魔法使い。
連れてこられた場所は、どこかの室内のようだった。
『箒で飛ぶんじゃないのね。ええと…』
「とりあえずは魔法使いとでも呼んでくれ。
―あんな非効率的なもの、使う気にもなれん。呪文なら、一瞬で済むだろう?」
質問の意図を理解した魔法使いが、ニヤリと笑う。
と、その人が何にも触れていないのに、部屋が明るくなった。
これも魔法のひとつだろうか。
不思議そうに、天井、部屋のなかを見渡す人魚。
魔法使いと名乗った人は、人魚を置いて、あわただしく奥へ入って行った。
『ずいぶん、ぼろぼろね。』
「いつ何時、何があるかわからないからな。
金は貯め、なるべく安いところに住まうに限る。」
奥から答えが返ってくる。
声をはりあげていない。
隣の部屋も、この部屋同様、そんなに広くはないようだ。
しばらくして、
魔法使いは薬瓶と湯気の立ったポット、カップを手に、元の部屋に戻ってきた。
「ああ、言い忘れていた。お前を預かっていると伝えてある。」
『え!王子に!?』
王子は人魚を可愛がってくれていた。
いきなりいなくなった人魚を心配するだろう。
それを考えると教えるべきだろうが…
ベールとコートを脱ぎながら、あきれたようにその人は言う。
「馬鹿か。海のご家族のほうだよ。
陸側は頭が固い奴ばかりだ、伝えたら私の首が危ない。」
『…そう。』
人魚はそれを聞いて、ホッとしたような残念なような、複雑な心境になる。
「そう言えば、名前を聞いていなかったな。」
そんな彼女の様子を気にせず、思い出したように聞く魔法使い。
ベールから現れた黒髪を流し、自然のままに垂れさせた。
人魚の銀とは違った色だが、それに劣らぬ艶やかさだった。