きょうりょくもの
「は?なに?ユノ知り合いなのか?」
「う、うん 前迷子になったとき助けてくれたの」
「はーちょうどよかった おい、武官のおにーさん これでちょっとは身元証明されただろ?いい加減これはずしてくれないか?」
「フードも外したがらない奴にいわれても、ですね」
「おいおい融通きかねーな」
「そうそう、クラサちょっと。 今の状況について説明したいことがある」
「え?あ、はい。 ユノちゃん?この男についてあまり耳貸さないでね? もー今いきますってば」
ノクスとクラサが席を外してユノは迷った。ここでフードの目の事を言うべきか、否か。ユノはいまだにノクスにフードについて何もしゃべってはいない。どうしようか戸惑い、ふとフードを見上げた。
フードはユノの葛藤を見て察したのか、ふふ、と苦笑して手枷をつけた両手を自身の口の前に持って行った。
「内緒、な」
しーと息を吹きかけさえもする。その子供っぽい仕草にユノは初めてくすりと笑った。
「は?取り逃がした山賊に研究者を攫われたぁ!!? なーにしてるんですかノクスさん!下手に知れたら処罰もんですよどうするんですか!!」
「あー大声出すなって! 事のまずさは俺だってわかってるっつーの!」
その笑みも二人の官士の大声に消されてしまう。
フードも何事かと眉をひそめた。
クラサは頭を抱えているし、ノクスはというと開き直ったように腰に手を当てている。見るからに問題がありそうだ。
フードはふーんと鼻を鳴らした。そして疲れ切り、不安そうに二人を見る尋常ではないユノの様子にふむふむと頷いた。
「おーい。そこの官士のおにーさんたちちょっと交換条件あるんだけど」
突除として湧いたフードの声にクラサは不機嫌そうに、ノクスは片眉を上げてそれぞれ見やった。
どこか面白気なフードに嫌な予感が禁じえない。
「なんですか、こっちは取り込み中ですよ 釈放なら首都まで待ってください」
「それじゃ遅すぎるんだよなぁ」
のんびりとフードは言う。
「俺、ここらで最近暴れまわってる山賊のアジト知ってるんだよ でなんか攫われただのなんだの物騒だろ? なんだったらアジトまで近道案内するし、攫われたやつ? 捜索手伝ってやるよ 腕っ節には自信がある」
「は?」
「代わりにこれとって俺を見なかったことにしてくれや ちょっと首都までのんびりしてる暇は無いんでね」
さあどうする?と意地悪くフードが言う。
「それをいってこちらが条件を呑むとでも?」
「よしのった!」
じっとりとしたクラサの声音と快活なノクスの声音、両反対な声が互いにぶつかりあった。
そして互いに顔を見合わせる。
「のる?正気ですかノクスさん?」
「正気もなにもこっちはこうしてる時間さえ惜しいんだ。アジトまでの最短距離教えてくれるし、捜索も手伝ってくれる。その代償がちょっとの見逃しだ、いうことねーじゃねーか」
「そのちょっとの見逃しが問題だといっているんです!あいつが山賊の仲間じゃないなんて言いきれません!近道だといってこちらを惑わせるのが目的だったらどうするんですか!?そもそも山賊のアジトを知っているなんて怪しい証言、信じる方が馬鹿だというものです!!」
「馬鹿で悪かったな どーせもうでかい問題起してんだ、研究者が死んじまうもしくは消息不明になるっつー最悪事態さえ回避出来りゃこっちのもんだし、ここより先にわざわざ手下配置して混乱させるなんて上等な手口、一介の山賊が持ち合わせてるとは思えねー。 アジトに関しては信じるしかねーよ」
それにどーせこいつ怪しいし身元証明がないからって理由で捕縛されてんだろ?無茶なやり方してんのはどっちかなーというノクスの痛い言葉にクラサは黙りこんだ。
「ユノの恩人でもある。まあ怪しいっちゃー怪しいけど悪いやつじゃなさそうだしな!」
からからと笑うとノクスはクラサから手枷の鍵を奪い取ってフードの首を抑え込む。
「これでアジトにつくまでフードのにーちゃんの自由は俺のもんってな」
「おー話がわかってくれて嬉しいわ、出来るなら今この場で外してくれた方が楽だったんだがな」
にししし、と笑いあってノクスはじゃあとクラサを振り返った。
「ちょっくらいってくるわ、ここでユノよろしくな?」
「あーはいはい 武官の僕より正体不明の見ず知らずの男のほうが 信用ありますかって」
「ばか言うなよ信用あるからユノを頼むんじゃねーか くれぐれも毛一本触るんじゃねーぞ殺すぞ」
「信用してないじゃないですか!」
悲鳴にも似たクラサのつっこみに背を向け、ノクスはユノの髪をくしゃりとなでた。
「じゃーいってくるな、ユノ 大人しく待ってろよ?」
「…嫌だ」
「ユノ?」
ノクスの目が鋭くなる。刃にも似た雰囲気はレオンを抑え込んだ時のノクスを思い起こさせたが、それにも怯えずユノはしっかりと兄の目を見つめ返した。
「私も行く」
「ふざけるなよ、ユノ さすがの兄ちゃんも黙ってねーぞ」
「それでも行く」
「ユノ!!」
「それでも行くわ!!」
恐らく人生で初めてのノクスの怒声。慣れているクラサでさえ一瞬びくりと身を竦ませたがけれどユノは引かなかった。
さすがに涙で目がうるんではきていたが、決して零すまいと頬が紅潮する。口がへの字に曲がって眉がつりあがる。なにがあっても引かない、と表情が物語っていた。
泣き虫だったユノ。兄の前でそこまで涙を我慢することなど、一度としてなかった。
ノクスは詰めていた息を吐いた。そして膝を折ってユノと同じ目線になると一転して落ち着いた声を出す。
「…ユノ、わかってるか?これから行くところは山賊のアジトだ。どんな危険があるかわかんねーし、正直お前は足手まといだ。兄ちゃんも守りきれないかもしれない。死ぬかもしれない。それでもついてくんのか?」
「行く」
先ほどと変わらない決意をユノの目の中に見たノクスはガシガシと頭を掻いた。
そしてぱん、と膝をうつと勢いよく立ちあがる。
「よーしわかった クラサ、おまえも来い。ユノの護衛だ。傷一つつけてみろ殺すぞ」
「さっきとあまり変ってないじゃないですか あーもういーですよいきますよ」
諦めたようにクラサは夜空を仰ぐ。
「なかなかやんじゃんか、ユノ いい兄妹喧嘩だったぜ?」
フードはくすくすと笑いながら手枷をつけたまま懐からくしゃくしゃのハンカチを出した。
「ほら、鼻かんじまえ。 せっかくの可愛い顔が台無しだ」
「てめえ人の妹口説いてんじゃねーぞ」
「おー怖い怖い」
ぎろりと睨むノクスの視線にさらされておどけて見せるフード。それでもハンカチを差し出す手は引っ込まない。
「…ありがとう」
「どういたしまして それいらないからやるよ」
ありがたくフードのハンカチを貰ったユノはごしごしと顔を拭った。
皺を伸ばして丁寧に折りたたむ。やるとは言われたがそのうち洗って返そうとそっとポケットにしまう。
「さて、でフードのにーちゃん?どこからいけばいいんだ?なるべく歩きやすい道を頼むぜ」
「おい、近道すんのに歩きやすいわけないだろ 獣道だ獣道。 …こっちだ」
「ほらユノちゃん先行って下さい。一番後ろは僕が見ますから」
「うん、ありがとう」
ノクスが藪を払い、フードが土を踏みしめてくれているおかげで獣道といえどユノにも比較的楽に進む事ができた。そうやって一行は黙々と先を進んだ。
どれくらい進んだのだろうか、まだ西の方に闇は残るものの東からそっと少しずつ明るくなってきたころ合いになってやっとフードが止まれの号令をかけた。
「あそこだ」
「なーる 天然の洞窟ねー 傍目にゃぁあそこが山賊のアジトだなんてわからねーだろうな」
「それにしても意外と近かったですね この距離だと仲間が戻らない場合すぐに応援に駆け付けることができます」
「ま、今回それがなくておにーさん様様ってとこか? どこにいんだろーな」
そういってさっさと洞窟に進もうとするノクスをフードが慌ててつかんだ。
「おいちょっとまて様子がおかしい。 静かすぎる」
「静かすぎる? おいちょっとクラサ、中見てこいよ」
「其処で僕に忍びの真似事させるのがノクスさんですよね はいはいちょっといってきますよ」
しかたねーじゃん俺文官だしーと宣ったノクスを尻目にクラサは気を配って足音を殺して洞窟に近寄り、中の気配を探る。そして洞窟の中へ滑り込んだ。
数分が立っただろうか、クラサが怪訝そうな顔で戻ってくる。先ほどのように足音を殺してもいない。山賊が近くにいるかもしれないのに、とユノは気を揉む。
「おかしいですよ、人の気配がありません それこそ猫の子一匹も」
偵察から戻ったクラサはそう報告するやいなやフードに剣を突き付けた。
その顔つきは先ほどまでの優しげな風貌はない。ただひたすらに厳しく、冷たかった。
「お前まさか山賊と通じていて僕たちがこちらに向かっているのを知らせたりしてないでしょうね?」
「してねーよ そんな素振りなかっただろ?剣下ろせ剣」
うんざりとしたようにフードが言う。
「一応来るまでこいつの仕草や何やら探ってたけどなんもねーよこいつ。一番前歩いてたの俺だしな なんも道具もなしに長距離にいる相手に意思疎通ができる方法あったら教えてもらいたいもんだわ」
ノクスも口を挟み、クラサはしぶしぶといった風情で剣を下ろす。あー肩こるなどと嘯いてフードが首を回した。
「にしてもアジトが空だとはなぁ これは遅すぎたか?」
「のんびり言ってる場合じゃありませんよ! 研究者はどうするんです!?アジト内に誰も居ないとなるとどこか別場所に移されたと考えた方が…」
「まあまて、もしかしたらアジト内になにか手かがりがあるかもしれん 家探しすっぞ」
「そんな悠長に出来るノクスさん本当かっこいいです、とか言うとでも思いますか!!」
「おいまて俺はかっこいいだろ!こう慎重なところが素敵とかさー」
「僕の知っている慎重はここまで大雑把じゃありません!」
「おいお前の兄ちゃんなかなか面白いな?」
「…言わないで」
意気揚々と洞窟へ進むノクスに噛みつきつつ後に続くクラサ。ユノは疲れからだるくなってきた身体を引きずってフード共に二人の後を追って洞窟へ足を踏み入れた。