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第3問 二人の失踪者

 【問題3 見逃された目撃者】

 吉行と太郎は、吉行の恋人である明美が殺人を犯した現場を目撃してしまう。

 警察に通報しようと逃げる吉行と太郎。

 だが気づいた明美が追いかけてきて、吉行は殺されてしまう。

 しかし明美は太郎の方は殺さずそのまま見逃した。

 一体何故か?



 話は入部した日に遡る。

「じゃあ次の問題よ、流石くん。『吉行と太郎は、吉行の恋人である明美が殺人を犯した現場を目撃してしまう。警察に通報しようと逃げる吉行と太郎。だが気づいた明美が追いかけてきて、吉行は殺されてしまう。しかし明美は太郎の方は殺さずそのまま見逃した。一体何故か?』」

「また癖のありそうな問題ですね」

 結末だけ聞けばこれも理由がさっぱりわからない。同じ目撃者である吉行と太郎、吉行だけを殺すのはどうしても不可解だ。

「白神先輩的にこの問題の解答はどう思いますか?」

「実によくできてると思うわ。言葉遊びが巧で、これぞ水平思考の真髄って感じね」

 それだけ聞ければこれも相当難しいってことが読み取れる。あ~、頭使うの苦手なんだけどな~。

「じゃあ質問行きますよ。〝明美は吉行を殺人の口封じのために殺した?〟」

「〝はい〟」

「〝明美は実は太郎の方が好きだった?〟」

「〝いいえ〟」

 違うか……。吉行が明美と恋人関係にあるってのが肝かと思ったのに、その背景には実は複雑な人間関係があって、それが本当の殺人、もしくは見逃したことの理由かと読んだのに。

「う~ん……だったら、〝明美は太郎を見逃しても、自分が警察に捕まることはないと思った?〟」

「〝はい〟。でもこれじゃ解答にはならないからね。どうして見逃しても大丈夫と思ったのか、その理由まではっきり答えてね」

「わかってますよ」

 吉行は見逃せず、太郎は見逃しても平気なわけ。それは一体……?

「〝太郎は金で買収して口封じした?〟」

「〝いいえ〟」

「まあそうですよね……。それなら吉行も金で口封じ出来たはずって理屈になっちゃうし……。なら〝太郎は明美のことが好きで、警察に売るつもりはなかった?〟」

「〝いいえ〟」

「〝明美には太郎を殺せない理由があった?〟」

「〝いいえ〟」

「う~ん……難しいな……」

「発想を変えたほうがいいわ、流石くん。その切り口じゃ真相にはたどり着けないわよ。

 明美はその気になれば太郎だって殺せたわ。実際殺しても問題はなかった。でも反対に、生かしたままでも問題なかった。どっちにしても明美の罪が太郎から暴かれることはなかったのよ。その理由はどうしてだと思う?」

 どうしてって……どういうことだよ、一体……?

「じゃあさっきの質問と反対で、〝太郎は明美のことが好きだった?〟」

「〝いいえ〟よ。なるほどね、好きな人を警察に売るはずもないってことね。でも違うわ」

「〝太郎は明美に弱みを握られていた?〟」

「〝いいえ〟ね」

「〝太郎は警察が大嫌いだった?〟」

「どういうこと?」

「いえ……警察嫌いなら、タレこむことはしないだろうと思って」

「流石君、ちょいちょい変な質問してくるわね。違うわ、太郎の能力的なことをもっと考えて」

 能力的……? 太郎には、明美の犯行を警察に告げることが〝できない〟ってことか?

「もしかして……〝太郎は喋れない?〟」

「〝はい〟」

 おっ、これは大きな情報だ。喋れないなら確かに太郎から事件の話を聞くのは無理だけど、でもそれでも何か変だな……?

 喋れない人間でも筆談とかジェスチャーで警察に明美が犯人だと知らせる方法はいくらでもある。俺がもし犯人の立場なら、喋れないだけでは太郎を見逃したりはしないだろう。

 ならどういうことなのか……? 太郎にはまだ何か隠された秘密があるってことか? とりあえず可能性を一個一個潰していった方がいいか。

「〝太郎はジェスチャーで警察に明美が犯人だと伝えることができる?〟」

「〝いいえ〟」

「〝太郎は筆談で警察に明美が犯人だと伝えることができる?〟」

「〝いいえ〟」

 どういうことだ……? 会話はおろか、筆談もジェスチャーもできない人間……。そりゃどんな人間だ? 脳に障害のある人間とかか……?

 どんな人間……人間……人間?

 そういえば問題文を読んで何かが引っかかる気がしていた。問題には「吉行と太郎は」とは書いてあっても、「二人は」とはどこにも書いていないのだ。

「〝太郎は人間である?〟」

「やっと気づいた? 〝いいえ〟よ」

「よし!」

「ふ~ん、なかなかやるわね……」

 わかってきたぜ、この問題の真相。

「〝太郎は動物である?〟」

「〝はい〟」

 なら無難なところから攻めるとすると……犬あたりか?

「〝太郎は犬である?〟」

「〝はい〟。凄いわ、流石くん。ここまでこんなに早くたどり着けるなんて」

 二問問題を解いてみて、ちょっとはコツを掴んできたかもしれない。問題のどこに意外な事実が隠されているかわからないのが水平思考パズルというものなのだ。

「じゃあもう正解言っちゃいますよ? 〝太郎は犬であるため警察に明美が犯人だと伝える術を持たず、明美に殺されることなく見逃された〟でどうですか?」

「大正解! お見事」

「よっしゃー! 何かはまってきたかも、パズル遊びに」

「ふふ、楽しんでもらえてよかったわ」

 このゲームの楽しみ方は出題者が回答者に如何に気持ちよく、巧妙に正解にたどり着いてもらうかなのである。そういう意味では、これは確かに実にいい問題だったと思う。気づけた時の爽快感といったらもうたまらない。

「そのうち流石くん、私以上のパズル名人になるかもしれないわね」

「はは、まだ三問解いただけですけど」

 謙遜はするが、もっと解いて先輩と肩を並べるくらいの腕前にはなりたいと思ってきた。そんな俺を見て、先輩は本当に嬉しそうな顔をしていた……。



「……夢か……」

 気づいた時は自分の部屋のベッドにいた。入部初日のことを夢で見ていた俺。先輩が姿を消して、もう一週間になる。

 俺は先輩が死んでいると分かったあの日から、ショックでほとんど毎日をボーっと過ごしていた。やらなきゃいけないことは沢山あるはずなのに……体が、そして頭がその気になれない。

 重い体を何とか起こして、学校だけは行く。行ったところでどうせ授業に身は入らないのだけど。

 学校に着き、先輩の教室へ行ってみる。探求パズルの出した答えが嘘であってくれと願う毎日。こうして先輩が戻ってくるのを待ち続けるがもちろん現れはしない。パズルの力は絶対なのだから……。

 放課後になって、部室でまた一人することもなくボーっとし続ける。現れるはずのない先輩を待ち続けて……。

「ナイトー、いるー?」

 レオナが部室に入ってくる。

「ナイト、どう? あれから何か進展あった?」

「……」

「ナイト? ナイトってば!」

「どうすりゃいいんだよ、俺……?」

「は?」

「白神先輩が死んじゃったんだぞ。先輩が……俺の恩人が……」

 付き合いは浅くとも、俺にとっては命の恩人であり、大切な人だった。水平思考パズルという面白い遊びも教えてもらって、これからますます親交を深めていくはずだったのに……突然襲った悲劇。

「ちくしょう……先輩……うわああああああああああああああ!」

「……ドアホ!」

「ぶぎゃあ!」

 泣き叫ぼうとした俺にレオナの鉄拳が喰らわされる。

「泣いてる暇があったら考えなさい! どうして白神ユリアは死んだのか……あんたなら調べられるはずでしょう? そのパズルがあれば。あの女は……そのためにあんたにパズルを預けたのかもしれないでしょう?」

「……!」

 先輩が俺にパズルを預けた理由……そういえば考えもしなかった。これを預けて間もなく、先輩は姿を消したのだ。もしかして……自分の死期を悟って?

 自分が死ねばその謎を俺に解いてくれるように……先輩は望みを託したのかもしれない。ならば……俺がウジウジしているだけで、何も行動を起こさないわけにはいかないじゃないか。

「……ありがとよ、レオナ。その通りだな。お前にハッパかけられるなんてな」

「べ、別に私は……。ま、まああんたが真相を知るために役に立ちそうだから、一時的に手を組んでやっていいかもって思っただけよ」

「よし……やってやるぜ! 調べてやる、先輩の死の真相を」

 俺が今できること……今やらなくてはならないことはそれしかないんだ。絶対突き止めてやる、どうして先輩が死んだのか……。

「じゃあ早速、この探求パズルで……」

「待った。ねえ、そのパズルって、一度インプットした問題を書き換えることってできるの?」

「あん? どういうことだ?」

「そのインプットの仕組みってのも私はよくわからないんだけど、とりあえず一個の事件の謎について二十個まで質問して、それで答えが出なくてもそれ以上は質問できなくなっちゃうんでしょ?」

「ああ、らしいぜ」

「じゃあ例えば白神ユリアの死は、何らかの事件に巻き込まれて誰かに殺されたわけだったとする。それを二十個目一杯使って答えを出して、今度は誰に殺されたのかって質問をインプットして、また二十個質問するってことは可能なの?」

「ええ? う~んとな……ちょっと待て、そんな難しいこと言われても、俺だってよくわかってねえんだから。確か先輩にもらった説明書がここに……」

「説明書って、あんた……。市販の物じゃないんだから」

 もちろん俺に分かりやすいように先輩が書いてくれた手書きの物だが、実に細かく詳細を書いていてくれた。こういうパターンの使い方とか例をいくつも挙げていてくれたり。

「何々……? 基本一個の事件について一つの問題しかインプットできないみたいだな。でも例えば連続殺人事件とかで、第一の殺人のアリバイトリックの謎、第二の殺人の密室トリックの謎とか、そういう風に同じ犯人が起こしている連続した事件は個別に一個ずつの質問ができるって書いてある」

 なんだかわかったようなわからんような説明だが……要はケースバイケースってことなんだろうけど。

「ふ~ん、じゃあこの場合は……白神ユリアの死の原因とその犯人を二つの問題に分けて調べるってことはできないってことでいいのかな?」

「ああ、多分な。あ、これか? さっきお前が言ってたやつって。問題を書き換える場合……問題を解いている途中で書き換える場合は、すでに消費した質問数を二十個の制限から引いた数しか質問できない、だって」

「白神ユリアが失踪した理由をこの間、問題としてインプットして三つの質問を消費したわね? この問題を書き換えるとしたら、質問できるのはあと十七個ってことになるわけね?」

「う、うん、多分……」

 俺より物分りのいいレオナ。真剣に説明書を読んで探求パズルの使い方を理解したようだ。俺にはどうにもまだイマイチよくわからない……。

「問題を書き換えるってのか? なんて問題に?」

「私の調べた情報によると……白神ユリアの義理の親、不死原聖龍も白神ユリアが失踪して間もなく、消息を絶ってるわ」

「何だって!?」

 不死原聖龍……ベストセラー作家、水平思考パズルのゲームブックを世に送り出している人物……。

「もともと人前に出るタイプの人間じゃなかったけど、最新作の打ち合わせをしていた出版社がメールやファックスでの連絡すら一切取れなくなったって言うの。すでに警察もこの二人の失踪は何らかの事件に関与していると睨んで捜査を始めているわ」

 そりゃそうだろう……同じ家に住む二人の人物がほぼ同時期に姿をくらましたのだ。誰だって何らかの事件の可能性を考える。

「家宅捜索も行われて、家はもぬけの殻だったって。私はおそらく……不死原聖龍がまだ生きている可能性もほぼゼロに近いと予想してる」

「じゃあなんて質問するか……? 『同じ家に住む二人の人物がほぼ同時期に失踪した。一体何故か?』とか?」

「うん、それでいいと思う。でも、そんな抽象的でいいの? 白神ユリアと不死原聖龍の名前をはっきり入れなくても」

「何でもこれは出題者……つまり俺の思考を読み取って、二人の人物が誰のことを指してるのかも特定できるんだと。だから人物名は入れても入れなくてもどっちでもいいんだってさ」

「凄い代物ね……。こんなパズル、どこで手に入れたのかしら、白神ユリアは……?」

 それは俺も謎だったが、とうとうそれを聞く前に先輩は帰らぬ人となってしまった。今はそんなことを気にするより、まず先輩の事件の真相を探ることが先決だ。

「行くぜ、『同じ家に住む二人の人物がほぼ同時期に失踪した。一体何故か?』」

 パズルがオレンジ色に光る。これは問題が書き換えられたときの光らしい。

「十七問ね……。質問できる数が減った分、考えて質問しなきゃね」

「ああ、まずは確認だな。〝二人は共に死んでいる?〟」

 パズルが青く光る。

「……! なんてこった……」

「不死原聖龍も……」

「〝二人は共に誰かに殺された?〟」

 パズルが青く光る。

「この二問だけでわかっちまったな、先輩と不死原聖龍の生死が」

「でも……なんで殺されたのか? そもそもどんな事件に巻き込まれたのか全然わからないよ?」

「って言っても……現時点じゃ情報が少なすぎて、これ以上質問しようがない気がするけど」

「確かにそうね。闇雲に質問したところで十七個以内に犯人までたどり着けるとは思えないし、一旦ここでストップさせるべきかな?」

 でも……二人の生死がわかっただけじゃ、わざわざパズルに聞いて調べるほどのことでもない。警察の捜索も始まっているんだ、いずれ二人の死体が見つかるはずだし。

「何か他に聞けることないかな? 何か事件に役立ちそうな情報を手に入れられれば」

「無駄に質問を消費しない方がいいわよ。あと十五個しかないんだから、慎重にいこう。そのうち警察が……」

 そのとき、どこからかケータイの着信音が鳴る。レオナのケータイだった。

「もしもし? うん、うん……えっ!? うん、わかった、ありがと」

「どうした?」

「……白神ユリアの死体が見つかったって」

「何!?」

 先輩の死体が……!? っていうか、誰からだったんだ、今の電話は? レオナの情報網からか?

「行こう、水平川の河川敷だって」



 うちの高校の近所に流れる水平川。その川の河川敷に多くのパトカーと警官たちが集まっていた。

 俺は息を切らしてレオナとここまで走ってくる。警官たちの集まりを見つけ寄っていくと、中に見慣れた顔が一人……。

「おや、付き人君……」

 的外刑事だった。いつも背景を無駄にキラキラ輝かせるナルシストも、今日は随分と浮かない顔をしていた。

 そこへ警官が一人、例によって部外者の俺たちを制止しようとする。

「何だね、君たちは!? 一般人は立ち寄ってはいかん、現場検証中だ!」

「いいんだ、君。私の知り合いだ。来たまえ……」

「いやに萎びた顔してますね、的外刑事」

「何年も刑事をやってて死体は見慣れているが……未だに美しい女性の死体だけはテンションが下がるんだよ。ましてや顔見知りの死体はね……」

 川原に上げられた死体……。ビニールシートをかぶせられたそれは、風でバタバタ飛ばされそうになって死者の顔を俺たちに曝す。

「……先輩……」

 青白い顔をした白神先輩……。その体はビショ濡れで、目を閉じてはいるが、到底安らかな死に顔には見えない、無念の思いが伝わってきた……。

「ぐっ……先輩……ううううううううううううう……!」

 さっき散々泣いたばかりなのに、また泣いてしまう。知っていたことでも、いざその無残な死体を目の当たりにするとどうしても涙がこぼれてきてしまう。

「ついさっき、河川敷をジョギングしていた近所の住人が水平川に浮かんだ彼女の死体を見つけ、通報を受けた。何ということだ……彼女とはまだデートすらしたことないのに……。これからあんなことやそんなことも色々やる計画だったのに、どうして!?」

 馬鹿馬鹿しいことを悲痛な叫びで喋る的外刑事。その辺は時間がもったいないからスルーさせてもらうとして、聞きたいことは色々あった。

「白神ユリアの死因は?」

「うむ、どうやら窒息死のようだ。首に縄らしきもので絞められた跡がある。つまり……」

「殺人事件ですね」

 殺人なのは聞く前からパズルの力でわかっていたが、一応確認しておかなければならない。何故なら俺たちが本来知っていたらおかしい情報なのだから。

「見つかった死体は先輩のだけですか?」

「……どういうことだね?」

「いえ、先輩の義理の親の不死原聖龍って人も同時期に行方不明になってるって聞いたもんで。もしかしたら一緒に殺されている可能性もあるんじゃないかって……」

「ほお、耳が早いね、付き人君」

「流石です。いい加減覚えてくださいよ」

「我々も同じ見解だったが、残念ながら見つかったのは彼女の死体一つだ。不死原聖龍も殺されている可能性はあるかもしれないが、一緒に殺されたとしても別の場所に死体が捨てられたか……あるいはこの川の深いところにまだ沈んでいるか。とりあえず川の中の捜索はするつもりだけどね」

 まだ不死原の死体は見つかっていない……。刑事たちは死んでいるという確信を持っているわけじゃないだろうが、俺たちは奴もすでに死んでいることを知っている。それを伝えられないのがもどかしい。

「まあ生きてるにせよ死んでるにせよ、我々が探している以上見つかるのは時間の問題だよ。滅多に人前に姿を見せない人物とはいえ、写真もあるわけだしね」

 的外刑事はそう言って一枚の写真を見せてくれる。

「これが……不死原聖龍?」

 写真には六十歳くらいの優しそうな顔をした老婆の姿が写っていた。

「女性だったんですか?」

「ああ、そうだけど、意外だったかね?」

 名前の感じからして男性かと思っていたが……そりゃペンネームなのだから、考えてみれば。作家にはよくある話だ。

「レオナは知ってたか?」

「当然でしょ? 私の情報網舐めないでよね?」

 そうですかい……。まあ何にせよ、こうして写真が存在するならじきに死体も見つかるだろう。今は待つしかないのか……警察やレオナの情報網とやらの新たな進展を……。



 その日の帰り道……俺はレオナと別れ、一人で家へ帰るところだった。

「……?」

 気のせいではなかった。そういう経験がないため始めのうちは確信がもてなかったが、段々と疑惑が大きくなっていく。

 ……俺は……誰かにつけられている?

 一体誰に……? 俺をストーキングするような熱狂的ファンの女性の存在なんて聞いたことない。ならどうして……?

 俺は早足で歩き出す。家までまだ結構な距離がある。ここで急に走り出したとして、相手が俺に何かする気なら全力で追いかけてくるだろう。ならここからのダッシュはまだ早い。徐々にスピードを上げていくほうがいい。

 俺が早足になったことで、足音を立てないように歩いていた相手もそんな余裕がなくなる。はっきりと俺に分かるくらいじゃりじゃりと足音を立てて迫ってくる。

 もう辺りはすっかり暗くなっている。人気のない通り道だ。加えて相手の姿は闇に隠れて見えづらい。最悪のシチュエーションだ。それでも相手が徐々に俺との距離を詰めてくるのがはっきりわかる。

 俺は恐怖と焦りでついには全力で走り出した。相手も全力で走り出す。思った通りだ。助けを呼ぶか? ここまで来れば万に一つも俺の勘違いの可能性なんかないだろう。

 相手のほうが早い。みるみるうちに俺に追いつき、捕まえられる。

「な、何するんだ!? 誰だ、お前!?」

「……」

 相手は話さない。俺は振り返って顔を見てやろうとするが、黒い覆面を被っていて見えるのは目だけだった。

 そして相手の左手にはナイフ……。まさか……こいつ、俺を殺す気かよ!? 何で、どうして!? どうして俺が殺されなきゃいけない!?

「た、助けて、誰か! むぐっ!」

 助けを呼ぼうとするが、口を塞がれ、押し倒されて馬乗りになられる。完全に力負けする。体格といい、相手が男性だってことだけはわかる。

 万事休す……逃げることも助けを呼ぶこともできない。必死に体をバタつかせて抵抗を試みるが、まるで効果がない。

「んー、んー、んー!」

 塞がれた口から少しでも声を洩らそうとするも、ガッチリ相手の手で覆われてどうしようもない。そして振り上げたナイフが俺の体に下ろされようとする。観念するしかない。俺は眼をつぶって、覚悟する……。

 その時、パキンと何かが折れた音がする。そして俺から離れる相手。どうした? 何があった? 俺は恐る恐る目を開けてみると、そこには一人のタキシードを着た老人の姿があった。

「殺させはしませんぞ、この方を」

 老人と俺を襲った犯人が向かい合って構える。俺のそばにはさっき犯人が振り下ろそうとしたナイフの刃の折れた部分が落ちていた。これ……まさか……?

「ぬん!」

 老人が鋭い蹴りを繰り出す。間違いなく還暦を過ぎているであろうその姿からは想像もできないスピード。犯人は間一髪でかわし、この老人と相対するのは不利と見てすぐに逃走する。

 老人は犯人を追いはせず、俺のところへ駆け寄ってくる。

「大丈夫ですか、流石様?」

「あ、ありがとうございます……。どうして俺の名前を? あなたは?」

「私はレオナ様に仕える執事兼情報調査部部長の時田天空ときたてんくうと申します。レオナ様の命で流石様の監視と護衛を頼まれていました」

 時田天空……ジジイに似合わないおしゃれな名前だ。少しいじると相撲取りみたいな名前にもなりそうだけど。

「レオナの!? っていうか、レオナ様って、あいつ何者……?」

「レオナ様は夢幻財閥の一人娘、そして祖父である夢幻博士様の意志を受け継ぎ、お若くして夢幻探偵社の社長の座につく方でございます。我々はレオナ様に仕える従者であり、社員でもあるのです」

「社長!? あいつが!? はぁ……」

 じゃあこの人が……あいつの言っていた情報網とやらの一端ってことか。情報調査部ね……まさかそんな大組織だとは思わなかった。

「にしても俺に監視って、あいつ……一体何のつもりで?」

「レオナ様は、近いうちに流石様が白神ユリア様同様、何者かの手によって襲われる可能性があると睨んでいました。そして私と他二名、いずれも腕に覚えのある者たちが八時間ずつ三交代でこの一週間、二十四時間監視していました」

「い、一週間ずっとですか!?」

 気づかなかった……。まあその道のプロなんだから、気づかなくて当然かもしれないが……一週間もって、おい。

「どうして俺が襲われると? さっき奴が誰か知ってるんですか?」

「いえ、残念ながら、あの者の正体は今のところ見当も……。できればこの場で捕らえたかったのですが、流石様の命が最優先とレオナ様に言われておりますので。ですが襲われた理由はレオナ様のお考え通りで間違いないかと。おそらくは流石様の持つそれが……」

「探求パズル?」

 時田さんは俺の胸元を指で指す。それが意味するところは一つしかなかった。

「このパズルを狙って?」

「ええ、白神ユリア様が襲われた理由……それもパズルのせいではないかとレオナ様は推理なされました。ならばそのパズルを受け継いだ流石様も、同じ犯人に襲われる可能性があるだろうとお考えになったのです」

「……」

 どこのどいつが……? このパズルを狙ってだって? 一体何故? パズルを奪って自分のものにするためか? それとも……。

「……レオナは今どうしてます?」

「ご自宅に戻られてお休みでしょう。ここのところ事件の捜査ばかりで、ろくに睡眠もとっていません。今日はゆっくりお休みになると仰っていました」

「そうですか……」

 なら話を聞くのは明日にした方がいいか。本当はすぐにでも聞きたい話がいっぱいあるんだけどな。あいつめ……やってくれるぜ。

「ありがとうございます、恩に着ます、今日のこと」

「いえいえ。ですが……十分お気をつけ下さい。犯人は先ほど、流石様を殺すつもりでした。この先どんな手段を用いて殺そうとしてくるかわかりません。私共も先ほどのようなケースならお守りすることはできますが……例えば飲食物に毒を仕込むなど、そういった方法からは守るのにも限界がありますので」

「……気をつけます」

 と言っても、何をどう気をつけたらいいのかただの学生の俺にわかるはずもないが……危機意識だけは常に持っていたほうがいいってことなのか。どうやら俺は自分が思っている以上にとんでもないことに巻き込まれてしまったようだ……。



 翌日。

 俺は部室にレオナを呼び出す。

「どうしたの? 何かあったの?」

「何かあったのって、聞いてねえのかよ? 俺が覆面の男に襲われて、お前んとこの時田さんに助けられたんだよ」

「ああ、何だ、そんな話……」

 そんな話って……。

「とっくに聞いてたわよ、取り逃がしちゃったんだって? せっかくのチャンスだったのに。十中八九そいつが白神ユリアを殺した犯人よ」

「ま、まあ時田さんも俺を助けるのが精一杯みたいだったしな」

「ナイトのことはどうなってもいいから、犯人逮捕に集中しなさいって言っておいたのに……」

 ひ、ひでえ……っていうか、時田さんに聞いた話と違う……。

「っていうかお前、そんな考えがあるなら一言俺に言ってくれよ! お陰で昨日はビックリしたぞ! 色んな意味で」

「確信がなかったんだからしょうがないじゃない。白神ユリアは何故殺されたのかで、あくまで色々考えられる理由の一つ。でもあんたが命張ってくれたお陰で自分の推理に自信が持てたわ」

 勝手に命張らせやがって……。

「あんたには引き続き、時田たちが監視と護衛に努めてくれるから。人数は三倍の三人体制になってる。ただ一度殺害に失敗して、すぐ同じように真正面から攻めてくるとは思えないけど」

「そりゃどうも……。で、お前の推理をもっと詳しく聞きたいんだけど、犯人は先輩の持っていたパズルを奪うためだけに先輩を殺したってことなのか?」

「だけとは限らないけどね。例えば、過去に白神ユリアに事件の真相を暴かれて、パズルを厄介と思った人物がその始末のために……とかね」

「なるほど……つまり犯人にとってパズルも先輩自身も邪魔だったってことか」

「そしてパズルが白神ユリアの手にないことを知った犯人は、そのパズルを預けた人物……つまりあんたを狙い出した。昨日までは可能性の話で考えてたけど、今はこれでほぼ正解って断言できる。じゃ、答え合わせしようか」

「答え合わせ?」

「パズルに今の質問をするのよ。正解なら青く光るんでしょ?」

「あっ、そうか……」

 先輩が失踪した理由……それをパズルに質問して、まだ五問しか消費してないんだった。

「よし、なら……〝犯人は白神ユリアの持っていた探求パズルを奪うために殺した?〟」

 パズルが青く光る。大正解のようだ。

「もう一つ確認しておいて。昨日あんたを襲った人物が白神ユリアを殺した犯人と同じなのかどうか」

「おう、〝昨日俺を襲った人物は白神ユリアを殺した人物と同一犯である?〟」

 パズルが青く光る。ビンゴ!

「じゃあやっぱり俺の持っていたパズルを奪うために……」

「そうね。そこまではいちいち確認しなくていいけどね。質問数がもったいないから」

 残り十三個か……。これで今聞ける質問はこのくらいになりそうだな。でも大きな進展だ。犯人の動機がハッキリしたんだから。

「白神ユリアは人に恨まれるような人間じゃない。だから殺される理由があるとしたら、事件に首を突っ込んで犯人に返り討ちにされたか、もしくは過去に解決した事件の犯人、もしくはその身内に復讐されたか。後者ならまず間違いなくそのパズルの存在も消そうとしてくるはず。そのパズルのせいで痛い目にあったはずだからね」

「だからその後犯人がどう行動してくるか予想して、俺に護衛をつけるまでに至ったってのか? たいしたもんだな……」

 やはりこいつの推理力は並外れたものがある。さすが名探偵(だったのか?)の祖父を持つだけあるってことか。こいつがパズルを持ったほうがいいんじゃないか?

「ま、とにかく犯人が捕まらない以上、そのパズルを持つあんたにまた命の危険が及ぶことは間違いないだろうから、十分気をつけなさいよ。時田にも言われただろうけど。あんたが死のうが知ったことじゃないけど、そのパズルの力が失われるのは痛いからね。この事件……あたしの推理力をもってしても一筋縄じゃいかないだろうから」

「じゃあ……お前持てよ。その方がいいじゃないか、女子高校生探偵なんだし、俺よりよっぽどこの力を役立てるだろ?」

「そうはいかないわよ。そのパズル、問題をインプットした人の声にしか反応しないんでしょ? 他の事件ならともかく、この事件に関してはもうあんたが持ってるしかないのよ」

「で、でもよ……お前が推理を固めて、それから俺のところに来てくれれば、そのときだけ俺が協力すれば……」

「……あんた、さっきから何言ってんの?」

「……怖いんだよ」

「は?」

「怖いんだよ、俺は! 自分の命が得体の知れない奴に狙われてるのが怖くてたまらないんだ! だってそりゃそうだろ? 普通の高校生だぜ、俺は!? 今まで死線なんて潜り抜けた経験もない、いきなり死ぬかもしれない状況に立たされりゃ足も竦むだろ!?」

「はっ、情けない奴、男のクセに」

「うるせえ! そもそも白神先輩が俺なんかにこんなもの預けなきゃ……こんな事件に巻き込まれることなんてなかったんだ! どうして先輩は俺なんかに……他に頼れる奴なんていくらでもいただろうよ! 先輩のせいで俺は命の危険に曝されてんだ!」

「ドアホ!」

「はげぶらっ!」

 デジャブか……? 前にもこんなことがあったような……って、昨日あったばかりだった。またもレオナの鉄拳を喰らわされる。

「な……何しやがる!?」

「とんでもないヘタレね、あんた。っていうかヘタレって何よ? あたしも意味よく知らないで使っちゃったけど、屁を垂らしているってこと? あんた屁垂れたの? レディーの前で何してんのよ!?」

「げろぐへっ!」

もう一発。

「わけわかんないことぬかすな!」

「あんたこそ! 考えてみなさいよ、白神ユリアがどうしてあんたにそのパズルを預けたのかを!」

「……どうしてって、どうして?」

「さあ」

「わかんねえのかよ!」

「私にわかるわけないでしょ。あんたたちの友好度も知らないんだから。で・も・物事には必ず理由があるわ。あんたにそのパズルを預けたのも理由がある。それももしかしたら深い理由が……。それをまず解くべきなんじゃないの? パズル研究会の部員なら」

「……」

「ふん、こんな説教してたって時間の無駄ね。私は事件の調査もあるから、先に戻るわね。とりあえずそのパズルはあんたが持ってなさい。捨てようとしても時田に拾いに行かせるからね。そんであんたの家に着払いで宅急便してあげるわ」

 徹底しすぎ……。

 ぷりぷり怒りながらレオナは部室を出て行ってしまう。残された俺は呆然とし続ける。

 そう……俺は怖かった。襲われた恐怖心で昨日はほとんど眠れなかったくらいだ。普通の神経の持ち主ならそうなるだろう?

 でも先輩に恨み節をぶつける気はなかった。さっきの言葉はもののはずみのつもりだった。でも……レオナにとってはその言葉が一番逆鱗に触れたようだ。

 そうだ、俺はなんてことを……。俺が社会的に抹殺される危機に瀕したとき、救ってくれたのは先輩じゃないか。命の恩人、いくら感謝してもし足りない存在なのに……。

 俺は机の上に飾った先輩の写真を見つめる。やっと二人になったこの部活。また一人になってしまった……。

 先輩のためなら命を賭けてもいいはずだ、本来なら。それが出来ない自分の臆病さ。レオナに叱責されて当然だ。

「……先輩……」

 写真にいくら語りかけても教えてはくれない。どうして先輩は俺にこのパズルを? 俺なら先輩に万が一のことがあったとき、無念を晴らしてくれるって考えたからですか?

 そんなの買い被りですよ……。俺はただの臆病で、頭の悪い高校生……。何の力もない、最初からあの自称ライバルの夢幻レオナに預ければよかったじゃないですか。

 もう本人にそれを聞く術はない。探求パズルにそんな問題をインプットすれば、あるいは答えがわかるのかもしれないが、それだけはどうしてもやってはいけないことのような気がした……。



 放課後。

 俺はレオナのクラスメイトから住所を聞いて、あいつの家に行ってみることにした。昼間のことを謝るのと……あいつ一人頑張らせるわけにはいかないと思ったためである。俺も何かしなきゃ……先輩のためにも。

 メモした住所とパソコンから印刷した周辺の地図を見ながら歩く。本当はどこかで監視しているはずの時田さんにでも聞けば早いのだが、どこにいるのかもわからないので声のかけようがなかった。本当にどこから見てるんだろう……? プロのスナイパーのようだ。

「この辺かな……? ここをこう行って……ぬお!?」

 角を曲がったところで俺は気づく。目の前にとんでもない大豪邸が建っていることに。この街にこんな家があったのか……。本当に漫画に出てくるような大金持ちが住んでいるお屋敷だ。

 これが夢幻邸……。何かあいつ、普段そんな素振りは全く見せないけど、住む世界が違う人間って感じだよな……。

 俺は門の前に立ち、インターホンを押す。

「はい、どちら様でしょうか?」

 インターホン越しに聞こえる声。レオナのものではない。

「あの……水平高校の流石といいますけど、レオナさんと同じ学校の。レオナさんいらっしゃいますか?」

「レオナ様のお友達の方でしょうか?」

「ん、まあなんと言うか……」

 ここで友達と言い切っちゃっていいものか? 少なくともレオナの方は全然そんな風に思ってないだろうし。

「お引き取りください。レオナ様はお忙しいので、ご学友の方でもみだりにお会いすることは出来ません」

「あ、ちょっと!」

 そのままインターホンはブツッと切れてしまう。なんて冷たい、大富豪の令嬢ならこんなもんかもしれないが。一般人と隔離された生活。

 どうしよう……? 会いに来たはいいが門前払いされるとは思わず、途方にくれる俺。

「どうされました、流石様?」

「ぬおわぁ!?」

 不意に背後から声をかけられる。幽霊のような冷気を漂わせた時田さんだった。いつから後ろに……そしてどうやって近づいてきたのか? 全く気づかなかった。まるで忍者かエージェントである。

「と、時田さん……あの、レオナに会いに来たんですけど」

「逢瀬ですか? 申し訳ありませんがいくら流石様でも、レオナ様と恋仲になることは断固阻止させていただきます。レオナ様は夢幻財閥の大切な跡取り……庶民との恋愛など許されるはずもないのです。ですので、お引取り下さい」

「何でですか、違いますよ! 事件のことを話に来たに決まってるじゃないですか!」

 とんでもない勘違いをされてしまう。それだけ普段から近寄る男にはガードを固くしているのだろうけど。

「そうでしたか、これは失礼いたしました。レオナ様が最近あなたのことばかりお話しするので、てっきりそういった関係になりつつあるのかと警戒しておりました。お許しください、ホッホッホ……」

「お、俺のことばかり……?」

「ええ、白神ユリア様以外で水平思考パズル対決で初めて負けた相手だとか、意外に頭の切れる奴だとか、事件を二人で解決したときは素晴らしいコンビネーションだったとか。よくお褒めになっておられますよ」

 意外だ……あのレオナが。普段罵倒されてばかりだけど、裏で俺のことをそんなに……? だからあいつ、俺が弱気になったとき、あんなに怒ったのか? 俺に期待してくれているから……。

「レオナ様は十歳の頃から夢幻探偵社の探偵として数々の事件を解決してまいりました。もちろん毎日が勉学と事件の調査に追われる日々……ご友人と遊ぶことはおろか、恋をする暇さえありません。もっともあの容姿端麗、成績優秀、スタイル抜群の完璧少女レオナ様のハートを射止められる男性などそうそう現れるもんではありませんでしたが。

 ですからそのレオナ様が初めて男性の話を私にするようになり、私も一種の危機感を覚えておりました。場合によっては流石様に対して課せられた任務が監視が暗殺に変わることもありうるだろうと覚悟していたほどです」

「い……いやいやいやいや、そんな馬鹿な! レオナが俺なんかに恋心なんて抱くわけないじゃないですか! 嫌だなぁ、時田さん!」

 なんちゅう恐ろしいこと考えているんだ……この人。これでは犯人より先にこの人にいつ勘違いされて殺されてもおかしくない。護衛ではなく犯人がもう一人増えたようなもんだ。

「冗談です、ホッホッホ……」

 目が笑っていない……。

「ではお通ししましょう。ちょうどレオナ様も先ほどお帰りになったばかりです」

「あ、ありがとうございます」

 屋敷の中に連絡し、門を開けてくれる時田さん。何はともあれ、よかった……。



 屋敷の庭を案内してもらう。普通に歩いていたら絶対迷いそうな庭。きついくらい香りの漂うお花畑。夕方にも眩しい光を放つ噴水。どれもお金持ちならではのものだ。

 そしてお屋敷の中はもっと凄かった。

「「「「いらっしゃいませ、流石様!」」」」

 ズラッと並んで出迎えてくれるメイドさんたち。ピシッとした姿勢はメイドカフェでは見られない、一流のメイドの証。

「な、何か大げさすぎやしませんか? 俺一人案内するだけで」

「レオナ様のご学友ですから。レオナ様に関わる大切なお客様は誰でもこうして出迎える。我々の務めです」

「はあ……」

 レオナに一回会いに来るだけで随分疲れそうだ。これからはメールかなんかで呼び出した方がいいのかもしれない。

 メイドさんたちの列の間を通り抜け、二階へ行く。『レオナの部屋』と書かれたプレートのかかった、他の部屋と比べて倍ほどあるドアの部屋の前に来る。ドアをノックする時田さん。

「失礼いたします、レオナ様。流石様をお連れいたしました」

「ナイト? どうしてまた? いいわ、通しなさい」

 ドアを開ける時田さん。そしてその先に広がっていた光景は……。

「……!」

「あ……れ、レオナ……」

「どうしたの、ナイト?」

 バリバリ着替え中のレオナ。さっき帰ってきたばかりって言っていたけど、あまりにもお約束過ぎる展開に言葉を失う。

「し、失礼いたしました! まさかお着替え中だとは!」

 慌ててドアを閉める時田さん。真っ赤になってドキドキしている。

「どうしたの、二人とも?」

「どうしたもこうしたも、ちょっとは慌てろよ、お前! 何で開ける前に着替え中だって言わねえんだよ!?」

「別にあんたに見られようが大したことじゃないでしょ? あんたの存在なんて道端に落ちてる片方だけの軍手みたいなもんなんだから」

 酷い言われようである……。やっぱり時田さんのさっきの言葉は嘘だったのではないかと思えてくる。俺のこと何とも思ってないってことだろ、つまり?

 しかし時田さんの方はどうも違うようだ。かえって今ので何故か逆上しつつある。

「道端に落ちてる片方の軍手……つまりそれほど平気で肌を曝せる間柄というわけか、流石騎士は……!?」

「は? な、何ブツブツ言ってんですか、時田さん!?」

「ゆ……許せん、流石騎士! レオナ様との愛を育みに来たばかりか、着替えまで覗くとは!」

「いやいやいやいや、あんたも見ただろうが!」

 懐からどうやってしまっていたのかわからないがマシンガンを取り出す時田さん。やばい、完全にイッちゃってる、この人!

「ぬおおおおおおおおおおおお!」

 日本にも関わらずマシンガンをぶっ放してくる時田さん。必死でそれを避ける俺。冗談じゃない、こ、殺される、本気で!

「ぬわあああああああああ!」

「ぬおおおおおおおおおお!」

「たっ、たっ、たっ、たっ、助けてえええええええええええええ!」

「何やってるのよ、あんたたち?」

 極めて冷静なレオナが着替え終わって部屋から出てくる。そして懐から取り出した銃を時田さんに向けて撃つ。

「ぐっ!?」

 弾が当り、ぐったり倒れる時田さん。

「ひえええええええええええ、こ、殺したのか……!?」

「何よ、情けない声出して? 麻酔銃よ」

「な、なんだ……」

「ちなみに時田が持ってるのはエアガン。全く……時田ってたまにパニクって危ない人になっちゃうからね~。それさえなけりゃ執事としても助手としても優秀なんだけど」

「な、な~んだ、ビックリした……」

 よく見れば弾を撃ち込んだ床やらは一切傷ついていない。それもそうか、本気で殺すわけが……。

「……!?」

 汗を拭こうと顔をさすると、俺の手に血がついているのに気づく。どうも俺の頬から血が出ているらしい。

「な……?」

「まあエアガンって言っても、改造したやつだから当れば致命傷に近い傷は負うけどね。危なかったね、ナイト」

「危なかったね、じゃねえだろ!」

 怖い……怖いよ、夢幻邸。



「……ぬ? 私は一体何を……?」

 レオナの部屋のソファーに寝かせられていた時田さん。ようやく目が覚める。

「気がついた、時田? またプッツンしちゃってたのよ」

「むう、そうですか……申し訳ありませんでした、レオナ様。む? 流石様、何故ここに?」

「記憶ないんですか?」

 怖い……色んな意味で。

「そうそう、ナイト、どうして私の家に?」

「ん……まあ、昼間のことでちょっとな……。悪かった、レオナ」

「悪かった……? まさか、レオナ様に何かしたのか、貴様!?」

「いやいやいや、違いますって、時田さん!」

 再び激昂思想になる時田さん。これじゃ永遠にさっきの騒ぎの繰り返しだ。

「待ちなさいって、時田。したとしたら私のほうよ」

「む? レオナ様……」

 レオナに麻酔銃を向けられて冷静さを取り戻す時田さん。普段は温厚な人なのに……とんだ二重人格者だよ。

「俺……もう逃げないよ、レオナ。この事件、俺が絶対解決する」

「俺たちが、でしょ? 安心なさい、私がいる限り、解決できない事件なんてないから。ただあんたの力も必要になるけどね」

「ああ、そうだな。ありがとう……」

「昼間よりはいい眼になったわね。じゃあ早速だけど事件の話に戻るわよ。あんた、水戸納人って知ってるでしょ?」

「え? ああ、うちの学校の先生じゃないか。ついこの間……殺されたけど」

 俺と先輩が巻き込まれた事件。水戸先生を殺したのは三波奈美だと特定できたが、その三波も何者かに殺された。その犯人は未だにわからずじまい……。俺もここ最近の事件続きですっかり忘れていたが、まだ解決していないのだ。

「そう……あんたたちの部活の顧問。色々調べていくうちにわかったけど、どうも水戸先生と白神ユリアはただの教師と生徒の間柄とは思えないくらい親交が深かったみたいね」

「えっ……? どういうことだ? まさか、先輩と水戸先生は恋仲とか……?」

「そういうのでもなさそう。私が調べてわかったのは、水戸先生は白神ユリア同様、過去にいくつかの刑事事件を解決しているという事実。そしてそのいくつかの事件のうち一件、白神ユリアと共に現場にいたことがあるってこと」

「事件を……解決? ただの教師だろ、先生は? 副業で探偵でもやってたってのか?」

「さあ? そこまではわからなかった。でも……この事実から読み取れるのは、二人の間には教師と生徒以外の関係があるってこと、だと思わない?」

「どんな関係なんだよ、そりゃ?」

「一つわかっているのは、その二人ともが関わった事件っていうのは未解決のままっていうこと。つまり……二人は一緒にその事件の謎を追い求めている仲間って考えられると思うんだけど」

「聞いてみるか、こいつに? でもなんて聞けば……?」

 すでに二人とも死んでいるため、こういうときこそ事実確認に使えるのが探求パズルだ。だが質問の仕方が難しい……。

「簡単じゃない。〝水戸納人と白神ユリアを殺した人物は同一犯である?〟って聞けばいいわ」

「何!? おいおい、それはなんでも……話が飛躍しすぎじゃないか?」

「そんなことないわよ。例えば二人が追ってる事件の犯人が、二人の追跡とパズルの力を恐れて二人を殺したのなら、全てつじつまが合うでしょ?」

 確かにそうだけど……それで答えがノーなら全く無意味な質問だったことになる。二人の関係を探りたいだけなのに。

「ほら、早くやりなさい」

「わ、わかったよ……。〝水戸納人と白神ユリアを殺した人物は同一犯である?〟」

 パズルが青く光る。

「!」

「来たわね……。も~、失敗した。何で私も水戸先生殺しの事件調査しなかったかな~。関わっていれば今頃……」

「レオナ様が白神ユリア様に対抗心を燃やしすぎるからです」

「うるさい、時田!」

「ど、どういうことですか?」

「レオナ様は白神ユリア様が手をつけた事件には一切手を出したがらないのです。先に解決されると悔しいからということで」

「黙れって言ってるのよ!」

 麻酔銃を発射する。ぱたりと倒れる時田さん。

「ぬわー、時田さん! 危ないことするな、お前!」

「いいのよ、メガネかけた小学生探偵も大人によく麻酔針打ち込むでしょ?」

 何をわけのわからんこと言ってるんだ、こいつは……。

「とにかくハッキリしたわね、これで。水戸先生と白神ユリアは一緒にある事件を捜査していた。そしてその犯人に殺されたのよ。一応確認して」

「お、おお……。〝水戸先生と白神ユリアは一緒にある事件を捜査していた。そしてその犯人に殺された?〟」

 パズルが青く光る。

「思ったとおりね。これで残された質問はあと十一個ね」

「あ、いや……あと九個なんだな、実は」

 そう……俺は昼間レオナに罵倒された後、部室でパズルにある質問を二つほど聞いていたのだ。

「えっ? どうしてよ? 私のいない間に何を質問したって言うのよ?」

「そりゃまだ言えねえよ」

「……はは~ん、あんた、パズルに聞いたわね? どうして白神ユリアがあんたにパズルを預けたか、その理由を」

「ち、ちげーよ!」

「やれやれ……そんなことのために貴重な質問を二個も無駄にするとはね。呆れて物も言えないわよ」

「違うって言ってんだろーに!」

 俺が少し声を荒げたことで、レオナは若干怯んだようだった。

「な、何よ、じゃあ何を質問したのよ?」

「だから言えないって言ってるだろ」

「ふん、訳のわからない奴」

 わずかに気まずい空気が流れる。てっきり何でも鉄拳で俺のことを黙らせようとしてくるかと思いきや、本気の訴えはわかるようだ。

 ともあれこれで残された質問は九個……。俺は先輩の死の真相に近づいているのだろうか? 水戸先生を殺した犯人と同一人物なのはわかった。だがその全容には、まだまだ俺は手を伸ばしても届かないくらい遠いところにいることをわかっていなかった……。

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