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桜鬼  作者:
3/5


「十年前、みんなと遊んで楽しかった。わたしと悠は二人で遭難して、山で迷っていて…ここに着いた。大人が一人もいない、子供だけの村。あの時、一番年が上だった人も多分今のわたしの年にはなってなかった」

 確認するように首を傾げる遥に司は頷きを返す。

 遥はまた自分に確認するようにうん、と頷きながら言葉を続けた。

「でもね、村でのことは憶えているのに、村から出た後のことはすごく曖昧なのよ。その時に悠とはぐれて、そのまま悠は帰ってきていないのに」

「悠……」

 言外にやっぱり、といいながら司達はそっと顔を見合わせる。遥ならいつか来るような気はしていた。

「ここに来れば何か分かる気がしたの。ここに来なければ何も分からない」

 言葉を切り、それまで明るい顔を見せていた遥は初めて思い詰めた様子を見せる。不安でなかったはずはない。一人でここに来ること…いや、この村を出た時からずっと、と司は思い直す。

「ほっとしたの、ほんとは。この村が本当にあって。山を下りてわたしは大人達にこの村のことを話したのよ。悠もいなくなってたし…。麓の人には山に村なんてないって言われて…でも、子供がいなくなってるしって山の中を大人達が捜索した。この村は見つからなかった。悠も。大人達はだから、全部子供の見た幻か夢で片付けたの」

 喘ぐような溜息を遥はもらす。

「一緒にいた友達と「はぐれた」時のショックでって…」

 その言葉を聞いた時、遥にはその「はぐれた」が「死んだ」に聞こえた。実際、そう言いたかったのだろう。

「可哀想な目で見られたり、変なものを見るような目で見られるのが怖かった子供は幻だったと思い込んだの」

 表面上は、と遥は心で呟く。あの時の大人達のほっとした顔が忘れられない。とても悲しかった。

「でもね、悠がいなくなったのは事実で…どうにもできない現実としていつも目の前にあった。悠のおかあさんは悠が生きて帰ってくるのを信じてる。今も陰膳を欠かさないの。悠の妹も口では半分諦めてるけど、やっぱり信じてる」

 遥と悠が仲間とはぐれて数日間行方不明になったキャンプに、悠の妹も参加していた。まだ小さくて大人から離れられなかったのが、一緒に遭難しなかった理由だろう。

 じっと話を聞く司達に遥は先を続けた。

「十年経って、わたしにも、本当に夢だったのか現実だったのか分からなくなってきた。だから確かめに来たの。今じゃないとできないと思った。今を逃したらもうどうにもならないと思った」

 司がふう、と深くため息をついた。遥はその司の顔を期待と不安の混じった表情で見つめる。


 司は章二と顔を見合わせる。章二が頷き、司は遥を見つめた。

「そうじゃないかとは思った。…いや、それしか考えられなかった。君がここにまた来る理由は」

 司は言って立ち上がり、遥を促して奥の部屋に移った。

「章二、頼むぞ」

「ああ」

 からっとした笑顔で答えた章二は、司達の部屋に人を通すまいとするようにどかっと座り、妙たちもその周りに集まった。


 奥の部屋で遥と向き合った司は、それで、と問いかける。

「何を確かめるんだい?」

 そう尋ねながら、どこかやはり怯えたようにも見える司を訝しく思いながら、遥は困ったような笑顔を向けた。

「さあ…何も考えてなかったの。この村を見つければ全部解決すると思っていたのかもしれないな…」

 司はそういう遥をじっと見つめる。腹を据えてかかったとは言え、やはり怯んでしまうのは抑えようもない。屈託なく…と言えば少々語弊があるかもしれないが、子供の頃一緒に遊んだ友達として真っ直ぐな目を向ける遥は、全てを知った後でも同じように接してくれるだろうか。

「たくさん、君に説明しなきゃいけないことがある」

「うん」

 遥はゆったりと構えて頷く。ここまで来たら焦ってみても、反対に及び腰になっても意味はない。

「君が前にここに来た時にいなかった大人達は、それをよく思わないかもしれない。でも、君はそれを知るべきだと…いや、君には知っていて欲しい気もする」

 逡巡するのを言葉で補い、追い込むようにすら見える司に、遥は頷いた。

 司はふう、と一瞬目を落とし、じっと言葉を待つ遥を改めて見た。

「…悠に会いたい?」

「…いるのね?」

 驚かない遥に司は笑いかけた。

 遥はいるのではないか、と思っていた。ならばどうして帰ってこないのか、その答えはどうしてもでなかったが。村の少年に導かれて山を下りた十年前、その途中で悠は何かに引きずり込まれるように闇の中に姿を消した。

 そんな遥を見ながら、司の中にあったわずかな躊躇いも次第に消えていった。

「驚かないね、やっぱり。…でもきっと、信じられないよ」

 遥には分からなかった。この上何が信じられないと言うのだろう。この、誰も知らない村の存在自体を、誰も信じてはくれなかったのだ。

 訝しげな顔の遥に、司は何とか整理をつけながら話し始めた。



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