あばれもの
ユノ達が住む街ノ―ケルは首都へ続く公道が通っており、発展は緩やかだが首都に近い街の一つだ。国の地理をたしなむものならそれなりに有名でもある。
しかしその公道には山賊の出没地帯ということでも有名だ。ノ―ケルを通って山を越え、二日間ほどの道のりを経てやっと次の大きな街へつける。その無防備なところが狙われやすいのだ。食物や地方の特産品や芸術品などがつまれた馬車が通れるほど大きな道はその公道しかなく、各商隊が自衛団を雇ってどうにか荷を運び届けているという状態である。文官の中でもこの公道での被害を重く見るものが多く、公道に山賊対策に兵を配置するという案があるがそれはまだ少し先の話だ。
話が脇にそれたが、商隊の玄人でも真昼間に自衛団をつけてやっと無事に首都へつけるわけなのだから素人が夜間に馬車を走らせるとどうなるかなど、
「ま、こうなることは簡単に想像できたわけだよなぁ」
馬車の周りを完全に囲まれたノクスははあと大きなため息をついた。
今ノクスがいるのは馬車の荷台部分。本当は外の方で馬の手綱を握っていたのだが、矢を射かけられ、応戦するも状況はあまり芳しくなく、少しの休憩と体勢の立て直しのため荷台へ転がり込んできたのだった。
走っている馬車をどのように止めるかなど簡単だ。
馬は臆病な動物である。周りに火など突然おこされたらパニックに陥ってしまうか石のように固まってしまうか二つに一つだ。後者だったらまだ手綱が取れずとも逃げ切れる可能性はあったが、今回は完全に前者である。
ぴしりと固まった隙に吹き矢が馬の首辺りに刺さったのが見えた。崩れ落ちる馬。おそらく眠り薬でも仕込んであったのだろう。手慣れている辺りがさすが山賊、とでもいうべきか。
屋根まで木製の荷台は結構丈夫にできていて、外から剣で切りつけられようとも一向に壊れる気配はない。火をつけられたら厄介だが、やつらが狙っているのはこの荷台にあるはずの荷物だ。むやみやたらに荷を損なう可能性のあることはしないだろう。まあ荷といってもノクス達の食糧と少しの旅の必要品、そして大量の本ばかりである。中には貴重本が多量にあろうが、どちらにせよ山賊に無用の物ばかりだ。
「あー金ケチらずに自衛団ぐらい雇っておけばよかった」
「ぶつぶついうな、働け」
「十分過ぎるほど働いてますぅ―」
もぞりと動いた布の塊にノクスは唇を尖らせた。
揺れる馬車内をものともせずに明りをともして読書をしていたヤツにいわれたくはない、そもそもこいつのせいで夜間に馬を走らせることになったのだ。
布をかき分け、やっと顔を出したディアンは眉根を寄せた。
「俺は戦えない」
「毎日そうやって本ばっかのヤツに期待なんかしてねーよ それよりユノは?無事だろうな?」
「寝ている」
ほら、とばかりにディアンが身体の横の布をどかす。そこにはディアンの腿を枕にした青白い顔色のユノが丸まって目を閉じていた。馬車の揺れに耐えきれなかったユノは旅の初めからずっとこんな調子であった。さすがのディアンもユノの幼い身体を考慮したのか、彼が着ていたフード付きのマントもユノの身体の下に敷かれ、固い木の床を少しでも快適にさせようとした努力の跡が見える。
痛々しいユノの姿にノクスは口をつぐんでくしゃくしゃとミルクティー色の髪をかき回した。
「ごめんなーユノ、どっかの兄ちゃんのせーでこんな目にあっちまってなー」
「あまり構うな、やっとさっき眠ったんだ」
ディアンがまるで眠った我が子を庇う母親のような文句をいう。
ノクスははいはいと軽く相槌を打って手元に棒を手繰り寄せた。
ユノの身長ぐらいの長さのそれはノクスが自衛のためにと持ってきた中槍だ。
「まーざっと5人ぐらい?先見隊だろうし俺一人でなんとかなるだろ 本当はこの前の町で1人合流するはずだったんだがなー」
きゅぽっと小気味いい音が馬車の中に鳴り響く。ノクスがちょうど人の頭一個分ほどの長さの鞘を抜いたのだ。中からは鋼色の刃が顔を出す。
物騒な武器と化したそれを横に持ってノクスはディアンに顔を近づけた。
「で?戦闘中は?」
「顔を出さない」
「万一乗り込まれても?」
「布の中に隠れ、息を殺す」
「俺がいいというまで?」
「けして動かない」
「よし、それじゃあいってくるわ ユノをよろしくな」
もぞもぞとディアンが布の中に再びもぐり込むのを見届け、ノクスはぴょんと馬車から飛び降りた。
「おいおいやっとお出ましか、あまりにもでてこねぇからすっかりビビっちまって中で震えてるんじゃないかと思ってたぜ」
「まあ出てきたら出て来たで中の荷汚さずにすんでいいけどな」
「いやわからねぇぜ?もしかしたら漏らしちまってんのかも」
「どちらにせよこんな上等の馬車貰えるんだ、そんぐらいは見逃してやれよ、なぁ?」
ノクスが馬車から出て来た途端そんな野次が山賊の間から湧き起こった。
すっかり馬鹿にされている。
しかし宮中に働く身でこんな安い挑発に乗るノクスではない。一々こんな野次に付き合っていたら身体が足りないというものだ。
ノクスはゆっくりと地面に片足をつくと砂をつかむ。そのまま相手はたった1人と油断しきっている山賊らに眼つぶしを喰らわせた。
だが5人中その子供だましに引っかかったのはたった2人。石でも突いたのか、目を抑え地に伏してうめき声を上げた。
視界をつぶされなかった山賊らは逆上し、それぞれ剣を構えると雄たけびをあげ、ノクスがいるはずの場所へ突進を仕掛ける。
「3人か…ま、いい方か」
そう呟くとノクスは槍を中段に構えた。その体制のまま横に飛ぶ。
咄嗟のことで山賊の処理が追いつかずに互いに互いがぶつかり、持っていた武器が傷つけあう。内1人は仲間の武器が急所を殴打したのか、血こそ出ないもののぐうと唸り声を上げて倒れこんでしまった。
残りの2人は完全にトサカに血が上り、人間とは思えない声を上げそれぞれ剣を振りかざし、ノクスにきりかかってきた。が剣よりも槍の方が攻撃範囲が広い。
「脇がガラ空きだ、ばーか」
一つ暴言を零し、ノクスは思い切り槍を横に振る。ごきり、と嫌な音がした。位置的にあばら骨かと見切りをつけたノクスは仲間の下敷きになった最後の一人に槍を突きつける。
恐怖と焦りで歯の根が合わない山賊にノクスはフン、と鼻息を鳴らして
「誰が震えてるって?自分がしそうな事だからって他人がやってると思うなよこの『すっとこどっこい』!」
吠えた。
山賊どもを縄でぐるぐる巻きにして一仕事終えたノクスは背伸びをして荷台に乗りこんだ。
山賊をこのまま置いておくのは心苦しいが、自分の仕事は一刻も早く首都にディアンをつれて行くことだ。次の街に着いたら山賊討伐の依頼を首都に送ろう、そうノクスは考えて布の塊に声をかける。
「おい、もう出てきて大丈夫だぞ」
もぞり、と布が動く。どうにか身体に絡みつく布を取り払って出て来たのはまだ顔の青いユノだ。ミルクティーの髪がぼさぼさになって顔を覆っている。
「お、ユノー これからすぐ出発するけど大丈夫か?水ぐらいならすぐ用意できっけど」
ぶんぶん、と頭を横に振る。何か喋ろうとしているが、痰が喉に絡みついているのだろう、声にならない。
それにしても、とノクスは隣の塊に目を向ける。ディアンは全く動かない。うっかり寝てでもいるのか。
そう思って布の塊を腕で押す、が反発はなく、ノクスは無様に布の中に倒れ込んだ。
「は…?え…?」
意味がわからないノクスにやっと唾を飲み込んだのか、ユノが涙声で訴えかけた。
「兄さん…ディアン攫われちゃった…………」
ノクスは黙って額に両手をうちつけた。