幕間1:後編
「―我が国に嫁いだ、隣国の姫はご無事だ。
そちらではなく、王子がかわいがっていた女性がいたのを覚えているか?」
宰相が王子の行動に注視しながら話しだす。
「ああ、あの美人な踊り子さん。」
吟遊詩人が前に城へ立ち寄ったとき、王子が嬉々として紹介してきたのを思い出した。
すると突然、王子は怒りだした。
「踊り子ではない!彼女はもっと、高貴で麗しい」
語る瞳はあのときのように、きらきらと輝きをとり戻す。
「華のような…そう、白ユリのような、私の妹…」
そして流星が流れ去った夜空のように、光沢をなくしていった。
「彼女はそうは思ってなかったみたいだけど。」
宰相に不思議そうな顔をされ、なんでもない、と続きをうながす。
「なんでもない。で?」
婚礼の翌日。かの美しいひとの姿が見えなくなっていた。
状況からして、海に飛びこんだとしか思えなかった。
あたりを何回かさらってみたのだが、彼女が身に着けていた物ひとつ、見つからない。
王たちは、できることなら続けたかった。
しかし不確実な捜索を、これ以上従者や手伝ってくれた漁師たちにさせるわけにはいかない。
彼らの仕事により、領地は繁栄してきたのだ。
負担をふやして彼らの本来の仕事ができなくなるのは避けるべきであった。
王や宰相たちは、泣く泣く捜索を打ち切る。
だが、王子はあきらめたくなかった。
来る日も来る日も、あのうつくしい彼女と、はじめて出会ったあの場所へ向かう。
「王もわたしも、王子が気のすむまで、と思ったのだが。」
「だが?」
「ここの海を知っているだろう?」
海神か、魔物でも住んでいるのか。城から挑める海は、何の前ぶれもなく荒れることがある。
それがときとして船をおおきくゆらし、転覆させる。
王子は昨日、その荒れてきた海に飛び込もうとした。
幸いにも侍従が見つけて止めることができたけれど。
「無茶だろ。」
そう話している間にも、王子はふらふらと、どこかへ向かおうとする。
「王子の誕生日、助かったのは本当に奇跡だと、そう申し上げているのに…。」
肩を落とす宰相は、その場で吟遊詩人に別れを告げて、
王子を部屋へ押しこめにいくのだった。
ここに、カラスが一羽いる。
首をコキコキ、気だるくあちこちに動かしながら
なにやらブツブツ言っている。
「ウェ、これだから人間ってやつぁ。
なんでこんなシチメンドくせぇかなぁ。ハアァ。」
こんどは体全体をぷくうと膨らましたり、しぼませたりと、
かれ流の『準備運動』をしはじめた。
「こんな人間になりたいって?本気で言ってんのかね、あのおひいさんは。」
カラスは最後に羽をひろげると、まだブツブツいいながら
すうっと、飛び立っていった。