はじまり
これは、普通っぽいけれど全然普通じゃない僕と、全然普通じゃないけれど普通っぽい模祁が繰り広げる、甘くも切なくもない物語。
普通じゃない僕の彼女は…………もちろん普通の女の子じゃない。
それでも大切だった。
大好きだった。
やっぱり僕って変だと思う。
だって彼女は――――
午後。海の風が、頬を撫でる。
僕の通う学校は海沿いにあるので、夏はそれなりに環境がいい。
涼しいし、なにより空気がとても綺麗なのだ。
ただ、残念なことに今は冬。
真冬真っ盛り。
「まったく、やってらんねえよな」
下校の支度をしながら、隣の席に座る金子がいきなり僕に寄り掛かってきた。
「何をだよ……ていうか邪魔」
虫を追い払うように手をひらひらさせて、金子を押し退ける。冷たいなーと金子が笑い、うるさいなーと僕は苦笑した。
明日も国語があるので、ノートだけ持ち帰ろう。などと考えながら自分のカバンに教科書を詰める。その時、嫌でも目に入るのは置き勉常習犯の軽そうなカバン。
「おい金子、たまには教科書を持ち帰ったらどうだ?」
「いやいやー二度手間じゃん? 教科書持ち帰って、また持ってくるなんてさ。ま、お前には分からないだろうけど」
「確かにお前のような超がつく駄目人間の思考は理解しかねるよ」
僕はカバンを掴むと、まだクラスメイトがぽつぽつと残っている教室を廊下に向かって歩いていった。
「じゃ、また明日」
黒板付近に立っていた桐山さんに、胸の辺りで小さく手を振る。
「おうっ! また明日なー! …………さぁて今日はサッカーでもすっか!」
手を振り返しながら、桐山さんは教卓を漁る男子に誘い掛ける。それを聞き、教卓に群がっていた男子たちが一斉に振り返る。
「賛成! さすが学級委員、放課後にいつもの公園でいい?」
「じゃあ四時頃な!」
真冬だというのに、元気な人たちだなと思う。そんな風に感心していると、いつの間にか僕の後ろに立っていた金子が
「さぁて今日はゲームでもすっか!」
と言い出した。
少子化だというのに、あまり未来で役に立たなそうな子供だなと思う。ある意味感心。
「僕は絶対にやらないからな」
なぜか僕の肩に手を置いている金子に、一応忠告をしておく。一瞬にして金子の表情が不満に変わった。どうやら落ち込んだようだ。ただがゲームでここまで落ち込めるとは、僕はまた感心した。まぁそれは、どちらかというと絶望に近い感心だったが。
「放課後に俺の家、時間は四時頃な」
桐山さん、その他の男子たちとあまり変わらない台詞なのに、どうしてこうも暗ぁーく嫌な台詞に聞こえるのだろう?
しかも僕はやらない、と言ったはずだ。ちゃんと『絶対に』もつけた。なのに、なぜだ?
なぜ僕は巻き込まれているんだ?
「社会の宿題が夏休みの勉強に匹敵するくらい大量に出てるから無理……大体お前みたいに宿題を忘れたからって『俺の宿題をそう簡単に見せるわけにはいかんのだー、はっはっはー』とか言える人間じゃないんですよ、僕は」
「お前の真面目っぷりは尊敬に値するよ」
「それはどうも」
なんの繋がりも無いのに、だからうちでゲームしようぜ、と言ってくる金子を全力で振り払うと、僕は逃げるようにして廊下を走っていった。
そして階段を下りようとした、ちょうどその時。
「ちょっと仁科、仁科っ! 手伝ってほしいことがあるの。もしかして今忙しい? 忙しくても簡単な仕事だからやってもらうけど」
先生の声が、僕の動きを止める。一歩踏み出していた右足を引いて、振り返る。
「いえ、人類代表駄目野郎から逃げてただけですから。とくに忙しくはないですよ?」
「んふふふ……先生ねぇそれが誰だか分かってしまったわよん」
「わよんってなんですか。まったく、気持ち悪いですね。それで本題は?」
教えてほしぃ〜? ともったいぶって、十秒くらい間を空ける二宮 潮先生。ちなみに彼氏募集中の二十五歳、担当は国語で僕のクラスの担任だ。
こうしている間にも宿題をやる時間が削られている。そう思うと無性に苛々してきた。体内に溜めきれなくなった怒りのオーラが零れてしまったのか、先生はようやく口を開けると、さらに五秒ほど不気味に笑ってから、
「理科準備室を掃除してきてちょうだい」
人差し指をぴっと立て、耳よ腐れと言わんばかりのロリータボイス(痛々しいウインクのおまけつき)でそう言った。
「待ってください。それって簡単な仕事じゃないですよね? 明らかに。今日ものすごい量の宿題が出てるんですよ?」
「それは知っているわ。大丈夫。国語の宿題をなくしてあげるから」
教師として言っていいことなのだろうか、それは。
しかも。
「今日は国語の宿題、一つも出てませんよ。純粋な生徒を騙す気ですか?」
「四の五の言わずに早くやる。今日はいい天気だったわねー」
疚しい事でもあるのか、先生は笑顔だったが、さりげなく話と目線を逸らしてきた。
「ところで、なぜ掃除なんかしなくちゃいけないんですか?」
「いやー先生さぁ、探し物をしてたら準備室を汚しちゃって……あははっ」
「あははじゃないです、あははじゃ!」
怒鳴る僕を置き去りにして、先生はもうずっと遠くにいた。なんという逃げ足……さすが人類最強駄目教師。
僕は夕日が差し込む廊下を歩き、たまには忘れ物をするのもいいかもな、と自分らしくないことを考えた。嫌な言い方をすると、現実逃避した。
「ふぅ。はぁ――――」
深呼吸をして、理科準備室に向かった。
「どうして僕の周りには、こう変なのばっかり集まってくるんだろう」