おかいもの
隣家に新たな住人が増えてから数日後、またユノは隣の館の門の前に立っていた。
その手にはいつものバスケットはない。今日は食べ物を届けに来たわけではないのだ。
「あ、ユノさんコンニチハー」
玄関の埃を掃いていたレオンがユノを見つけてにっこりと口元をほころばせた。
ユノも釣られてへらりと笑う。
「今日もありがとうございマス・・・ってアレ?」
ユノの手にバスケットがないことに今さら気づいたらしいレオンは小首をかしげる。
とハッと息を飲み、おそるおそる口を開く。
「ま、マサカ・・・ついにディアンさんに愛想を尽かシテ・・・・・・!!?ごめんなサイ、俺今一文無しなので二人分の食べ物を工面することはどうニモ・・・後生ですからせめて職ガ見つかるまで食べ物だけは恵んでくれまセンカ・・・・・・!!!?」
「ま、まって揺らさないで目が回るっ!」
生活がかかっているためか、必死な表情で肩を揺すぶるレオンにユノは慌てて押しとどめる。
「ち、違うの。 今日は確かに食べ物持ってないけどあげないってわけじゃないの」
「? じゃあどうして・・・」
?マークを頭に浮かべるレオンにユノはディアンはどこ?と聞いた。
先日、ディアンを外に出すという目的は一応達成された。
しかし、ユノとしてはさらにその上の段階まで行きたい。
そう、例えば。
「ねえ、お買いもの行かない?」
「断る」
即座に後ろ姿で拒否されたが、そんなことでユノがめげると思うてか。さらに食い下がる。
「ほら、昼じゃないと手に入らない食べ物とかあるし。 野菜も新鮮なものがいっぱいあるよー ミルクもあるよー 」
「う・・・」
ちょっと反応した。ユノはほくそ笑んだ。気分は猛獣を餌で釣る調教師である。
ほーらほーらと肉を目の前で振りかざしてやり、火の輪をくぐらせようとしているのだ。じっとりと汗が額ににじむ。
6年ここに通い続けてユノにはわかってきたことがある。この男は実は欲望に非常に弱い。
特に一番強いのは知識欲でその次に睡眠欲。その次くらいに食欲がある。
さらになぜかディアンは野菜とミルクが大好物なのだ。ユノがここにずっとこれたのはこの二つを持ってきていたからという理由も大きいだろう。・・・悲しいことに。
というかどう見ても成人済みの男の好物が野菜とミルクとは何事だ。
少々物悲しくなりながらユノは必死にディアンを誘う。
だがしかしこの猛獣は食欲よりも知識欲の方が勝っていたらしい。
「・・・・・・昼間に外に出るのは嫌だ。それにこの本の意見がなかなかに興味深くてな・・・。 そうだ、レオンを連れていけ。金ならそこの引き出しに入ってるから持っていけばいい」
それだけ言うと本のとりこになっている猛獣は餌に食いつこうとはしなかった。
「・・・・・・失敗したわ・・・・・・」
「まぁマァ。お金はあるんデスシ、お買い物を楽しみまショウ」
うなだれるユノにレオンは慰める。
二人並んで街の店が並ぶ通りに出たところだ。
「なによ・・・食べ物がなくっちゃ生きていけないのよ・・・本なんて読めないのよ・・・」
「そうですネェ・・・あ、ユノサン、このニンジン安いデスヨ!1本60ピレなんて破格の勢いデス!」(※ピレ お金の単位 1ピレ=1円)
「あらやだ本当! ねえ、おじさんいいの?こんなに安くして」
「いいのいいの。 こいつ豊作だからってひいきの農家に押し付けらちまってなぁ・・・1本なんて言わず10本で500ピレでもいいぞ?」
「やだおじさんかっこいい!」
「ヨッ!太っ腹!で、これ2つとあれ2つさらにそれも入れて1000ピレ払いますけどいいデスカ?」
「おっ兄ちゃんなかなかやるねぇ・・・いいぞ持っていけ!!」
「ありがとうございマス!」
がっはっはと豪快に笑う青物屋の主人にレオンは笑顔で頭を下げる。
にこやかに品物を入れた袋を奥さんから受け取ったユノはさっきの不機嫌はどこに言ったのやら、張り切ってパン屋の方角へ足を向けたのだった。
「いっぱい買いましたネェ・・・」
「そうね・・・さすがにこれは買いすぎたかも・・・」
「あ、でもこれぐらいだったら俺持てマスヨ?」
「え?そう?」
まあ一応男ですし・・・と笑うレオン。今二人がいるのは通りの端にあるミルク屋だ。
ふぇーと声をあげるユノ。
「私とあまり歳変わらないみたいなのにすごいねぇ」
「歳が変わらない・・・ッテ?」
「え?レオン16歳じゃないの? 私14歳だけど」
「・・・・・・・・・」
口を開閉していたレオンだったが、しばらく頭を抱え、唸るような低い声で何かをつぶやいた。
ユノはその言葉を聞き取れず、というよりまるで知らない言語だったため、ただ首を傾げていたがやがて何かをあきらめたようにレオンが言った。
「俺・・・19歳デスヨ・・・・・・」
「・・・・・・え?・・・・・・は?」
思ってもみなかった事実にユノはただ口をあけていることしかできなかった。