転生王子と天才軍師の遊戯
時期は軍国の至宝編の最終章の前。
二人が旅立つ前の、ハーシェリクとクレナイの一コマです。
※物語に出てくるボードゲームは、作者が勝手に空想したものです。
「乙女/ギャルゲーかよ!」とツッコミいれられてる某シミュレージョンゲームを参考にしています。(笑
細かいルールは決めてないので、雰囲気だけ伝わればいいです。
室内には執事のいれた紅茶の香りが程よく漂い、ひと時の癒しの空間を作り上げていた。
柔らかな秋の午後の陽射しが指しこむ窓際。その陽光を受け、幼い王子の淡い色合いの金髪が反射していた。
「む、む、むむむ……」
唸り声が室内に響く。
その声の主である幼い王子ハーシェリクは、眉間に皺を寄せ、目の前にテーブルを、新緑色の瞳で睨みつけていた。正確にいうとテーブルの上に並べられた、盤上戦戯と呼ばれるゲームの、他種の駒の並ぶ盤上をだ。
すでに盤上の戦いは終盤……否、勝敗は決していた。ハーシェリクは、諦めるようにため息を漏らすと、視線を上げ、対戦していた者に言葉を紡ぐ。
「参りました、クレナイさん。やはりクレナイさんには勝てません」
ハーシェリクの言葉を受け対戦していた者、クレナイは微笑んで応じ、肩までの紅い髪を揺らしながら頭を下げる。
「いいえ、王子こそ、始めて数日でハンデなしなんて……」
顔を上げつつ、クレナイは思ったことを言う。その言葉に世辞は一切ない。その言葉にハーシェリクは照れ笑いを浮かべた。
ハーシェリクがこのゲームを知ってから日は浅い。
すぐ上の兄である第六王子テッセリが「ハーシェは頑張りすぎ。息抜きしなよ」と持ってきたのが、この盤上戦戯だった。
軍議に使われる兵棋演習を元にした軍国発祥と言われるこのゲームは、ルールはハーシェリクの前世でいうところのチェスに近い。盤上にマスが描かれ、プレイヤーは互いに駒を動かしていき、決められた敵陣のマスに到達するか、敵の大将の駒をとれば、勝利となる。
駒はチェスと同じ兵士や騎馬といった駒から、魔法士や軍師、密偵といったいかにもファンタジーなものまで。また盤上も地形や天候を設定し行動が制限されたり、駒にも特殊なコマンドがあったりする。さらには駒も上限はあるが編成できたり、出陣の配置を決められたりする。
あまりにも自由に設定できるため、ゲームとしてどうかとハーシェリクは思ったが、クレナイ曰く、
「元は戦が無い時、軍師が机上で己の戦術を磨くためのものだったと言われています。戦場では敵が同条件と言うことが、まずありませんから」
ゲームは始まる前から、既に始まっている。そういうクレナイにハーシェリクはなるほどと納得した。
もともとそう言ったシミュレーションゲームが好きな上得意だったハーシェリク。
軍師であるクレナイに教えてもらいながら、初心者とは思えぬ速さで理解し、そして嵌った。
「もう一戦お願いできますか?」
そうハーシェリクが上目使いにクレナイに願うと、彼女は心得たとばかりに頷く。
クレナイの了承にハーシェリクは笑顔でお礼を言うと、次はどんな地形にしようかと盤上戦戯の地形冊子を広げる。
その様子にクレナイはふと瞳を細めた。
(王子は、軍師にはなれませんね)
クレナイは、ハーシェリクをそう評価する。
彼の先見やそれに対する予測や備える能力は、十二分にある。それは統治者にとって必要な能力と言えよう。現にハーシェリクは、ゲームでもクレナイの繰り出す手を、ありとあらゆる手で防御し躱している。それはクレナイの手を読んでいるということだ。
(だけど、それでは全てが後手になってしまう)
クレナイはハーシェリクの配下の筆頭たちや、兄王子たち、将軍や兵士たちに聞いた先の王国と帝国の戦争について思考を巡らす。
確かに戦は勝った。ハーシェリクが起りうることを予測し、対策をたて、実行し、そして策が成った。おかげで帝国を退き、大臣を失脚させることができだ。
だがそれは、クレナイに言わせれば、ハーシェリクの運が良かったとの一言に尽きる。
もしも帝国がハーシェリクの予想から外れ、平原で直接対峙にすることになれば、短期で戦争を終結させることは難しかっただろう。軍の規模を考えれば王国軍が圧倒的に不利だ。戦では原則数がものをいうのだから。
もし大臣が毒を使わず、尻尾も出さなかったら、大臣を追い込むことは難しかっただろう。
何事にも対処できるよう、何重にも策を練る。それが王子の出来る最大限だった。
全てが王子の予測範囲内で起り、そしてその策が成ったことが、全てハーシェリクの運が良かった、とクレナイは結論付ける。それは聡明な王子も理解しているだろう。彼は終わりよければ全てよし、と思える楽観的な人間ではない。
全てが後手となってしまうのは、ハーシェリクの性格も起因している、とクレナイは予想する。
王子は非情になる努力は出来ても、非情にはなれない。味方も敵でさえも簡単に切り捨てることができない。頭でわかっていても、それを実行することを躊躇う。
盤上戦戯でも、彼は捨てるべき駒をつい助けようとしてしまう。そしてそこから陣形が崩れ、敗戦となることが多い。
そこが軍師であるクレナイとの決定的な差だった。
軍国では連戦連勝だったクレナイ。その理由はハーシェリクのように、いくつもの起こりうる事態に備え、策をめぐらすことの他に、敵を思うように操ることが必須だった。
敵の選択肢や行動を制限したり、あえて情報を流して行動を操ったりして、己の術中に嵌める。そして非情になることも厭わない。
後手ではなく先手を取ること、そして己の感情を制御することが軍師には必要なのだ。
(私だったら……)
クレナイはそこまで考えて、首を横に振り、苦笑を漏らす。
(なにが、私だったら、ですか)
既に終わってしまったことだ。
だがそれでも考えてしまう。
もしその場に自分がいれば、もっといい策を立てることができたかもしれない。
もっと被害を減らすことができたかもしれない。
苦悩する王子の役に立てたかもしれない。
そうクレナイはありえない、おこがましいことを思ってしまった。
だがそう思いつつも、クレナイは何かしたいと思ってしまう。
ついこの前、クレナイはハーシェリクに助けられた。彼のおかげで、死へ道程から引き返すことができた。大切な人を失わずに済んだ。
だからクレナイはハーシェリクに感謝している。だが己の中にある感情は、感謝だけではない。
軍師になると決めた時から欲していた、かつての祖国へは向けることができなかった感情が確かにあった。
「次はこの、浅瀬の川が横切る地形にしましょうか……クレナイさん?」
ハーシェリクの言葉にクレナイは我に返り、彼が差し出した冊子のページを見る。それは仕様の駒が制限される、難易度の高い地形設定だった。
「そうですね……さらに、天候を雨にしましょうか?」
「それおもしろそう! さっそく準備しますね」
クレナイの言葉にハーシェリクは頷き、盤上の駒を除けて、次のゲームの準備を始める。
クレナイも準備を手伝いながら、まだ名のない己の感情について、思いふけるのだった。
以上、転生王子と天才軍師の遊戯でした。
作者的には、「クレナイさんは腹が黒いよ!」的な話です……話だったはず!
個人的な見解では、軍師はみな腹黒いと思います(偏見
作中ではハーシェがダメだしされているように読めますが、そういうわけではなく、ハーシェは予測や対策はできますが、すべては起こったことに対して対応するので、結果全てが後手となってしまいます。
また甘いので、味方だけでなく敵のことまで考えてしまうのです。あたまではダメだとわかっていても、つい感情が入ってしまいます。
バルバッセの時も、動きは予測しても、操ることはあまりできていませんでした。
対してクレナイは、全てにおいて予測をし対応策を考えつつ、敵を自分の都合のいいように操ります。必要とあれば、策で人を殺めることも、集落を焼くことも厭いません。(必要とあればであり、できる限り回避するでしょうし、その後のフォローもしますが)
クレナイさんは志が高く、お腹は真っ黒です。笑顔で毒吐きのキャラです。
再登場の時は、そのあたりを出していけたらなーと思います。
2016/05/03 楠 のびる




