表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

モスクワでの真実

作者: 七夕ハル
掲載日:2016/01/28

 シベリアの鉄道。夜間。猛スピードで列車は走っている。モスクワ行き特急イワン号。列車の中に人影は、まばらである。ただし、一人の風采の上がらない男と非常に美しい女が向かいあって座っている。二人は、とても若い。もしかすると二十才を越えていないかもしれない。よく我々は人を外見で判断して失敗するのだが、男も女も、さっぱりとした服装に身を包んでいる。見たところ、良家の出のようだ。

「ナスターシャ。モスクワは素晴らしいぞ」男が女に話しかける。女は、じっと外を見ている。ちらほらと光っている家々を通り過ぎて列車が進むのを、女は微笑を浮かべ視線を向けているのだが、その先には、夜の景色などはないようだ。男は懸命に話しかけるが、女は、じっと黙ったままだ。めげない男は、自分をアピールするためだろうか?今度は、読んだ本の話しを始めた。聖書の解釈にはじまり、ドストエフスキーの「カラマーゾフの兄弟」について話しを続けて、とうとうロシア大統領について、気の利いた皮肉を言った。それでも女が、話しにのってこないので、男はため息をつく。

 気分を変えようとしたのだろう。男が客席の窓を上げると、冷たい風が、ドッと流れこんでくる。女は、顔をそむけるように、身をねじる。「ごめん。寒かったね」男がびっくりして窓を再び下げると、女は、不機嫌そうに顔を歪め、やはり何も言わない。男は、さらに料理の話やモスクワで泊まる予定になっているホテルのパンフレットを女に見せるのだが、女は興味を示さない。

 やがて、22時20分。列車は静かにモスクワ駅に到着した。男は座席を立ち上がり、女を背負っていく。モスクワ駅は夜とはいえ、さすがに首都だけあって混雑している。そんな中、女を背負った地味な世間知らずそうな男が、進んでいく。ギョッとして振り向く人もいた。でも、女は身を男に預けるように、おぶさっている。気づいたのは2,3人だったろう。

 改札で駅員に二人分の切符を見せると、駅員は「どうぞ」とばかりに、うなずく。男女は、急いでホテル行きのタクシーに乗りこむ。男は、女を丁寧に背からおろす。ドンッ。少し乱暴だったようだ。男は「ごめんよ」と詫びる。ここに来て、女の機嫌もなおったようだ。男は、女が微かに微笑んでいるのを見た。それからも、男はしゃべり続けるが、女は反応しない。ホテルに着いた時に、タクシーの運転手は、ありがたいことに男に「外見の良い女は、わがままものが多いと聞いていたが、この女は筋金入りだな。怒っているにせよ、もうちょっと男をたてないとな。おまえさんも女を選ぶときは、中身を考えて決めろよ」と忠告までしてくれた。男が女を抱えるようにするのを見て、運転手は、女は体が悪いらしいと気づいて『悪いことを言った』と思ったらしい。少し運賃をまけてくれた。そして、「二人に幸運が訪れますように」と言って去っていった。

 夜、ホテルのサービス係が男女の部屋に入ると、女性が一人で椅子に座っている。サービス係は、「失礼します。近所で火事がありまして、念のために避難していただきたいのです」と言う。女は何も言わないし、動く様子もない。サービス係は、不審に思い、近づいてみる。「これは!!」サービス係は叫んだ。そこに、男が帰ってきた。「見たな!!ナスターシャに何のようだ!!」「でも、お客さん。これ……人形ですよ」「それが、どうした!!俺の妻だ!!」サービス係は、男のあまりの怒りように恐れをなして出て行った。

 火事は幸い、ホテルにまで及ばなかった。翌日、男は人形とともに、ホテルから消えていた。  


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ