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転生王子の筆頭騎士の一日

時期は黄昏の騎士編が終わった後。

ハーシェリクの筆頭騎士オランジュの一日のお話です。





 グレイシス王国第七王子ハーシェリク・グレイシスの筆頭騎士オランジュこと、オクタヴィアン・オルディスは朝日が顔を見せ始めた薄暗い早朝から始まる。彼はは起床すると動きやすい簡素な服に着替え、愛用の剣を握り庭へと向かった。


 オルディス家は代々騎士を排出する侯爵家であり、その地位に比例するかのように立派な邸宅に住んでいた。もちろんその庭も近隣の貴族の屋敷と比べれば広いといえよう。まだ使用人も寝床にいるだろう早朝から、雨が降っていなければこの広い庭で朝の鍛錬をするのがオランの日課だ。


 寝起きで固まった筋肉をほぐす様に準備体操を入念にし、次に軽く走り込みをする。日によっては走り込みを終えた後くらいに父や兄達が起きてきて立ち合いをするが、本日は一人なので腕立て伏せなどの鍛錬をし、程よく汗をかいたところで剣を持ち素振りや基本の型を反復練習する。


 オランが一番得意とするのは片手剣だが、日によっては体術や槍、弓も鍛錬したり型の確認をしたりする。何事も基礎が大事なのだとオランは常日頃思っているからだ。


 一通り鍛錬を終えると母屋の人が起きだし、慌ただしくなってくる。それを合図にオランは朝の鍛錬を切り上げ馬小屋にいる自分の愛馬に挨拶をした後、自室に戻ると浴室で汗を流し着替えをし終え、朝食まで空いた時間は軽く本を読む。


 以前迄は軍略や兵法の本が多いが、筆頭騎士なってから系統は拘らずいろんな本を読むようになった。


「本はいいよね。」


 読書をしているとハーシェリクは口癖のように言う。


「これ一冊だけで、いろんな世界がみることが出来るんだから。」


 そう満足そうに言う活字中気味の主の影響だろう。オランも今まで忌避していた経済学や魔法学の本も読むようになった。最初は解らずともそのわからない事を調べていくことが勉強になった。わかる様になれば面白くなるというのが人間で、本を読むことが多くなったオランを家族から熱があるんじゃないかと疑われたくらいだ。


「あ、まずい。」


 いつの間にか本の虫になっていたオランは慌てて栞を挟んで本を閉じる。すでに時計は朝食の時間を過ぎていたからだ。慌ててと部屋を後にし、食堂へと向かうとそこにはすでに家族が勢揃いしていた。


「おはようございます。」

「遅いぞ、オクタヴィアン。」

「すみません。」


 オランは謝りつつ席につく。それを合図に食事が一斉に運ばれ、オルディス家の朝食が始まった。


「そういえばオクタ、今日は訓練場に顔を出すんだったよな?」


 父親譲りの燃えるような赤毛の長兄ジョルジュが聞いた。父親譲りは髪だけでなく体格も筋肉の盛り上がる筋骨隆々とした体つきで、兄弟の中で一番父親に似ている。扱う武器も大剣を一番得意としていた。


「ああ、ハーシェ……殿下には許可を貰っているけど。」


 長兄の言葉にオランはパンを齧りつつ答えつつ、用意された朝食を次々と胃の中へと納めていく。


 オルディス家の朝食は比較的量が多い。騎士という肉体労働が主な職分のオランも含め兄達男性陣は、用意された朝食を吸い込むように軽々と食べていく。どちらかといえば食の細いハーシェリクが見たら、胃のあたりを押さえたであろう量だ。


「そうか。楽しみだな、クレール。」

「ええ、兄さん。」


 そう答えたのは次兄クレールだ。クレールも赤毛であり、長兄と比べるとやや体格は劣る。だがそれでもオランに比べればがっちりした体格で、槍を使わせれば一流だ。


 オルディス家は赤毛の多い家系で末の妹も長女である現在花婿探しという名の武者修行中の姉も赤毛だ。オクタヴィアンのみ母のたわわに実った穂のような金髪を混ぜたような夕焼け色の金髪が混じった髪である。


 意味深に視線を交わす兄達にオランは疑問符を浮かべつつ早々に朝食を済ませ、今日は帰宅しない旨を伝えると食堂を後にしたのだった。


 



 登城したオランは後宮へと続く門の門番に挨拶しつつ、主の元へと向かう。途中、城勤めとは思えない軽装の自分に眉を潜める文官の視線を無視し、侍女達の黄色い声を笑顔で応えつつ、その歩みを止めることはない。

 だが王子達が住まう外宮に入った時、彼は足を止めた。


「オクタ、おはよう。」


 そう話しかけてきたのは第一王子であり、オランが学院時代の同級生だったマルクスだ。

 彼も赤毛だがオルディス家の赤毛とは質が違う。最高級の紅玉を嵌めこんだ瞳と同様、紅玉を溶かしたような透き通る色をした赤髪だ。


「おはようございます、マルクス殿下。」


 そう言ってオランは右手を胸の前に持ち上げる騎士の礼をとる。するとマルクスはその秀麗な顔を不機嫌そうに歪めた。


「前にも言ったがソレはやめろ。もう嫌味にしか見えない。」

「まあ一応礼儀だし。」


 マルクスの言葉に騎士の礼をやめ、オランは肩を竦めてみせる。既に以前の解消済みであり、やり取りは学生時代の時に戻りつつあった。まだお互いに遠慮は少々あるが、それは時間が解決してくれるだろうと互いに思っている。


「マークは今から訓練か?」


 マルクスは第一王子だが軍務局にも所属している。彼が一般の兵士や騎士達に混じり訓練をしていることは周知の事実だった為、オランは予想したのだが、マルクスは首を横に振る。


「いや、このところを軍務局ばかりに顔を出していたから書類関係が溜まっていてな。今日は一日執務室だ。」

「それはご愁傷様。」


 第一王子であるマルクスの仕事は軍務局だけではない。王子としての公務もある。どちらかと言えば体を動かすほうが好きなマルクスは、少々公務のほうの仕事を溜めがちになるのだ。ただ優秀なのでその溜めた仕事も一日あれば大半片付くのだが。


「と、引きとめて悪かった。じゃあまた。」


 そう言って執務室へと向かうマルクスを見送り、オランは主のいる部屋へと向かう。

 階段を上り主の部屋の前にくるとノックをして入ると、丁度食事中の主とそれを不機嫌そうにみている筆頭執事がいた。


「おはようオラン。」


 そう言いつつ彼の主であるハーシェリクは急ぎスープをすする。


「おはよう、って今食事か?」


 時間は既に八時を回っていた。もう二十分もすれば午前の授業の教師が現れるのだが、余りにも遅い朝食である。


「それは……」

「喋ってないで早く食べろ。」


 そう横に控えていた筆頭執事であるシュヴァルツ、主からはクロと呼ばれている彼は眉を顰めてカップに飲み物を注いていた。


「全く……だから夜更かしはほどほどにしろと言ったんだ。……おい、よく噛んで食べろ。消化に悪い。」


 ぐちぐち言いつつまるで母親のように甲斐甲斐しく世話をする執事を見て察するに、どうやら主がまた寝坊したのだとオランはあたりをつける。


 本人にも自覚はあるがハーシェリクは朝弱い。その上このところ夜は遅くまで調べ事をしているらしく睡眠時間は削られていく一方だ。


 オランは何時に寝ても決まった時間には目が覚めて疲れも取れる体質、クロは昔の仕事柄睡眠時間が短くても、むしろ三日間くらい連続で徹夜しても平気な体質だ。だがハーシェリクは朝がとにかく弱かった。


「そんなんじゃ身長も伸びないぞ。」

「ぐふっ」


 ぼそりと呟いたオランの見えない言葉の矢は、ハーシェリクの胸を貫く。確かにオランは身長が高い。そしてすぐ横で珍しく筆頭騎士に同意して頷いている筆頭執事も身長が高く、その言葉には説得力があった。その為ハーシェリクは反論ができず、肩を落としつつ朝食を平らげたのだった。





 兵士や騎士達は集まりお互いを切磋琢磨しあう訓練場。四方を石造りの観客席に囲まれたその場所の中央で、軍務局と警邏局に所属する兵士や騎士達に囲まれ遠い目をしているのはオランだ。


(俺、どうしてこんな事になっているんだろう……)


 午前中はハーシェリクの護衛として、彼の受ける授業を見守ったり、ハーシェリクやクロが集めた資料を精査したりと過ごし、午後は兄に言った通り軍務局からの依頼で訓練に顔を出した。


 昼食を終え訓練に行ってくるといったオランにハーシェリクは頷いて送り出したが、クロが口を挟んだ。


「おい筋肉馬鹿、ハーシェリクの騎士ならわかっているな。」

「誰が筋肉馬鹿だ。」


 クロの言葉にオランが答える。その言葉は筆頭騎士になってからオランは耳にタコができるくらいクロから言われた言葉だった。


 良し悪し関係なく筆頭達が受ける周囲の評価は、主の評価へと直結する。マルクスのように既に成人していて周囲の評価が高ければ問題ないが、ハーシェリクのように幼く平民が母親で後ろ盾のない末王子は認知度も評価も低い。


「別に二人は私の評価なんて気にしなくていいよ? クロは気を回しすぎだよ。」


 姑の如くいう執事にハーシェリクは苦笑交じりに言ったが、クロは納得しなかった。それはオランも同じである。自分が唯一認めた主が、年齢は兎も角血筋や後ろ盾の有無だけで評価が低いなど持っての他だ。ここだけはクロと同意見である。


「解っているよ、ちゃんと騎士らしく振舞ってくる。」

「……解っているならいい。」


 オランの言葉に数拍間を置いたクロが頷いた。

 あの時はいつもよりあっさりと退いたと思ったが、この状況になることを知っていたとすればあの間も理解できた。


 周囲には刃を潰した訓練用ととはいえ武器を構えた兵士達。その周りにも同じように武器を構えた騎士達。


「一応聞くけど、これは訓練なんだよな?」


 手に持った訓練用の片手剣を肩に置きつつ、オランは周囲を眺めまわす。ふと後ろのほうで自分達の武器を持ちつつも、にやにやしつつ手を振る兄達を見つけて脱力する。


(知ってたな、兄貴達!)


 むしろノリノリで協力したに違いない。朝の会話は確認だったのだとオランはあたりをつける。


「訓練だとも。」


 オランの言葉に答えたのは後方にいた騎士だった。


「この場にいる全員が、筆頭騎士であり武闘大会で圧勝したオルディス候の子息殿のご指導を願いたい。実力がある、ならな。」


 棘の含んだ騎士の言い方にオランは眉を潜める。見るからに貴族出身であろう騎士には見覚えがあった。武闘大会の日、待機していた部屋で王族を蔑にした発言をした騎士だった。さらに記憶を辿れば学院時代の騎士学科の同期だ。

 ただ武闘大会では当たらなかった為、どこかで敗退したのだろう。よくよく周りを見れば大会時試合には当たらなかったが見た顔がいくつもある。


(ああ、そう言うことか。)


 オランは小さくため息を漏らす。


 いつも訓練に参加している第一王子のマルクスもいつも指導に当たる鬼教官も不在。兄達は止める気なんてないだろうし、歯止めとなる者が誰もいない中一人囲まれる己。つまりこれは訓練と言う名の吊るし上げなのだ。


(黒犬の野郎、知っていて教えなかったな!)


 だからハーシェリクの騎士ということを念押ししたのだ。そして更には「ハーシェリクの騎士が吊るし上げくらいどうってことないよな?」と言外に言っているのだ。


「では指導を願いたい。……まあ家の名でなんとか末王子の騎士となった程度の実力でどこまで出来るかは甚だ疑問だがな。あの大会もどうせ王家体裁の為の仕組まれていたものだっただろうが。」


 その言葉には侮蔑と嘲笑が含まれていた。それはオラン個人に向けたものだけではない。オルディス侯爵家と主君である王家、そしてなによりハーシェリクへ向けられたものだ。


「……おい、今の言葉を取り消せ。」


 オランの鋭い眼光が騎士を射抜く。あの武闘大会の同じ視線で射抜かれた騎士はたじろぎ半歩下がりかけたが、すぐに姿勢を正した。


「取り消させたかったら実力を示すんだな…では訓練開始だ!」


 それが合図となった。まず一人の兵士が剣を手にオランを打ちのめそう襲いかかるが、だがオランは冷静に身体を最小限に動かすだけでそれを躱し、相手の足に自分の足を引っかけて転ばせる。その兵士はオランの背後を狙っていた別の兵士にぶつかり、二人纏めて地面を転がる事になった。


「足が長くてすみませんね。」


 嫌味にしか聞こえない台詞をオランが言う。その気楽な言い方が癪にさわった兵士三人がオランに襲いかかったが、それも剣では受け止めず身体を動かすだけで躱すと、訓練用の剣で各々の武器を叩き落した。さらに背後からの兵士の槍の突きを躱し、剣で槍を弾きあげ空いた腹に回し蹴りを入れると、転がった槍を足で持ち上げ逆手で掴むと剣と槍の変則二刀流となり襲いくる大多数の兵士や騎士を蹴散らし始めた。


 その様子を遠くで見ていたオルディス家の長男次男は、三男の活躍を満足そうに見ていた。


 ことの始まりは軍務局と警邏局内で流れた噂だった。


『オルディス家の三男は学園をギリギリで卒業した劣等生で、親のコネで末王子の筆頭騎士になった。』


 だがこの噂は先日行われた武闘大会で鎮静化した、はずだった。


『武闘大会も王家とオルディス家の面子を保つ為の見世物だった。』


 そんな噂が武闘大会の翌日から流れたのだ。


 確かに仕組まれたようにオランは軽々と相手をねじ伏せ優勝をした。だがそれは相手を侮った対戦相手とオランとの実力の差があったに過ぎない。


 実力を測ることができる者なら、その噂を一蹴して終わったがそうではない者もいた。それにオランに負けた対戦相手も同意はしなかったが否定もしなかった。自信があると自負して臨んだ大会で、赤子の手を捻るかのように負けたのだ。羞恥心から口を噤んだ。

 おかげで軍務局でも警邏局でも、オランを侮蔑し嘲笑する噂が流れた。


「なら、うちの三男坊と戦ってみればいい。」


 その噂を聞いたオルディス侯爵家長男のジョルジュが提案した。次男クレールも追従して頷く。


「オクタは上には挨拶したけど、僕達にはまだ挨拶にきてなかったよね。やはりここは先輩として〆たほうがいいんじゃないかな~。」


 その発言が発端となって今回のことが画策されたのだ。ちなみにジョルジュとクレールが事前に教官達に話を通し、さらにマルクスが不在の日を狙った為計画はすんなり事を運ぶことができた。


 ちなみに次兄は礼儀正しい弟が挨拶自体素で忘れていたと思っている。事実、当時のオランにはその余裕がなかった為失念していた。


「落ち着いてくれればいいんだがな。」

「これだけ実力を見せつけられれば問題ないですよ。」


 ジョルジュの言葉にクレールが答えた。兄達にとっては家が貶められるのもそうだが、可愛い弟が馬鹿にされるのは面白くなかった。


 兄達は幼い弟が剣を持ち始めて翌日から、毎日早朝欠かさず鍛錬していることを知っていた。それこそ高熱など病気で動けなくなるくらいの状態でないかぎり毎日だ。

 自分達や父親でさえ、毎日自主的に鍛錬を続けることは難しいことなのに、あの弟は飽きもせず黙々と鍛錬を続けた。その努力を積み重ねた結果が今の弟だ。その自慢の弟が、その努力が何も知らない第三者に事実無根のことを言われるのは耐えられなかった。


 だがここで血縁者である自分達が否定しても、身内を庇っていると思われ噂に拍車をかけるでしかない。だからあえてこうなるように仕組んだのだ。


 そしてそれは功を奏し、彼らの弟はその努力に見合う実力を示した。息切れ一つせず向かいくる兵士達や騎士達を返り討ちにしている。


 最後に一番息巻いていた騎士の剣を弾いて戦闘不能にすると、あたりに立つ者はオルディス家の三兄弟だけとなった。だが誰も怪我をしていない。オランが怪我させないように相手したからだ。


 その事実に気が付いたこの場にいる全員が、オランの実力を認めたことだろう。


「……で、どうします兄さん?」

「もちろん。」


 そう言ってジョルジュは自分の訓練用の大剣を持ち上げる。


「やるに決まっているだろう。」

「ですよね!」


 クレールも訓練用の槍を持つ。そして兄達が動けない人々の隙間を縫って弟の元へと向かう。


「……兄貴達。」


 じと目で睨んでくる弟に兄達はにやりと笑い各々の武器を構える。


「新人の洗礼ってやつだ。大人しく受けろ。」

「……とか言って戦いたいだけだろ。」

「あ、ばれた?だって最近オクタは僕達の相手全然してくれないしー。」


 次兄の言葉にオランは一つため息漏らすと構える。こうなったら兄達が退くとは考えられなかったからだ。


 そこから兄弟の激しい『訓練』が始まり、周りは息を飲み沈黙を守る。


 オルディス侯爵家の長男次男は軍内でも名高い。それこそ『烈火の将軍』ローランド・オルディスの息子ということも抜きにしても長男は武術が抜きんでているし、次兄はある意味力任せなところのある『烈火の将軍』と違い軍略にも明るい。あと数年もすれば確実に近衛騎士となると言われていたし、年月を重ねれば将軍にもなるだろうと言われていた。


 だがその二人の攻撃を末弟は相手にしても一歩も引けを取らなかった。長兄の訓練用とはいえ下手したら重傷にもなるであろう重い大剣の一撃を受け流し、次兄の不意を突く槍術を受け止め間を置かず反撃する。しかも多数の兵士や騎士を相手にした後とは思えないほどの動きだ。


「……化け物だろ。」


 誰かが呟く。その場にいる全員が声に出さずとも同意をしたのだった。

 そして鬼教官が止めに入るまで、壮絶なオルディス家兄弟の訓練は続いたのだった。






「は? なにそれ。」


 夕方、今日あった出来事を報告すると、書類を読んでいたハーシェリクが顔を上げ不快気に眉を潜めた。


「所謂新人いじめ? というかリンチしようとしてたってこと?」

「新人いじめって別に一対多数のいい訓練になったぞ。最後は兄貴達とだけだったし。」


 珍しく苛立たしげにいう主に、なぜかオランは庇うように言ってしまう。ちなみに教官に止められて解散した後、兄達から嫌な噂が立っていて消す為にやったと聞いていた。


(絶対楽しんでいただろうがな……)


 喜々として戦う兄達を思い出しオランはうんざりする。それも含め報告を聞いたハーシェリクだったが、その表情が晴れることはない。


「結果的に、でしょう……ごめんオラン。いつも私の護衛だけじゃ退屈だろうしいい経験だと思ってあまり考えず許可したけど……嫌な思いしたでしょ。」

「ハーシェが謝ることじゃないだろう。」


 苛立たしげな表情一転申し訳なさそうに謝るハーシェリクに、オランは慌てて首を横に振る。


(というか黒犬は知っていたぞ。)


 オランがちらりと視線を向ければ、クロは我関せずとハーシェリクに出すお茶を用意している。視線が合うとフンと鼻で笑われた。きっと自分が負けるとは思ってなかったから忠告しなかったのだろうが、なぜか腹立たしく思うオランである。


「オラン、今日は疲れたでしょ。もう帰って休んで。」


 ハーシェリクの労わりの言葉にオランは首を横に振る。


「問題ない。それに今日は元々泊まって行く予定だったしな。それより黒犬、今日は付き合ってくれるんだろうな?」

「……俺は用事が」

「付き合ってくれるんだろうな?」


 断わろうとするクロにオランは言葉を重ねる。その瞳には断ったらハーシェリクに知っていたことをばらすと言っていた。クロは仕方なしとため息を漏らす。


「わかった……戦闘狂いめ。」


 そうぼそりと呟くのだった。




 人々が寝静まった夜。ハーシェリクには早く寝るよう言って筆頭達が訪れたのは外宮の近くの、明るい月と外灯に照らされた庭園だ。この場所は訓練場と比べれば狭いが、二人が手合せするには丁度いい広さの空間が広がっていた。


「準備は出来たか?」


 二人の内クロが言った。いつもの執事の服装ではなく、動きやすい簡易的な服を着ていた。


「出来ている。」


 そう答えたのも簡易的な服に着替えたオランだ。互いに武器は持たず素手である。


 オランはクロの体術がこの国のものではないと対峙してわかった。独特だが無駄のない動きはとても効率がいいし、そこから隙をついた一撃は効果絶大だ。それに強き者と戦いたい、知らない技術を習得したいという向上心がオランの強さの秘訣でもあった。

 最初は嫌がっていたクロもオランに根負けした。それにハーシェリクの元にいる以上、お互いの実力は解っていたほうはいいと思ったのも理由だ。


「始めるぞ。」


 こうして筆頭達の夜は更けていくのだった。






 所変わりとある法務局の一室。その場所は王城で働く職員や軍務局警邏局の兵士や騎士の経歴書がしまわれている書庫だ。


「あったあった。」


 ハーシェリクは目当ての書類を見つけ出し、銀古美の懐中時計で仕様して作った灯りを頼りに書類を見る。


 それは今日オランに兵士や騎士を嗾けたあの騎士の経歴書だ。


「なるほど、ね。」


 彼はオランと同期でありオルディス侯爵家に次ぐ騎士家系の貴族の跡取りだった。それにオランが恋人を失って成績を落とすまで成績は次席、成績を落とした以降は主席でそのまま卒業をしている。


(家柄も成績もいつも二番手……主席で卒業出来て、騎士団内でも注目されたと思ったらオランの筆頭騎士就任か。)


 やっと追い抜いたと思った人物が軽々と自分を超えて上に行ったとなったら、嫉妬するなと言うほうが無理だというもの。


 オランは芯のある人間だ。だから周りの目や評判を気にしたりはしない。それは長所でもあるが周りの機微に疎いとも言える。現に先の薬事件ではオランに嫉妬した貴族も関わっていたのだが、オランはその感情に気が付くことが出来なかった。


(それがオランのいい所でもあるけど悪いところでもあるよね。)


 そういうハーシェリク自身も自分の評判に関しては気にも止めていないあたり人の事は言えないのだが、それを棚上げして頷く。


 だからこの騎士には少々同情する。だがこの騎士を筆頭に兵士や騎士達が集団いじめをしたのは紛れもない事実なのだ。それとこれとは別である。


「さてどうしてくれようか?」


 いつになく冷めた笑いを浮かべたハーシェリクの夜は更けていった。




 後日、兄達を除くオランの虐めに加担した兵士や騎士達の元に差出人も宛先も無記名の密書が届く。その内容を見た人間は声にならない悲鳴を上げたのだった。


 それについてハーシェリクはこう言った。


「人間、誰にも話せないような隠しておきたいことが一つや二つはあるものだよね。」


 そう言って微笑む主を見た筆頭達は、悪戯に彼を怒らせないと心に誓ったのだった。


短編、脳みそ筋肉のオランの一日でした。

彼の一日は鍛錬で始まり鍛錬で終わります。オラン自身は努力とか思ってなくて、それが当然なのです。周りから見たらすごい努力家ですよね。この話は白虹の賢者ともリンクしてたりします。


さて今回でオラン兄ちゃんズの名前初登場です。

ちなみに作者内で

ローランド(父)→ 超マッチョ

ジョルジュ(長兄)→ ガチマッチョ

クレール(次兄)→ ムチマッチョ

オラン(末っ子)→ 細マッチョ(脱ぐと腹筋割れてる感じ)なイメージです。


2014/11/01 楠 のびる


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