プロローグ
半年前。
「お待たせしました、こちらコーラとポテトになります!」
テーマパーク、ドリームランドでアルバイトしていた俺に突如降りかかった災難。
「流石くん、次こっちも頼むよ!」
「はい!」
ファーストフードエリアで店員として客に注文を次々と配る。店長の指示で出来上がった物からあっちこっちのテーブルへローラースケートを履いた靴で移動する。なかなかハードな仕事だ。
そんな最中だった。
「きゃああああああ!」
「!?」
ある客のカップルの男の方が急に苦しみ出して倒れたのだ。
「お、お客さん、どうされました!?」
「救急車、救急車を呼べ!」
慌てふためくエリア内の客たちとスタッフ。俺もいきなりのことでどうすればよいかうろたえるだけで何もできない。
そして間もなく……男はパタッと倒れたまま動かなくなってしまった……。
「し……死んでる……?」
「いやあああああ、佐玲男~! うあああああああああ!」
女の方が男に寄り添って泣き出す。恋人を失って悲しむ女性。
やがて警察が到着する。操作が始まり、事件発生時にいた客はそのまま残され、他の客がファーストフードエリアに入ってこないよう、現場がシャットアウトされる。
「ふ~ん……これはこれは……悲惨な状況だね」
アニメみたいな髪形をした美形の刑事が現れる。やけに背景がキラキラしているのは気のせいか……?
「愛する者同士を引き裂く悲劇……お嬢さん、お顔を上げてください」
男の死体に寄り添って泣き続ける女性のもとへ行く刑事。
「……あなたは?」
「捜査一課の的外当と申します。この非常な運命とも言える事件、必ず私が解決してみせます」
その物腰から相当なプレイボーイそうな印象を受ける。優しい口調で被害者の恋人を慰める的外刑事。
「ふむふむ……なるほど、これはごく単純な事件のようだね」
鑑識から結果を聞く的外刑事。どうやら事件の真相にたどり着いたようだ。
「皆さん、聞いてください! 今から事件の真実をお伝えいたしましょう!」
キザったらしい話し方で事件の当事者たちに演説し始める的外刑事。
「これは殺人事件です。被害者の男性、駄摩佐玲男さんは何者かに殺されたのです。死因は毒殺。何の毒かまではまだ特定できていませんが、問題は何に毒が含まれていたのかということです」
毒殺……? ってことは、まさか……?
「毒はこれ……駄摩さんが死ぬ直前に飲んでいたコーラ。これに含まれていたわけです。つまり犯人は……君だよ!」
ビシッと勢いよく指された人差し指は……なんと俺の方向を向いていた。一瞬、俺の近くの誰かを指したのかと勘違いするが、それはどうやら正真正銘自分に向けられたものらしい。
「流石騎士くん、水平高校に通うアルバイト店員だね? 君が駄摩さんを殺害した犯人だ」
「ちょっ……ちょっと待ってください! どうして俺が!?」
「極めて簡単さ。このコーラを運んだのが君だからさ。店のコーラ自体からは毒は検出されなかった。ならコーラはカップに仕込んであったと考えるのが普通さ。ではカップに仕込むチャンスがあったのは誰か? 君しかいないね、うん」
「い、いや、そっちの女性にだってチャンスはあったじゃないですか!」
俺は被害者の彼女を指して言うが、的外刑事はそれをすぐ否定する。
「それはありえない。こちらの女性、毒花薔薇さんは、駄摩さんと一つのコーラを回し飲みしていた。このストローについた彼女の口紅がその証拠さ。彼女が毒を仕込んだ犯人であるはずがない」
そう言ってうっすら口紅のついたストローを見せる的外刑事。確かに……このカップルは一つのコーラしか注文しなかった。二人で回し飲みしている様子は見ていないが、二人で一つのコーラを飲んでいたと考えるのが妥当だろう。しかし……。
「でもそれじゃおかしいじゃないですか! カップに毒が仕込んであってそれを飲んだなら彼女も死ぬはずでしょう!? なのに生きてるってことはどう考えても怪しいじゃないですか!?」
「ふむ……まあその辺はなんだかんだで運が良かったんだね、きっと」
「……はい?」
「天はいつも美しい女性には微笑むものさ。卑劣な犯罪の罠にも彼女だけには救いの手を差し伸べたのだよ」
「い、いやいやいやいや、そんなテキトーな……! そもそも俺には動機がないですよ! 初めて会った何の面識もない人をその場で殺すなんてありえないじゃないですか!」
「それについても私の灰色の脳細胞は推理できている。君はあれだね? 彼女はいるのかね?」
「は? いませんけど……」
「そう、それが今回の事件の動機さ」
「……さっぱりわかりませんが」
「君は生まれてこの方、全くモテず、彼女なんて出来たことがない。今日もそんなにもかかわらずせっせとバイト。そんな時、近くには見るからに幸せそうなカップルが……。俺には彼女が出来ないのに、こいつらは俺が忙しそうに働いている最中にイチャイチャしやがって……よし、殺そう。そう思ったわけだね?」
「はあ!?」
何を失礼なことを、こいつは……。
「私にはモテない男の気持ちはわからないが、少なくとも愛憎巡る最中で殺人を犯した人物は君よりはよっぽど多く見てきた。彼女が出来ないあまりに人を殺めることは十分にありえることだね、うん」
……推理でも何でもない、メチャクチャな論法を展開する的外刑事。駄目だこいつ……。
「というわけで、流石騎士くん、君を殺人の容疑で逮捕する。さあ、連れて行け」
「そ、そんな……」
下っ端の刑事が俺を逮捕しようと迫ってくる。違う……俺じゃない! こんな無実の罪で逮捕されてたまるか!
「俺じゃない! 誰か……誰か助けて!」
「……ふう。やれやれね」
そうため息をつき、残っている客の中から歩み出てくる一人の女性。
歳は俺と同じくらいか、一つ二つ上だろうか? 学生だろうが妙に大人の魅力を携えた人だった。
「な、何だね、君は? 勝手に動いてもらっては困るよ」
警官に止められるも退こうとしない。
「刑事さん、私にちょっと調べさせてもらえませんか?」
「? 君は?」
「話を聞くと、彼、同じ高校みたいなんで」
……? この人も水平高校生徒なのか?
「水平高校二年、白神ユリア(しらがみゆりあ)と言います。少しだけ私に事件を調べさせてください」
「あのねえ、君、一般人にそんなことさせられるわけが……」
「構わんよ」
「け、刑事……」
「美しい女性の頼みは借金から犯罪の請負まで何でも聞く。それが私のポリシーだからね」
駄目だろ、警察がそんなんじゃ……。
「ありがとうございます。では……」
周囲の野次馬たちも、刑事たちも謎の女性が乱入してざわつく中、白神ユリアと名乗ったその女性は胸元からペンダントのようなものを取り出す。
あれは……ペンダントなのか? 首からぶら下げたその先には変な形の……そうだ、ジグソーパズルの一ピースの形そっくりだ。
白神はそのペンダントに向かって何かを呟き始める。
『あるカップルが二人で一つのコーラを回し飲みしていた。
突如男の方が苦しみだし、倒れ、死んでしまう。
コーラに仕込まれていた毒で死んだのである。
男が死に、女だけ助かった理由とは?』
呟き終えると、ペンダントがピカッと光り始める。
「これでOK。さ、始めましょう」
「な……何をしたんですか?」
「企業秘密よ」
これが俺と白神先輩との出会いだった。