第5問 受け継がれる遺志
【問題5 カップルと一つのコーラ】
あるカップルが二人で一つのコーラを回し飲みしていた。
突如男の方が苦しみだし、倒れ、死んでしまう。
コーラに仕込まれていた毒で死んだのである。
男が死に、女だけ助かった理由とは?
ドリームランドで起きた殺人事件……こともあろうに、刑事さんは俺を犯人だと疑い始めた。そんな中、颯爽と現れ事件の真相を暴いてみせると言った一人の女性。名は白神ユリアというらしい。偶然にも俺と同じ高校だ。
その白神先輩は胸元から取り出した奇妙な形のペンダントに、おそらくは事件の概要であろう事例を吹き込んでいた。
「な、何ですか、それ……?」
「探求パズル。まあ気にしないで。これからちょっとブツブツ独り言言わせてもらうけど、おかしくなったわけじゃないからね」
そう言って白神先輩は本当にパズルに向かって話しかけ始めた。
「まずは……〝男はコーラに入っていた毒で死んだ?〟」
パズルが青い光を放つ。何だ、あれ?
「〝女はコーラを確かに飲んだ?〟」
パズルが青く光る。
「なるほど……飲んだフリはしてなかったってわけね」
「ちょっと、どういう意味!? あたしを疑ってるの!?」
毒花が突っかかってくる。先輩はさらっと無視して続ける。
「〝毒は店員が運んできた時点で仕込まれていた?〟」
今度はパズルが赤く光る。さっきから何なんだろう、あれは……?
「なるほど……だったらやっぱり……」
「き、君、さっきから何のつもりかね?」
「もう少しだけお待ちください、刑事さん。〝毒は二人が飲み始めた頃に仕込まれた?〟」
パズルが青く光る。
「ちょ、ちょっと待ってよ! やっぱあたしを疑ってんじゃないの!? あたしが毒を仕込んだって言いたいんでしょ!? そんなペンダントにブツブツ話してないで、はっきりそう言いなさいよ!」
「随分過剰に反応しますね。やっぱり当ってるからですか?」
「ち、違うわよ!」
でも確かに言われてみれば……さっきからやたら突っかかる毒花の顔色がよくない。もしかして本当に、この人が……?
「落ち着いてください、毒花さん。あなたが毒を仕込んだと言うのなら、どうやってあなたはその毒から逃れたというのですか? あなたもコーラを飲んだのでしょう?」
「そ、そうよ、あたしは飲んだフリなんかじゃない、ちゃんと飲んでたのよ!」
「それはこっちでも証明されています。ご心配なく」
余裕の笑みで返す先輩。
「何よ、こっちって!?」
「ではもう一つ質問、〝毒はカップに塗られていた?〟」
パズルが赤く光る。
「ふ~ん……カップの口をつける部分一箇所だけに毒を塗ったトリックかと思ったのに……」
「そんな古典的なトリック、今時推理小説でも使わないわよ、バーカ!」
段々毒花の本性が見えてきた気がする……。
「飲むのには一個のストローを使っていた。二人ともカップに口をつけてはいないよ」
「なら……そうだ、〝毒は氷に仕込まれていた?〟」
「!」
パズルが青く光る。どうも当っていると青く光るらしいな、あの不思議なパズル。
「氷に!? どういうことだ!?」
「もう一つ質問。〝女がコーラを飲んだのは運ばれて間もない頃だけである?〟」
パズルが青く光る。どうも先輩にはほぼ答えがわかったようだ。にんまりと笑みを浮かべる先輩。
「……」
「観念しましたか? 毒花さん。解けましたよ、あなたのトリック」
「ど、どういうことかね?」
「こういうことですよ、刑事さん。運ばれてきたコーラに用意していた毒を凍らせた氷を入れる。そして始めのうちは疑われないよう自分もコーラに口をつける。そして氷が溶け、毒がコーラに混ざったところからは一切口をつけない。そして毒入りコーラを飲んだ男は死ぬ……これが真相です」
「な、なんと……!」
「はっ! 言いたい放題言ってくれるけど、どこにそんな証拠があるのよ!? ないでしょ!?」
「そうですね。毒は文字通り溶けてなくなっちゃいましたし、他に彼女を犯人と示す物的証拠はありません、残念ながら……」
「ほら見なさい! そして店員さんが毒を入れなかったって証拠だってないでしょ!? つまり何も解決していない……そういうことよ!」
「くっ……」
やっと無実の罪が晴らせそうであと一歩及ばず、悔しがる俺とは対照的に……先輩は何を言われても余裕の笑みを崩すことはなかった。
「もう解決してるんですよ。全ての謎は解けました。あとはこのパズルの力であなたに聞くだけです。〝男を殺したのは……女の方、毒花薔薇、あなたである?〟」
パズルが眩しい光を放つ。その光を浴びた毒花は……顔を強ばらせる。
「うっ……くくく……。そ、そうよ……駄摩を殺したのは……このあたし……ぐっ、ち、違う、あたしそんなこと言ってな……くくく、金目当てで近づいて、金だけ奪って殺して逃げようと思ったの……うっ、うああああああああああああ!」
「な、なんと……」
犯人の自供に驚く的外刑事。しらを切りとおそうとしていたのに、急に自白し始めた毒花。一体どうしたというのか? これもあの不思議なパズルの力なのか……?
そして毒花薔薇は逮捕される。毒花の鞄から、男の通帳が出てくる。本当に金目当ての、程度の低い犯罪だった。そんなことに俺を巻き込もうとしたのだから、なんとも許せん……。
「よかったわね、疑いが晴れて」
「あ……ありがとうございました! このご恩は一生忘れません!」
俺は白神先輩に深々と頭を下げる。本当によかった……ここで捕まっていたら、一生俺は社会に復帰できなかったかもしれない。文字通り、命の恩人だ、この人は……。
「で、でもどうしてわかったんですか? あの女性が真犯人って」
「別に。パズルを解いていったらそういう答えに繋がっただけよ。あなたが犯人じゃないって確信があったわけでもないし」
「そ、そうなんですか……。パズルって、さっきのペンダントのことですか?」
「うん、まあね。ねえ、あなた、パズルゲームとか興味ある?」
「は? 何ですか、突然……?」
「そう、私がオススメしているすっごく面白いゲームがあるんだけど……」
あの不思議なパズルのことを聞く暇もなく、先輩は急に水平思考パズルというゲームの話をし始める。まあそれは、事件を解決してくれたあのパズルと全くの無関係でもないのだが……。先輩にその秘密を教えてもらうのはまた後日の話になる。
これが先輩との出会い……そして、全ての始まりだった……。
夢幻邸、社長室と書かれた部屋に通される俺と獅子神。
「社長室って?」
「ここもレオナ様のお部屋の一つです。ただしこちらは夢幻探偵社社長としての部屋ですが」
「夢幻探偵社ってここなんですか!?」
「そうです。秘密組織に近いですから、街中に堂々と会社の看板を掲げるわけにもいきませんからな。普段は豪邸を装ってカモフラージュしております」
どっちにしろ目立つことには変わりないけど……。
中に入ると、五十近いスクリーンとベタな社長の椅子と机がドーンと目に入ってくる。スクリーンの前では何人ものメイドさんたちがその格好のままでモニターに向かいマイクで指示を出したり、パソコンのキーボードを叩いたり、電話で連絡を取っていたりと大忙しの様子。
「夢幻探偵社の調査部員たちが身につけている小型カメラ……それが映し出す様子がこのスクリーンに出るわけです。現在は全部員全力でレオナ様の行方を追ってますが……」
「凄いですね……」
夢幻探偵社のスケールの大きさに圧倒される俺。
「さっきのお話に戻りますが、夢幻博士シリーズ最新号に載った五問の問題、それがレオナ様と流石様が追い続けてきた事件全てとリンクしているという事実……。流石様はまだご存じなかったのですね?」
「え、ええ。五問目は以前俺が巻き込まれた事件がモデルになってるってのはわかってましたけど……」
「そう。そして一問目、蕎麦殻枕のアレルギーで死んだ男の話は、レオナ様の祖父、博士様が亡くなられた事件がモデルなのです」
「何ですって!? レオナのお爺さんが……?」
「この記事をご覧下さい。五年前の記事ですが……」
時田さんが渡す新聞記事には、五年前の日付で夢幻博士が死亡したとの記事が載っていた。
「とある旅館に仕事で泊まられた博士様でしたが、その旅館の枕でアナフィラキシーショックを起こし、亡くなられたのです」
「夢幻博士さんは蕎麦アレルギーだったんですか……。でもこれ、殺人事件ってことにされてますね?」
「その旅館では蕎麦殻の枕は使用していない……つまり何者かが枕をすり替えたということになります。博士様のアレルギーを知り、博士様に殺意を抱いていた何者かが……」
レオナのお爺さんは殺されていたのか……。探偵という職業柄、危険な仕事にも関わってきたんだろうけど……。
「そしてその犯人は……二年後、ある刑事が犯人を突き止めます。しかし犯人は逮捕直前、追い詰められた末に自殺……。それが二問目、刑事と犯罪者とその妻のお話のモデルになるわけです」
「犯人は自殺したんですか? じゃあ……その奥さんは?」
「犯人は悪田組朗、とある犯罪組織の一味でした。かつて自分たちの仲間の罪を暴いた博士様を報復のために殺したのです。それを突き止めたのが博士様の親友の刑事、仲間友二様でした……。あと一歩のところで捕まえられるところでしたが、自分が捕まることにより、組織全てが壊滅に追いやられるかもしれないと恐れた悪田は自殺を図ります。
仲間様はその事実を妻である悪田佳子に伝えに行きましたが、さすがの仲間様も佳子までが組織の一員であるとは予想だにしてなかったようで、組朗の自殺を伝えたとたんに今度は仲間様が佳子の報復にあいます」
「な……」
一問目のモデルと二問目のモデルは繋がっていたのか……。しかもなんてスケールの大きい、壮絶な話なんだよ。
時田さんはその当時の事件の記事も見せてくれる。仲間刑事殉職事件の詳細……確かに今説明してもらったとおりだった。
更に次の記事を取り出す。まさか……。
「三問目は殺人現場を目撃した一人の男と犬一匹が、男の方だけ犯人に殺される話。これはそのまま今の事件の続きです。仲間様を殺した佳子でしたが、その現場を近所に住む青年、現葉見一に目撃されてしまいます。すぐさま追いかけて現葉を殺害しますが、現葉の飼い犬であるポチに腕を噛まれ、その傷が決め手となり佳子は逮捕されます」
悪田佳子逮捕の記事……。なるほどな。
「じゃあもしかして、次の四問目も過去の事件でモデルが……?」
「むう……おそらくはそうなのでしょうが、これだけは私もいくら調べてもわからなかったのです。ホテルの火災事件は日本中どこでも起きていますが、その中でレオナ様や白神様、流石様の関わった事件はありませんでした」
どういうことだろう……? そもそも不死原聖龍はどうしてレオナや白神先輩の関わった事件をモデルにこんな問題を? よっぽどネタに困っていたのか、それとも他に何か意図が……?
「時田部長、犯人からの連絡がありました!」
一人のメイドさんが受話器を持って言う。動きがあったみたいだ。
「うむ、貸してくれ。もしもし?」
受話器を取ると同時に電話横のボタンを押す時田さん。すると電話の向こうの声が俺たちにもマイクを通して聞こえてくる。
「流石騎士は連れてきたか?」
ボイスチェンジャーで変えた声。こいつが……一連の事件の真犯人。
「う、うむ、連れてきた。レオナ様は無事か!?」
「心配するな。今声を聞かせてやる」
「む、むぐっ、時田……!」
「レオナ様!」
受話器の向こうからそれまで口を塞がれていたのだろう、レオナの苦しそうな声が聞こえてきた。
「わかったか? 女は無事だ。それより……そっちも流石騎士の声を聞かせてもらおうか?」
「よ、よし、待っておれ……流石様」
俺は受話器を受け取り、犯人と会話する。
「もしもし、流石騎士だ。わかるか?」
「ああ、バッチリだな。これで人質との交換……といきたいところだが、その前にお前には一つ聞きたいことがある」
「何だ?」
こいつ……一回俺の声聞いただけで俺だと認識しやがった。間違いない、犯人は俺の知っている人物……!
「不死原聖龍はどこにいる?」
「!?」
「聞こえなかったか? 不死原聖龍はどこにいるって聞いてるんだ」
何言ってるんだ、こいつ……? 不死原聖龍なら、お前が殺したんじゃないのか……?
「どうした、何故答えない?」
「……知らない」
「知らないとはどういうことだ? 隠すつもりなら人質は殺す」
「さ、流石様……」
うろたえる時田さん。俺は事態が飲み込めない以上、極力余計なことは言わない方がいいと判断し、言葉を選んで最低限の回答をする。だがその答えに犯人はややイラついているように見えた。
不死原聖龍は生きているってのか……? そんなはずはない、探求パズルで確かめたんだ。パズルの力は絶対だ、不死原聖龍は死んでいる。
「まさか本当に知らないのか……? まあいい、それなら貴様の持つパズルを奪い、そいつの力でゆっくり探すことにしよう」
「パズルのことも知ってるのか?」
「当然だろう。それのために、仲間たちがどれだけ捕まってきたか」
「で、ではお前は、やはり犯罪組織ジェネラルのトップ……!?」
時田さんが言う。さっき話に出た犯罪組織ってやつのリーダーか……。
「ふん、貴様らのお陰で組織はもはや壊滅寸前……だがまだこれからいくらでも再生することが出来る。貴様らさえ始末すればな……。今から言う場所と時間に、流石騎士、貴様一人で来い。いいな?」
そしてそれから犯人は場所と時間を言う。そして最後にこう言い残していく。
「これでグランドフィナーレだ……。もう連絡はしない。逃げるもよし、仲間を呼ぶもよし、だがどちらの場合も女は戻ってこないものと思え。じゃあな」
プツッと電話が切れる。
「くそう……犯人め……」
「……犯人が指定した時間まであと一時間。この場所まで近くまで車で行くとしてどのくらいかかりますか?」
「だいたい十五分程度ですか。まだ時間はあります、何か策を……! 流石様一人で行っても、いずれにせよ犯人はレオナ様ごと殺すつもりでしょう!」
「レオナを助けたいなら……俺に任せてもらえませんか? 時田さんたちの力を借りれば、俺は助かってもレオナは必ず殺される。多分犯人はその辺躊躇しないでしょう」
「で、ですが……!」
「今残された時間でやるべきことは……残された謎の消化。それさえ出来れば……まだ希望はあります」
「……何か策が?」
そんなものは正直ない……。だが犯人の正体がわかれば、パズルの力でまだ対抗する術があるかもしれない。そんな漠然とした予感だけはあった。
「……わかりました。信じましょう、流石様を」
「ありがとうございます。じゃあ早速ですけど……こいつを使います」
俺は探求パズルを取り出す。
「それが例の?」
「ええ……事件に関することは残り九個しか質問できません。でも……今揃った情報ならそれだけで全ての謎の答えにたどり着けるはず」
まず解決すべきは……さっきの電話の中での犯人の言葉。不死原聖龍がまだ生きているのかどうかの確認。いや、死んでいるのは確定だから……こう聞くべきか。
「〝不死原聖龍を殺した人物は白神ユリアを殺した犯人と同一人物である?〟」
パズルは青く光った。くう……のっけからややこしくなる答えが出てしまった。やっぱりじゃあ何で犯人は不死原聖龍がまだ生きているって勘違いしているのか?
電話の人物は先輩たちを殺した犯人……実行犯ではないとか? 組織って言うからには他にもメンバーがいるだろうし、さっき電話に出ていたのは実行犯じゃない奴だった可能性もある。
「〝さっきの電話の人物は不死原聖龍、白神ユリアを殺した犯人と同一人物である?〟」
パズルが青く光る。
「????」
「ど、どういうことですかな、さっきから? 不死原聖龍様はもう死んでいると?」
「ええ……そのはずなんですが」
くそ……どうなってるんだ? 何で犯人はそんな勘違いを?
そういえば……考えてみれば不死原聖龍の死体は未だに警察も見つけられていない。その上、犯人すらどこに死体があるのかもわからないということは……不死原聖龍は殺されはしたが、犯人すら死亡確認できないような殺され方で死んだということか?
ここでレオナがいれば……きっといい知恵をくれるだろうに、俺一人じゃ何もいい考えなんて浮かばない……。
死亡確認できない殺し方……例えば崖の上から突き落として海の中で死んだとか? 他には……。
するとさっきからずっと黙って事を見ていた獅子神が……俺の前に夢幻博士シリーズ最新号の四問目のページを見せてくる。
「……焼死か」
「はい? 何ですか?」
「〝不死原聖龍は焼死した?〟」
パズルが青く光る。よし……。
「サンキュー、獅子神」
「あ、あの……さっきからお二人で何のやり取りを……?」
さっぱり話についていけてない時田さんを尻目に、俺は再び頭の中でパズルのピースを組み立てなおす。
四問目は不死原聖龍の死をモデルにした問題ってことなのか? でもこの問題、出版されたのは今から三ヶ月も前だ。不死原聖龍は最近殺されたんだ、つじつまが合わないじゃないか?
……いや、考えてもみろよ……。滅多に人前に出ないっていう不死原聖龍……失踪したと思われるのは白神先輩とほぼ同時期……もしかして……?
そうだ、推理小説なんかでよくあるトリックじゃないか。
「……〝夢幻博士シリーズ最新号を書いた不死原聖龍と、白神ユリアは同一人物である?〟」
パズルが青く光る。
「なっ……なんですと!?」
「やっぱりか……」
「ど、ど、ど、どういうことですか、流石様!? 私には何がなんだかもう混乱しすぎて頭がどうにかなりそうです~!」
元から結構ヤバイと思うけど、あんたの頭は……。
「こういうことですよ。〝本物の不死原聖龍は、この本が発売される以前にホテルの火災事件で死んでいた。それを世間的に隠していた白神先輩は不死原聖龍が滅多に人前に姿を現さない人物なのを利用して、自分が最新作を書き続けることによってあたかもまだ生きているかのように見せかけた?〟」
パズルが青く光る。
「お見事。その通り」
急にパチパチと拍手し出す獅子神。淡白ではあるが、一応褒めてくれてはいるようだ。
「これでいいんでしょ? 当った時は」
「ああ、そうだな」
「ちなみにこれがその事件の記事。一年前のホテル火災事件、当時のジェネラルのリーダーの正体を追い続けていた不死原聖龍は、そのリーダーに殺されることになった」
記事を見せてくれる獅子神。このために用意してくれていたのか……。
「なるほど……ようやくわかってきたぜ、このパズルブックに隠されたトリックが」
先輩が失踪したと同時に不死原聖龍との連絡が途絶えたのも、先輩が、不死原聖龍がまだ生きているかのように偽装工作していただけ。本物はとっくの昔に死んでいたのだ。なんともややこしい話である。
残された質問はあと四個。いよいよ大詰めだな……。
夢幻邸から車で十五分のところにある港。犯人が指定したのはここだった。俺は車で送ってもらうだけ送ってもらい、時田さんたちには屋敷に引き返してもらう。一人で来てないとわかればレオナの命は保証されない。説得するのは大変だったが、ここは俺を信じて欲しいと最後は押し切った。
しばらく待つと一台の車が到着する。夢幻邸の車とは別のものだった。二人組の男が降りてきて、俺に近づいてくる。
「流石騎士だな?」
「ジェネラルのメンバーか?」
「一緒に来てもらおう。だがその前に……一応確認はさせてもらうぞ」
男たちは俺の身体検査を始める。始めはパズルを奪うつもりかと思ったが、どうやら別の目的があったみたいだ。簡単に服の中をまさぐるのと、金属探知機のような機械で俺の体中をひとしきり調べる。
「発信機や盗聴器の類はつけてないみたいだな」
「よし、乗れ」
夢幻探偵社の追っ手が来る可能性を懸念しての身体検査のようだ。もちろん発信機などは持っていない。万が一ばれる可能性を頭に入れていたからだ。
「いいのかよ? どうせならここでパズルを奪っとけばいいのに」
「偽者を持ってくる可能性もリーダーは考えている。本物かどうかは実際に自分で手に取って確かめるんだそうだ」
……へえ、やるな。俺は偽者なんて持ってきてないけど、考え方自体は相当に頭の切れる奴だと思う。
俺は車に乗せられ、山奥の方へ連れて行かれる。山の中にある廃病院……その前で車が停まる。
「屋上だ。行け」
俺は男たちに言われるままに病院の中に入り、屋上へ行く。
そこにそいつはいた……。あの時の覆面男。そばには縄で縛られ、猿ぐつわされたレオナが座っていた。犯人の足元には何故かパソコンが置いてある。
犯人はその左手に持った銃をレオナに突きつけたまま、俺を睨みつける。
「待ってたぜ……やっと来たな」
多少声のトーンを変えているが、はっきりと肉声で喋る犯人。
「こっちもやっと会えたぜ。あんたが先輩たちを殺した犯人か……」
「余計なお喋りはいい、さっさとパズルを渡してもらおうか」
「そうはいかない。まだ謎解きの途中なんでね。ぶっちゃけると、もうこいつに聞ける質問はあと一個だけなんだよね」
あの後、夢幻邸で三つの質問を消化し、最後の一つを残してタイムアップ。ここへ来ることになった。
「まあ焦らず聞いてくれよ。まずあんたが散々探していた不死原聖龍は、もうとっくに死んでこの世にはいない。あんたが一年前に彼女が泊まったホテルの部屋を放火して殺したんだ」
「馬鹿な、奴は死んだと見せかけて実は生きていたんだろ? 自分でそう告白しているじゃないか、あの……」
「夢幻博士の∞パズルで、だろ?」
「……!」
俺は夢幻博士の∞パズル、最新号を取り出す。
「そう、それこそが白神先輩が仕掛けたトリックだった。先輩は不死原聖龍が運良く火事から逃れたように見せかけるため、わざわざパズルブックの最新号にその事件をモデルにした問題を入れたんだ。
一問目から三問目は過去にあんたらの組織が起こしてきた事件、そして四問目はその中でもあんたが実行に移した、本の著者を狙った事件がモチーフ。この本を最初に読んだ時、あんたは焦っただろうな。殺したはずの人間がまだ生きていて、しかも自分が巻き込まれた事件をあろうことかパズルブックの問題にしている。
これをあんたは不死原聖龍からの宣戦布告と受け取った。自分の命まで狙ったお前らを必ず捕らえる……そういうメッセージが込められていると。そしてあんたは不死原聖龍を再度始末しようと動き出すはず……先輩はそれを狙って不死原聖龍のフリをし、このパズルブックを世に出したんだ」
「何だと……? この俺が……全てあの女の手の平の上で踊っていたと言うのか……?」
「そして先輩は同志である水戸納人先生と共にあんたが動き出すのを待っていた。水戸先生は昔出版社で働いていて、不死原聖龍の担当編集者だったって聞いた。あの人もこの事実を知り、犯人を追っていた。
あんたはまず、組織の人間である三波奈美を使って水戸先生を殺させた。このことは探求パズルの質問で確認済みだ。ターゲットを始末するだけじゃなく、組織の仲間まで殺すとはな……えげつない奴だぜ」
「……」
ちなみに水戸先生と不死原聖龍の関係は夢幻探偵社のメンバー調べだ。そのことからパズルに確認した質問は〝水戸先生と白神先輩は事件の謎を追うもの同士だった?〟。答えはもちろん〝イエス〟だった。これで残る質問は二個。
「そして次に先輩を始末する。先輩と水戸先生はあんたの正体に近づきつつあったが、あと一歩及ばずどちらも殺されることになってしまった……。だが……先輩の仕掛けたトリックはここで終わらなかった。
俺に自分がもし殺されたときのことを想定して、探求パズルを渡し意志を受け継いでもらうことを考えていた。それも大分早い段階から。
さっきの本の五問目、これは過去に俺が巻き込まれた事件が元になっている。これを俺が読んだ時、この本に先輩からの何らかのメッセージが込められていると推測してくれるようにとこの問題を作ったのさ。そして先輩の目論見どおり、この問題集に隠されている秘密をたどっていくことで俺は事件の真相にたどり着いた」
「たどり着いただと……? 貴様ごときが、一体なんの真相にたどり着いたと言うのだ!? 俺の正体だってわからないだろう、ええ!?」
「いいや、わかるさ」
「!?」
ここへ来る前にした最後の質問……。〝この事件の犯人は俺の知っている人物である?〟。答えは〝イエス〟。それを聞けただけで十分だった。
「レオナ……今こそお前に教えるけど、俺がお前に内緒でパズルに聞いた二つの質問」
レオナに叱責された日……次にレオナに会うまでに残り十三個あった質問を十一個に減らしていた。その二つの質問、レオナは先輩が俺にパズルを預けた理由を聞いたんじゃないかって疑われたけど……俺がそのとき否定したとおり、そんなことを質問したのではなかった。
「俺は犯人であるあんたに襲われて、その目的がこの探求パズルだとわかったとき、疑問に思ったんだ。こいつはもともと俺のものじゃない。犯人がパズルの存在を知る人物だとして、先輩が持っているはずのパズルがどうして俺の手にあることを、犯人は知っていたのか?
そう思ったとき浮かんだ質問の一つをまず聞いた。〝白神先輩は犯人に俺がパズルを持っていることを教えた?〟。答えは〝ノー〟だった。そりゃそうだよな、先輩がそんなことするわけがない。
次に浮かんだ質問は〝犯人は俺がパズルを持っているのを直接見た?〟。これは〝イエス〟だったぜ。
俺はこのパズルをもちろんみだりに見せて歩いているわけじゃない。使わない時以外はしまってある。先輩にこいつを預かってから犯人に襲われるまでの間……俺がこのパズルを人に見せた機会は限られている。
そしてお前が俺を襲った時にナイフを持っていた手は左。俺がパズルを見せた相手で、左利きの人間に絞ると……そこからとうとう最後の質問が導き出されたんだ」
「最後の……質問だと?」
そう……これが最後の質問。犯人である貴様に突きつける、先輩と水戸先生、不死原聖龍……お前に殺された全ての人々の思いが詰まった一撃だ!
俺は一つ呼吸をおいて……パズルを犯人に突きつける。
「いくぜ! こいつがラストクエスチョンだ! 〝この事件の真犯人は……お前だ、的外当!!!!!!!!!!!〟」
パズルが眩しい光を放ち、そして犯人を直撃する。
「ぐわああああああああ!」
光に苦しむ犯人。俺はその隙に犯人に近寄り、レオナを救出する。猿ぐつわを外してやり、犯人から距離をとる。
「ナイト!」
「大丈夫か、レオナ!?」
光がおさまり、苦しんでうずくまっていた犯人がゆらりと立ち上がる。全ての謎を解いた時……探求パズルは犯人に自らの罪を語らせる力を発揮する。
「くっ……くくく……」
ずっと声を変えて喋っていた犯人が……あのナルシスト声で笑い出す。
「そうか……マヌケそうなガキだと思っていたが、意外な名探偵だったな」
ゆっくりと覆面を脱ぐ犯人。その下からは……俺のよく知るあのかっこつけ刑事、的外当の顔が現れる。
「やっぱりあんたが……」
「あんたが……あんたがお爺様を殺した組織のリーダーだったなんて……」
「そう、まさかお嬢様より先にそっちのガキに暴かれるとは思わなかったぜ。くくく、気づかなかっただろ? 数々の事件で一緒に捜査をしてきて、まさかお前の爺様の仇だなんて夢にも思わなかっただろ?
俺が殺したんだ。邪魔な奴ら、全員な! 若くして犯罪組織ジェネラルのリーダーの座についた俺の最大の敵! どいつもこいつも俺の邪魔ばかりしてきたが……戦いも今日で終わる! 貴様らを殺してな!」
「そしてこのパズルを始末して……だろ?」
「その通り! 双生兄弟の事件で貴様がパズルを持っていたときは正直驚いたぜ。白神の奴、いっくら探してもパズルを持ってねえから、内心焦ったぜ。誰かに渡したのか、隠したのか? そいつを始末しない限り俺に安息の日々は永久に来ないからな。刑事ですら解決できない迷宮入りの事件さえ全容を暴いてしまう魔性のアイテムだからな」
「あんたは許さねえよ、絶対に……」
「許さなければどうする? そのパズルは俺に自白させることはできても、俺を捕まえることはできない。今ここで俺が二発弾丸を放てば、結局真相は闇の中だ。お前は約束どおりここまで一人で来た。この建物に仕掛けた監視カメラをこいつから覗けるが、お前以外に入ってきた奴はいない。つまり助けも来ないってわけだ」
足元のパソコンを指差す的外。俺はケータイを取り出し、電話をかけようとする。
「無駄だ、ここは圏外だ。助けを呼ぼうにも電波が届かねえぜ」
「あんたが犯人だってことは夢幻探偵社の人にも教えてきたぜ。もう俺らを殺して終わりじゃ済まない」
「恐れることはない。どうせ俺が犯人って証拠はないんだ。そのパズルがなければ自白させることだってできない。ゲームオーバーなのはお前らの方なんだよ!」
銃を構える的外。俺はすかさず持っているケータイを的外に投げつける。それと同時にレオナの手を引っ張って逃げ出す。
「!」
突然のことに一瞬だけ怯む的外だが、投げつけられたのがただのケータイだとわかり、すぐに俺を撃つべく銃の狙いを定める。だが狙いが定まる前に俺たちが階段で下へ降りてしまう。
「ちっ……馬鹿め、ここはジェネラルのアジトの一つだぞ。逃げられると思うなよ」
急いで階段を駆け下りる俺とレオナ。的外は完全に虚をつかれ、俺らを取り逃がしたようだ。慌てて追ってくる様子もない。
「やったね、あいつ、追ってこないよ!?」
「いや……多分、簡単には逃げられないだろうな」
一階まで下り、出口へ向かおうとすると出口を塞いでいる五人の男。拳銃こそ持ってないものの、鉄パイプやナイフなど武器になるものを持っている。
「やっぱりな」
「仲間!?」
「いたぞ!」
男たちが俺らに気づいて追ってくる。待ち受けているのは的外一人じゃないだろうと予想はしていたが、やっぱりそう易々逃げさせてくれないか。
俺はUターンするも、階段からは今度は別の男たちが三人も追ってくる。廊下の方へ逃げ、ひたすら走る。
「どこへ逃げるの!?」
「知るか! とにかく走れ!」
逃げ場なんてない。さっき奴が言っていたとおり、この廃病院内にはカメラがそこら中に仕掛けられているだろう。どこへ逃げても俺らの姿は屋上に置いてあったパソコンのモニターから丸見えのはず。逃げた場所を逐一仲間に連絡して先回りし、絶対この建物から出させないだろう。
追われるままに俺とレオナは二階へ上がり、三階へ上がり、追っ手をかわして病室の中へ逃げ込む。
「こっちだ!」
「こんなとこ隠れたって……!」
そう、袋小路に入り込んだだけでどうしようもない。三階では簡単に飛び降りることもできないし、出来たとしても下には奴らの仲間が待機しているだろう。すぐ捕まってしまう。
俺はドアを閉め、シーツも何も被っていないむき出しのベッドがあったのでそれをドア前に移動させて開かないようにする。気休め程度しかないが。
すぐに追っ手はやって来て、ドンドンとドアを開けようと叩いたりする。
「どうするの……どうするのよ!?」
「落ち着けって!」
俺は服の中からあるものを取り出し、空に向ける。靴の中に隠し持っていたロケット花火とライターである。花火に火をつけて発射させる。勢いよく飛んでいき、パンと大きな音をたてる。
「何やってるのよ!?」
レオナが言う通り、こんなことをしている間にも部屋のドアはこじ開けられようとしていた。
「下に行くぞ」
俺は部屋のボロボロになった二枚のカーテンを取り外し、結んでロープのように使いこの部屋から下の部屋へ向かって垂らす。
俺が先に降り、下の部屋の窓を開けて中に入る。鍵が開いていたのが幸いだった。
「降りろ、レオナ!」
「で、でも……!」
「迷ってる暇ねえぞ!」
言葉どおり、ドアはぶち破られる寸前だった。レオナは意を決してカーテンを伝って下へ降りてくる。俺が手を貸してやり、スッと窓から入ることが出来た。すぐさま窓を閉め、鍵をかけて追っ手が入れないようにする。
「ちっ、下だ!」
上で奴等が引き返している。すぐにここにもやってくるだろう。俺とレオナはすぐ部屋を出て逃げ出そうとするも、予想以上に早く追っ手が追いついてきた。
別の部屋に入ってまた鍵を閉める。さっきの部屋はガランとしており、下へ逃げる術も立て篭もる術もなさそうだったが、こっちの部屋はまだベッドやらテーブルやらが多少あった。それらでまたバリケードを作る。
「こんなことしてても……捕まるのなんて時間の問題だよ!?」
「そんなことねえよ、あがけ、とにかく! やられる最後の瞬間まであがけ!」
「無理だよ! もう助かりっこない!」
追い詰められてすっかり弱気になっているレオナ。推理している時とは偉い違いだ。こんな脆さがあるところを見ると、こいつも普通の女の子らしいところがあるんだなと思ってしまう。
俺は作ったバリケードに上から更に自分で押さえつけて、外からぶち破ろうとする奴らに少しでも抵抗しようとする。
「殺されるってわかってても……最後まで抵抗するんだよ! 少なくともお前がライバルって思ってる白神先輩はそうしたはずだぜ!?」
「……!」
俺にパズルを預けて死んだ先輩……。その先輩の遺志を継いでやっと暴いた犯人。俺が最後まで諦めるわけにはいかないんだ……!
「……レオナ」
レオナも俺の隣に立って、必死にバリケードを押さえようとする。はたから見ると虚しい抵抗に見えるかもしれないが、俺たちの意思の強さを示す、命を賭けた抵抗なのだ。
「考えなさい……あんたも。こうしてるだけじゃなくて、ここから助かる方法を! まだ諦めないわよ、あたしだって、最後まで! 白神ユリアに負けてたまるもんですか!」
「ああ……その意気だ!」
折れかかった心を持ち直すレオナ。二人で必死の抵抗を続ける。
だがその甲斐もなくバリケードは破られ、俺とレオナは後ろへ弾き飛ばされてドアがぶち破られる。的外と男数人が部屋に入ってくる。
「無駄なことを……さ、念仏の時間だ」
「……最後に一つ聞いていいか? もともとこのパズルを始末しようと思って、不死原聖龍を殺そうと思ったんだよな? だけど殺したはいいものの、パズルを不死原が持っていないことにお前は気づいた。そうだな?」
「ああ、そうだが?」
「じゃあパズルは誰の手に渡ったのか……? それを探っていたお前が、パズルは白神先輩の手にあるってわかったのはいつのことだ?」
「質問が二つになってるぜ」
「揚げ足取りはいいんだよ。答えろよ」
「……いいだろう、教えてやるよ。俺がお前を容疑者にしたあの事件さ。ドリームランドでのな……。突然現れたあの女が、俺の捜し求めていたブツを持っていたときは驚いたぜ。お前が引き合わせてくれたのさ……白神ユリア、そして探求パズルとな」
「……やっぱりそうか。俺のせいで先輩は……」
「違うでしょうよ!」
レオナが吠える。
「あんたのせいで死んだわけじゃないでしょ! 全部こいつのせい! だからあんたが白神ユリアの代わりにこいつの罪を暴いたんでしょうが! 寝ぼけたこと言ってるんじゃないの!」
「……レオナ……」
「はいはい、メロドラマは終わったか? じゃあもういいな、アディオス。優秀な後継者だったぜ、お前は。流石騎士」
今度こそ銃の引き金を俺に向けて引こうとする的外。
「……!」
駄目か……!
死を覚悟する……。あれは間に合わなかったか……。
先輩……俺……先輩の期待に応えられましたかね……?
パズルに確認しなくとも、これであの世で直接、先輩に解答を聞けるようになるのか……そう思った瞬間だった。
後ろの窓からものすごい音がする。ヘリの音だった。
「「「!」」」
そしてヘリから身を乗り出しているのは……時田さん!?
時田さんはその手に構えたライフルで素早く的外の銃を弾き飛ばす。
「ぐっ!」
そして廊下からは夢幻探偵社の調査部の面々……というか、夢幻邸のメイドさんたちが一斉に集まってくる。その中心には獅子神舞……。
「観念しなさい。もうあなたたちの仲間は殲滅しました。残るはあなたたちだけです」
「馬鹿な……どうしてここが!? 流石騎士は一人で来たはずだ!? 追ってもなかったはず……!?」
「残念だったな、あんたらのアジトの位置は俺らにはここへ来る前からわかってたんだよ。夢幻探偵社は前々から予めあんたらのアジトの可能性のある場所を十数箇所に絞っていたんだ」
「だがそれでも! ここだと特定するには時間も決めてもなかったはずだ! 何故!?」
「決まってるだろ? こいつの力さ」
「……! それは……?」
俺は的外にパズルを見せてやる。
「あんたはこいつの力についてある程度は知っていたみたいだけど、いくつもの謎を同時に解くことが出来るのは知らなかったみたいだな。『ジェネラルのアジトはどこにあるのか?』って質問をして、この場所を特定したんだ。別にあんたらの後をつけなくてもここへは来れたんだよ。
あとは俺がここへ連れてこられた後に夢幻探偵社の連中に近くに張り込んでもらって、ロケット花火の合図で突入してもらう。簡単な手順さ。最も到着するまで持ちこたえる自信は半々だったけどな」
「ち……ちくしょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
的外が絶叫してその場に崩れ落ちる……。他の仲間たちも、もはや観念するしかないと諦めたようで、一切抵抗せず捕まる。
やがて警察もやって来て、事件は完全決着を迎える……。白神ユリア、水戸納人、そして不死原聖龍を殺害した真犯人……的外当の逮捕。そして犯罪組織ジェネラルの壊滅をもって、全てが終わったのだ。
ジェネラルのメンバーを殲滅した夢幻探偵社の探偵たちは、事件が終わるとすぐに屋敷へ戻っていった。強いんだな、あの人たち。何でもあの連中は国家公認で任務の際は銃器の使用も許可されているのだとか。時田さんのさっきの発砲も、民間人のしたことなら問題になるわけだが……何の罪に問われることもないらしい。全く凄い世界だな……。
警察に連行されていくジェネラルのメンバー。的外がパトカーに乗せられる前に、最後に俺を見る。
「……白神ユリアを殺した時……最後まで笑っていた理由がわかったよ」
「……?」
「『自分の意志は受け継いできた。だから私は死ぬことも怖くない。あの子が全てを暴いてくれるから……』ってな。負け惜しみかと思ってたけど、どうやら違ったようだな」
「……そうか」
俺はそれしか言わなかった。的外の口からそんな話を聞けても、正直複雑なだけだった。
出来ればその先輩を助けたかった……。俺のことを信頼してくれていた先輩を助けられていれば、もっとすっきりした気持ちで事件解決を迎えられたはずなのに。
初めて会ったときの二枚目刑事のイメージはカケラもなく、しおれきった表情でパトカーに乗り連行されていく的外当。一連の長い事件の首謀者……だがもう二度と会うことはないだろう。
「レオナ様……ご無事で何よりです」
「ありがと、舞。助かったよ」
レオナの前で跪く獅子神舞。同い年だろ、お前ら……?
「ってか、お前……夢幻探偵社のメンバーだったのかよ!?」
「そうだけど……何か?」
何か? じゃねえよ……舞はメイド服姿に似つかわしくない無表情で俺の質問に答える。
事件が終わり、すっかり静かになった廃病院で、俺とレオナと舞の三人で話をしていた。
「極秘調査部、獅子神舞。高校一年生にしてうちの優秀な探偵の一人だよ」
「レオナも、そうならそうって先輩の葬式の時教えてくれりゃいいだろうよ!」
「極秘調査担当なのに、みだりに正体をばらしてたら仕事できないでしょ? それに私も舞が白神ユリアと面識があるなんて知らなかったから」
つまり手紙の件はレオナも知らないことだったと……。自分の雇い主にも秘密で先輩に頼まれたことを忠実に実行していたわけか。余計に話をややこしくしやがって。
「白神ユリアは……ある事件の調査中に、命の危険に曝された私を救ってくれた人。だからこそ彼女の頼みは何よりも優先して聞いた。ただそれだけ」
「……まあいいけどよ。お前のアイディアのお陰で最後は助かったわけだしな」
ここのアジトの特定方法とロケット花火の合図は舞の機転だった。さすが俺より年下ながら修羅場を経験しているだけある。
「ま、とにかく今日は帰ろうぜ。こんな疲れたの初めてだぜ。先輩の墓前に報告もしなきゃいけないしな、事件解決の」
「……あのさ……ナイト」
「ん?」
レオナが珍しくモジモジしながら話しかけてくる。
「どうした、トイレか?」
「違うわよ、馬鹿!」
レオナの鉄拳が俺の顔面に炸裂する。あれだけ危険な目にあったのに、こいつは元気いっぱいだ。
「その……助けてくれて……ありがと……」
「ああ、驚いたぜ、レオナが捕まったって聞いたときは。捕まるようなタマじゃないって思ってたしな」
「べ、別に油断してたわけじゃないからね! あんたが犯人らしき人物にさらわれたって的外に言われて、まんまと騙されて……って、その、ああ、そうじゃなくて……!」
「えっ……? お、お前、俺の心配して……?」
俺のことで騙されて……? もっと意外だった。俺のことなんて道端に落ちている片方の軍手程度の存在とか言っていたのに……捕まったって聞くと、冷静さを欠くほど動揺したって……?
レオナはあたふたし、顔を真っ赤にして弁解しようとする。
「だ、だからそうじゃなくて、あんたのせいで冷静さを欠いてって、その……何言わせるのよ、バカー!」
「ぐぼはっ!」
さっきのパンチでへこんだ顔面に更なる一撃が加えられる。その光景を特に関心なさそうに冷めた目で見ている舞。俺の見る影もなくへこんだ顔は、次の日になってようやく元に戻ったのだった……。