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司の家に上がり、遥はお茶をもらいながらようやく人心地つく。
「十年ぶりか。よく私だって分かったね。おかげで助かっちゃった。」
笑いかけた遥に、司はどこか困ったような笑顔を返す。きょとんとした顔で首を傾げた遥は、司も変わったな、と十年という時間を感じる。十年前にこの村に迷い込んだ時、司とは一番仲良く遊んだ。いつも走り回っていて歯切れの良い、屈託のない子だった。面倒見が良くて、どこかガキ大将のような風情があったものだ。物静かな子になったな、と思う。自分は…と考えて遥は内心苦笑するしかない。一人でここまで来るようじゃあまだまだお転婆と言われても言い返せない。
司はつかみどころのない笑顔のまま何か口を開きかけたが、やはり思い直したように口を噤んでしまう。
遥は返事は諦めて開け放された縁側から見える庭に目をやる。
冬枯れした桜の老木がぬけるような冴えた青空に枝を広げている。
「桜…」
ふと呟いた遥の声にはっとしたように司が顔を上げた。その司の様子も、また司に遥を紹介された後の村の人達も様子も、どこか遥に負い目があるかのようにぎこちない。
「遥ちゃん…君は」
「ねえ」
ようやく口を開いた司を遮って遥はくるっと顔を振り向ける。
「十年前、楽しかったね」
虚を突かれたように司は息を詰めた。遥が何をしに来たか、なんて聞くまでもなく分かる。ここにまた来るのにただ遊びに来たわけがない。よその人間がこの村に来るのがどんなに困難なことかはよく知っている。だから遥を見てすぐに分かった。それほど余所者は珍しい。多少面影があれば十年たっても憶えているほどに。
司は黙って遥の言葉を待った。
「桜が満開で…わたしあんなに…空が桜色なのかと思うほどに咲いてる桜はあの時しか見たことないわ」
「うん」
くすっと遥は笑う。
「ねえ、何でそんなに遠慮してるの?十年ぶりに会ったのに、嬉しそうな表情してくれたのは最初の一瞬だけだね」
遥のどこかおどけた調子につられるように司が笑顔を浮かべた時、がやがやと庭の方が騒がしくなった。
「司ーっ」
縁側から司と同年代の少年が飛び込んできて、それに続くように男女十人ほどががやがやと入って来る。最初に入って来た少年が履物をぽいぽいと脱ぎ捨てて上がりながら屈託のない声で笑う。
「おとんに聞いたぞ。遥が来たんだって?」
言いながら顔を上げ、少年と遥の目が合った。遥はびっくりしたような顔でその少年と、その後ろの若者達を見つめている。
司も驚いたが、そこは慣れたものですぐに咎めるように軽く睨んだ。
「章二、そんなに騒がしくして、遥ちゃんがびっくりしてるだろうが」
「なぁにが遥ちゃんさ。本人がいるからって気取ってんじゃねぇぞ」
後から入って来た少年がからかい、どっとわく。章二が開けっぴろげな声で笑ってから遥の顔をからかうように見た。
「村一番のお転婆の妙よりお転婆だった遥がそんなに気をつかわなきゃいけねぇ程びっくりするかよ」
「どういう意味よ!」
後ろから少女が拳を振り上げた。
ようやく遥は我に返ってあっと声を上げる。
「章二君!それに妙ちゃんと…あと修ちゃんに…」
遥は一人一人思い出すように呟きながら顔をほころばせる。それに頷きながら章二達はしっかり上がり込んでどかっと座り込んだ。
「なんか章二君…貫録でたねぇ」
「言葉を選んでくれてありがとよ。おっさんくさくなったって言いたいんだろ?」
豪快に笑った章二はニヤッと笑って遥を見た。
「司のことだ。変に気をつかっちまって聞いてねぇだろう。遥、何をしにこの村にまた来たんだ?」
司がはっとしたように顔を上げ、遥は大人びた笑みを浮かべた。章二達は司のために来たんだ。遥はそう思い、またそれが自分のためでもあると思い至る。何のためであれ、自分一人で余所でどうにかなるものではなかなかない。
遥はうん、と頷いた。