であうもの
ちなみにひととけものはお届けもののようなアクセントで読んでもらえたら嬉しいです
道端に倒れていた人は本当にボロボロだった。
伸び放題の髪はあちこちに泥がこびりつき、草木の枝を引っ掛けていた。体は泥水を頭からかぶって砂漠にでも飛び込んできたのかと思うほど汚れていて、衣服はもはやただの使い古した雑巾当然。
荷物は誰かに取られたのか、見当たらなかった。正直ぜーぜーと彼が荒い息をしていなかったら死体と間違えていた。それほどひどい有様だったのだ。
ユノが慌てて家族へ知らせなかったら彼の命はそこでつき果てただろう。
彼は三日間生死の境を彷徨い、意識が戻るまでさらに三日かかった。意識が戻った時点で彼は家から出ようとしたのだが、メリクリス家のにこやかな鬼メアリ=メリクリス・・・つまりユノの母によって押し戻されたのだ。
いつもゆるゆるとしている母が、あれほどの殺気を放ったのはかつて父の浮気疑惑が出たとき以来だと後にメリクリス家の子どもたちは話し合った。彼女は怪我人と病人と父には容赦しないのだ。
それはともかくまた一週間ほど体力が回復するまでメリクリス家にとどまることになった彼は苦笑してよろしくお願いします、とベットの上から頭を下げた。
「あ」
彼のベットの隣でミレの実(※消化しやすく栄養のある果物 病人食として定番)を剥いていたユノはここ最近のことを思いついて思わず声をあげた。どうしたんデスカ、とベットの上から彼が怪訝に尋ねる。
他の国からきたのだという彼は言葉が若干不自由だ。さらにこの国での名前がまだないらしく、じゃあ私が考えてあげるとユノが安請け合いをしたのがついさっきのことだった。
いまだ心配そうにユノをみる彼に何でもないと頭を振ってユノは心の中で呟いた。
私最近ディアンにあってない。
そう考えるとディアンが一人でいることに不安を感じた。だが彼なら何もしなくても生きているという確信があるので大丈夫のはずだ。たぶん。きっと。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「えっと・・・本当に大丈夫デスカ?気分が悪いんジャ・・・」
「う、ううん、本当になんでもないの! 気にしないで!」
そうデスカ、と小首をかしげる彼。えへへへーと白々しく笑うユノ。なんとも気まずい。
ミレの実を二人して食べた後も空気は凍ったままだ。
そんな空気を払拭しようとユノは話題変換を試みた。
「それよりもさ! その髪いい加減切らない?」
「エ、」
とたんに彼はうわあ藪蛇とでもいいそうな顔をした・・・といっても今彼の顔は伸びに伸びまくった黒髪のせいで顔の上半分は覆われ、感情その他は露出した口元と雰囲気でしかわからないのだが。
確かに切るにはもったいない綺麗な髪だ。けれど。
「ねーえ、お母さん、散髪用のはさみどこにやったっけ?」
「きょ、拒否権は無しデスカっ!!?」
「はさみならそこの棚の三段目の引き出しにあるけど・・・どうするの?」
「ちょっとメアリサン・・・!」
「あのねーレオンの毛切ってあげようと思ってー」
「あの、ユノサン。そのレオンって俺の名前デスカ?俺犬デスカ?」(※レオンというのはよく犬につけられる名前。 例:ポチ)
「あらよかったわねーレオン君」
「メアリサン・・・たまにその優しさが痛いデス・・・」
髪を切ることを嫌がるレオン(確定)をなだめすかして渋々後ろ髪をきることを了承してもらったユノは嬉々として美しい髪にはさみを入れる。
じょぎり、とはさみが音を立て、同時に黒々とした髪がぱさりとユノの足元に落ちた。
ユノは休まずにはさみを動かす。じょぎり、じょぎり、じょぎり。
「全く何も手入れしてないのにこんなきれいな髪だなんて・・・いいなぁ」
そうユノは嘆息する。
「? ユノさんの髪も綺麗じゃないデスカ」
「私のは頑張ってこれなのよ。しかもまだまだ跳ねるし」
ユノははさみを動かす手を止めてミルクティー色の自分の髪をひと房とった。毛先がくるりと丸まってしまっている。毎朝これを直すのにどれだけの時間をかけているか。
いじいじと自分の髪をいじっているユノを気にかけたのか、レオンは自分の頭をのけ反らせた。その口元はにっこりと弧を描いている。
「おれはその髪いいと思いマスヨ? ユノさんにあってマス」
「レオン・・・」
褒められることは少なかったユノの髪。それを無条件に褒められてユノは嬉しくなってレオンを後ろから椅子ごと羽交い絞めにした。
「ありがとぉっっ!」
「ちょっとユノさんはさみハサミッ!!」
ぎゃあと悲鳴をあげるレオンが何だか面白く、ユノはくすりと笑うと最後のひと房を切り落とした。
「どーよこれでー」
「おー上手ですね、ユノサン」
「でしょー? だてに妹や弟の髪切ってないわ」
レオンはよほど髪型が気に入ったのか、いろんな角度から鏡をのぞき見る。
一人後片付けをしながらユノは日の角度を確かめた。
あと数分もすればあたりは真っ赤になるだろう。慌ただしくなったユノにレオンは気づいたらしく、どこかでかけるんデスカ?と尋ねてきた。
「あ、ちょっと隣の家に・・・」
「今カラ? もうすぐ日が落ちマスヨ?」
「だから早く行こうと思って」
「近くって言っても女の子の独り歩きはいけマセン! 俺もついていきマス!」
「大丈夫よーそれにレオン病み上がりじゃない」
「病み上がりでも体力つけるために散歩は不可欠なんデス!」
いやに粘り強いレオン。時間が惜しいユノはしぶしぶレオンの同行を許可した。
「・・・・・・・・・雰囲気ありマスネェ・・・いかにも出ソウナ・・・」
「だからいったでしょ? 大丈夫?」
「あ、幽霊とかは平気デス。ただここまで立派なのは見たことがナクッテ」
これと同じような館がたくさんあったら住民の精神的に困る。
好奇心いっぱいのレオンをみて本当に犬のようだと思ったユノはしかしそのことを顔に出さず、二週間ぶりとなる扉を開けた。
「ディアンー久しぶりー」
「お邪魔シマスー」
それぞれ声をかけ、ユノはいつものように一室へと向かう。ディアンがいることの多い場所だ。
いろんなところに落ちている本に気を取られているレオンにひやひやしながら扉をあける。
とたんに壁にぶつかり、ユノはぶふと変な声をあげた。
「鼻がいた・・・ってあらディアン」
「・・・・・・・・・遅かったな」
壁だと思ったのはディアンの腹だったらしい。思いっきりあたってしまったが、ディアンは気にした風もなしにユノをじろりと見た。
「何よ。ミルクならちゃんともってきたわよ」
「なんでもない・・・ところで後ろの奴はなんだ」
レオンのことをすっかり忘れてたとユノは振り返った。思った通りそこにはレオンがいてじっとディアンを見つめている。
ディアンも気になったのか、レオンを見下ろしている。
ユノのちょうど目の前で肉食動物と犬の視線がかちあった。