のど乾いた。
木の葉越しの柔らかな日差しに包まれた、古ぼけた一軒家。
ほとんどを木で建てられているその家の、いくつかある部屋のなかでも朝日が最もよく当る部屋に、
もぞもぞと動く一つのかたまりがあった。
「スー…スー」
簡素な寝台で、毛布の隙間から麗しい顔をのぞかせて寝息を立てている。
かたまりの正体は、人魚が心地よさそうに毛布を体に巻きつけて丸まっている姿だった。
「んん。」
寝返りをうち、向きを変える。
さっきまでの位置には、大樹の幅広い幹や葉、カーテンの隙間をすり抜けた強い光線があたっていた。意識が夢の中にあっても、まぶしさを感じて日陰のほうに移動したのだろう。
そんな目覚めの前、突然、人魚に変化が起きる。
「うっ!」
苦しげに眉間のしわをよせて、身体が小刻みに震え
「ふっ…くっ…!」
呼吸も荒く乱れていき、息がとまった。
直後、人魚の目がカッと開かれる。
「ゲホケホッ。はぁ、はぁ…」
紺よりも暗いあおいろの瞳には、生理的なものと感情的なもの、両方が混ざった涙がたまっていた。
『…夢?…でも、ここは…』
混濁した意識から浮上した人魚は、あたりを不思議な面持ちで見まわす。
城でつかっていたものより粗末な寝台、簡素な家具、ひかえめな調度品。
外からは鳥のさえずりや木のざわめきが聞こえてくる。
『そうだ…』
人魚は一夜の出来事を思い出した。
王子をどうしても殺せなくて、全てに別れを告げたとき現れた不思議な人に止められたこと。
その魔法使いと名乗る人物に、ここまで連れてこられたことを。
『そっか。私まだ…』
生きているのか。
わずかな安らぎと渦のようなむなしさに、力が抜けていく。
―どうしても、話がしたかった。
王子だけじゃない。陸の生きものたちと。海のみんなが褒めてくれる、歌を披露したかった。
だから、黒いドレスを着て顔を隠した怪しい魔法使いについてきた。
けれど。本当に、これでよかったのだろうか。
『…のどかわいた。』
急に渇きを覚えて、卓上にある水差しに手を伸ばす。そこには一滴も残っていない。
惑う思考をいったん止めて、起きることにした。
身体を起こして支度を整えてから、扉を開けて部屋を出る。
『まほうつかーい、みずー』
ふらつく体でつたい歩くと、魔法使いと話したテーブルが見えてくる。
物音は聞こえず、姿も見えない。
まだ起きていないのか…
『そういえば、もう声は出せるのよね。』
魔法使いが昨夜入っていった部屋の扉をコンコンと叩き、呼びかける。
「あぉ…ぅっあ…ぃ?」
『あれ?』
人間になるための、あの焼けるような薬を飲んだあとのように声が出せない。
口を閉じても喉の奥がヒリヒリする。これでは魔法使いを起こすことはできない。
『…こっちの扉から、薬といっしょに持って来ていたのよね。』
仕方なく、自力で探しだすことにして、ふらふらと扉のない部屋に近づいていく。
おそるおそる入ってみると、そこは調理場のようなところだった。
『これかしら』
液体が入った水差しより大きい瓶を見つけた。鼻を近づける。
『少し薬の匂いがするけど、大丈夫、よね?』
瓶の底にわずかに残っていた液体を、近くのコップに移して口に含む。
「…はぁ。」
体じゅうに広がり、満たされていく。
そのみずに体を浸すような気持ちよさに、自分の故郷を思い出してしまう。
『会いたいなぁ。』
一時は永久の別れを決意したくせに、家族が急に恋しく感じる。
『あんなにかたく決めていたのに。意志が弱いのね、わたし。』
とそのとき、
ドカ、ドカ、ドカという豪快な音が耳に入ってきた。
『なんの音だろう?』
それは人魚がいる部屋に近づいていき、ついに扉の向こうまできた。
そして人魚が入ってきた反対側にあるその扉が壊れそうなくらい乱暴に開けられる。
「薬売り、おはよう!今日も新鮮な野菜持ってきたぞ!!」
怒鳴り声に近い声でどこか嬉しそうに入ってきた人は、巨大な体をしていた。




