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その通りだ。

『お父さまと同じくらい…?』


人魚はそのあまりのおおきさに、一族内で一番体格の良い父王と目の前の巨体を無意識に比べていた。


まっすぐに背を伸ばそうものなら、この部屋の天井を突き破ってしまうだろう。

その背を支える猛々しい身体は、前かがみに入ってきた姿勢のまま、頭を天井板にこすりつけながら部屋の中心へ近づいていった。


男は腕や背にあった荷物をテーブルへ置いて、肩や腕をグリグリとまわす。

「ふう。ん?」

回転する視界でやっと、そばに人がいることに気づいた。

数年もすれば成人であろうと思われる少女が、こちらを唖然として見上げている。

―いや、口をあけて固まっている、のほうがより表現としてふさわしいだろうか。


「おや?」


ズズイ、と少女の美しい顔にやぼったい自分のをよせて、じっと観察。


「うーん、見ない顔だなぁ。おじょーちゃん、もしかして…」

『な、なななっ!?』


おびえる人魚をよそに、右端だけ口元をあげる巨体はこう言った。


「薬売りのコレかい?」


聞かれた人魚は示されたサインに先ほどとは別の意味で固まる。城にいたとき、たまたまメイドたちの会話で見聞きしたことのあるサイン。意味は…


「恋人かい?」

『え?え!?』


声を出せないから、この男に名を前聞くこともできないし、だれの恋人と勘違いしているのかもわからない。否定もできない。

『どどうしよう…』



「おはよう。」


パニックになった人魚の頭上から、アルトとテノールの中間くらいの声が聞こえた。すぐに、頭にのしっとなにかが乗ってくる。

突然現れたその人が、人魚の頭頂部にあごを乗せてきたのだ。


「おお、薬売り~お前もスミにおけないねぇ。」

「は?」


人魚は大男が自分の斜め上にあわせる視線で、そのように―トーテムポールのようになっていることを理解した。


『…こんなこと、されたのは姉さまたちくらいよ。というかバランスが…』


華奢な体が重みに耐えられず前かがみに傾いていく。


『うしろの人、気づいて…』


そのときやっと、人魚にのしかかってきた人物が動いた。抱きついた状態で、後方に重心を移動させて人魚を支えるかたちにする。

ほっと胸をなでおろした人魚。しかし憎まれ口を叩かずにはいられない。たとえ聞こえなくとも。


『離れてくれたら解決するのに。』


クスリ、と耳元で笑い声が漏れた。


「おい、薬売り。」

「…ああ、すまないゲオルグ。この子は親戚の娘だよ。薬生成の技術を身につけたいらしい。」


『えっ!?』

人魚は目をおおきく開いた。ここには、声を取り戻すために来ている。薬の技術どころか知識さえ持っていないし興味もない。それに、そんな話、魔法使いから聞かされていない。



ハンマーで軽く叩いたら金属音が響きそうなほど、カチコチになってしまった人魚をおいて、2人の会話は続く。


「嘘つくなよ、薬売り」

「なぜ嘘だと思う。」

「んなもん、そのひっつきかたが異常だからに決まっとる!」

「これは虫よけだ。娘の家族に釘を刺されててな。こんな巨大な虫がついたら、親御さんから恨まれる。」

「おれは奥さんひとすじ…ダッ!!」


意味もなく胸をはろうとした、ゲオルグと呼ばれた大男は、天井と衝突しゴンッと鈍い音を響かせた。


「…頼むから、壊さないでくれよ。宿がなくなる。」

「イテテ。そういえば、じょーちゃん、名前は?」


大男はぶつけたところをなでさすりながら、思い出したように銀髪の少女に聞く。

聞かれた人魚はまだ固まったまま。


「…来て早々、風邪をひいて喉を痛めてしまってね。しばらく話せないんだ。」


薬売りという者がかわりに答える。同時に、人魚の背後から手をまわし、甲の部分を彼女の額に当てた。熱は引いたみたいだな、という安堵したようなつぶやきが落ちると、それはすぐに離れていった。


「自分で名乗りたいと言っていたから、しばらく待ってやってくれ。」

「そうか。」

「ということで、またしばらく世話になる。いつも突然ですまない。…姉も相変わらずで、申し訳ない。」

「いいってことよ!またつわりの薬を頼むかもしれんしな。」

「ほう。坊主に弟妹ができるのか。おめでとう、ゲオルグ。」

「ありがとう!じゃあまたな」


嬉しそうに答えたゲオルグは、また独特の足音を立てて帰っていった。




『…は!?』


人魚がようやっと我に返ったのは、その頃である。

少し細いが筋肉質な腕の拘束をなんとか解かせ、人魚は見上げる。


うしろ一つにまとめた、波打つ黒髪からのぞく中世的な容貌は見たことがない。

しかし、けだるい雰囲気や艶のある声、緑色をした瞳は記憶にある。


『まさか…魔法使いなの?』

「その通りだ。」


寝起きのせいなのか、少々緩慢な動きで調理台にむかいながら薬売り―魔法使いは喜色満面の顔を人魚のほうへひねる。


『それ…』


わずかに震える指で、人魚は魔法使いの着ているものを指さす。それは夜、目したような重く上品なドレスではなかった。野外で働く男が着るような粗末なものだ。


「まず朝食にしようか。腹が減った。」



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