転生王子の筆頭魔法士の一日
時期は白虹の賢者編が終わった後。
ハーシェリクの筆頭魔法士ヴァイスのとある一日のお話です。
※ホモじゃないけどホモっぽい部分有り。注意です。
グレイシス王国第七王子ハーシェリク・グレイシスの筆頭魔法士ヴァイス、主からはシロと呼ばれる彼の朝は、主よりやや早く始まる。
王城の外宮に用意された自室の寝室のベッドの上で、まるで猫のように丸まって眠っていた彼は、体内に時計でもあるかのように早朝六時にぴったりに目を覚まし上体を起こすと、背伸びをする。
彼はハーシェリクの筆頭魔法士なる前までは、教会で清貧を心がけた生活をしていた。教会の朝は礼拝があり、大司教の養い子だった彼も自ずと出席せねばならなかった為、その名残で今も六時になると自然と目が覚めるのだ。
シロは純白の長い髪を手で梳きながらベッドから立ち上がり、そのまま浴室へと向かう。浴室とはいってもハーシェリクの部屋のように湯船があるわけではなく、シャワーのみである。シロとしては湯船につかりたい時もあるが、その時は王城に勤める者や侍女が使用する共同浴場にいくしかないのだが、性別が男でも女のような、むしろ女以上の美貌を持つ彼が共同浴場を使用することには禁止されていた。彼にしてみれば好きでこの容姿に生まれてきたわけではないのに、そのことを主から言い渡された時の機嫌は急降下だった。ただ主も解っている為、彼の部屋にある湯船の使用許可も出たが。
シロはシャワーを浴び終えると魔言を唱える。すると彼の周囲が一瞬だけ熱くなり、彼の髪や体に付着していた水分が一瞬で蒸発した。もちろん彼の身体には結界が張ってある為傷一つないし、火傷を負うという馬鹿なことはない。ちなみにこの魔法の魔方式はシロのオリジナルである。並みの魔法士が用いた場合は、十分に乾燥できないか、もしくは全身の毛が焼けて火傷するかという緻密な魔方式で構成されているが、彼にかかれば文字通り朝飯前の魔法である。
しかし魔法で体の乾燥は出来ても、長い髪の手入れは自分でしなければならない。櫛を片手に鏡の前で梳く作業は、かなりの時間を要した。
男なのに髪を長く伸ばしていることが、女に間違われる要因の一つだということは、シロも重々承知していた。だが子供の頃、まだ異能が知られていない時に両親に髪を梳いてもらったことが朧に覚えており、さらにはヘーニルにも魔法使用時の輝き波打つ純白の髪を褒められたことが会った為、切るに切れなくなりダラダラと伸ばすこととなっていた。
筆頭魔法士就任時に気持ちを切り替えるにも髪を切ろうと思ったのが、そのことを呟くと側にいたハーシェリクが今にも世界の終りとでもいうような悲壮感を漂わせて「綺麗だから切らないで、一生のお願いだから!」と言ってきたため、結局伸ばす事となっている。
ちなみにハーシェリクの一生のお願いは一週間に何度も出ている為、その重さは案外軽い。本人曰く「別に一回とは言ってない。」と胸を張っていたが、そこは胸を張ることではないと思ったシロだった。
その様子を思い出し、シロは苦笑のような笑いを浮かべつつ、今日も長い間髪に櫛を通すのだった。
髪や衣服を整えシロは時計を見る。すでに時計は七時を回っていた。シロは自室を出ると主の部屋へと向かい、扉の前でノックをする。
この時、中からの返答は二種類ある。部屋の主の返答か、もしくはその執事の返答か。それによって朝食の時間は変わるのだが、今回は前者だった。
返事を聞いてシロが部屋に入ると、筆頭執事である黒髪の青年クロが朝食の配膳を終えたところだった。テーブルの上にはゆで卵やハム、チーズを挟んだサンドイッチをメインにポタージュ、葉野菜を蒸した物にドレッシングがかけられたサラダ、さらに野菜ジュースと珈琲が用意されている。
その料理を前に、シロの主であるハーシェリクが鎮座しながら、いつも通りの笑顔を自分の魔法士に向けた。
「おはよう、シロ。」
「ああ、おはよう。今日は起きたんだな。」
もしノック時の返答が執事だった場合、朝食はさらに十分遅れているのがいつものことだった。それは主の寝起きの悪さが原因である。その自覚がある為、ハーシェリクはシロの言葉を誤魔化すように笑っただけだった。シロが席につくのを確認し、ハーシェリクは手を合わせる。
「じゃ、食べようか。頂きます。」
そう言ってハーシェリはサンドイッチに手を伸ばした。
この国で手を合わせて食事前に言葉を述べるのは珍しい。書物では海を越えた島国での風習だとシロは知っていたが、それを自然にするハーシェリクを見た時は少々驚いたものだ。そう思いシロが主に指摘すると、ハーシェリクは少々目を泳がせた後、「本で書いてあったのを見て、食べ物や作った人に感謝することは大切だな、と思って……」と言葉を濁していた。さらに言葉を続けて手を合わせるのは自室のみだというハーシェリクの言葉に違和感を覚えつつも、食事を共にする回数を重ねれば、シロは特に気にならなくなった。
サンドイッチを頬張るハーシェリクをシロは横目で見つつ、自分はポタージュをスプーンで掬い、口に運ぶ。蕪の使ったポタージュは濃厚だがしつこくなく、朝は食が進まないシロの食欲を程よく刺激した。
(これがあの執事が作っているとはな……)
ちらりとシロがクロに視線を動かせば、彼はハーシェリクの横に控え給仕をしている。時々母親のように口煩く主の世話をやくのは、ハーシェリクと食事をするようになって見慣れた風景だった。
なぜ部下であり、筆頭魔法士であるが貴族でもない、平民のシロが王族のハーシェリクと食事をするようになったのか。それは風呂と同じような事情があった。
まだ筆頭魔法士になり立てだった頃、シロはハーシェリクとではなく、王城にある城勤めの者達が集まる食堂の隅で、一人静かに食事をとっていた。シロとしては一人で食事をとる事は問題なかったのだが、別の所から苦情が出た。食堂で働く者達を代表して、無愛想な料理長が珍しくハーシェリクの元を訪れたかと思うと、シロの食堂での食事を遠慮してもらいたい、と言いだしたのだ。
曰くシロが食堂に存在するだけで、皆がシロの美貌に気取られ食事が進まず、業務に支障をきたすということだった。
ハーシェリクの目が点になったのは言うまでもない。だが料理長はいたく真面目だった。シロを見たいという者が食事を終えた後も居座り、後続が席につくことが出来ない。もちろんシロがいても変わらず、シロが去った後から動き出すと食堂だけでなく他の職場まで、遅れが生じる始末だ。
「……あれだね、美人って本人も周りも大変なんだね。」
そうハーシェリクはシロに同情しつつため息を漏らすように言った。そういう本人も王族の中では残念と言われても、一般人よりは遥かに美形に分類されるのだが、そこは都合よく棚上げしている。
「食堂がダメだとなると自室だけど、朝の忙しい時間にシロだけ食事を運んでもらうのは……シロ、料理出来る?」
そうハーシェリクがきくとシロは視線をあらぬ方へ動かす。それが答えだった。お茶を入れたり果物の皮を剥いたりする程度は出来るが、料理自体は出来ないのだ。その様子にハーシェリクは少しだけ考えた後、提案した。
「嫌じゃなかったら、私と一緒にご飯食べようか? クロ、用意してもらってもいい?」
シロが断ることもなく、それからの食事はハーシェリクと共にとることになる。朝食は二人で取り、昼食は時間を見計らって食堂で簡単な物を作ってもらい自室でとるか、町へ出る。時には魔法の研究に没頭して食事を忘れる事もあるが。夕食は二人に加え、筆頭騎士であるオランもたまに加わり三人でとる。
ちなみに給仕をするクロは食事を共にしない。ハーシェリク曰く、以前誘ったことがあったそうだが「仕事中だ。」と断られたそうだ。この辺りは完璧主義のクロらしいとハーシェリクは笑って言っていた。
朝食を終えると時間を置いてハーシェリクは勉強の時間となる。今日はシロの魔法学の日だった。
シロはハーシェリクに魔法学などを教えているが、魔力のないハーシェリクに教えても実習できるわけではない。その為勉強のほとんどは座学で、時々懐中時計の魔力を使った小さな魔法だけとなっているのが現状だ。それでもハーシェリクは意欲的に知識を吸収し、充実した時間を過ごす。
休憩を挟みつつ午前中の授業を終えた後、ハーシェリクは筆頭騎士のオランジュと伴って町へと出かけ、シロは昼食を終えた後、午後は図書室へと向かおうと王城の廊下を歩いていた。
「これは、噂に違わず美しい……」
そう男の声が聞こえたがシロは無視する。だがその声の主は手を壁に付き、伸ばした腕でシロの進路を遮った。ハーシェリクの前世の世界でいうところの、壁ドンの状態だ。シロが不愉快気に眉を潜めて視線を腕の主に向ければ、そこそこ整った顔立ちの騎士とぶつかった。
その騎士は爽やかな笑顔で口を開く。
「お初にお目にかかります、美しい人。私は……」
「邪魔だ。」
シロは相手の名乗りを容赦なく言葉でぶった切る。そして、半歩下がり迂回しようとするが、再度その行く手をそこそイケメンの騎士の壁ドンが遮る。
「つれないお方ですね。」
そう騎士は二流役者のような言葉を述べて、憂いた表情をした。だがその瞳には熱情を帯び、シロとの間合いを詰める。
「だがそれさえも、その美貌に磨きをかける。私は……」
「失せろ。」
二度目の名乗りもシロは容赦なくぶった切り、眉目秀麗な顔立ちに眉間に皺を寄せ、相手を金色にも見える琥珀色の瞳で睨みつけた。
もしこの場にシロの人となりを良く知り、かつ彼の起こした面倒事の収拾にあたったりもする常識人の某筆頭騎士がいたなら、彼に警告をしていただろうが、生憎彼は主と城下町探索に出ていた。その上この場所は王城内だが、人通りの少ない廊下だったことも災いし、シロを助ける者も、その騎士の暴挙をとめる者もいなかった。
二度目の名乗りも失敗に終わった騎士は、一瞬だけ表情を強張らせたが、すぐに持ち直すと気障ったらしい笑いを浮かべて言葉を続けた。
「……本当に噂に違わず、末王子お抱えの孤高の美貌を持つ魔法士ですね。その美貌から男と偽る生活はさぞかし窮屈でしょう。」
その言葉に表情は変えずとも、シロは頭の中で疑問符を浮かべる。
(この阿保は何を言っているんだ?)
男と偽る、とはどういう意味なのか。シロは正真正銘男である。自分の容姿には興味はないが、周りからは女だと勘違いされる容姿だということは理解していた。
(……この男は、まだ私の事を女だと勘違いしているのか?)
そう考えれば男の言葉も理解できた。納得はしていないが。
「よろしければご一緒にお茶でもいかがですか?」
そんなシロの胸中を露知らず、男はシロに笑顔を向けて言う。
シロは怒りを通り越し呆れる。確かに容姿は女でゆったりした魔法士の衣服と体つきのせいで細く華奢に見えるかもしれない。だが胸があるわけでもないし、女性のような丸みやくびれもない。さらに声は女性と比べれば低い。
それなのにこの男は、己の都合のいいほうに解釈しているのだ。
シロは小さくため息を漏らすと無視と決め、何も言わずにその場を立ち去ろうと回れ右をする。図書室にいく道はここだけではないのだ。
「……全く、下賤な平民風情がどうやって王族に取り入ったんだか。」
だが相手にされていないと理解した騎士は、今までの気障ったらしい微笑みをやめ、吐き捨てるように言った。
「王族と言っても下賤な平民の母親を持つ末王子。下賤な者同士、気があったというだけか、それとも子供と言っても男ということか。」
その言葉に、騎士に背中を向けて歩き去ろうとしていたシロはピタリと動きを止める。
「……わかった、付き合ってやる。」
それは絶対零度とは言っても過言ではない、底冷えするような冷やなか声だった。
だがそれに気が付かない騎士は、勝ち誇ったような下品な笑みをその背中に向ける。
「ほう?」
「ただし、条件がある。」
そうシロは言って、その場からその騎士と共に消えた。
その様子を隠れて見ていた影が一人いた。その影は少しだけ考えた後、音を立てずにその場を後にした。
シロと騎士が伴って現れたのは訓練場だった。訓練をしていた兵士や騎士達は休憩時間なのだろう、みな各々に散らばっていた。
シロは訓練の責任者であり、ハーシェリクの剣の先生でもあった鬼教官の姿を見つけると、近寄り事情を話して訓練場を空けてもらう。
鬼教官が心配げな視線をシロと騎士に向けていたが諦めたように頭を横に振ると、すぐに訓練場にいた兵士達に指示して訓練場の周りにある観客席に移動させる。そして準備が出来た頃には、訓練していた兵士だけでなく、すぐ側の演習場にいた魔法士達や、休憩をしていた官吏達も集まり、観客席は賑わっていた。
彼らが注目していることはただ一つ。これから起る末王子の筆頭魔法士と騎士の実技訓練だ。
「騎士と魔法士の訓練? 勝負になるのか?」
「普通なら魔言詠唱中に距離を詰められたら、魔法士には不利だな。」
「だけど相手はあの末王子の筆頭魔法士だろ?」
そう観客席からざわめきが聞こえたが、シロは我関せず騎士と対峙した。そんなシロに騎士は訓練用の剣を持ちつつも、余裕の表情で話しかける。
「本当にいいのですか? さすがに女性相手でも訓練となれば手加減は出来ないですよ。」
「問題ない。それにそう言ってもいいのか?」
そう言ってシロは口角を上げて笑って見せる。ハーシェリクに向ける微笑みではなく、相手を見下すような、挑発するような笑い方だった。
「負けた時の言い訳がなくなるぞ?」
その言葉に男の表情が固まった。それと同時に観客席の魔法士有志による訓練場を覆う結界が構築された。
準備が整ったのを確認した鬼教官が、観客席から手を上げた。その手が振り下ろされるのが、訓練開始の合図だった。
騎士はシロとの間合いを一気に詰め、剣を振りかぶる。だがそれはシロが呟いた魔言と同時に展開された結界魔法に阻まれ、まるで剣と剣が重なったかのような甲高い音を立てた。
「はぁっ!?」
騎士が驚愕を上げつつ、たたらをふむ。無様に転がらなかったのは、日ごろの訓練の賜物だろう。しかしその訓練の賜物も、目の前で純白の長い髪を薄い水色に輝かせ、たった一瞬で防御結界の構築することが出来る異端の魔法士にとっては無為なことだった。
「自分の弱点など、初めから解っている。」
魔法士の弱点は魔法の発動の遅さだ。魔法を構築し魔言を唱えて発動させるのに、どうしても時間を要してしまう。だがそれは並みの魔法士だった場合だ。目の前の騎士程度から身を守る程度の防御結界なら、過大な魔力と補助魔法具があればシロには容易い事だった。
唖然とする騎士を尻目に、シロは防御結界魔法を発動したまま別の魔法を構築し、魔言を唱える。髪が水色から赤く輝き始めると同時に、シロの周辺には人の頭程度の大きさの火球が現れ、宙で赤々と燃えた。
「さあ、訓練の時間だ。」
そうシロは美の女神の如く美貌で、舞台に立つ悪役のように笑ってみせた。
そこからはシロの独壇場だった。宙に浮いた火球は逃げ回る騎士をいたぶるかのように追尾する。騎士が走りつつ角度を変えて逃げ切ろうにも、火球もそれに倣い追尾を止めない。騎士が剣で火球を斬っても、シロはさらに火球を追加する為、増えても減ることはない。
観客席の兵士や騎士達からは野次が飛び、魔法士達は追尾する火球の魔方式について議論を重ねる。鬼教官は止めようにも決定的に勝敗が決しているわけでもなく、騎士の降参宣言もない為、止めあぐねいていた。
十分ほど経った時、ついに騎士が足を取られ転んだ。そこに迫る複数の火球。もちろん訓練用で殺傷能力は低くしてある為、火傷する程度で済む。だからシロは止めようとはしなかった。騎士が目の前に迫りくる火球から、顔を庇うように腕を掲げる。
だが、観客席から飛び出した人影が、火球と騎士との間に割り込むと、剣を閃かせ全ての炎を断ち切った。
爆発音が訓練場に響き渡り、そして静寂が辺りを支配した後、火球を斬った人物は剣をしまいながら呟いた。
「ふう、やれやれ。」
黄昏色のくせのある髪を揺らした騎士、ハーシェリクの筆頭騎士オランジュはため息を漏らす。いきなり現れた同僚に、シロは眉を顰めた。
「おまえはなぜ……」
ハーシェリクと城下町に言ったのではなかったのか、と続けようとしたシロに小さな影が走り寄った。
「ヴァイス!」
「ハーシェ……」
淡い金色の髪を揺らながら駆け寄ってくるハーシェリクに、シロはばつの悪い表情になると視線を逸らす。その仕草が、悪戯が見つかった猫のようだった。
だがハーシェリクはそんな彼のお構いなしに、彼の袖を掴む。
「大丈夫だった!?」
開口一言の言葉。その言葉にシロは驚き、ハーシェリクを見た。シロの見開かれた琥珀色の瞳とハーシェリクの心配そうな碧眼がぶつかった。
「怪我してない? 嫌な事されてない?」
「……問題ない。」
袖を引っ張りながら心配するハーシェリクに、シロは居たたまれなくなり再度視線を逸らして言い、逆に彼に問う。
「なぜここに?」
「クロが報せてくれたんだ。」
偶然にもシロが騎士に絡まれている現場に居合わせたクロは、すぐに城下町にいるハーシェリクに報告したのだった。
クロは静かにブチ切れたシロを止められるのはハーシェリクしかいないと解っていたし、さらには騎士のいいように腹が立っていた為、シロを止める気はさらさらなかった。
報告を受けたハーシェリクは、城に戻り現場に駆け付けたのだが今だった。すぐにオランに止めるよう指示をだし、オランが割って入ったということだった。
「大丈夫、今回もシロに落ち度がないって解っているから。」
そうシロを安心させるように笑うと、彼の服の袖から手を離し、尻もちついたままの騎士に向き直る。
「さて。」
ハーシェリクは天使のような微笑みで、騎士を見下ろしつつ言った。
「僕の筆頭魔法士にちょっかいかけてくれたみたいだね。」
「わ、私はただ、食事のお誘いをしただけで……」
「嫌がっている相手にしつこくしたら、普通怒るでしょう。」
しどろもどろに言い訳をする騎士をハーシェリクはバッサリと言葉で斬り捨てる。
「それに普段のシロなら、無視するだけで終わる。彼は怒りやすいけど、行動を起こすことは実は滅多にないんだよ。」
現に彼はこの城に来てから、魔法を他人に行使したことは数度しかない。自分のことだけならいつも無視しているからだ。決して自分からは言わないが、いつも自分の周りの人間について行われた時のみ、魔法を行使していることをハーシェリクは知っている。
「僕や僕の母について、いろいろ言ったみたいだね。」
あとの言葉に男が青くなったが、ハーシェリクは言葉を続けた。
「あとヴァイスは女性的な容姿をしているから勘違いするのも仕方がないけど、彼はれっきとした男だよ。あなたがそっちのほうの方なら、個人の恋愛にまで口を出そうとは思わないけどね。」
共同浴場に行かないのも、食堂にいかないのも、女性であることをばれないためにやっている、という噂を聞いたことがあった。無用な混乱を避ける為にいろいろ対策したら、それが勘違いの元になったみたいだけど、とハーシェリクは苦笑いしつつ付け加える。
そしてハーシェリクは声を潜め、彼だけに聞える声で言った。
「あなたは、いろいろやらかしているみたいだね? クロ。」
いつの間にか現れたクロが、座り込んだ騎士の横に片膝を付き、まるで内緒話をするかのように彼の耳に小声で話しかける。
クロの言葉を聞いた騎士の顔色は青くなり、さらには白くなる。そして全てを話終えたクロが立ち上がると、騎士は魂が抜けたような状態になっていた。そんな彼にハーシェリクは人好きする笑みで言う。
「これを機に、いろいろ考えを改めた方がいいと思うな。」
「警告は、一度だけだ。」
ハーシェリクの言葉に続けて、オランが剣の柄に手を置きつつ凄む。騎士は知っていた。末王子の筆頭騎士は、聖騎士を百人相手しても無傷だったということを。
騎士の男は首振り人形のように、首を縦に振り続けるだけだった。
訓練場の騒ぎを終わった後、魔法士達に火球の追尾弾について質問攻めにあい疲れたシロは、ハーシェリクの部屋でまったりしていた。夕飯を終え、ハーシェリクと共に食後の読書に耽る、穏やかな一時だった。ちなみにオランは既に帰宅し、クロも町へと情報収集へと出向いいている。
ふと時計を見れば既に午後の九時を回り、シロは本にしおりを挟みながら立ちあがる。
「では私は部屋に戻る。」
「え、もうそんな時間?」
ハーシェリクは本から視線を上げて時計を見て、納得し頷く。
「私もそろそろ行ってくるかな。」
どこへ、とは言わない。彼は夜、王城の各部署をこっそりと渡り歩いているのだ。
「あまり根を詰めないほうがいい。」
「わかってる。ありがとう、シロ。」
シロの言葉にお礼を言うとハーシェリクは自室を後にする。お礼を言いつつも、無理することはやめないらしい主にシロは肩を竦めつつ、暖炉へと向かった。そして暖炉の上にある、宝石のはめ込まれた鳥の像を手に取る。
これは像と見せかけた、シロ特製の結界魔法の魔法道具だった。ありとあらゆる魔法を無効化する結界を張る、魔力のないハーシェリクを守る為の結界魔法が施されており、一日に一回、定期的に魔力を補給する必要があった。
この像は寝室を含むハーシェリクの自室全体を覆う結界魔法であるが、ハーシェリク本人にも服の下に同じ効果がある魔法道具を持たせている。そちらは範囲が狭い為、一週間に一度の魔力を補給すればいいが。
魔力の補給を終え、像を暖炉の上に戻すとシロはハーシェリクの部屋を後にする。
そして自室に戻ると机に向かい、本日訓練場で行った火球の追尾弾について、紙に魔方式や問題点を書き記していく。それを元にし、さらに高度な識別するための魔方式を考える。さらにいくつもの魔方式を考えては検証をし、問題点を書き連ねる。
シロは魔法の才能と異能を持って生まれた。しかし、その才能に胡坐をかいたことはない。
昔は魔法しか彼になかった。かつての養い親もそれをシロに求めた。だがからシロは求められるがまま、言われるがまま、努力し切磋琢磨した。
だが今は違う。シロが彼の役に立ちたいから、守りたいから、必要とされたいから……誰かに言われたからではなく、自分の意志で己の才を磨く。
そうやって、ハーシェリクの筆頭魔法士ヴァイスの夜は更けていった。
短編、いろいろと苦労している美人さんシロの一日でした。
ちなみにこの話は「光の英雄」とリンクしていたりします。
美人なシロさん、普段はなにしているのか?という短編です。
身の回りの世話はクロ、護衛はオランなので、魔法士のシロさんは魔法の勉強以外特にやることがないです。その魔法も実技ができないというへっぽこ主です。
だけどシロさんはそんなへっぽこ主を守るために、日々いろいろ魔法やら研究しています。結界魔法も王族ではなく、ハーシェ個人を守る為の特別な魔法道具を造ったり、新しい魔法を作ったりと毎日研究しています。まあ全部が全部ハーシェの為じゃなくて、魔法オタクな部分もあると思いますが(笑
「光の英雄」でも出てきた馬車酔いに苦労する主の為にも、そのうちど〇でもドア的な魔法を見つけてくれるだろうと思います(笑
2015/04/05 楠 のびる