六夜目・光と影は交わる事なく、ただ共に在るのみ
光と影、二つの土地は何が違うのだろう?
多くの者がそう考え、幾度も調査が行われた。
その結果分かった事は、影の大地では精霊が異常に濃く、我々だと上手くそれを消化出来ずに精霊酔いを起こす程だった事。意外な事に緑が濃く、しかし植物相が全く異なる事。当然のように生物相も全く異なる事。
つまり私達が魔物や魔王一族と呼んでいる存在は、影の大地の一部に過ぎなかったのだという事が判明した。
互いにとって互いの土地は恐らく有害であり、そのせいで接触や飢えによる襲撃はあっても侵攻は起きなかったのである。
また、境界に当たる森の際に住む者に特殊な力を持つ者が多いのも、影の大地の濃厚な精霊の影響を多少なりとも受けているからであろうという事も推測出来た。
それにしても不思議な話ではある。
ただ、森を境にしただけなのに、なぜそんなにも二つの場所は違っているのか?いつかはその理由も判明するのだろうが、そのような理論上の問題は、互いにとってそれ程重要ではない。
分かたれた者達が交わる場所では、当然のように争いが起きる。が、あまりにも違う環境ゆえにそれ以上の戦いには発展しない。重要なのはその事実である。
「魔物って、共食いをするのよね?」
「その認識は間違っているな。共食いをするのではない。共食いするのが常態なのだ」
「ええっと、つまり?」
「……馬鹿にでも分かるように言うと、彼らの主食は自分と同じ種族なんだ」
「馬鹿とは何よ、でもそれって、どうやって増えてるの?」
「ほう、馬鹿にしては良い所に気が付いたな、褒めてやる。まだ詳しい事は分かってないが、どうやらある一定以上の共食いを果たすと、その個体が幼体を産むらしい」
「へ?」
「お前、魔物に雌雄の差があるのを見たことあるか?」
「えっと、魔物ってみんな単性種族だって事?もしかして魔王の一族も?」
「俺達が魔王の一族と呼んでいる影の大地の人種族も、我々で言う所の男しか目撃されていない。そもそもそれもいかついから男と判断しただけで、結局男でも女でも無いのだろうが」
「でも見た目は人とそっくりなんでしょう?」
「魔物の中にもこちら側の生物にそっくりな物がいるし、もしかすると元々の根の部分は同じなのかもしれないな」
「それって凄く不思議。そういえば、昔、影の大地に調査に赴いたお父様とお兄さまが魔王の一族に出会った話を何度も強請ってよく聞いたけど、普通に言葉が通じたみたいだものね」
「精霊が介在してるせいで意思の疎通に差異は無いからな。認識の差は多少あるだろうが」
「魔物とかが群れを作らないのはそのせいなんだね、まぁ個体でこんなに苦労してるんだから、群れなんかで来られた日にはもう到底敵わなかっただろうから良いんだけどね」
「連中が共食いをしなければこんなに苦労はしないのだから、その考え方は意味が無いな」
「え?どういう事?」
「……なぁ、まさかとは思うが、俺の受けた教育よりもお前の受けたそれが劣るって事は無いよな?」
「うっ、悪かったわね、ちゃんと勉強が身についてなくって」
「ほう、自覚は一応ある訳か。良いだろう、その哀れな脳みそにも理解出来るように説明してやろう」
「くっ、……憎しみで人が殺せたら……」
「魔物も魔王の一族も、素の能力は俺たちより少し高い程度、といってもまぁ一般的な力の差として数倍はあるんだが、それでもその程度だ。だが、共食いによって、連中は相手の力をそのまま取り込む。つまりもし初期値が3倍だったとしても、共食いの度に6倍、9倍となっていく訳だ」
「えええええっ!?ちょっと待って、それってやばいじゃない、物凄く沢山食べてる相手に出会ったら私達なんか瞬殺って事?」
「確かに理屈ではそうなるが、そうは上手く行かないのが生物としての限界だ。連中の持っている精霊器官と俺たちのそれは実は大差無い。お前も魔物の解体は見たから知ってるだろう。家畜とそれ程違わなかったはずだ」
「そう言えば、そうね」
「つまり扱える精霊には限界があるという事だ。学者は、だから彼らは分化のような手段として子供を産むのだろうと言っていた。つまり過剰に摂取した力を放出する手段として子供を産む訳だ」
「それって親子関係はどうなるの?」
「連中に親子関係なんか無いよ」
「え?どういう事?」
「一度でも子連れの魔物を見た事があるか?影の大地の生物は子供を産むだけで育てはしないのさ」
「そんな、どうやって子供は育つのよ」
「……さあ?」
「さあ?って」
「見た人が居ないから分からない」
「そんな」
「気になるなら調べれば良いじゃないか?何なら影の大地に行ってみるか?案外お前なら平気かもしれないぞ、精霊酔い」
「えっ、あ、そうか、私は精霊取り込みの能力が無いから……何にでも取り柄はあるものね…って、嫌だからね!無理でしょ、普通に!」
「そうか?」
「一人で魔物と戦って勝てる訳ないでしょ!」
「お前のようなカリカリ娘はあっちから逃げ出すかもしれないぞ」
「カリカリ娘って何よ!」
「いつもカリカリ怒ってるから、カリカリ娘」
「いつも怒ってないわよ!あんたにだけよ!」
「それは光栄に思うべきなのかな?」
「あんたがそうやって、飄々と私をからかうからでしょうが!」
「友達の特権じゃないか」
「ううっ、何で私あの時あんたと友達になろうとしたりしたんだろう」
「俺が知る訳がない」
「くっ、そういえばあの時あんた庭の木の下でどんよりしてたんだったわね。なんとなく覚えてるわ」
「俺ははっきり覚えてる。なんだかちっこい生き物がちょこちょこ寄って来たんで、物珍しくて観察してたからな」
「3歳だったんだからちっこくて当たり前でしょ!」
「顔つきもどこか気の抜けた感じでぼやあっとしてたし」
「キリッとした3歳児なんか怖いわ!……くっ、もう良いわ、そんな事より明日は帰還祭なんだから準備しなくっちゃ」
「全くだ、いらん足止め食らった」
「あたしのせいなの?」
「それ以外の何があるんだ?」
「……庭で寝転がってたじゃない」
「一時休憩してただけだ」
「絶対サボってた。あんたいかにも涼しい顔して中身は不良なんだから。他人は騙せてもあたしは騙せないわよ」
「友達甲斐があるな」
「それって用法違うから、絶対」
「お前もサボってないで行くぞ」
「だからサボってたのはあんたでしょ!全く」
人々の生きる光源の地と魔物の生きる影の大地、この二つの土地が何をもってしてこのように分化したのかは未だ多くの謎が残る。
勢力の拡大を欲する多くの者が森を平らげ、更に影の大地までも進出せんと望んだ事は歴史上何度もあった。
その度に辺境の守護をする11の守族が力を合わせその野望を退けて来た。
「我ら影の大地にて生きるに能わず。多くを欲するは即ち滅びの道」
守護城主の筆頭の、そんな言葉が残されている。