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ひととけもの  作者: 亀山
まつり編
20/28

ふあんもの


「よう」


翌朝屋敷に現れたノクスは昨晩のことなどなかったかのように憎らしいほどの笑顔を浮かべてそう言った。

これ以上館内に侵入されたくない一心で玄関のホールでノクスを出迎えたディアンは対照的にちっと舌うちを返す。


「何の用だ。 これから出発するといわれてもまだ準備はできていないが」

「やだなぁ台所でガン飛ばしあった仲じゃないかそんなに嫌がらないでよ、大丈夫今日は別のことを話し合いに来ただけだって!……ユノは?まだ来てないのか?」

「午前中は約束がある、と言っていた。 聞いてないのか?」


ディアンの返事にノクスはあーと妙な声で呻いて短い栗色の髪を軽くかき回した。


「それが聞いてないんだわ、昨日家に帰ってなくて。 ユノが来るまでここで時間つぶさせてくれない?」

「………わかった」

「ですよねーってあれ?」


これまでのディアンの反応から断固拒否されるものと決め付けていたノクスは予想外の展開にあっけにとられて目を点にする。

しかしディアンはノクスを置いてさっさと書庫へと続く扉を開けて行ってしまう。


自分の巣の中に仇のように嫌っていたノクスを受け入れることに好意的なものがあるとは考えにくい。

ならば罠か。

ノクスは一瞬考えて脳内で首を横に振る。

保身を考えるのは苦手だ。今はレオンという人質がいる以上危害は加えられないはず、と考え歩を進める。

(あーくそ、いつから俺は打算を考えるようになったんだっつーの)

自嘲しながらノクスは肉食獣の待つ巣へと踏み入れた。




今日はけもの祭りの二日目。まだまだ街から喧騒は抜けきっていない。道を歩いていると昨日はしゃぎすぎた酔っ払いたちが倒れ伏しているのが目につく。ユノはその酔っ払いたちの間をすり抜けながら道路に落ちているごみを拾っていた。

大人たちは警備やら店やらで忙しく、祭り中の美化作業はユノのような子供たちの仕事だった。あるものはユノと同じくごみを拾い、あるものは顔を顰めながら水を撒き散らし吐瀉物を処分する。

ごみといっても手で拾えるような紙くずや煙草の吸い殻、大きくて酒瓶ぐらいのもので、単純作業の合間にユノは昨夜のことに思いをはせていた。


昨日ユノが家に帰ってもノクスはいなかった。おそらく宿屋で一夜を過ごしたのだろう、レオンの監視も兼ねて。

あれからレオンはどうなっただろう。ノクスのことだからあれ以上何もしていなさそうだが、しかし昨晩のノクスは何かいつもと違っていた。

確かに暴力で冷酷な兄は見たことがなかった。けどそれ以外の何かが違っている気がした。やはり首都にいった所為だからなのだろうか。


「…わかんない」

「何がわからないって?トングの使い方なら俺んとこでやんなるほど使ってるよな?」

「…………」

「おいどうしたよユノ」

「お願い今度急に声掛けるときは何か合図して」

「さっきから手え振ってんの無視したのはそっちだ」


ふん、と鼻を鳴らしたミリスは顎をしゃくって見せる。見るともう清掃活動は終わったらしく、あたりに子供の姿はなかった。かわりにどやどやと屋台の準備がはじまっている。ごみを指定の場所に置かないとお駄賃が貰えないのだが、ぽやーっといつまでも立っているユノにわざわざ声をかけてくれたらしい。


「ごみの回収はあっちだってよ、って親切に教えてやってんのにお前はぼーっとしやがって」

「あ、ありがとう」

「ほらそれ貸せ、持ってやるから」

「うん」


そこそこの量が入ったごみ収集用のバスケットをミリスは軽々と持ち上げる。もう片方の手には水が入っていたと思しき鉄のバケツが下がっている。そっちにも中々の重量感はあるはずだが、それを感じさせずミリスはひょいひょいと人と人の間を縫って行く。

基本的にミリスは優しいのだ。

何も言ってないのに荷物を持ってくれるし、自分の勉強があって大変だろうに店番も進んでやったり、近所の子供を構ったり。今だってほら、さりげなく人ごみからユノの盾になってくれている。

けれど首都に行ったらもう会えなくなる。ふと考えたユノはそれを考えもしなかった自分自身に茫然とした。


ミリスだけではない。

いつも通っている八百屋のおっちゃんやミルク屋のおばちゃん、肉屋のお姉さんそして母や弟妹にだって当分会えなくなるのだ。


そこまで考え、ユノは不安になる。

変わらないものはない、けれど首都へ行ってしまうとここの人たちとは決定的に変わってしまうかもしれない恐怖はいかんとも知れない。

勢いとはいえ首都に行くことを決めた。レオンやディアンについていくことを決めたのだ。

そこに後悔はないがそれでも揺らいでしまう。戸惑ってしまう。

自分にとって彼らはそんなに大事な存在だったのか、考えてしまう。



いつの間にか立ち止っていたらしい。

気付いた時にはミリスが戻ってきてバスケットとバケツをひとまとめにし、ユノの腕を引いて歩いていた。そして心配そうに顔をこちらに向ける。


「おい、どうしたんだってさっきから」

「な、なんでもないわ…」

「よくねぇよ。 体調でも悪いのか?なんだったら後で屋台まわろーって言ってたやつらになんか言っとくけど」


暖かい気遣いに又決心が鈍る。

ユノは無理やりに笑顔を作って見せた。


「なんでもないわ」


それでもたぶん、私は行くだろうから。

心の中で呟いたユノは収集場所へ行く足を速めた。



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