はっけんしたもの
「さーて・・・今日はどうやって外に引きずり出してやろうかしら」
そう物騒な独り言を呟く少女の名はユノ=メリクリス。
なんとも大層な名字を持っているが、彼女はいたって普通の一般庶民だ。
メリクリスという名はかつて獣に人間の姿を与えた神様の名であり、その恩恵を願う人々が名字にすることが多い。よって『メリクリス』は王族から一般庶民まで幅広く名乗られているのである。
さて彼女の目の前に立ちはだかるのは良く言って古風な、悪く言っていかにも出そうな幽霊屋敷だ。
長年の雨や埃によってついた汚れはなかなか取れるものではなく、もともと白かったであろう館の壁は灰色へと変色している。さらに外壁と壁にはびっしりと蔓がはびこり、館の全体の雰囲気をより暗く表現している。シックでエレガントな装飾はその蔓にうずもれ、どこの誰がみても恥ずかしくない幽霊屋敷の完成というわけだ。
そんな幽霊屋敷にすんでいる変人がいることに気がついたのはもう6年ほど前になる。
当時8歳だったユノがこの館にボールを取りに行ったところその変人にばったりと出くわしたのだ。
忘れもしないそのファーストコンタクト。
「気の毒なほどにおびえてる幼い少女に向かってボールを探すこともせずに睨みつけて消えろってあんたは本当に人でなしよね!!!」
「うるさい黙れ消えろ。そこにミルクの空の瓶があるから持って帰ってまたミルクつめて持ってこい」
「消えろっていったり持ってこいっていったりどっちなのよ! つーか私はミルク宅配便じゃない!!」
ユノがばーんと扉をあけるなり文句をつけたその変人はこちらをちらりとも見ることもせずに言い放った。
こちらからは背中しか見えないが、その目は手の中にある本から離していないに違いない。部屋の中に光源は変人の手元にしかなく、オレンジ色に照らされたその部屋はどこを見ても本、本、本。どうやってここまでの本を手に入れたのか。いっそ図書館でも開けばいいとユノは思う。
いつまでたっても出て行こうとしないユノに変人はしびれを切らしたのか、のそりとこちらに向き直った。逆光となった彼の姿はとても見えにくい。しかしこちらを睨みつけていることは何となくわかった。
しかし彼の鋭すぎる眼光など6年も通い続ければ慣れてくる。ユノはさっさと彼の横を通り過ぎて一つしかない窓をカーテンもろとも開け放った。とたんに入ってくる明るい光から逃げるように彼は焦って窓から逃げる。あまりに焦りすぎて本の山に躓いて勢いよく床に転がったほどだ。床に転がった彼はゴン、と本棚にぶつかって上からざざぁと本が雪崩れてきた。本と埃に埋もれた彼はその鋭い目つきを半眼にしてユノをじとっとねめつける。
「・・・なにすんだよ」
「何って窓を開けただけよ。こんないいお天気に窓閉め切ってるなんてもったいない。おまけにカーテンまで・・・」
「俺は夜行性だからいいの」
「夜行性でも日には当たらないと病気になるわよ。おひさまは神様の化身。あらゆる魔を払ってくれるんだから!」
きっぱりと言い放ったユノに彼はくわぁと大きなあくびをお見舞いした。埃をかぶった白っぽい髪をがしがしと掻いてもさりと立ち上がる。滅多に立つことがない彼が立ったことに畏怖を感じたユノは両こぶしを体の前に持ってきておそるおそる声をかける。
「なによ。どこいくのよ」
「寝る」
「・・・・・・はぁ?」
「夜までには帰ってろ。今日一日お前にかまう暇はない。・・・眠すぎて」
「え、ちょ、ちょっとまってよ!軽く何か食べないと体もたないわよ!?」
「食うより寝る」
「ねえ、このサンドイッチ頑張って作ったのに!」
必死に声を掛けるユノを気にもかけずに彼は奥の寝室へと至る扉を閉めた。
自作のサンドイッチの入ったバスケットを振っていたユノはガクリ、と肩を落とした。
「また今日も惨敗、か・・・」
のそりと奥の部屋へと消えた彼の名前はディアンという。
幽霊屋敷に住み、本に囲まれて暮らしている・・・これはまさしく変人としか言いようがない。
外見年齢は20代後半、日に浴びないからか体全体が白っぽく、しかしもやしというほど軟弱な体躯ではない。強いて言うなら肉食動物のような美しさを持っているのだ。
無駄に鋭い目といい、本能に任せて生きる姿といいまさに肉食動物。まあ肉食動物が本を好むというのはいたって奇妙ではあるが。
そんな肉食動物の美しさにあてられ、さらに目を離せば栄養もとらず日にも当たらないダメ人間のギャップにあてられ、こうしてユノは6年間毎日ディアンの元へと通っている。
せめて外に出したい。その願いは今まで一度も果たせたことはなかった。
帰り道、ユノははぁとため息をついて幽霊屋敷の隣にある自分の家へと向かっていった。
そう、ユノの家はこの幽霊屋敷のすぐ隣だ。
安くて広い家を購入できたんだと両親に連れられた家をみて子ども心になぜ安いのか察した。同時にこの家を買った両親に若干の不信感も刺したものだ。
そのことをまた思いだし、ユノは頭を抱えたくなって目線を下げた。がその時視界の端に奇妙なものを見かけてふとソレを目で追いかけた。
追いかけたといっても相手は動いていたわけではない。そもそもこのあたりは幽霊屋敷を怖がっている人が多く、必然的に人通りは少ない。だからこそソレはよく目に付いた。
「・・・なによこれ・・・」
ユノは道のド真ん中、幽霊屋敷とユノの家のちょうど間に倒れているぼろぼろの人影を見て頭を抱えた。