第1問 密室の中の二人の死体
【問題1 突然死した男】
ある男がある旅館に宿泊した。
男は前日までどこも体調に不安を抱えていなかった。
にもかかわらず泊まった翌日の朝、男は宿泊した部屋で死んでいた。
一体何故か?
「という問題があったとしましょう、騎士くん」
「え、何ですか、白神先輩?」
「だから、聞いてなかったの? 『ある男がある旅館に宿泊した。男は前日までどこも体調に不安を抱えていなかった。にもかかわらず泊まった翌日の朝、男は宿泊した部屋で死んでいた。一体何故か?』」
「はあ……。先輩が考えたんですか?」
「違うわ。不死原聖龍著、『夢幻博士の∞パズル』に収録された問題よ」
聞いたことない。先輩が言うには不死原聖龍(←ベストセラー作家らしい)の『夢幻博士シリーズ』はちまたで大ブームを巻き起こしている推理ブックらしい。俺の友達に聞いても誰一人知っている奴はいなかったが。
「これが『水平思考パズル』ってやつの問題ですか……。これを解いていけばいいんですよね? でも問題がざっくりし過ぎてて、どう解けばいいかもわかんないですよ」
そう……俺は白神先輩が所属する(というか先輩一人だけの)部活、『パズル研究会』というみょうちくりんで怪しげな部に入部させられることになってしまった。二年生に進級して早々。
そして今、こうして放課後になって部室で先輩にレクチャーを受けていた。その『水平思考パズル』ってやつがどういうものかを。
「この問題だけ読んで正解にたどり着ける人はまずいないと思うわ。だってヒントが少なすぎるでしょ?」
「確かに」
「だからこれは出題者と回答者に分かれて、回答者が出題者に質問をするの。試しに何か質問してみて、この問題に関すること」
「え~っと……じゃあ〝男は誰かに殺された?〟」
男の体調に不安がなかったのなら、死因で真っ先に考え付くのが殺人だ。そう思って聞いてみたが……。
「それに対して出題者は〝はい〟か〝いいえ〟、もしくは〝関係ない〟のどれかで答えるの。ちなみに今の質問に対する答えは〝いいえ〟ね。これで殺人の線は消えたでしょ? 大きなヒントになったわね」
「へえ~。でもまだまだ選択肢が多すぎますよね?」
「だから今と同じようにどんどん質問を続けるのよ。殺人じゃない、なら次に何を聞きたい?」
「う~ん……じゃあ〝男は病死である?〟」
ならまずは死因を特定することが先決と思って聞いてみる。問題文では死因について一切触れていないのだから。
「答えは〝はい〟よ」
「ええっ!? 病死って、体調に不安はなかったんじゃないんですか?」
「そう、だから不思議でしょ? どうして男は死んだのか……これが水平思考パズルの面白いところよ」
何だかインチキの臭いが漂ってきた……。病気にかかってなかったのに一晩で病死って。そんなこと実際にありえるのか?
「これって何かSF的な要素が絡んできたりします?」
「失礼ね、一切絡まないわ。ちゃんとしたミステリーでも通用する問題なんだから。さ、次の質問よ。死因は特定できたわね。じゃあ次に何を聞く?」
「う~ん……〝男は泊まった旅館でウイルスに感染した?〟」
「〝いいえ〟よ。ウイルスと来るとは思わなかったわ」
「だってそうでもなきゃ……」
「何の病気だったのかをもうちょっと考えてみた方がいいかもね。死因は特定できても病気の原因は特定できてないでしょ?」
そんなこと言われても……俺は医学の知識なんてそれほど詳しくないし、この世に一日で発症して死に至る恐ろしい病気があったとして、それを俺が現時点で知らなけりゃこの問題は解きようがないじゃないか。
「じゃあ……〝その病気は俺も知っている病気である?〟」
「えっ? あははは、そう来たのね。さあ……断定はできないけど、多分知ってると思うわ。本当はこんな質問は趣旨から外れてるんだけど、初回だし特別に答えてあげるわ。病気自体は誰でも知ってる、ただしそれで死に至ることまでは誰でも知ってるとは言い切れない。あくまで私の予想だけどね」
「ぼんやりした返答ですね」
「質問が質問なんだから、当然でしょ?」
まあそれもそうか……。しかし俺もほぼ確実に知っている病気か……。どうしたもんか。
「〝その病気とはおたふく風邪である?〟」
「〝いいえ〟、違うわよ。おたふくで滅多に死なないでしょう?」
「〝その病気とは水疱瘡である?〟」
「違うって」
「〝その病気とはヘルニアである?〟」
「そんなわけないでしょ」
「〝その病気とはニキビである?〟」
「真面目にやってよ……」
俺の知っている病気を当てずっぽうで言ってみるが、もちろん当たるはずもない。
「難しく考えないで。病気ってくくりにすると思いつかないかもしれないけど、身近な症状でかつ死に至ることのあるものといえば何か考えて」
そんなこと言われてもなぁ……。待てよ……? 急に発症して死に至る病気、しかも俺が知ってるものといえば……一個だけあるかもしれない。
「〝その病気とはアレルギーである〟」
「! ……〝はい〟よ。気づいたわね」
よし! やっぱりそうか。アレルギーによるアナフィラキシーショック。これなら一晩で発症して死に至ってもおかしくない。
「なら次に詰めるべきは……アレルギーが起こった原因よね。どうして男はアレルギーを起こしたのか? それがわかる質問を考えて」
「アレルギーを起こした原因? う~ん……」
アレルギーの原因といえば……ブドウや卵、あとは猫が近づいたりハチに刺されてアレルギーを起こす人もいたよな。
「〝その旅館には猫かハチがいた?〟」
「〝いいえ〟、猫もハチもいないわ。もっと身近なところからのアレルギーよ」
「〝夕食にブドウや卵が出た?〟」
「〝いいえ〟。就寝前まで男はアレルギーを起こさなかったわ。食べていれば寝る前にアレルギーを起こしてたはずでしょ?」
「くううう~……じゃあ何ですか?」
「一つ抜けてるんじゃない、騎士く~ん?」
俺が正解に届きそうで届かない様子を見て楽しんでいる白神先輩。結構Sだな、この人。
一つ抜けてるって……あと何アレルギーがあったっけか?
「……そうか! 〝男は蕎麦アレルギーだった?〟」
「! 〝はい〟。もうわかったわね?」
「さらに詰めますよ。〝旅館の枕は蕎麦殻だった?〟」
「〝はい〟。うん、もういいわね? じゃあ正解を説明してちょうだい」
「男が泊まった旅館は、蕎麦殻の枕を使っていた。男は蕎麦アレルギーだったため、その枕で寝ようとしたところアナフィラキシーショックを起こして死んでしまった。どうですか?」
「大正解! お見事よ、騎士くん。ずばり正解までたどり着いたわね。これが『水平思考パズル』よ。出題者と回答者に分かれて質問を繰り返し、その質問の答えから正解を導き出していく推理ゲーム。まあだから、厳密に言うとパズルじゃないんだけどね」
「はあ~……何か問題聞いただけじゃ無茶苦茶な感じしましたけど、いざ正解聞いてみると意外と筋が通っていてビックリしましたね。面白い」
どんなものかと思いきや、予想以上にはまってしまった水平思考パズル。百聞は一見にしかずというか、一回やってみると実にその面白さがよく伝わってくる。
「このゲームは問題だけ見れば無数の正解が存在するパターンもあるわ。だけど出題者の意図する正解へ如何に導くか。そこが面白さの本質ね。そしてこれが……半年前、殺人の罪で疑われた流石くんを助けた秘密の一端でもあるわ」
そう……俺と先輩の出会いは半年前に遡る。テーマパークでアルバイトしていた俺は、そこで起こった殺人事件の容疑者にされてしまった。そのとき颯爽と現れて、真犯人を暴き出し、俺を救ってくれたのが先輩なのだ。
先輩にはある不思議な力がある。それこそまさにSFめいた非科学的な力ではあるが、その力と今の水平思考パズルを使い、事件の真相を導き出したのである。
いくら感謝しても仕切れない先輩に、この春部活の勧誘を受けた。何故か今更、しかもこんなマニアックな部に。まあ俺を助けてくれた力の謎を知れただけでもよかったが。
「これが今出した問題の元になった、夢幻博士の∞パズルよ」
先輩が見せてくれた本には、さっきの問題の他にいくつもの水平思考パズルの問題が載っていた。どれも一癖も二癖もありそうな面白そうな問題ばかりだ。
一ページ目に問題と挿絵、挿絵には水平思考パズルの達人である夢幻博士と助手のトムヤン君の姿も描かれている。二ページ目にいくつかのヒント、三ページ目に解答と解説が載っている。一人でも楽しめるようになっているわけだ。でも二人で出題者と回答者に分かれて問題を出すとより楽しめるってことか。こんなゲームブックがあったなんてな。
著者の不死原聖龍……ペンネームだろうが、それにしても聞いたことがない。この人が日本で水平思考パズルゲームブームに火をつけた立役者なのだとは白神先輩の弁。
「夢幻博士の∞パズルⅥ……ってことは、もう六冊目ってことですか?」
「そうよ、これが最新作。先月発売されたばかりのものよ。こっちが過去五作の本」
机の上にパズルゲームⅠ~Ⅴをどさっと出す先輩。どうやら本当に一定の人気はあるみたいだ。
「でも惜しいかな、どうしてもまだマイナーなゲームの域を出てないのよね。例えばこのゲームをお話にした漫画とかライトノベルとかが出たりすれば、もっと世の中に知れ渡ると思うのにね~」
「はあ……」
誰に向かって言ってるんだろう、先輩?
しばらくゲームブックを眺めていると、部室のドアがノックされ、誰かが入ってくる。
「よーう、白神! いるか?」
「水戸先生」
「くっさ!」
体育の水戸納人先生だった。いつも授業中も休み時間も自分のトレーニングを欠かさない肉体改造にやたらストイックな先生で、そのせいか年中汗の臭いが漂っている。部室に入ってくるなり酸っぱい臭いで空気が満たされる。
「うっ、うおえええええええ!」
「どうしたんですか、水戸先生?」
すげえ……白神先輩。この臭いで顔色一つ変えないなんて。
「うむ、実はな……ゴニョゴニョゴニョゴニョ……」
何やら耳元で内緒話を始める。俺ならあれだけ至近距離に来られたら気絶してしまうだろう。
「……! 本当ですか?」
「ああ、確かな情報だ。となれば……俺たちも近々……」
「そうですね……」
「あ、あの……」
「ああ、ごめんなさい、流石くん。水戸先生、今日からうちの部、新入部員が入ったんですよ。二年の流石くんです」
「おお~、そうなのか! 白神一人で今年にも潰れるんじゃないかって心配だったこの部も、ひとまず来年まで安泰か、ハッハッハ!」
「水戸先生はパズル研究会の顧問なのよ」
「げっ……!」
この人が顧問? マジかよ……。
「そうかそうか、俺も顧問のくせにほとんど顔出してないけど、明日からは参加しなきゃ駄目だなぁこりゃ、ハッハッハ!」
できれば顔出さない方向でいて欲しいんだけど……。
「まあこれからもよろしくな、流石!」
「ぐぎゃあああああああああ!」
水戸先生が俺のそばへ寄ってきてスキンシップをしてくる。ヘッドロックをかけてきて、それ自体の痛みなんてほとんどないものの、脇の下の臭さがハンパない。
「おお、どうした大声出して? 俺の生徒愛が眩しすぎるか、ええ? そんなに嬉しいならもっとやってやろう」
「ぐほあああああああああ!」
訳のわからないことを言い出してさらに二の腕で俺の首を締め上げる水戸先生。やっぱりこの部に入るのは早まったかと後悔するのだった……。
それから間もなくして、今日の部活はお開き、先輩と二人で下校することになった。
帰り道、まだ水戸先生の汗臭さが俺の体に残って気持ち悪い中、俺はさっきのことを聞いてみる。
「あの……さっき水戸先生と話してたのは、何だったんですか?」
「えっ? ああ、別に大した話じゃないわ。この先の部の活動計画についてとか、話し合ってただけよ。一応顧問と部長だからね、私たち」
「そうですか……」
別に大したことじゃないとは思ったが、何故かそのとき気になったので聞いてみた。そして先輩の返答はもちろん不自然なものではなかったが、その返答に大きな、そして深い意味があることを、この時の俺は知る由もなかった……。
「……」
「……」
「そんな……どうして……」
絶句するしかなかった。
つい昨日のことだった。あの汗臭い水戸先生がいつもどおり元気よく校庭中を走り回ってたのは。部室に来て俺にスキンシップをかけてきたのも。
その水戸先生が……朝登校すると、音楽室の中で死んでいたのである。
「水戸先生……それに……誰だ、あれ?」
「お前ら、教室に戻っていなさい! 早く戻るんだ! 見るんじゃない!」
俺たち以外にも生徒たちが騒ぎを聞きつけて音楽室の前に群がる。先生たちがそれを必死に教室へ帰そうとする。
室内に入れないから入口から見てよくは見えない。中で倒れているのは二人。一人は間違いなく水戸先生だ。もう一人は……うちの制服を着ている限り生徒の誰かだろうが……女子が倒れていた。
そしてしばらくして警察が到着する。俺たちは放課後になってようやく事件の詳しいことを聞けるのだった……。
校長室にて。
「ふむふむ、なるほど……」
左手でペンを握り、聞いた話をメモする刑事。
「ご安心を、校長先生。この事件は私、的外当が必ずや解決してみせましょう」
「は、はぁ……」
うちの校長はまだ四十前半の、しかも四十代には到底見えない綺麗な女性である。美山校長の手をとりながら何故かバラの花をくわえてそう宣言するどこかで会ったことのある刑事。
「失礼します」
校長室に入る俺と白神先輩。
「あなたたちは……?」
「むう、君たちは……」
「あら、ご存知で?」
「ええ、まあ……」
以前の俺に向けた容疑がてんで的外れなものだったため、とんだ恥をかかされたことのある的外刑事。俺たちに会うなり嫌そうな顔をする。
「お久しぶりですね、的外さん。私たちにも事件の捜査に協力させていただけないでしょうか?」
「何を言ってるの!? 一般生徒が事件に首を突っ込むものではありません!」
「構いませんよ、校長」
「し、しかし……!」
校長が制止しようとするが的外刑事が了承してくれる。そうこなくちゃな。
「聞けば彼ら……被害者の一人、水戸教諭が顧問を務めていた部の部員たちというではないですか」
「え、ええ、そうらしいですが……」
「そして昨日も彼らは水戸教諭を目撃している。これは捜査に非常に役立つ証言です。是非とも協力願いたい」
「わ、わかりました……刑事さんがそう仰るのであれば」
校長も渋々承諾し、的外刑事と共に事件の捜査をさせてもらえることになる。
事件現場、音楽室にやってくる。
すでに死体は片付けられた後であり、水戸先生が倒れていたところには白いチョークの線が引いてあった。床には大量の血痕も……。
一方の女生徒が倒れていた場所は、同様にチョークで死体の線がなぞってはあるものの、床自体は綺麗なものだった。
「被害者の一人は君たちもよく知る水戸納人教諭、35歳、独身。体育教師で君たちの部の顧問。死亡推定時刻は昨夜の午後八時から九時の間。死因は腹部を刃物で刺されての失血死」
的外刑事から事件の詳細を聞かせてもらう。昨日の午後八時から九時の間に殺されたって……俺たちと別れたのが六時だから、それから間もなく殺されたってことか。
「もう一人の被害者は二年C組の三波奈美。こちらは毒死。死亡推定時刻は昨夜の午後十時から十一時の間だ。そしておそらくはこの事件の犯人は彼女でほぼ決まりだろう」
「どうしてですか?」
「簡単さ。彼女が鍵を持っていたからだよ……音楽室の鍵をね」
「えっ?」
「……」
「死体を発見した教師たちによると、発見当時音楽室には鍵がかかっていた。窓も同様、つまり密室だったわけだ。鍵は一つで合鍵も存在しない。その鍵は密室内の三波くんの死体のポケットに……。これがどういうことか、考えればわかるよね、君たち?」
「水戸先生を殺せたのは三波奈美以外にいないってことですか」
「その通り。そして水戸教諭を殺した後に毒を飲んで自殺したんだよ。極めて簡単な問題さ。フッ……」
髪をかき上げ、無意味に背景をキラキラさせる的外刑事。殺人現場で男の色気を出してどうする?
それにしても……なんてこった、女生徒に水戸先生は殺されたってのか? どうして……体臭こそ犯罪的でも、人格は生徒に恨まれるような人じゃなかったのに……。
「どうして……水戸先生が三波に……? いや、そもそも、どうして三波は水戸先生を殺した後に」
「フッ……ここからは完全に私の妄想なんだけど、多分水戸教諭と三波くんは付き合ってたんじゃないかって思うんだよね。教師と生徒の禁断の愛、その愛の行く末は破滅しかない。関係がいつか明るみになる前に、別れてしまおう。そう水戸教諭が彼女に提案した。そして別れたくないとすがる三波くんは、はずみで水戸教諭を殺してしまう。そして自分も死に、地獄で結ばれる道を選んだ……。泣けるじゃないか、チキショウ!」
一人で妄想にふけり、泣き始める的外刑事。部下の警官からハンカチを手渡され、涙を拭く。
「まあそういうことだ。君たちが捜査に加わることを許可したのも、どうせもう調べることがないからなのだよ。この事件はもう解決している。わかったかね?」
そう勝ち誇ったような顔で言い放つ的外刑事に対し、白神先輩はあくまで冷静に音楽室の中を調べていた。
「君、いくら調べたって無駄だよ。密室の抜け穴でも探してるのかね?」
「……どうも腑に落ちないもので。本当にそれが真相なんでしょうかね?」
「フッ……もうこの間のようにはいかないよ。この事件はひっくり返せない、君でもね」
「まあじっくり調べさせてもらいます」
しばらくして警官たちも一旦引き上げ、現場を特別に自由に調べていいと許可を得た俺たちは二人だけで音楽室を調べ続ける。
「こりゃやっぱ……どうやってもドアの隙間から鍵を通すとか無理ですよ、これ」
俺は部屋中を調べつくしたが、ドアの上や下の隙間、窓からも密室の抜け穴になりうる場所は見つけられなかった。仮に外から鍵を部屋に放り込むことができたとしても、三波のポケットに放り込む手段がまずない。
「そうね……。なかなか厄介な事件かもしれないわ、これは」
白神先輩は胸元からあのペンダントを取り出した。あれこそが半年前、窮地に立たされた俺を救ってくれたアイテム。
「……『密室の中で男と女が一人ずつ死んでいた。女のポケットからその部屋の鍵が見つかる。二人はどのようにして死んだのか?』」
そうペンダントに呟くと、ペンダントがピカッと光る。
「それが……『探求パズル』ですか?」
「そうよ」
探求パズル……白神先輩が持つ人知を超えた力を持つアイテム。
「これに水平思考パズルの問題のように、事件の謎をインプットさせる。そしてパズルに対して質問を問いかける。するとパズルはその質問に対しイエスかノー、もしくは関係ないの返答をしてくれるわ。
ただし質問できる数は二十個まで……。それ以上は問いかけてもうんともすんとも返事してくれないわ。じゃあまずは……〝この密室は外からかけた鍵を中の女に渡す方法がある〟」
白神先輩がそう質問すると、パズルが赤く光る。
「これは〝ノー〟ということ。つまりこの密室は外から中の人物に鍵をかける手段は存在しないってことね」
「これは絶対なんですか?」
「パズルはインプットした謎の全てを暴く。人間の証言とは比べ物にならない信憑性よ。百パーセント信用していいわ」
百パーセントね……この世にありえない数字を弾き出せる時点で、このパズルが如何に神秘的なものかがわかる。
「続いて質問するわ。〝この部屋の鍵は女が持っていた一つだけである?〟」
パズルが今度は青く光る。
「これは〝イエス〟ね。つまり合鍵が存在しないってのは本当ってことね」
「じゃあ……ますます完璧な密室じゃないですか。本当にあの刑事の言う通り、犯人は三波しかいないってことに……」
「……そうね。まずそこの可能性をハッキリさせた方がいいわね」
「ハッキリって?」
「〝男を殺したのは女である?〟」
「そ、そんなこともわかるんですか!?」
「当然よ。探求パズルにわからないことはないもの」
凄いな……こんなアイテムがあれば、どんな犯罪も一発で犯人がわかっちゃうんじゃ……?
だがその質問に対し、なんとパズルは……青い光を放つ。
「!?」
「イエスだって!? じゃあ……!」
水戸先生を殺したのは……やっぱり三波……?
「意外ね……。まさか……」
あっさり結論が出てしまった……。結局的外刑事の推理どおりだったってことか。水戸先生を殺した後、三波自身が毒を飲んで自殺……。
「……やっぱり腑に落ちないわね」
「ど、どうしてですか?」
「三波さんが先生を殺したのなら、どうして音楽室の鍵を閉めたりなんかしたの? 無意味な密室じゃない」
「あ……」
確かに……。密室殺人ってのは、例えば自殺に見せかけて殺した人物なんかに使うトリックである。外部から犯人が忍び込むのは不可能と思わせて、被害者は自殺しかありえないと思わせるためだ。
待てよ……? 自殺に見せかけて殺害した人物をってことは……。
「どうやらこの事件で掘り下げるべきは、三波奈美の死の真相についてみたいね。なら……〝女は自殺である?〟」
パズルが赤く光る。
「!」
「やっぱりね……」
自殺じゃない!? ってことは……。やっぱりこの事件は的外刑事の想像したような簡単な事件じゃなさそうだ。
「これは……つまり三波が水戸先生を殺して、その後に誰かに殺されたってことですかね?」
「まだ確定じゃないけどね。それを決定付けるために、〝女は男を殺害した後に何者かに殺された?〟」
パズルが青く光る。
「やっぱりそうなんだ! 先輩、じゃあ……!」
「となると、殺害方法もわかったわね」
「えっ? どうしてですか? 部屋が密室なのに、どうやって犯人は外から三波に毒を飲ませたんですか?」
「犯人が三波奈美の殺害方法に毒殺を選んだのは密室を作るためだったのよ。毒での殺し方は色々あるわ。例えば飲んですぐ死ぬ即効性の毒とか……ある程度時間が経ってから効く遅効性の毒とか」
「そうか! 先生を殺す前から三波は何者かに遅効性の毒を飲まされてたんですね!?」
「そう。念のために確認しておきましょう。〝女は何者かに遅効性の毒を飲まされた?〟」
パズルが青く光る。
「ってことは……この事件、犯人はもう一人いるってことですね?」
「そうね。それが誰かは、今のところ検討がつかないけど」
「このパズルの力で割り出せないんですか?」
「容疑者がある程度絞れていればできなくはないわ。でも今の時点じゃさっぱりだもの。イエスかノーしか答えられないんだから、どうにもできないわよ」
そうか……。万能に見えて、さすがにそこまで便利な代物でもないってことか。
でもこれで思いもよらぬ真実が見えてきた。ただの心中事件として扱われるところだったこの殺人事件、まだ真犯人が潜んでいるのだ。
「じゃあこれからどうします……? このことをあの刑事さんに話したところで、何の証拠もないから取り合ってくれないんじゃないですか?」
「そうでしょうね。探求パズルの存在を無闇に話すわけにもいかないし。まあ幸いまだ質問は六つしか消化してないわ。この先私たちだけで捜査を続けていれば、もしかしたら容疑者が現れるかもしれない。そのときこそまたパズルの力を借りればいいわ」
容疑者が現れるまで……この事件は一旦捜査中断ってことか。水戸先生を殺した犯人はハッキリしたが、かえって大きな謎が増えてしまった。何故三波は先生を殺したのか? そしてどうして三波は殺されたのか? 三波を殺した犯人は誰なのか……?
「さ、今日はこれぐらいにして帰りましょう」
先輩と一緒に下校する。
事件の捜査はなんだか中途半端な感じは否めないが、まあ焦らず、じっくり調べていけばいいのかもしれない。こっちには探求パズルという秘密兵器があるのだから。
途中、先輩と喫茶店に寄る。二人でパフェ食べたりコーヒー飲んだりするだけだが、なんだかデートみたいで少しドキドキした。
「美味しいでしょ? ここの喫茶店のパフェ」
「そうですね。変わった名前ですね、『Core』でしたっけ?」
「そう、私のオススメの隠れた名店よ」
帰りの会計は先輩のおごりだった。なんだか男としてかっこ悪い気もするが、「先輩なんだからおごらせなさい」と優しく微笑んで言われてしまったので、お言葉に甘えることにした。
「そうだ、流石くん」
先輩は探求パズルを取り出し、俺に手渡す。
「なんですか?」
「それ、預かっていて欲しいの」
「えっ? 俺がですか?」
「そう。なくさないでね」
どうしてまた突然……? それを聞こうとしたが、先輩は何やら思いつめたような顔をしていたので聞けなかった。どうしてそんな顔をしているのかも、この時のおれにはわからなかった。
「また一緒に行きましょうね、さっきの店」
「え、ええ……」
先輩はこの時、どういう気持ちで俺にパズルを預けたのだろう? ただ単に、本当に一時的に預かっていて欲しかっただけか? それとも……?
どちらにせよ、先輩とのもう一度さっきの店に行く約束は、この後、永遠に果たされることはなかった。
今にして思えば……この時の先輩の顔色が随分悪く見えたのは、その後の先輩の運命を予期したものだったためかもしれない。
「どうしたの? じっと見つめちゃって」
「い、いえ」
「年上を落とすには視線だけじゃ駄目よ。行動力がないと」
「そ、そういう意味じゃ……」
無理して茶化しているようにも見えた。
それから間もなくして、先輩は姿を消した……。