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ひととけもの  作者: 亀山
にちじょう編
8/28

わすれもの


「こんにちはー・・・?」


なんかいつもと違う。いつものように館の扉を開けたユノは違和感に首を傾げた。

そして本だらけの部屋に入ってディアンの後ろ姿を見つけるとその原因に気づいた。


「あれ?ディアン、レオンは?」


館に来るとにっこりと笑ってバスケットを持ってくれるレオンが来ない。

来ないときは大抵この部屋でディアンを議論を交わしていてその声が扉を閉じていても聞こえるほどなのだが、その声も聞こえない。

本に没頭しているのかと思えば部屋のどこにもレオンはいない。

こちらに後ろを向けていたディアンはもぞりと動いてユノを確認するとまた本へと戻る。


「ああ、犬か」

「犬って・・・」


確かにその名前を付けたのはユノだが、さすがにそんな風に言われると可哀想だ。

それに犬につけることの多い名前ではあるが、もともとの意味は『勇敢な・猛々しい』である。

ユノの視線に非難の色が含まれたのを感じたのか、ディアンは冗談だ、と何でもなさそうに言った。


「レオンなら材料が足りないとかで買い物に出かけた。古本屋にも寄って行くともいってたな」

「ふぅん・・・じゃあ遅くなりそうね」


ユノはほこり臭い部屋の空気に顔をしかめ、つかつかと窓へと歩み寄る。

その動作に何か気づくものがあったのか、ディアンは自分の近くにあった本をおもむろにもって移動を始めた。

ユノがカーテンと窓を解き放って後ろを見るとディアンは窓から入ってくる光と新鮮な空気を逃れるような場所に腰を納めていた。そこまで行くのに躓いたのか本の山がいくつか崩れ、当の本人はそんなこと知るかと言わんばかりに本とにらめっこをしている。


ユノは相変わらずなディアンにふうと息をつくと自分も暇つぶし用にその辺に落ちている本を手に取る。そしていつの間にかユノ専用になりつつある長椅子へと近づいてすとんと腰を下ろして本を開いた。

本の題名は『けものにおける食物の由来』・・・なんのことだか。


レオンが来る前となんら変わらない風景。まるでレオンはここに最初からいなかったみたいだ。

もし私がここに来なくなってもこの男はまるで変わらないんだろうな、とユノはぼんやりと考えた。

食べ物の確保には苦労しそうだが、ディアンなら何とかしそうだ。ユノが来る前でも一人でこの館に住んでいたのだから。


日の光と空気は睡魔をおびき寄せる。ユノはなんとか眠気と戦おうとしたが、徐々に落ちていく瞼はどうやら理性よりも本能の味方をしたらしい。ユノはおとなしく白旗を上げ、長椅子に横になって体を小さく丸めた。






ディアンには記憶がない。少なくともこの館に来る以前のものは。


それからは長いこと外に出ず本を読んできた。

この中に自分の記憶の手がかりがあると信じて、長いこと光にも当たらずにただ読んでいた。

途中から話を解いていくのが趣味のようになってしまったが、自分の記憶のことが最優先なのには変わりはない。

読んで、読んで、読み続けて一体どれだけの時が経ったのか。

外の景色がわからない以上知る術はない。


ある日のことガチャンと窓ガラスが割れた音がした。そしてすこししてぎぃと館の扉を開く音。

気になって音が鳴った場所に行くと転がっていたボールと柔らかい髪を持った少女。


自分と同じ種類の生き物がいる。

そのことにディアンは怯え、そして威嚇した。


「消えろ」

きえてしまえ、おれのまえから



それから全く訪問者などいなかったこの館に毎日小さな影が現れるようになった。

小さな影はディアンにどんなに脅されても来ない日はなかった。

どんなに寒い日も、暑い日も足しげく通ってきた。


ディアンは慣れ合うつもりはなかった。興味を抱くつもりもなかった。

少女がいずれいなくなってもいいと思っていた。むしろいなくなれと思っていた。


でも






手の中の本を読み終わり、ディアンはおもむろに近くの本を漁った。が目当ての本は見つからない。

さっきまでいた位置まで戻ってじっと本にまみれた床を見つめるが、そこにも本はなく、軽く眉間にしわを寄せるとふと長椅子で眠るユノを見た。その手には『けものにおける食物の由来』


ディアンはのこのこと長椅子の傍まで行き、だらりと弛緩したユノの腕から本を奪ってそのままそこでページをめくる。そして何かに気づいたようにユノの寝顔を見る。

目を閉じてすうすうと息をするその姿は安心しきっていてディアンは眉をひそめた。

ゆっくりとユノを起こさないように立ち上がると自分の寝室へ繋がる扉を開く。戻ってきた腕の中にあるのは毛布。

それをそろりとユノに掛けると自分はその横に座り、肌触りのいいユノのくるりと柔らかい髪を手の中で弄ぶ。

たまにこうしてユノの髪で遊んでいるのだ。休憩代わりにちょうどいい、とディアンはそのまま長椅子に体を預ける。

そのままディアンは睡魔に襲われ、手の中の本がこてんと床に落ちた。






「ただいまかえりまシター。ディアンサン、待たせてすいまセン!すぐごはんにしますカラ・・・アレ?」


扉を開けたレオンは姿の見えないディアンに首を傾げた。いつもなら顔ぐらい合わせてくれるはずだ。

もしかして遅すぎて怒らせてしまったか。レオンは焦って室内を見まわした。

すると二人分の寝息が聞こえ、レオンは笑みをこぼした。


長椅子に丸まって眠るユノにそれに寄りかかるディアン。


心底幸せそうな二人を起こすのは忍びなく、レオンは夕日の差し込む窓とカーテンを閉めるとそっと扉を閉じた。






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