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ビジョン

 遠投ウキが勢い良く海中に沈むと、程なく竿に手応えがあった。
 かなり強烈な引きだ。
 ラインはPE3号だから問題はないが、ハリスはナイロンの4号なので少し弱い。
 クエッションマークの様にしなった竿を見て周りの釣り人がざわつき始めた。
「また、山ちゃんかいな。ちょっと待ってや」
 何度も波止で出会い、顔なじみになった吉田さんがタモ係をしてくれた。
 海中にうっすらと魚影が見える。
「チャリコ(真鯛の子)ですわ」と俺が言うと吉田さんは、
「40センチ超えは普通、真鯛て言うやろ。波止で簡単に上がる魚やないで。この前もここでイシダイを釣ったし・・・」と、魚を引き上げながら笑った。
 周りの釣り人も防波堤に上がった真鯛を見て「腕がいい」とか「名人やで」と賞賛してくれるが、これはちょっと後ろめたい。なぜなら、この竿で今日真鯛が釣れることは初めから分かっていたからだ。


 二年前、海の近くにある地方支社へ転勤して来たことで、久々に釣りを再開した。
 道具もすべて新しく揃えるために、大型釣り道具店で竿を選んでいた時、突然ビジョンが浮かび出しだのだ。
 並んでいる商品に手を触れると、それを使って釣りをしている様子がかすかに見える。
 竿に触れた時は特に顕著で、釣り上げる魚の種類や大きさまでが、昔のモノクロ映像のように現れるのだ。
「願望か」と苦笑したが、とりあえず大物が釣れるビジョンが見えた竿を数本を買いそろえた。
 それが、未来視だと分かったのは何度か釣行を重ねてからのことだ。

 そうしたビジョンは近い時であればあるほど鮮明で、今回も前夜に道具を取り揃えていると、40センチの真鯛が釣れているのがカラー写真のように見えた。
 だが、その後で釣れる物が問題だった。
 つまり次に浮かんだビジョンは、なにか黒い大きな物体が掛かるというもので、それはまるで人間のように見えたからだ。
 俺はあわてて別の竿を手に取った。こちらは小さなアジ数匹釣れた後、やはり黒い物体が掛かるというものだ。
 さすがに、ゾっとして釣りに行く気も失せ、道具を片付けて眠りについた。

 するとその夜、俺は夢の中で男とも女ともしれない声で「なぜ助けてくれなかった」と責め続けられたのだ。

 もしかすると不思議なビジョンは、この黒い物体と関係しているのかもしれない。
 だとすると、夜中にうなされるより昼間に決着を付けた方がいい。
 そう考えた俺は、この日の釣行を決意したのだった。


 竿に触れたことで見えるビジョンによれば、真鯛が釣れた後で黒い物体が掛かることになっている。魚とは違って人間らしきものとしか分からないが、それは生きていない物だからかもしれない。
 俺は意を決して竿を振りかぶった。と、その時・・・、
 隣で悲鳴とともに大きな水音がした。
 見ると吉田さんが何かの理由で防波堤から転落したらしく、海の中でもがいているではないか。
 灰色のジャンパーも水に濡れ、その姿はまさしく真っ黒な物体!
 つまり昨夜、夢で見た「なぜ助けてくれなかった」は吉田さんの叫びだったようだ。

 俺は安堵してPEラインに自分の救命ジャケットを結び、海に放リ投げた。
 細いPEラインでは防波堤に引っ張り上げることはできないが、ゆっくりとハシゴがある地点まで引いていければ自力で這い上がれるはず。
 周りの釣り人もロープの付いた水汲みバケツを海に垂らして、吉田さんを誘導した。
「いや~、みなさんありがとうございます」
 ようやくハシゴにたどり着いた吉田さんがちょっと恥ずかしげに言った。

「吉田さんがカナヅチだったとは知らなんだわ」
 一人の釣り人がそう冗談を言うと、吉田さんはムキになって、
「泳げるよ! せやけど、水草がからみついて足が動かんかったんや」と、言い返す。
「どれどれ」
 そう言って海の中を覗きこんだ全員が絶句した。

 体中に海藻を生やし、半ば白骨化した女性の長い髪が、吉田さんの足に絡みついていたのだ。
「ウギャ~!」
 足元を見た吉田さんが悲鳴を上げた。

 警察によると水死体は、ここから少し離れた場所で、二年前に行方不明になっていた、ある女性であったらしく、検死によって当時付き合っていた男が逮捕された。

 ビジョンはその事件を境に、まったく見えなくなったしまったことから、どうやらこの女性が自分を発見してもらうため、波長の合った俺を利用したのだろうと思われる。

 爆釣できる釣り道具を新しく買うことができなくなったのは残念だが、今持っている竿については、予め釣れる予定の魚がメモってあるので、この先も期待できるだろう。


 そして今日もまた・・・、

 転落事件以来、しっかりと救命ジャケットを身に付けて釣っている吉田さんが俺のウキが海中に沈んだことを教えてくれた。
 弁当を食べていた俺は吉田さんに礼を言って、竿を大きく合わせる。
「また真鯛がかかったんやないか?」
 吉田さんはタモを手にそう言ったが、俺の手帳ではそれが70センチのコブ鯛であることが分かっていた。


     ( おしまい )


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