Smokers.
1/
「火を貸してくれないかい?」
丸眼鏡の痩せた男が現れた。
仕事帰り、潰れてしまったタバコ屋前の小さなベンチ。
そこに座って居た俺に、あいつはそう話しかけてきた。
俺は安物のオイルライターを投げてやり、あいつはそれで"キセル"をふかした。
「珍しいものを吸ってるな」
俺が言うと
「僕はこれが好きなのさ」
あいつはライターを返しながらそう答えた。
夜、男が2人、一服つけた。
2/
「やあ」
「おう」
日も暮れた頃、あいつは大抵そこに居た。
同じベンチであいつはキセルを、俺はタバコを吸った。
あいつは無口な男だった。自分からは滅多に話さないから、話題を探すのはいつも俺の役目だった。
バイクの好きな男だった。いつも無口なあいつが、バイクの話になると、眼鏡の奥を輝かせた。
飽きるのはいつも俺が先で、「そろそろ引き上げようぜ」と言うと、あいつは残念そうに肩をすくめた。
3/
バイクの話以外はからっきしだったから、あいつの役目はもっぱら話を聞くことだった。
仕事の話。
恋人の話。
喜び、悲しみ、怒り。
あいつは文句も言わずに聞いてくれた。
むしろ誰かと話せることを喜んでいたようにも見えた。
そのせいか、人見知りな俺が自分のことをあいつには素直に話すことができた。
「今日は何を聞かせてくれるんだい?」
そう言ってあいつは俺に話をせがんだ。
4/
俺はあいつに名を尋ねなかった。
あいつも俺の名を訊かなかった。
だから俺はあいつをおまえと呼び、あいつは俺を君と呼んだ。
俺は時に缶コーヒーを投げてやった。
あいつは時にキセルを薦めてきた。
俺が話をした。
あいつは話を聞いた。
もう俺たちは友人だった。
5/
1ヶ月ほどたったころ、あいつは珍しく自分から話しを始めた。
「そろそろさよならしなくちゃならない」
「なんだよ、どこかへいくのか」
「ちょっと遠いところにね」
「…寂しくなるな」
「また必ず会えるさ」
「じゃあな…」
「さようなら」
あいつは最期にこう言った。
「いつか必ず行く場所で」
6/
翌日、仕事帰りのいつもの道で、あいつの姿は見あたらない。
俺は独りでタバコを吸った。
いつものベンチはやたら大きい。
女が一人現れて、「火を貸してくれ」と言ってきた。
安物のオイルライターを差し出すと、彼女もタバコを吸い始めた。
彼女は大きく紫煙を吹き出すと、持っていた花束を道に供えた。
俺は訊いた。
「どなたが亡くなったのですか?」
女は答えた。
「旦那がここで死んだのさ」
7/
一年前、バイク事故だったらしい。
彼女は吸っていたタバコを踏み消すと、タバコの箱をその場に供えた。
そして「バカなヤツだよ」と呟くと、振り返らずにその場を去った。
道には少しの花束と、"見覚えのあるキセル"が供えてあった。
――俺はオイルライターをその場に供え、いつものベンチを後にした。
それからそこには行っていない。
/了