転生王子と星輝祭 前編
2014年クリスマス企画の前編です。
白虹の賢者編読後の閲覧を推奨します。
室内には甘い香りが充満していた。
ここは王族専用の談話室。今この場にいるのは王族のみであり、皆穏やかな表情で会話を楽しんでいた。その中でも最年少であるグレイシス王国第七王子ハーシェリク・グレイシスは会話には参加せず、目の前に置かれたものを輝く瞳で見つめていた。
目の前の皿にはこんがりと焼けたガトーショコラに白いホイップクリームが添えられていて、ハーシェリクを誘惑し続けている。だがハーシェリクはその誘惑に乗るわけにはいかなかった。まだお許しがでていないからだ。
「では、お召し上がりください。」
そう言ったのは第一王女であるセシリーである。いつも結ばずにいる深緑の髪を今日は一つにまとめ、エプロンをつけた彼女が笑顔で促した。
それを合図に一番に動いたのはハーシェリクだった。
「頂きます!」
ハーシェリクはさっそくフォークでケーキを一口サイズに切ると、クリームをつけて口に運ぶ。口にいれると濃厚なチョコレートの味が広がり、ハーシェリクの表情は崩壊した。口角がつりあがり、年相応の満面の笑みである。
「どうかしら?」
「とっても、美味しいです!」
セシリーの問いにハーシェリクは即答する。そしてすぐさま二口目を口に頬りこみ、再度満面の笑みを浮かべる。その様子に室内にいる王族達もつられて笑顔になった。
「ハーシェは本当に甘いモノが好きなんだな。」
そう言いつつ自分もケーキを口に運ぶのは第一王子のマルクスだ。そんな彼も一口食べてセシリーに話しかける。
「うん、とっても美味しいよ、セシリー。」
「ありがとうございます、マーク兄様。」
マルクスの言葉にセシリーは笑顔で応えつつ自分も着席する。
「今回は生地をしっとりするようにしてみました。生焼けになっていないか心配でしたがよかったです。」
「おいおい、俺達に失敗作食べさせるきだったのかよ。」
そう言ったのはセシリーのすぐ横に座っていた彼女の三つ子の弟であるレネットだった。軽口をたたきつつもケーキにフォークをさそうとしたが、それはひょいっとセシリーが没収する。
「食べなくてもいいのよ? ハーシェが代わりに食べてくれるから」
「え、食べていいんですか?」
既に自分のケーキを半分食し終えたハーシェリクが輝く瞳を向ける。
「ごめんなさい、ケーキ食べたいです。」
すぐさまレネットは白旗を上げる。ならよろしいとセシリーは皿を戻すが、その様子にハーシェリが貰えないとわかると目に見えて落ち込んだ。
「ハーシェ、僕の半分食べる?」
そんなハーシェリクに、すぐ側に座っていた三つ子の真ん中であるアーリアが言う。ハーシェリクの瞳が更に輝いたのは言うまでもない。
「ウィル兄様、ユーテル、お味はいかがですか?」
「そうだな……美味しいと思うが私には少々甘すぎる気がする。」
セシリーの問いに第二王子であるウィリアムが答えた。
「僕も甘いものはどちらかというと苦手だから、もうちょっとお砂糖を抑えてくれたほうがいいかも。」
同じく第五王子であるユーテルも申し訳なさそうに答えた。二人の皿のケーキは他のみなと違って進みは早くないのがその証拠だった。
「そうですか……やはり殿方は甘いモノが苦手の方もいらっしゃいますよね。」
もっと改良しなくては、とセシリーが意気込む。
「そういえば、なんでセシリー姉様はケーキを作られたんですか?」
ケーキを食べ終えたハーシェリクが問う。といいつつ視線は残っているケーキを見ているあたり、王子としてはあるまじき食い意地であるが。
「それは……」
「どうせ一週間後の星輝祭にアイツにあげるんだろ? アツアツなことで。」
セシリーの言葉を横からレネットがかっさらった。面白くなさそうに最後のケーキのひとかけらを口に頬りこむ。
「レネット!」
そんな弟に、顔を真っ赤にして詰め寄るセシリー。彼らの様子にハーシェリクは一人置いてけぼりをくらい首を傾げる。
「アイツ? 星輝祭?」
一人疑問符を浮かべるハーシェリクに助け舟を出したのはアーリアだった。
「アイツっていうのはセシリーの婚約者の事。星輝祭に毎年セシリーが手作りのお菓子とか渡しているんだ。この時期になると僕達はセシリーの試作品を食べてるんだよ。」
「そうなんですか。」
そういえば去年までは自分が忙しかったり不在だったりで、断わっていた事をハーシェリクは思い出した。
「では星輝祭っていうのはお祭りなんですか?」
ハーシェリクの問いに答えてくれたのはユーテルだった。
「星輝祭っていうのは元々他国の祭日でね。年の終わり、星が一等輝く日に死者の魂を惜しみ祈りを捧げる、というのが始まりだったんだ。今は死者を懐かしんだり、家族や恋人、お世話になった人に感謝して贈り物したり一緒に過ごす年の終わりの祭日みたいなものだよ。」
(つまり、前世でいうところのクリスマスみたいなものってことかな?)
そうハーシェリクは結論付ける。所謂恋人たちの一大イベントということなのだ。セシリーは自分の婚約者の為、毎年心を込めてプレゼントをしていると。そしてその試食に兄弟達を使っているということだ。
(まあ確かに他の人間じゃあ意見なんていってくれないだろうし。)
王族の人間に「味はどうですか?」と言われたら、例え不味くても美味しいと答えるだろうと簡単に想像できた。セシリーのケーキの感想は兎も角ハーシェリクは気になることがあった。
「星輝祭は誰でも贈り物を贈ってもいいんですか?」
「ああ、誰でもいいんだよ。ハーシェは送りたい人がいるの?」
自分の問いに答えてくれたユーテルに頷きつつ、ハーシェリクは考え込んだ。
下の兄弟達の様子を微笑ましく思いながら、お茶を飲みながら年長の二人の王子は別のことを話題にしていた。
「そういえば兄上、例の件はどうなっておりますか?」
「例の件?」
カップを受け皿に置きながら、マルクスはウィリアムに問い返す。仕事は多岐わたる為、すぐに思いつかなかったのだ。
「地方での人攫いの件です。」
「ああ、あれか。」
冬に入ってから地方で人攫いが出ていると報告が城に上がっていた。年齢は五歳から八歳の子供達が、目を離したすきに攫われているというのだ。今現在、グレイシス王国の内情は不安定で、特に地方では治安が乱れている。それに乗じて人攫いが横行しているようだった。
「すぐに軍を調査に派遣しているが……」
そう言いつつマルクスは眉間に皺を寄せる。その表情が現在の進捗度を表していた。
「我が国では人身の売買は禁じている。だからもし子供を攫って売るのであれば、国外に向かうと思うが今のところ国境にそれらしき集団はみせていないようだ。」
「ですね。向かうとしたら帝国が軍国か……あちらは人身売買も奴隷も合法ですから。」
ウィリアムはため息を飲み込むかのようにお茶を飲み干す。
「すでにそれらには外交局で手を売っていますが……」
ウィリアムの表情も苦い。他国へそう訴えたとしても、その国が適切な処置をとってくれるか怪しいからだ。
「それに、たぶん国内にも加担している人間がいます。」
それはウィリアムがさらに厳しい表情で言葉を紡ぐ。でなければ、そう子供を連れて易々と国境越えが出来るはずがないのだ。
「とりあえずまだ国内に潜伏している可能性は高い。出来る限り軍を割いて対応するしかない。」
「そうですね……」
お互い深いため息をつく年長者組を尻目に、ハーシェリクはレネットを締め上げようとしているセシリーを見た。
「セシリー姉様、お願いがあります!」
珍しくおねだりをしようとしている末弟に、セシリーはレネットを締め上げるのを中断した。
一週間後、星輝祭当日。
その日、ハーシェリクの筆頭執事であるクロは朝から苛立っていた。
「あのツヴァイク様、出来ましたら今夜……」
「申し訳ございません、今夜は予定がありまして。」
侍女の言葉を最後まで聞かず、クロは苛立つ内心を隠し務めて申し訳なさそうに謝罪をする。だが侍女はさらに食い下がろうとしたが、クロは遮る様に例をするとすぐさまその場から離れた。
(これで何人目だ?)
そうクロは内心愚痴る。既にさきほどの侍女からのお誘いは二桁を突破していた為、いくら外面いい彼でも、ほとほと我慢の限界への挑戦となってきている。
(……ああ、今日は星輝祭か。)
そう考えに至りクロは嫌々だが納得した。
本来死者の魂を惜しみ祈りを捧げる祭日だが、それは時代とともに変化し、家族や恋人と過ごす祭日となっているのは周知である。そしてそれに加え、気になる異性に告白する日でもあったりする。
ハーシェリクに言わせれば「イベント効果ってあるよね。」ということだ。特別な日だったらいつも勇気がでない人でも思い切って告白できるだろうし、された相手も雰囲気にのまれて承諾してしまうのは十分あり得ることだからだ。
その為、彼は朝から侍女達に呼び止められまくっているということだ。
ふとクロは廊下の先に気配を感じ、クロは耳を澄ませる。
「私が先に行くわ。」
「いえ私が!」
「私よ!」
そう複数の女子の声が聞こえてきた。クロはため息を漏らす。そして回れ右をして道順を変えようとし、ふと視線を廊下の先を見れば、突き当りにはちらりと侍女が着る制服の長いスカートの端が見え隠れしていた。
(挟まれた……)
どうしてこういう特別な日の女子は行動力があるのか、とクロは項垂れる。そしてすぐ側の窓に手をかけると一瞬で外へと躍り出た。
こうしてかつて『影の牙』と恐れられていた密偵は、非力なはずの女子の集団から敵前逃亡したのであった。
所変わりハーシェリクの筆頭騎士であるオランジュも、彼が黒犬と呼ぶ執事と同じような目にあっていた。行く先々で侍女や数少ない女性騎士、女性官吏から呼び止められては今夜食事でもと誘われ、それを丁寧に断わっている。
「申し訳ないが、自分には……」
彼が婚約者を失ったことは誰もが知っている。それこそ数年前の夜会では婚約者と仲睦まじい姿が目撃されているからだ。その為、彼が垂れた青い瞳を更に申し訳なさそうに提げて言うと、女性達は皆引き下がった。ただやはり、「あの一途さが切ないけど素敵」と更に虜にしていくが。
(だけどきりがないな……)
オランは嘆息する。朝から引っ切り無しに女性に誘われ続け既に時は三時を過ぎていた。彼らの好意は嬉しいが、まだ自分の心を占めるはたった一人の彼女しかいなかったからだ。それに断ることも相応の労力が必要だった。
「……ハーシェの部屋に避難するか。」
いくらなんでも王族の部屋までは押しかけないだろうと思い、どんな敵にでも立ち向かう騎士は足早に外宮へと足を向けるのだった。
途中、数人の女性の誘いを断りオランは外宮のハーシェリクの自室へと到着する。ノックをして入るとそこに部屋の主は居ず、代わりに筆頭魔法士であるヴァイスが優雅に読書をしていた。
オランが室内に入ると一瞬だけ不機嫌そうな表情を向けただけで、すぐに本へと視線を戻す。
「……大丈夫だったか?」
城内では女性だけでなく、類稀なる容姿のせいで男にも人気のある彼。現在の状態から察するに人間嫌いな彼の元にも、自分と同じような状態だったのではと予想が出来ての出た一言だった。
「最悪だ。」
吐き捨てるようにシロは言う。
シロの朝から主の部屋に籠城するまでの間、人間嫌いの彼は男女問わず人が押し寄せた。それこそ女性は筆頭執事や筆頭騎士と同じ対応で切り抜けた。それはたった一言「断る。」の一言だったがシロにしてはかなり穏便なほうだった。
だが問題は言い寄ってくる男性達だった。彼らはすでにシロの美貌の信望者と言っても過言ではない。それこそ「男でもいい!」という彼らは、ハーシェリクがいう所のイベント効果もあってシロに詰め寄ったのだ。
シロが拒否しようにも彼らは退かない。むしろ「もっと冷たい言葉で罵って欲しい。」と言ってしまう変態達だった。恋は盲目とでもいうべきか、シロがどんなに拒否しようとも彼らは退かない。むしろ喜んでしまう始末だった。
そしてシロも結局、他の筆頭達と同様魔法を駆使して逃亡したのだった。
シロの一言で室内が静まり返る中、がらりと窓が開いた。冷たい風と同時に黒い影が室内に侵入し、素早く窓を閉められる。
「おまえもか、黒犬。」
オランの言葉に窓からの侵入した影、屋根伝いに侍女達から逃げてきたクロは不機嫌そうに眉を顰めた。そして一人優雅に読書をするシロも視界の端に捕え小さく嘆息する。全て察することが出来たからだ。
「仕方がない……というか不良騎士、今日はお前がハーシェの護衛じゃなかったのか?」
「は?」
クロの言葉にオランが間の抜けた声を出す。そしてオランはシロへと視線を向ける。
「そういえば今日はヴァイスと図書館へ行くと聞いていたけど。」
「あ?」
オランの言葉にシロが本から視線を上げ、クロを見た。
「私はおまえと城下町へ出かけると聞いていたが?」
シロの言葉を最後に再度室内が沈黙に包まれる。
(……やられた。)
筆頭達の心は珍しく一つになった。
クリスマス企画前編でした。
後書きは後編にまとめて書く予定です。では後編もお楽しみ頂けたら幸いです。
2014/12/24 楠 のびる