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風鈴と牡丹

作者: ワイヤード

 初夏のある日であった。庭には牡丹の花が2つ咲いていた。牡丹の葉にはまだ朝露が残っている。

 軒下には、おじいさんとおばあさんが座っており、のんびりとお茶をすすっている。お互いに座椅子に腰掛け、どうやら昔話に華を咲かせているようだ。

「ばあさんや」

「なんですか。あなた」

「ばあさんは、儂とはじめて会った時の事を覚えておるかい」

「ええ、覚えていますとも」

 おばあさんは少し頬を染め、遠くを眺めるような顔をした。

「あれは、昔の今頃じゃったかのう」


 68年前の初夏、彼は齢15の少年であった。名を一郎と言い、大層活発な少年であった。少年がいつもの帰り路を歩いていると、突然、大粒の雨が降り始めた。少年は、あまりにも激しい雨が降ってきたため、たまらず走りだす。走っているところで少年はとある茶店をみつけ、そこの軒下で雨宿りをすることした。

「ふぅ……。突然、雨が降ってきよった。たまらんわぁ」

 そういうと一郎は、濡れた服を急いで脱いで、その服を雑巾のように絞った。

「こりゃぁ、相当大きな入道雲じゃなぁ。当分やみそうにねぇや!」

 少年はそう呟くと諦めた顔をする。

「あら、そうですの? それなら仕方ないですわね」

 と、それに見知らぬ顔の少女が答える。いつの間にやら、隣に立っておった。

「そうさ。こんだけ大きければ1時間は止むまいさ」

 と少年は物知り顔で答える。

「そうなんですのね」

 と偉く関心したといった風に答える少女。

「そんな言葉遣いここいらじゃきかへんな。お前、都会もんか?」

 何かに気づかれまいと咄嗟に話し始める一郎。と同時に、彼女がどこから来たのかが一郎は気になって仕方がなかった。

「あら、都会もんだなんて。先週此方に越してきたんですのよ」

 そう言うと、茶店の方を振り向く少女。振り向き様に雷鳴がなり、茶店の軒下にぶら下がっている風鈴が、雨風に晒されて激しく揺れている。然し、雷の音で風鈴の音が聞こえてこない。

「お前、歳はいくつなんじゃ?」

「15ですのよ」

 少女は、一郎がどんな反応をするか伺っていた。

「儂とおんなじじゃな」

 一郎は、彼女と歳が同じであったことを嬉しく思った。然し、どうして歳が近いというだけでこんなにも気持ちが昂ぶっているのかを良く理解できないままでいた。 

「お前、名は何ていうんじゃ?」

 少しでも聞き逃すまいと耳を大きくしながら問いかける。

「私は、シズエといいますのよ」

 シズエは一郎の顔を真っ直ぐに見つめる。

「シズエかぁ。いい名じゃのう」

 一郎は少し顔を赤くしながら、顔をそむけ、数歩後退る。その様子を見ていたシズエも顔を赤らめる。気恥ずかしいと感じていた二人は、暫くそのまま無言であった。

「こりゃぁ、寒いな。たまらんわい」

 歯をがちがちさせながら一郎は震える仕草をする。気恥ずかしさから少しシズエから遠ざかっていた一郎は左肩を雨で濡らしていた。

「でしたら、あなた、私のお家に入りませんこと」

 風邪をひいたら大変とシズエは一郎に提案する。

「おまえん家か!?」

 一郎は少し大きな裏返った声を出す。


「そうして、あなたは驚いて、そのまま雨の中を走って帰ってしまわれましたわね」

 柔らかな表情でシズエが話す。

「恥ずかしいのう。そんなところまで覚えておったんかい?」

 一郎は、当時のことをまざまざと思い出し、顔を少し赤らめた。

「ええ、他ならぬあなたのことですもの」

 シズエも思い出して顔を少し赤らめている。二人の顔を涼ませるかのように優しい風が二人を撫でる。

 風に揺らされ、チリチリンと風鈴の音が静かに鳴っている。

「そういえばお前、あの頃、儂に惚れとったんでないんか?」

 普段なら、尋ねない質問をシズエにする一郎。

「あら、まぁ! わかっているでしょうに」

 シズエは驚いた顔をするが、暫くすると落ち着いて、優しい笑みを浮かべる。

「まぁ、儂は、あの時から、シズエ、お前に惚れとったんじゃ」

 顔を耳まで真っ赤にすると、一郎は少しうつむく。

「知っていましたとも」

 シズエは、まっすぐに一郎を見つめる。

「そんなお前にな、儂は言いたいことがあるんじゃ」

 うつむいた顔を正面に戻し、まっすぐとシズエを見つめる。

「なんですか、改まって」

 シズエは、優しい笑みを浮かべたまま聞いている。

「今まで本当にありがとう、シズエ。儂はお前と居れて幸せだった」

 そういうと穏やかな顔になる一郎。

「私こそ、ありがとうございます。一郎さん」

 そう言ったシズエも、より穏やかな顔になる。そう言うと二人は暫くのんびりとお茶をすすっている。

 微かな風が吹いているのか、チリリと風鈴の音が微かに聞こえる。

「なぁ、シズエ、儂は眠い。少し眠ることにするよ」

「はい、一郎さん。私も少々眠くなってきました。眠りましょう。きっと起きる頃には、陽が温かくなっていて気持ちが良いですよ」

 そういうと二人は静かに瞼を閉じた。

 庭に咲く2つの牡丹の花がポトリと落ちた。

初投稿の作品です。お読み頂きましてありがとう御座います。今後、どの様なジャンルでどのような形の小説を投稿していくか未定ではありますが、投稿は続けようと考えております。お付き合い戴ければ幸いです。

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― 新着の感想 ―
[一言] 非常に心温まる物語でした。 死を迎える恐怖や儚さを取り除き、自分もこのような最後を迎えることが出来たらと感じさせられました。
2015/08/26 07:05 退会済み
管理
[良い点] 二人のほのぼのとしたやりとりがとても可愛らしく、こころがあたたまるようなお話でした。 [気になる点] 情景をもう少し膨らませて書くと、もっと二人を想像しやすかったと思います。 [一言] 心…
[一言] ワイヤード様 初めて拝読いたしました。 二人の出会いからの導入。そして、物悲しいラスト。初めて書いたとは思えないほどに綺麗にまとまっていると思います。 私も素人のような者ですので、ともに切磋…
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