目薬をさすだけで、何でこんなに大袈裟なことになってるのか、後、何でさしてもらわなきゃいけないのだろうか。
大慌てでその手を掴んで下ろさせれば、何故か舌打ちをされる始末。
私、何か悪いことしたっけ、してないよね。
あれれー?なんて某ミステリーアニメ、彼の歩くところには必ず死体が出る!みたいな子供のように、小首を傾げて言ってみたが、殴られた。
女の子に手を上げるとか、何事。
痛い、とボヤきながら頭を押さえていると、溜息が降ってくる。
目薬なんてまともにさしたことのなかった、人生故に、こんな面倒なことが待っているなんて思いもしなかった。
仕事でもパソコンを弄るし、家に帰って来てもパソコンを弄る私の目は、非常に酷使されていて、常に眼精疲労状態なのだ。
目の神経がズキズキと痛むことに耐えられず、最近では視力低下で眼鏡の度数すら合っておらず、ドライアイが進行している。
死ぬかもしれない、と呟いた私に対して、ガチャガチャとゲームをしながら彼が一言。
「目薬買えよ」と吐き出したために、買ってみたものの、ちょっとさし方が分からない。
何これ、状態である。
ゲームをしていた彼を置いて、薬局ダッシュからの帰宅をした私は、慣れない目薬を前に戸惑い、終いには携帯を持ち出し、たしたしと検索をかけた。
お世話になっている、ぐーぐるな大先生の検索ワードには『目薬 さし方』と入れて、出てきたものを片っ端から見てみたわけだが、やはり分からん。
首を傾けて、ティッシュ片手に、こうだろうか、と上を向いたところで、彼の、ガチャガチャというゲーム音が止まる。
「何してんの」と聞かれて、振り向けば人を小馬鹿にしたような顔があって、いや、その、と呟きながら、目薬の容器を下ろすことになった。
「目薬させない」
「はぁ?何いってんのお前、馬鹿じゃねぇの。いくつだよ、お前。小学生か」
何故一言言っただけで、二言三言、余計な言葉が添えられて返ってくるのか疑問である。
私達付き合ってるよね?彼氏彼女なカップルだよね?と確認のために聞きたくなる罵倒をされたが、しばらく考え込んだ彼は、思い立ったように、私の目薬を奪う。
残念ながら色んな添加物が入ってて滲みそうな、恐ろしい大人用の目薬を買う気には慣れずに、子供用のものを買ってきたが効くのだろうか。
子供用のパッケージを見るなり、顔を顰めた彼に、そんなことを聞けるはずもなく、口を噤む。
「ほら、上向け」
「え」
「やってやるから」
ニィ、と効果音の付きそうな嫌な笑み。
上を向けと言ったくせに、目薬を持っていない方の手は、私の頭を完全にロックしていた。
そうして話は冒頭の叫びに戻り、現在、私は目を押さえて目薬をさせないよう、ブロックしている。
目薬をさしたことがないのかと問われればノー。
確実に過去に何度か使ったことがある。
ものもらいになって、眼科に行けば目薬を貰うので、嫌でもそれを使うしかない。
しかしそんなの何年も前の話だ。
どうやって使っていたのかなんて思い出せない。
「無理です、ごめんなさい」
意味もなくその場で彼に向かって土下座をするが、彼は迷うことなくこちらを手を伸ばして来て、再度私の頭をロックする。
チラリと見えた彼は、本当にいい笑顔をしていた。
無邪気な子供のような笑顔だけれど、なんでこの状況でそんな笑顔をするのか不思議でたまらない。
「目薬くらいさせないで、どうすんだよ」
その一言と一緒に落とされた雫で、私は本日二度目の叫び声を上げるのだった。
――目薬怖い、何より目薬を装備した彼が怖い。