第4問 死者からの手紙
【問題4 逃げ延びたターゲット】
ある男が殺人鬼に命を狙われ、泊まったホテルの部屋を放火される。
部屋からは一つの黒コゲになった死体が出てくる。
だが男は無事生き延びていた。
部屋には男以外に泊まった人物はいなかった。
男はどうして助かったのか?
「四問目ともなると楽に解けそうですけど、また聞くだけじゃさっぱり想像もつかない問題ですね、白神先輩」
「基本的にどの問題もノーヒントだからね、水平思考パズルっていうのは。さ、流石くん、どんどん質問してきなさい」
「よし、じゃあいきますよ。〝男は自分の身代わりを部屋に連れ込んだ?〟」
「〝いいえ〟。男は自分の代わりに誰かを犠牲にしようなんてことをする人間じゃないわ」
「〝黒コゲの死体は本物の死体である?〟」
「〝はい〟。偽者ではないわ、もちろん死んだフリをしてるわけでもない、ちゃんとした『死体』よ」
そこまで深読みはしてなかったけど、そういう答えもありえそうだから先輩から教えてくれて助かる。どんな答えでも基本的にありなのがこのゲームだからな。
「う~ん……そうだ! 〝死体は人間の死体である?〟」
出てきた死体は死体でも、猫や犬の死体でしたなんて答え。そんなならもはや意地悪なぞなぞだが、どんな可能性も潰しておくべきだろう。
「〝いいえ〟。面白い質問してくるわね、流石くん」
クスクス笑っている先輩。まあそうだろうな……。さすがにこんな質問予想してなかっただろう。
「〝出てきた黒コゲ死体は狙われた男のものではない?〟」
「〝はい〟。そりゃそうよね、生きていたんだから」
「〝出てきた黒コゲ死体は、男が身代わりにするために用意したものである?〟」
「〝いいえ〟。凄い発想ね、どうやってそんな死体用意するのかしら?」
「いえ、まあ……墓場から拾ってきたりとか」
また惚けた質問をしてしまった。
「身代わり死体を用意したところで、男が火で囲まれた部屋から助かる方法がわからないでしょ? 身代わり死体と一緒に黒コゲになっちゃうわよ?」
「それもそうですね。だとしたら……」
別の視点からアプローチするべきか。もうさすがに先輩からヒントをもらうわけにもいかない。そろそろ俺もこのクイズに慣れてきたんだ。
「〝黒コゲ死体が誰なのか、放火した犯人は知っている?〟」
「〝いいえ〟。犯人は狙った男を殺したはずと思っていたわ」
つまり犯人にとっては完全に想定外の事態……男に裏をかかれたってことか。
ん? 裏をかかれた……のか?
「〝狙われた男は黒コゲ死体が誰なのか知っている?〟」
「〝いいえ〟」
「……!」
こりゃどういうことだ? 男も犯人も知らない人間が自分の部屋に忍び込んで、男の代わりに殺されちまったってことなのか?
「〝死体の人物は間違って男の部屋に入ってしまった?〟」
「〝いいえ〟」
「間違ってないとしたら……〝死体の人物は泥棒である?〟」
「〝いいえ〟」
「んぐ……! 〝死体の人物は意図的に男の部屋に入った?〟」
「〝いいえ〟」
「????」
間違って入ったわけでも意図的に入ったわけでもないってのなら……どうして死体の人物は男の部屋にいたんだよ? 筋が通らないじゃないか。
「流石くん、今非常にいい質問を続けたわよ。そこから考えていけば、正解へ繋がる質問が出てくるはず」
「と言われても……今のところちんぷんかんぷんですが」
次に何を聞くべきか……。ここまで闇雲に質問を乱射してきたが、ここからはもう理論を組み立てて質問を考えなければ次へ進めない。
死体の人物は男の部屋に意図的にも間違えても入っていない。それを総じて考えると……。
「〝死体の人物は男の部屋に入っていない?〟」
「〝はい〟」
「!?」
一つ結論は出たものの、余計に謎が深まる。じゃあその死体はどこから出たものだってのか?
待てよ……? そういえば三問目は、問題文に『吉行と太郎』と書かれ、『二人』ってどこにも書かれていないのがキーだった。結果太郎は実は犬だったっていう意外な真実が浮かび上がってきたわけだけど……今度もそういう問題文の中に隠されたトリックがあるかもしれない。
ならばどの文章にトリックが潜んでいるのか……? 考えられるとしたらこの場合は……。
「……〝死体は狙われた男の部屋から出たものではない?〟」
「〝はい〟。実にいい質問ね」
「俺には深みにはまるだけですけど……」
やっぱり部屋か。問題文にはどこにも狙われた男の部屋から死体が発見されたなんて書いていないし。でも男の部屋から出たわけじゃない死体が、どうして男の身代わりになったんだ? っていうか、男の部屋にいたわけじゃないのに、どうしてその死体は黒コゲなんだ?
「じゃあ……〝死体は犯人の放火によって黒コゲになった?〟」
「〝はい〟」
「〝犯人の放火はホテル中を焼き尽くした?〟」
「〝いいえ〟。焼けたのはホテルの一室のみ。それ以外の部屋は被害が広がる前に消火されたわ」
「ええ!?」
ますますわからん……。これをまとめると、『男の部屋以外に燃やされた部屋はなく、男の部屋にいなかった人物が黒コゲの死体で発見された』っていうことだよな? 全くつじつまが合わないじゃないか!
「どう? 降参?」
「これちゃんとした答えあるんですか?」
「もちろん。それを聞いて納得するかは人によるけどね。どんな事件だってそうでしょ? 殺人の動機がお金目当てだとして、そんな理由で人を殺すはずがないって思う人には犯人の気持ちなんて理解できないでしょうし。それと同じことよ」
なんとも汚い言い方だ……。その通りかもしれないが、だからって何でも有って言われると、あまりにモラルのカケラもない問題が出てきそうで怖い。
「さ、次の質問どうぞ」
「〝死体が黒コゲになった理由は、ホテルの構造に関係ある?〟とか」
具体的な質問が思いつかないので、関係あるかないかで聞いてみる。こういう場合、〝関係ない〟の答えが返ってくるケースがある。
「〝はい〟」
「おっ!」
ホテルの構造に関係あり。でも構造って言われても、ホテルの部屋の形とか何階建てとか、そんなの知らんしなぁ……。
「ホテルの構造って言っても、そんな難しい話じゃないからね。少しとんちを効かせて、男の部屋にいないまま黒コゲの死体が出てくる理由を考えなさい。もう一度言うけど、『燃やされたのはホテルの一室のみ』よ」
「……?」
何か引っかかる言い方だった、今のは。先輩なりのヒントだろうか? 燃やされたのは……ホテルの……一室のみ……。
一室?
「〝燃やされたホテルの部屋は、間違いなく男の部屋だった?〟」
「〝いいえ〟」
「うおっ、そういうことか!」
やっと見えた。そんなオチかよ?
「じゃあ正解言いますよ? 〝燃やされた部屋は男の部屋ではなかった。犯人が間違えて別の部屋を燃やしたため、犯人も男も知らない人物が身代わりとなって死んだ?〟。これでどうですか?」
「そうね、正解でいいわ。厳密に言うならこういうことよ。〝燃やされた部屋は男の隣の部屋で、部屋のナンバープレートが男の泊まった部屋の階だけ間違って一つずつずれていた。だから犯人は間違えて隣の部屋に火をつけてしまった〟っていうこと」
ホテルの構造ってそういうことか。あの質問からじゃ到底こんな答えまでたどり着けない。
「ちなみに間違っていた理由っていうのは、ホテルに泊まっていたある家族の子供がいたずらでやっちゃったから……っていう設定になってるわ、この本では」
「そんな細かいことまでさすがに推理しきれないと思うんですけど……」
「そうね、確かに」
「それに何か……要は犯人が部屋を間違えただけって言っちゃうと身も蓋もない言い方に成っちゃう気もしますね」
「まあしょうがないわ。全部が聞いて納得できる答えの問題ってまずないわよ、水平思考パズルってのは」
「そうかもしれませんけど……」
「ま、でもそれなりに楽しめたでしょ?」
「そうっすね。面白いですね、このゲーム。考えることが楽しいっていうか、友達とかとでも楽しめるゲームだと思いますし」
「ふふ、気に入ってくれてよかったわ。明日からまたどんどん問題解いてもらうわよ。そのうち自分で問題作れるようにもなってもらうから」
この部って基本的にそんなことしかしない部なんだろうか? なんて地味な……。
「今日はこのくらいにしておきましょうか。五問目からはまた次の機会にでもやりましょうね。楽しみにしててね」
「はーい。ありがとうございました」
だが……五問目以降を先輩と解く機会は、永遠に失われてしまった……。この次の日だった、先輩が失踪したのは……。
今にして思えば、なんだかこの問題だけ妙に違和感があった気がしていた。答えが今ひとつ上手くないというか、それまでどの問題の答えを聞いてもへえ~と唸らされるようなものだったのに。
その違和感の真実を俺は、先輩が失踪した後に知ることになる。この頃の俺には予想もしていなかったが……。
「笑顔がとても素敵だった白神さん。今頃天国でも大好きだったパズルを解いているのでしょうか? 私たちはそんなあなたが大好きでした。あなたの死を悲しむ人がこんなにも集まっています。私たちはあなたからもらった大切な思い出を胸に、これからもなんとかかんとか……」
生徒代表の弔辞が続いている。葬式場にて、白神ユリアの葬式が行われ、水平高校の生徒や小、中学の友人も集まっていた。皆その目には涙を溜めている。
この式は強制参加ではない。当然ながらここにいる者たちは、心から先輩の死を悲しんでいるわけだ。これだけの沢山の人が……死んで羨ましいなんて言葉は使ってはいけないが、大勢の人に慕われていたのを見ると、やはり白神ユリアという人物の凄さを思い知る。
クラスでも人気者だったという。部活こそあまりにもマニアックすぎてついていく人がいなかったが、周りにはいつも友人がいて、男子生徒にもモテて、先生たちからも優等生として信頼は厚かったという。そんな先輩をもっとよく知りたかったと、今更ながら思わされる葬式だった。
「……?」
長い弔辞が続く中、俺は一人の女性の視線に気づく。ポニーテールの女の子……うちの学校の生徒だ。同じ学年か、一個上くらいだろうか? いやに冷めた眼をしている。まるで感情がないかのようだ。周りがみんな泣いている中、その子だけは冷静に俺に視線を送り続けている。
葬式が終わり、生徒たちはその場で解散となる。学校へ戻って部活へ出る者、直帰する者様々であるが、その女生徒は終わっても帰らず俺をずっと見ている。
何だよ、気持ち悪いな……。俺のファンか? ちょっと可愛い子だけど、黙って見続けられるのはあまりいい気分ではない。
そう思っていると向こうから寄ってくる。そして話しかけてきた。
「……あなたが流石騎士?」
「そうだけど、何か用?」
「別に……」
「ずっと俺のこと見てたじゃんか。何か言いたいことでも?」
「別に……」
「白神先輩の友達? その割りに葬式じゃ一切泣いてなかったけど」
「別に……」
どっかの生意気な女優か、お前は! 何か違うこと言えよ、せめて。
そしてその女はそれ以上何も言わず、俺の元を去っていく。
「あっ、おい!」
「ナイト、どうしたの?」
レオナが来る。
「あれ? あれってうちのクラスの獅子神舞じゃん。ナイト、知り合い?」
「いいや、今日初めて会った。ずっと俺を見てたからさ、何か用って聞いたら別に、だとさ」
「ずっと見てたって、気のせいじゃないの? 自意識過剰ってやつ」
「違うって!」
「だってあの子、あんまり人に興味がない性格っていうか、クラスでもいつも孤立してるし、変わった子だよ? 平均的男子高校生のナイトに興味を持つなんて考えにくいけどな~」
「んだと? じゃあ確認してみるか?」
俺はそう言って探求パズルを取り出す。
「やめときなって、馬鹿馬鹿しい」
「……俺もそう思う」
こんなことに使っては、さすがの先輩も怒りそうだ。今だってこのやり取りを、葬式場のどこからか見ているかもしれないってのに……。
それから幾日か過ぎて……俺の元に奇妙な手紙が届く。俺は早速、レオナに学校でこの事を話した。
「手紙?」
部室でその手紙を見せる。なんかレオナも部員じゃないのに部室にずっと入り浸っている。
「ああ……差出人の名前、見てみろよ」
「……白神ユリア!?」
「ぶったまげたぜ、一瞬な」
もちろん一瞬だけだ。天国の先輩から本当に手紙が届くはずもない。誰かがいたずらで送ってきたものだ。
レオナは部室においてある先輩のノートを手にとって見る。ノートには数々の先輩自作の水平思考パズルの問題が書かれていた。そのノートの字と手紙の文字を見比べている。
「どう見ても白神ユリアの筆跡じゃないわね。でも文字の感じからして書いたのは女っぽいわね。どこの誰かしら、こんないたずら? 中はもう読んだの?」
「いや、まだだ。一緒に読んでもらおうと思ってな」
そのため封すら開けていなかった。レオナは封を開け、中の便箋を取り出す。
「え~っと、何々? 『拝啓、流石騎士様。私がこの手紙を書いている頃には私はもう死んでいるでしょう』」
「ふざけた文面だな……」
普通、『この手紙を読んでいる頃には私はもう死んでいるでしょう』だろうが。死んで手紙が書けるか! 先輩の名を語って、なんて真似を……。
「『思い出します、あなたと初めて会ったときのことを。ドリームランドでの殺人事件、あなたが容疑者にされたのを私が助けたあの日ですね』」
「!?」
「そうなの?」
「ああ、何で知ってるんだ、こいつ……?」
あの事件で俺が容疑者にされたことはこの学校でも有名な話だ。友達の間では「人ごろしにされなくてよかったな~」なんて随分言われたっけ。でも……。
「先輩がこの事件を解決したってことは、世間的にも知られていないはずだぞ? 先輩自身がマスコミに洩らさないようにって警察に頼んでいたから」
「そうね……白神ユリアはそういうことで表社会に出たがらない性格だってのは私も知ってる。他人に話すこともあまりないでしょうね。話すとしたら、身内か心許せる友人くらい?」
「続きは? なんて書いてある?」
「『私が死んで夢幻博士の∞パズル最新号の五問目以降を一緒に解くことも出来なくなってしまいましたが、あれから流石くん一人でも挑戦してみましたか?』」
「な……」
何でそこまで知っているんだよ……? いくらなんでも細かすぎないか? 本当に先輩本人が書いているかのようだ。
「これも事実?」
「ああ……何だよこれ、気味悪いぜ」
「よっぽど白神ユリアに近しい人間が書いたのかしらね。『流石くんのこれからの成長が楽しみです。いつか立派なパズル使いになってくれることを願っています。ではまた、近いうちにお手紙書きます。白神ユリア』」
「なんだよパズル使いって?」
でもそんなこと以上に気になる文面が沢山あった。どれも先輩と俺しか知らないような内容ばかり……。この手紙を書いた人物は一体何者なのか?
「くっそ……手紙を書いた奴に聞きだしたいこと沢山あるのに、この筆跡だけじゃ特定は難しいよな」
「じゃあ使ってみれば? パズル。確か白神ユリア殺しの事件の記録を保存したまま、別の問題を解くことも可能なんでしょ?」
「この手紙の差出人が事件と無関係ならな。まあ試してみるに越したことはないか。『死んだはずの白神ユリアから手紙が届いた。一体何故か?』」
大雑把な問題の作り方だが、パズルはちゃんと反応してくれる。光はオレンジ色ではなかったので、問題が書き換えられたわけではなさそうだ。
「じゃあまず……〝手紙の差出人は白神ユリア本人ではない?〟」
パズルが青く光る。
「そりゃそうでしょ。無駄な質問を……」
「確認だよ、確認。一応聞いておかないと」
次に聞くべきは……当然差出人の人物像だろうな。
「〝この手紙の差出人は白神ユリアの親しい友人である?〟」
またもパズルが青く光る。思いのほか簡単に答えが出た。
「先輩の友人か……。でも誰と仲がよかったかなんて知らないしなぁ……」
「その前に、ちゃんと確認しておかなきゃいけないことがあるでしょ? 友人って言っても、高校のとは限らないでしょう?」
「ああ、確かに。じゃあ〝その友人は水平高校の生徒である?〟」
パズルが青く光る。
「これで大分絞れたじゃない。白神ユリアの交友関係を知らなくても、クラスメイトに聞き込みしていけばめぼしい人物は特定できるんじゃない?」
「う~ん、まあそうだな……。これ以上はパズルの力じゃ絞り込みようがないもんな」
「それより聞くべきは……犯人がこの手紙を出した理由よ。ただのいたずらなのか? あんたと白神ユリアの間でしか知らない事実を書いてくるあたり、手が込みすぎているでしょ?」
「出した理由……なるほどな。だったらまず〝差出人はこの手紙をいたずらのつもりで出した?〟」
パズルが赤く光る。ここでイエスなら単純な答えでむしろよかったかもしれないが……これで話がややこしくなった気もする。
「OK、じゃあ次は〝差出人は流石騎士に伝えたいことがあってこの手紙を出した?〟」
「おう、〝差出人は流石騎士に伝えたいことがあってこの手紙を出した?〟」
パズルが青く光る。
「これでイエスってことは……直接伝えるんじゃなくて、手紙じゃないと駄目な理由ってことか? ややこしいな……そんな理由あるのか?」
「確認しておきなさい」
「〝伝えたいことは直接話すのではなく、手紙でないといけない理由があった?〟」
パズルが青く光る。
「そんな理由想像つかねえぞ……」
「つかねえぞ、じゃなくて考えなさい。あんたにしか気づけないことよ、それは。気づいてもらうために差出人はこの手紙を出したんでしょうが」
「はい……」
またレオナに説教されてしまう。こいつ、本当に年下か?
「伝えたいことね……手紙の中に暗号でも書かれてるってか?」
「そういうケースもあるけど、この場合もっと単純なことだよ思うわよ。あんたたちしか知らないことを書いてるあたり、差出人はあんたに白神ユリアが生きてるって思わせたかったか。そうでないとしたら……その書いた内容に秘密が隠されているか」
前者の可能性は薄いだろう。行方不明になった人間ならともかく、はっきり死体の確認された人間の名を語って生きている風に錯覚させるなんて、そんなトリック通用するわけがない。ならば後者の可能性……先輩と俺しか知らない事実を書く、そこに伝えたい内容が隠されているということ。
手紙の全文はこうだ……『拝啓、流石騎士様。私がこの手紙を書いている頃には私はもう死んでいるでしょう。思い出します、あなたと初めて会ったときのことを。ドリームランドでの殺人事件、あなたが容疑者にされたのを私が助けたあの日ですね。
私が死んで夢幻博士の∞パズル最新号の五問目以降を一緒に解くことも出来なくなってしまいましたが、あれから流石くん一人でも挑戦してみましたか?
流石くんのこれからの成長が楽しみです。いつか立派なパズル使いになってくれることを願っています。ではまた、近いうちにお手紙書きます。白神ユリア』
この中に何か大きな意味を持った文章があるはず……。
「ねえ、この夢幻博士シリーズの最新号の五問目ってどういうこと?」
「ああ、それは俺がこの部に入ってから、先輩と二人で問題を解いたんだ、水平思考パズルってのがどういうものか教わるために。四問目まで進んだんだけど、五問目以降は解く時間がなくて後日ってことになったんだけど、結局先輩がいなくなっちまって、その機会が失われちまったんだけどな」
「ふ~ん……で、あんたは一人で五問目以降を解いたの?」
「いや。そんな暇なかったって、ここ最近」
「じゃあそれかもよ、伝えたいことって」
「え?」
「五問目を解いて欲しい、それが差出人の伝えたいことなのかも」
「まさか……」
そんなアホな話が……。そのためだけに先輩の名を語ってこんな手紙出してきたってのか?
「いいから見せてよ。私、最新号は一度も目通してないから、一回見てみたかったのよね」
「へいへい。どこに閉まったっけな……?」
あのゲームブックを探す俺。部室の棚の引き出しに閉まったままになっていた。随分久しぶりに手に取った気がする。
「ふ~ん、これが。どれどれ……?」
俺と一緒に読み始めるレオナ。最初の問題を見るなり、急にレオナの目つきが変わる。
「!? これって……!」
「ん? どうした?」
「次の問題、見せて!」
「お、おお……」
どうしたんだろう、急に? 表情が青ざめているように見えるが……。
「……まさか……この本は……?」
「どうしたんだよ、何かあったか?」
「……ちょっと急用を思い出したから、あとは自分で推理してね。じゃあね」
「お、おい!?」
そう言ってさっさと部室を出て行くレオナ。何なんだ……? 訳がわからん。
「全く……なんだってんだよ……?」
俺は仕方なく、一人で問題集のページをめくる。五問目のページに達し、問題を読んでいく。すると今度は俺の顔色が変わっていく……。自分で自分の顔色が確認できるわけではないが、体温がみるみる下がっていくのはしっかりわかる。
「何だ……これ……?」
その五問目は次のような問題文だった。
『あるカップルが二人で一つのコーラを回し飲みしていた。
突如男の方が苦しみだし、倒れ、死んでしまう。
コーラに仕込まれていた毒で死んだのである。
男が死に、女だけ助かった理由とは?』
これ……知っている。初めて見たページなのに、俺はこの問題を知っている。
どこで? 決まっているじゃないか、初めて先輩と会ったあの日の出来事……ドリームランドでの殺人事件。俺が巻き込まれた事件そのものだ!
これはただの偶然なのだろうか? そんなはずはない……手紙のあの文が証明している。
『思い出します、あなたと初めて会ったときのことを。ドリームランドでの殺人事件、あなたが容疑者にされたのを私が助けたあの日ですね』
先輩はこの事を知っていたのだろうか? このパズルブックの五問目は、俺と先輩が関わった事件そのものが問題になっていることを。
いや、そもそもこの手紙の差出人は先輩じゃない。少なくともその差出人は知っていたはずだ。この問題と事件の関わり、秘密を。一体どういうことなんだ……?
レオナはどうして飛び出していったのだろう? 俺と同じ、もしくは近い理由があってか? わからない……わからないことだらけだよ、畜生……。
その次の日……またも白神先輩を名乗る人物から手紙が届いた。手紙の文面はこうだった。
『流石くん、前の手紙で書いた通り、また書かせてもらったわよ。早速だけど、今回は問題を出させてもらうわね。私が考えた問題じゃないけど、外国の水平思考パズルの先駆者が考えた有名な問題の一つ。
【北や南には向けるが、東や西にはどうやっても向けない場所とは?】
私はその場所で、この手紙を投函した翌日から毎日流石くんを待ち続けるわ。夜の七時から八時の間まで、謎が解けたらいらっしゃい。ゆっくりお話しましょう。白神ユリア』
何だこれ……? この場所で待つって、俺の前に姿を現す気かよ、この正体不明の差出人は?
この問題の答えの場所で待つってことだな……上等じゃねえか、解いてやるよ。俺に挑戦ふっかけた理由を問いただしてやる。
東や西を向けない場所……? これも水平思考の問題なんだよな? でもそんな場所存在するのか?地球上のどこにいても東西南北は向けるはずだ。
いや、待てよ……北極点で北は向けないし南極点で南は向けないって聞いたことあるな。ってことは東の果てとか西の果てみたいな地点も地球上のどこかに存在するってことなのか?
んな馬鹿な、毎日そこで待つとか言われても、差出人だって行くのが大変だろう、そんなところ? 少なくともこの近所にそんな場所はないだろう。
この手紙の消印は東京……差出人はうちの学校の生徒、待つとしたらこの近所のどこかだろうが……。本当にそいつが待っているのか? 嘘を書いただけなのかもしれない。
……待てよ? 東にも西にも向けない場所……もしかしたら……。
俺はあの喫茶店にやってくる。
「いらっしゃいませー、お一人ですか?」
「連れが先に来てるはずなんで……」
店員さんの案内を遮り、キョロキョロと店内を見渡す。うちの学生らしき客を探せば……多分わかるはずだ。
「……!」
「……」
俺のことを見つめている客が一人。それは先輩の葬式の日にも俺のことをずっと睨んでいた……獅子神舞だった。
「獅子神……まさかお前が……?」
「……問題は解けた?」
「……ああ、多少手こずったけどな。北や南は向けても東や西を向けない場所、それは地球の中心、つまり『核』だ。あくまで概念としての場所であって、そこに実際に人間が立つのは不可能だが……そこで待つと言い切ったからには必ず『核』と呼べる場所でお前は待ってるはずだと俺は思った。
そしてそれらしき場所を探してたら……思い出したのさ、先輩と前に入った喫茶店『Core』のことを。英語で核の意味を持つこの店の名前……ここじゃないかと絞って来たら、ビンゴだったぜ」
「……そう」
「そう、じゃねえよ。正解とか言って拍手しろよ、味気ねえな」
「どうでもいい。あなたが問題を解いてここに来たという事実だけが重要」
相変わらず冷めた奴……。
「で、何のつもりだったんだ? どうして先輩の名を語ってこんな手紙を?」
「……その謎は解けてないの?」
「直接お前に聞いたほうが早いと思ったから」
「……白神ユリアはそこまで期待していた。自力であなたが謎を解くことを」
「えっ……?」
どういうことだ……今の言葉?
「まさか……先輩に頼まれて書いたのか、あの手紙?」
獅子神はゆっくり頷く。
「どうして先輩……?」
「わからない? じゃああなたはそこまでの人だったっていうこと。ユリアが見込んだほどの力もなかったということ」
見込んだ? 俺のことを……先輩が?
「ぬぬぬぬ……わかったよ、じゃあ今ここで解いてやるよ、手紙の秘密」
俺は獅子神のテーブルの席に座り、とりあえずコーヒーだけ注文する。
手紙の謎……正直なところ途中で手詰まりだったが、今の獅子神の言葉は大きなヒントになった。先輩はこいつに、自分の死後に自分からの手紙を俺宛に書くように頼んでいたんだ。
果たしてそれが意味するところは……? もう一つわかっている大きなことは、あの手紙は俺に夢幻博士のパズルブック、最新号の五問目を見るように遠まわしにではあるが促していたこと。
そして例の五問目は、俺と先輩が関わったドリームランドの事件が元になっていた(と思われる)こと……。
答えが出そうで出ない……一体先輩は何を俺に伝えようとしていたのか……?
頭を悩ませ続ける俺の様子を見て、ずっと黙っていた獅子神が口を開く。
「無能なあなたがいくら悩み続けても答えは出ない……。夢幻レオナは? 彼女の力を借りない限り、謎は解けない」
「レオナ? 知らねえよ、今日は見てねえ」
昨日慌てて部室を出て行ったきり、連絡も何もない。どうせそのうちまたひょっこりやってくると思っていたが……そういやどうしたんだろうな?
その時……俺のケータイに着信がある。噂をすればレオナか? と思いきや……非通知だった。誰だよ、怖いな……。
「もしもし?」
「さっ、さっ、さっ、さっ、流石様ですかああああああああああ!? れ、レオナ様があああああああああああ!」
「そ、その声は時田さん!? どうしたんですか!?」
「い、今どちらにいらっしゃいますか!? 至急お会いしたいのですがあああああああ!」
相当に取り乱しているようだ。あの人も……何だか不安定な人だな。
「Coreっていう名前の喫茶店にいます。俺の方から行きますよ、こんなところじゃ話せないような内容っぽいですから」
「も、申し訳ありません……では屋敷でお待ちしていますので、三分で来てください!」
そう言って電話を切る時田さん。ここから走っても三十~四十分はかかるけど……。
「悪い、獅子神、急用だ。何かレオナの身に何かあったっぽい。また連絡するから」
「……行っちゃうの?」
「行かないわけにいかないだろ? 非常事態なんだから」
「今私と別れると……事件の謎は解けないままよ」
「じゃあ教えろよ、正解を! お前は何を知ってるんだ!? この際もったいぶってる場合じゃないだろ!?」
「あ、あの、お客様……他のお客様のご迷惑になりますので」
「あ、すみません……」
つい熱くなって叫んでしまう。でも獅子神が何か重要なヒントを掴んでいるのなら、それを出し惜しみされても困る。人が殺されているんだ、問題がどうこう言ってる場合じゃないだろう?
「……探求パズルは事件の謎を解く時、ただ犯人の名前だけ突き止めればいいわけではない」
「!?」
「犯人の名前……動機……殺人の方法、あらゆる『謎』とされていることを明らかにしないと、犯人を自白に追い込むことは出来ない。それは知ってるでしょう?」
「あ、ああ……」
「あなたは私とユリアが与えた問題を解く義務がある。この程度の問題が解けないようなら、この先どんな事件に出くわした時でも、パズルの力を使いこなすことは出来やしない。これはあなたに与えられた使命……パズルを受け継いだ者が負う責務」
「……」
俺の……使命……?
先輩が俺にこいつを預けたのは……やっぱり気まぐれでも何でもなかったってことなのか……。俺が先輩の代わりに事件を解決してくれることを願って……。
「……わかった、じゃあお前も一緒に来い」
「えっ?」
「どっちにしろとりあえずのんびり話している時間はない。向こうでまとめて解決する。それでいいだろ!?」
「……」
黙って頷く獅子神。これで決まりだ。獅子神も俺と一緒に夢幻邸へ向かうことになる。
「お待ちしておりました、お乗りください!」
夢幻邸へ着くと、門のところで時田さんがリムジンを用意して待っていてくれた。門から屋敷まで歩くだけでも相当な距離がある。その時間すらもったいないと思って用意してくれたのだという。便利なのか、不便なのか、この屋敷は……。
リムジンに乗っている間、時田さんは状況を説明してくれる。
「実は……レオナ様を誘拐したと何者かから連絡がありまして」
「誘拐!?」
「ええ……そして犯人は、レオナ様の身柄と引き換えに、身代金ではなくある人物を差し出すことを要求してきました」
「ある……人物って……?」
なんか嫌な予感がした。そもそも内心この人は俺を嫌っているはずなのに、どうしてこの非常事態に俺が呼ばれたのか考えてみると不自然だった。
「流石様……あなたです」
「……俺!?」
「というわけです。レオナ様のために……犠牲になってください」
「嫌ですよ! い、いや、嫌ではないですけど……」
「貴様、レオナ様を見捨てる気か!?」
また豹変してしまう時田さん。このジジイは……。
「そうじゃなくて、他に助ける方法があるか探らないと! まず犯人がどうして俺を差し出すことを要求してるのか考えましょうよ!」
「むう……考えられるとしたら、流石様を先日狙ったあの覆面の男の仕業ということ。ガードの固い流石様ではなく、レオナ様を経由して流石様を狙うことを考えたのかもしれませんな」
「だとしたら……俺とレオナが追い続けている白神先輩殺しの犯人ってことですね。そいつの正体を突き止めさえすれば、今更俺やレオナを殺したところで逃げ道はないんだ、犯人も観念するはずですよ」
「ぬう……レオナ様はさらわれる直前、ある新事実を掴んで真相にまた大きく近づいていました。今回のことは、それを危惧してのことかもしれませんな。流石様だけでなく、レオナ様も一緒に始末しようと考えてのことかも……」
「新事実って、何を掴んだんですか、レオナは?」
それはもしかして……あの部室から飛び出していった日のことと関係あるのかもしれない。
「夢幻博士の∞パズルという本は知ってますかな? レオナ様の祖父である博士様が登場人物のモデルになったゲームブックです」
「え、ええ……」
「その最新号に出てくる五つの問題が……全てこれまでの一連の事件にリンクしているということです」
「ええっ!?」
一般発売されているゲームブックに秘められた謎と真実……。ついに今日までに起きた様々な事件の全貌が明かされようとしていた。
バラバラだと思っていた一つ一つのピースが組み合わさるように出来ているとわかった時、その先に見えてくるのは一体……?