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ひととけもの  作者: 亀山
いどう編
27/28

きゅうしゅつもの


通路は複雑だった。自然にできたものかと思えばそこここに人工的に彫った形跡もある。

なるほど、仮にも山賊のアジトだ、侵入者を混乱させる仕掛けがないはずはない。右に左に伸びた通路の先が真っ暗闇だったということも何度もあった。いくつか部屋もあって覗いてみたが、中はもぬけのから。にんじんのしっぽ1つさえ見つかりはしなかった。

クラサは上に下に続く階段を降り、上ってはちらりと横の少女を見降ろした。視線を感じたのか、顔を上げるユノにクラサは慌てて人好きのする笑みを顔に張り付かせた。

(気丈な子だな)

素直に思う。たった14歳の少女が長時間馬車に揺られ、弱っているところを山賊に襲われたあとに足場の悪い山中を、アジトを歩いているのだ。先ほどから休憩も挟んではいるのだけれど、もう体力も限界だろう。

なのに弱音を一言も吐かない。今もゆっくりとはいえクラサの後に続いてきている。

(ノクスさんがいるからかとも思ってたけど)

ユノから視線をはずし、柔和な顔を歪める。多分、自分もいるからだ。きっとこのユノという少女はそうやって甘えることをしないのだろう。それは立派なことだけど、危なげだ。


足元に空洞を認め、少し立ち止まり松明を掲げる。揺らめく明かりに照らされ、周囲の水で湿った下り階段が現れた。

来た道を見失わないように尖った石でしるしをつけると後ろを振り返る。ゆっくりと歩くユノが途中何かに躓いてよろめいた、が転ぶことはせずになんとか体勢を立て直す。まるで半分眠っているかのような足取りにクラサはすこし思考を巡らせ、一つ腹をくくった。


ユノはといえばもう息も絶え絶えだった。正直、今この場で倒れられたらどれだけ幸せだろう。そんなことを考えるほどに疲れきっていた。もう顔をあげることさえも億劫だ。

「ねえ、ユノちゃん」

優しげな声と同時に細い足が視界に覗いた。

…誰だっけ。松明の光で揺らめく彼の影を見つめてユノはぼんやり考え、ぶるりと頭を振った。クラサさんだ。

どうやら疲れで頭も動かなくなってきたらしい。気力を振り絞ってはい、と返事をした。

「ちょっと失礼しますね」

ふわり、とした浮遊感。事情も把握できないまま、ユノの鼻先にぶらりと三角の青い石がぶら下がる。

どこかで見た。鈍い頭を働かせ、ユノはあわててクラサの服をつかんだ。幼子のように左腕だけで抱えられたのだ。もうそんな年ではないというのに。ユノの顔は羞恥心で真っ赤に染まった。

「くく、くくくクラサさん…!」

「あーやっぱり抱っこはだめ?おんぶにしましょうか」

でもおんぶだと松明もてないんだよなぁと耳元で響くクラサの声にぐわんぐわんとなりながらユノはそういうことじゃなく!と言葉をつのらせた。

「あ、歩けます!自分で歩けますから!!」

「といってもさすがに危なっかしいし、疲れてるんですよね?俺は鍛えてますから子供一人抱えて歩くなんて余裕です」

笑ってみせるが、その表情は緊張でどこかぎこちない。何しろ水気があって滑りやすい洞窟内。万が一クラサが滑って転んだりしたら絶望的だということはわかっていた。ましてや下り階段での会話である。自身を支える腕はユノの体に回し、もう片方には松明。両手がふさがってしまっている以上、冷や汗をかくなというのが無理な話だ。

幸いにもユノは自分の状況がわかっているのか、あまりに疲れていたのか、大人しくしていてくれた。

(帰ったらノクスさんにぶん殴られるなぁ)

やだなぁとユノに見えないことをいいことにしかめっ面をしているともぞり、とそのユノが身動きした。幸い踊り場だったのでクラサはなんなく立て直し、ついでによいしょと抱えなおす。

片手の松明がゆらゆらと揺らめくことで下にまだ空気があることを知る。

「もうちょっと下りますよー」

「・・・あの、」

「はい?なんですか?」

ぼそり、とつぶやかれたユノの言葉に返すクラサ。その眼は足元の階段に注がれている。ユノの体でふさがれて見えにくいが、それでも規則的に足を出しいれさえすれば下りることは出来る。クラサの足がつるりと滑ってしまわない限りだが。

カツカツとクラサが階段を降りる音だけがあたりに響き、詰まったまま何もいわないユノにクラサは心の中で首をかしげる。

「あ、あの…」

「はい、なんでしょう」

再度ユノがクラサに話しかけ、クラサが答える。が、やはりまた間があく。何かいいにくいことなのか。クラサはじれったく思い、眉をしかめる。

「ユノちゃん?」

「えっと…」

今度はクラサから語りかけるも、ユノはますますぎゅっとクラサの肩口にかじりつくばかりで用件を言おうとしない。この年頃の女の子が気にすることはといえばなんだ。クラサは考え、少しして思い付きを口にする。

「小用ならもうちょっとまってくれますか?まだまだ階段はつづきそうなので」

「い、いえ、そうじゃなくて」

「違いましたか?…ああ、重さのことなら気にしなくていいですよ。大の男より断然ユノちゃんのほうが軽いですし、腕も疲れませんから」

ユノの体がほっと弛緩したのを感じてクラサは先ほどの言葉が正解だったと知る。確かに町娘ならば日常的に抱えられることはないだろうし、ユノの性格上、自分が負担になることが気がかりであったのも頷ける。こちらが多少強引に動かないと甘えられないその性格に不憫なものを感じる。


「おや」

何回目かもわからない踊り場を曲がるとクラサは声を上げた。ユノも何事かと振り向いてあ、と声を漏らした。

数段下の地点で松明の炎を反射するものがある。水だ。黒々とした水面が鈍く炎を反射し波打っている。

洞窟内の水が流れ流れてこの地下にまでたまってきたのだろう。耳をすますとぴしゃん、と水滴が水面にはねる音も聞こえる。

ユノを降ろしたクラサはあちゃーとその場にしゃがみこんだ。

「結構降りたから牢か何かあるかと思ったんですがね… 見るからに飲料水用ですか」

まぎらわしい、とぼやくクラサを尻目にユノはすたすたと水面に近づいた。

じっと波うつ水面を眺め、クラサを手招きする。

「飲料水とも考えられるけど・・・道みたいに浅いところがあります」

そういうユノの指先をみると確かに他の池の部分とは違い、ちょうど人一人余裕に歩ける程度の広さで道のように伸びている部分がある。水は足首までありそうなものの、進めそうではあった。

「なるほど、カモフラージュですか」

「ね、何かありそうですよね?」

「進む価値はあると思います。…じゃあユノちゃん、松明もって先に進んでくれますか?俺のほうが身長あるので前を見ながら暗い後ろを歩くのにいいだろうし」

ユノも異を唱えず、おとなしく松明をもって先頭に立った。

靴を脱いで素足を水につける。ちゃぷ、とかすかな水音がして心地のよい冷たさがユノの足を包んだ。

水の中の道はさほどの距離はなく、少しすると金属でできた扉にぶち当たった。

靴を履き、慎重に扉を開ける。

油がさしてあるのか、耳障りな音が立つこともなく、がちゃりとノブを回す音だけが響いた。

中は暗い。

とはいえ、真っ暗なわけではなく、格子窓から朝焼けが差し込んでいた。

目の前には鉄格子。その奥で何かがもぞりと蠢いた。


その姿を認めたユノは後ろに続くクラサに松明を押し付け、ほとんど転がるようにして階段を降り、鉄格子にすがりついた。


「ディアン……!!」


窓のすぐ下、縮みこむようにディアンがうずくまっていた。手負いの獣さながらに、眼だけを爛々と輝かせて。

ぼろぼろではあったが、怪我はないようだった。ただ息だけはやけに荒く、ユノのところまででもぜえぜえとした息遣いが聞こえてきた。

「ユノちゃん、ここから入れます」

いつの間にか牢の鍵をといたらしいクラサが横の小さな扉を全開にユノを呼んだ。

ユノは一も二もなく牢の中に転がりこむ。牢の中に入ってきたユノを見てディアンは眼をさらに見開き、角へ逃げようとするが、自由にならない手足では微々たるものでしかない。あっというまにユノに距離をつめられる。

「………っ」

なにかをいおうとしたのか、叫ぼうとしたのか。ディアンが口をひきつらせ、息を吸ったその瞬間にユノがどん、とディアンに抱きついた。いや、ぶつかった。

息をつめらせ、ディアンが咳き込む。その隙を狙ってユノがディアンのシャツをぐいと引っ張った。

「……んのばか!!なんでディアンもいなくなろうとするのよっ!!」

ユノが叫ぶ。空色の眼を極限まで吊り上げさせて、にらむように、うらむように。

「なんでレオンもディアンもどっかいこうとするの!!?なんで私をおいていこうとするのよっ!!ひどいじゃない、ずるいじゃないっ!!」

ぎりぎりとシャツを握り締める。ディアンの眼がうろうろとユノの上をさまよい、戸惑うように瞬く。

「二人とも勝手よ!!急に現れたとおもったらいなくなって!かき乱して!いやよ、そんなの!!」

次第にユノの声に嗚咽が混ざり始める。

「もう追いかけるしかないじゃない…っ!いなくなるなら探すしかないじゃない…!ずるい、ずるいずるいずるい」

自分でも何をいっているのかわからないままに感情を爆発させる。やがて嗚咽が大半を埋め、うわああああと大声を上げてユノはディアンにしがみついたまま泣き出してしまった。


「…よくわからないけれど彼女に何かいうことがあるんじゃないですか?」

どうにか近づき、ディアンの手の縛めを解いたクラサに促され、ディアンはさらに戸惑う。

意味もなく壁を見、床を見、最後に自分の胸元で泣くユノを見てくしゃりと目元を歪ませる。

「…わる、かった」


窓から漏れ、床に落ちた光は白く輝き、長い夜が終わったことを物語った。



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