第一話「逃走」
…で、これはどうなっているんだ。
俺、すなわち神崎ユウは改めて状況を確認した。
俺は今なぜか走っていて、なぜか銀髪の美少女に手を引かれている。後ろには全人口に対し子供3パーセントの希少な子供の、これまた希少な「不良」に追われている。
「って、えぇぇぇぇぇ!?」
「いきなりどうした!息が持たないぞ!」
今の危機に改めて気づいて俺は叫び声をあげてしまった。当然、手を引っ張る少女に怒られる。なにがあってこんな恋の逃避行的なことになったんだ。
少し俺は思い出してみた。そう、確か俺はネット友達もとい戦友のメールをチェックしながら道を歩いていた。うん、だいたい合ってる気がする。それで、なんか路地裏の方から怒鳴り声が聴こえて…
(うわぁ、面倒なことに首つっこんじゃった…)
なにを血迷ったのか、これこれか弱い年下から金をせびるのは良くないですよとか言いに行こうとしたら、この手を引っ張る少女がいたのだ。そこからが俺には予想外だった。少なくとも少女の身長よりは高そうな屈強な男たちが膝蹴りを食らい、裏拳をかまされ、かかと落としをされたのだ。当然の如く男たちは怒り狂い、追いかけてきたのである。
少しずつ状況に慣れてきた神崎は、周りの景色を確認した。
(げっ…ここって…)
神崎はぎょっとした。現代日本の最も危ない区画とされている神田川沿いを走っていたからだ。見渡せばボロビルかスラムしかなく、同時に平気でこの道を走るこの少女も堅気の人間ではないことが確定した。男たちから逃げまとっている内に、生臭いとも油臭いとも言える川の臭いがしてきた。少し顔をしかめながら神崎は前を見る。
そこには、鈍色の川に突き出した鉄骨があった。
(は…!?)
「跳ぶよっ!!」
神崎がまさかやるとは思わなかった最悪の判断の声が少女から聞こえた。
本当にその鉄骨から川へとダイブする。神崎は明らかに健康に悪そうな鈍色の川の水を飲まないよう息をたくさん吸い込んだ。
川に飛びこんだ瞬間、神崎が聞いたのは予想したごぼごぼという音ではなく、ぼふっ、という柔らかいものにあたる音だった。おそるおそる目を開けてみると、濁った水ではなく半透明の鈍色の川面が映し出された場所だった。
(スクリーン・ダミー…?)
水もなく、普通に息ができる。傷も無い。どうやらマットのようなものにうまく落ちたようだ。
「いつまでボーッとしてるんだ、行くぞ」
声のした方を向くと、銀髪の少女がその奥の地下水路の中に作られた地下通路に立っていた。