3
「あとで連れて行く場所があるけれど、その前に少し、この村の話をするよ。信じる信じないは別にして、とりあえず聞いて」
前置きをするようにそう言った司を遥は緊張した面持ちで見つめた。今まで悠然と構えているように見えたが、よほど思い詰めていなければこの村まで辿り着くこともできなかったろう。
「そこに悠がいるの?」
司は頷きながら話を始めた。その視線は遥から少し、逸らされている。
「この村の桜は必ず三月に、一月きっかり咲くんだ。三月のことを里では弥生と言うけれど、この村では鬼月と呼んでいる」
『鬼』という言葉に記憶のどこかを刺激されながら遥は続きを待った。司はその遥の様子を見、勇気を振り絞ろうとするかのように息を吸い込んでようやく、再び口を開いた。
「村の成り立ちは直接関係ないから省くけど、昔からあったこの村は人里から離れているから飢饉の時には里以上にその被害を受けたんだ。人の出入りがないからね。その度に村人は御神木の桜に祈ったんだ」
「桜の御神木……」
遥は呟く。そうなのだ。この村はいつも、桜のイメージと共にあるのだ。
司は頷く。
「そう。飢えから救って下さい、ってね。そしてある年、ついに御神木はその願いに耳を傾けた。祈っている村人達に桜の木はこう告げ……」
「うわあぁぁぁぁぁぁ!!」
司が言いかけた瞬間、先程あとにした部屋の方からすさまじい悲鳴が響いた。
司は反射的に顔を上げ、立ち上がる。遥はただ、目を見開いてそちらに顔を向けた。
ようやく立ち上がり、そちらに駆けつけようとした遥の腕を司がぐいと掴む。
遥の鼻を、異臭がついた。血の匂い。肉の匂い。腐臭。何と言えばいいのだろう。ただ一度、どこかで嗅いだことがある。
同じ匂いを司もかいだ。顔を歪め、遥を引き戻す。一体誰が。まだ、何カ月も先の話なのに。
司は遥の腕を引き、足早に部屋を出る。
「司君?」
「時間がなくなったみたいだ」
「え?」
遥は怯えた目を向けた。それに微笑みを返し、司は口を開く。
「ゆっくり話していられなくなった。御神木に向かいながら話そう」
周囲を警戒しながら足早に手を引く司の、厳しい横顔を遥は見上げた。村の中はどこを見ても見事な桜の木がある。
司は歩きながら先程の続きを話し始めた。
「御神木はこう告げたんだ。ものを食わずとも生きてゆけるようにしてやろう。草木から精気を吸って生きてゆけるように。ただし今だけの話ではない。それは子々孫々、血の耐えるまで続く、と」
驚きに目を見開いた遥にようやく少し足を緩めた司が目を向け、小さく首を振った。
「それで良いか、と問われ、当然村人は頷いた。人ならぬ者に近づいたんだ。最初はそれでも良かった」
言って司ははっと後ろを振り返る。つられて振り返った遥には何も変わったものは見えない。しかし、司は再び足を早めた。
「でも、年月を経て村人はまた飢えを知った。桜の季節、花を咲かせるために精気を使う桜の木のために村人の糧は減り、村人は他のものにそれを求めた。他のものなんて、この村には一つしかない。…人間だよ」
自嘲するような笑いを口元に浮かべ、司は続ける。
「子供のうちは桜の季節も十分に足りているんだ。飢えるのは大人達だ」
言って司は歩みを止めた。そしてずっと司の顔を見つめて話を聞いていた遥の注意を歩いてきた先に向ける。かつて遥が見たこともないような立派な桜の木があった。注連縄が巻かれているわけではない。しかし、それが御神木だと一目で分かった。




