さよなら。
『どうして助けたの。』
「助かると言うのに、身を投げる馬鹿が面白いからだよ。
ますます気に入った。そんなものを逃したら、夢にまで見て後悔しそうだ。」
楽しそうに、そう話しながら腕をつかんだ人魚を小脇に抱え直す。
『な…!人を物扱いするなんて!』
「『もの』は品物ではなく他者の『者』のほうだ。物扱いなどしていない。
しかし、君は人か?自意識過剰も甚だしいのではないか?」
ほんのわずかしか人間として過ごしていないだろうに。
おいしいスイーツや食堂の暖かい飯を腹一杯食べたか?
丘から一気に駆け降りたことは?
下町の祭りにすら出ていないだろう。
ずっと、建物の中で。
『それは…!』
この人のいうことは、正しい。
だけど、仕方なかったのだ。
人魚がうまく歩けないのを見て、
王子が心配して外へ出そうとしなかったのだから。
落ち込む人魚を無視し、その人は話を続ける。
「お前は籠の中の鳥、いや水槽の中の魚だということだよ。」
『・・・あなたがそこへ連れていってくれるというの?』
「いや?だが、それを可能にする手段や知識をお前に与えよう。」
近くの城壁の上に人魚を座らせ、自分も隣へ腰を下ろす。
そして人魚を見つめると、再び問うた。
「どうする――と言っても、
身投げしようものなら先ほどと同じく全力で止めさせてもらうがな。」
『そんなこと言ったら、あなたについていくしかないじゃない!』
人魚の叫びに、
にやり。と口元をゆがめた。
「決まったな。
では、こちらへ。」
ふたりは、城内を後にした。
立ち去る時、人魚の頭にふと浮かんだのは
王子のほがらかな顔と、腕のぬくもりだった。
さよなら。