幕間1:前編
※魔法使いと人魚は出てきません。ご注意。
朝日があたりを照らす。
鳥たちは翼をひろげ、一日の始まりを知らせにゆく。
「宰相さま、おはようございます。」
「おはよう。」
支度を始めたメイドたちとすれ違うたびに、あいさつを交わして城へと向かう。
こんな気持ちいい朝は、この土地ではめったにない。
――それなのに。
人々の動きはにぶい。
王子の婚礼が行われたばかりだというのに。
疲れ果てた様子の洗濯女、掃除婦、料理人…
彼らをこっそりのぞかなくても、この城にどんよりした空気が漂っているのがわかる。
だが土地がやせているわけではない。
食料、住まい、衣服
どれをとっても、ぜいたくではないが困りはしない程度にある。
城に活気がないのは、別の理由だ。
「無理もないか。」
彼らの灯を、見失ったのだから。
「やあ、宰相さん。」
黒のスカーフに濃いこげ茶のマント。
光によっては全身まっくろに見える男が、反対側から歩いて来た。
「…吟遊詩人どの…」
首に巻いたスカーフ全体に星模様がすかしてあるのを認め、宰相はそう呼んだ。
格好は吟遊詩人のイメージとはかけ離れているが、かれの詩はいきいきと美しい。
その語り口は、この国の冒険好きな王子をも心酔させるほどの腕前だ。
「どうしたんだこれ。みんな葬式みたいになっちまって。」
彼も城の様子には気づいたらしく、会って早々に聞いてくる。
「葬式…」
宰相は口のはしから、息を漏らしす。
「ある意味、もっと悪いかもしれない。」
それさえも許してくれない貴いひとについて思い出し、宰相の胃はキリキリしてくる。
「?」
吟遊詩人は不思議そうに首をかしげたとき、
ちょうどそこに何かが通りかかった。
「おや王子。」
「…あ…」
声のしたほうをおそるおそる振り返って、宰相はああやっぱり、とため息をつく。
だれもがほめたたえたつややかな髪はぼさぼさ、
黒曜石のような目は腫れあがったまぶたにおおわれている
王子らしからぬ人物がそこにいた。
「どうした、王子さま?新婚じゃなかったんかい。」
ひやかしにきたのに。
吟遊詩人の態度からは、そう思っていることがはっきりわかる。
しかし王子は
「しんこん…」
新しい言葉を覚える子どものようにたどたどしく返す。
そして、
「そうだ…私が結婚などしなければ…船に乗せなければ…」
肩に重いものがのったようにかくり、と前に傾く王子。
「みつからないんだ…彼女の遺体も、身に着けていた物も…」
地を這うような声音で話されることからなんとなくわかるのは、
だれかが死んだ、ということ。
「ってまさか奥さんが!?」
「奥さん?…」
はぁ。
宰相が重々しい息を吐きだした。
「あなたのお妃のことですよ。王子。」
そして吟遊詩人へ顔を向ける。
どうやら、彼がかわりに説明することにしたようだ。