にちじょうもの
ユノの朝は忙しい。
朝早く起きて近くの共同の井戸から水を汲み、泡だらけにしながら洗濯をすると太陽が昇る頃合いになる。
洗濯ヒモを木々の間にかけて洗濯物を干すと家からいいにおいがしてくる。メアリが朝ごはんの準備をしているのだ。
ユノは洗濯物を入れていたユノの胴ほどもあるバスケットを持ち上げ、家の中に入って行った。
台所ではメアリが竈でことこととスープを煮込んでいた。竈の中では炎が勢いよく燃えていて水の冷たさに慣れた手にはいささか厳しい。
今日のスープはユノの大好きなツラという白身魚が入ったものだ。パンに挟んで食べるとスープがパンにしみ込んでとても美味しいのだ。
もうすぐできるわよというメアリの言葉を受け、ユノは双子を起こすために二階へ階段を駆け上って行った。
「ほら、シュリン起きなさい!ノリンも!」
「うーやだー・・・いてぇ!ねえちゃんのばかー」
「むー・・・」
布団にしがみつくシュリンをベットからたたき落とし、眠い目をこするノリンには水差しから冷たい水を渡してやる。起きぬけに冷たい水はちょうどいい眠気覚ましになるのだ。
んくんく、と喉を鳴らして水を飲むノリンを見て俺も飲む―と騒ぐシュリン。
はいはいとまた水差しから水を注ぎ、シュリンに渡してやる。
並んで水を飲む双子を急かし、一階の食堂へと降りていく。
ここまできてやっとユノは朝食にありつけるのだ。
「あ、ユノ、ちょっとお使い行ってほしいんだけど」
「いいけど、余分に買ってきてもいい?隣に分けたくて」
食器を片づけているとメアリから買い物を頼まれたユノは急いでメモと財布をつかんでドアを開けた。
「お、ユノじゃん。何?買い物?」
「そう、いきなり母さんに頼まれちゃって。ここで最後なんだけど」
パン屋の看板娘ならぬ息子のミリスに声を掛けられたユノは苦笑して見せた。
二人の関係を表すのなら幼馴染とでも言おうか。とはいえ向こうの方が少々年上なのだがまあそれも一年の差だ。
ふうんと気のない様子でもカウンターから出て必要なだけパンを取ってくれるのはユノにとって有難かった。
何しろ今腕は荷物でいっぱいでどうにもパンを載せるトレーまで持ち上がりそうになかったからだ。
レオンを連れてくればよかったと呟くユノの心の中を知らずミリスはふと話を変えた。
「そういえば前連れてきてたあのなんか顔見えない奴・・・なんだっけ」
「ん?レオンのこと?」
思いかけず出てきたレオンの話題にユノはきょとんとさせた。そうそう、とミリスが相槌を打つ。小さな声で犬?と呟かれたような気がしたがユノは聞こえないふりをした。
「あんな奴いたっけ?見おぼえないんだけど。っていうかあの後からよくうちにくるんだけど」
「ああ、最近近所で暮らし始めたの。 あの時はちょっと道案内みたいなもんで」
「嘘つけ。完全に荷物持ちだったろ」
「・・・はい」
問い詰めるようにたたみかけるミリスの言葉にユノは肯定するしかなかった。
へこたれずへへーと笑うユノにミリスははあとため息をつくとさっさとカウンターに戻ってパンを袋に包み始める。
「はい。全部で2300ピレね」
「あ、ちょっとまって」
わたわたと財布を取り出して銀貨2枚と銅貨3枚を取り出そうとしているユノ。それをミリスは行儀悪く頬杖をついて見る。この時間客は少なく、ユノが多少もたついても問題はなかった。
どうにか財布を手提げから引っ張り出して硬貨を出しているユノを見ていた緑色の目がふと後ろへと注がれる。
「あれ?そこにいんのノクス兄じゃね?」
「へ?」
硬貨を渡してパンを抱えたユノが後ろを振り向くとガラス戸の向こうでノックしつつ笑っている青年が見えた。
短い栗色の髪を整え、灰白色の軍服を着て青い目を悪戯っぽく細めるその人は確かにメリクリス家の長男であり、ユノの兄でもあるノクス=メリクリスだった。
補足:
金貨=10000ピレ
銀貨=1000ピレ
銅貨=100ピレ
紙幣=1~99ピレ
というのがこの国の貨幣事情です。