序
あの場所のことは決して忘れられない。子供の頃、一度訪れただけのあの山奥の村。けれど、私は全て忘れた、と聞かれる度に答えた。満開の桜が咲き誇るあの村で、一緒に迷い込んだ幼なじみの男の子は消えてしまった。
「…あった…っ!」
山の奥も奥、窪地のような場所に隠れるようにその村はあった。山の中をこの冬にさまよい歩くこと二日、我ながらいい根性だと感心する。捜索隊も見つけなかった村を、二日で見つけたのだからもうけものだ。どこをどう来たかなんて覚えていない。今さら帰ろうとしてもさらに迷っただろう。
獣道のようなものをようやく見つけ、斜面を下る。時代錯誤な村の風景は、十年前と何も変わっていない。着物を着た村人、開け放たれた家の玄関、家の趣も全く異なり、どの家にも井戸がある。以前と違うことはただ一つ。大人達がいた。
突然の珍入者に警戒心も顕な視線を向ける彼らに、とりあえず頭を下げた。怪訝そうな目を向け遠巻きにする彼らの後ろの方で、明るい声がした。
「あ、君、遥ちゃん?」
「ええ…あ!司君?」
同じくらいの歳格好の男の子は屈託のない笑顔で頷いた。大人達はまだ分からないようだが、司君のおかげでとりあえず私は念願通り、再びこの村に入ることができた。…大人達がわたしのことが分からない。それは当たり前のことなのだけど……。