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見つめる。

『u…』


―ユ…ィ―

王子の声が響いた。はっとしてあたりを見渡すが、王子はいない。

空耳…


いるわけない。


人魚がいなくなったことさえ知らないはずだ。

夜はまだ、明けていないのだから。


『―あなたの名前を聞いていないのに、わたしは教えないといけないの?』


ふんっ、とそっぽを向く人魚。


「……()が呼んでもらいたいのでいいさ。

海のほうは、なくても連絡はとれるからな。明日までに考えておいてくれ。」


魔法使いはつまらなそうに唇をひねった。

その人はベールを取ったのに、髪に隠れて顔が見えない。

唇のまわりで感情を読み取るしかないようだ。



「――では、ここにいる間の注意事項だ。」


突然、人魚のあごをグイとつかんで目をあわせてくる。

ドレスがめくれるのも気にせずにテーブルに片膝を乗せるそのさまは

まるで、脅しをする盗賊のよう。


「陸では別の名を名乗ったほうがいいだろう。

きみは陸の人たちと面識があっても、声をかけないことだ。

その後どうなるかは保証しない。」


どうしてだろう。

人魚は青色の瞳を見つめる。

それに、


『そうは言っても、私は話すことができないんだし。』


話せるようになるとしても、人間になるときに飲んだのは強力な薬だったのだ。

まだ気にしなくてもいいのではないか?


「ああ。そうだった。」


何かを思い出したように床に降りると、先ほど運んできたものを近くに引き寄せる。

そして薬瓶に、カップ一杯の湯をそそぐ。

細長い棒でしばらくかき混ぜると、液体が発光しだした。


『うわぁ。』


部屋よりも明るくなった液体は、人魚の顔を昼のように照らす。

彼女は光に遠い故郷を重ね、想う。


やがて瓶は明度を失う。

混ぜていた棒を浮かせると、粘性のものがゆっくりと瓶の中へ戻っていった。



「試しにこれを飲んでみてくれ。」


魔法使いからカップに注いだそれをずい、と押しつけられた。

こわごわソレを口に含む。


『え…熱い』


人間の足を得る薬と同じくらいの熱さではあったが、

あの時ほどつよい願望のない人魚は、とても飲める気がしない。


「口移しで飲まされたくなければ、自力で全部、飲むんだな。」


「っっっじょせいど…けほ!?」


耳朶(じだ)をうつ自分の声にハッとする。

こんなにはやく、効くものなの…?

一方、魔法使いはそんな人魚の驚きは意に介さず、満足そうにうなずいている。


「うむ。もう少し強めでも良さそうだな。」


「じょうだんっっ」


「もうしゃべるな。しばらく飲み続けなければ、効果が得られなくなる。

毎日定時刻に同じ量を飲むように。わかったな。」


瓶とあごを固定されて、残りを流しこんでいく。


「なっっ…ケホッ『ちょっと!』


「よし、飲んだな。さて寝よう。今日はよく動いたし、熟睡できるぞ。」


その人は抗議が聴こえなかったかのように、軽く伸びをしながら椅子を立った。


『ね!え!』


「君は右の部屋だ。おやすみ。」


黒いドレスをひるがえし、一人は自室に消える。残ったほうは呆然と立ち尽くしていた。


『…こんなの飲めないってば…』


空になった瓶をつつき、ひとり(なげ)くのは

ご察しのとおり。

命を救われた―否、強引に拾われた― 人魚。である。


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