てかがりもの
「なあ、レオン・・・いや、『従者』か?」
無表情に見下ろすノクスの目を憎々しげに睨むレオン。
初めて見たレオンの目にユノは一瞬顔を背けてはこわごわと視線を戻した。
目の色は赤。しかしそれよりも注目するべき点がレオンの目にはあったのだ。
白目がなく、まぶたの下にあるのは赤く染まった虹彩だけ。瞳孔は明るいためか、針の穴ほどの大きさに縮小してしまっている。
例えるのならば小動物の目が人間の大きさになり、それが赤くなっているとでもいおうか。
小動物ならば可愛く見られても人間の顔についているとそれは違和感や嫌悪の対象にしかならない。
なるほど、レオンが前髪を切られたがらなかったわけだ。ユノやまだ幼い双子には刺激が強すぎると考えていたのだろう。
ノクスは自分で切ったレオンの髪を床に落としながら軽く肩をすくめた。
「にしてもすげぇな・・・ 白目がないなんて。文献でしか見たこと無かったけどそりゃ隠したくなるよなぁ」
『・・・何が目的だ』
「目的ってそりゃあ判ってんだろ?『従者』なんだから」
『従者』という言葉を聞いた途端にレオンの方がびくりと震える。
割り込めない空気に押し戻され、ユノとディアンはお互いにこわごわと会話を試みた。
レオンの隠された素顔に圧倒されはしたが、レオンはレオンなのだ、なんの関係もない。それよりも彼らの話の内容が気にかかった。
「ねえ、『従・・・じゅうちゃ?』ってなに?何語なの?ていうかレオンなんて言ってるの?」
「・・・わからない」
「はい?」
「少なくともこの館内にある本の中にはないな」
「どうゆうこと?」
「首都・・・もしくは王宮にだけ伝わっているけものの話があるのだろう。けものと王族は繋がっている。 王族にだけ語られる話があってもおかしくはない」
ぼそりとディアンが呟き、それをかき消すようにユノ達にはわからないレオンの言葉が響く。
『俺は・・・俺はただここで穏やかに暮らしたいだけだ!』
「ごめんなーでもこっちもやっと得た手かがりなんだよ。何百年かけてると思うんだよお前ら捕まえるのに」
『それこそ知ったことじゃない。勝手にそっちが探してるだけじゃないか!』
「ああそうだ。勝手に探してるんだ。だからこそ余計に近くまで来たチャンスは逃せられねえんだよ察しろ」
レオンはぎりと唇を噛むとぼそりと呟く。
それはとても小さな声でユノ達のところまでは聞こえてはこない。けれどノクスには十分な声量だったようで無表情が崩れた。
「それで済むとでも?舐めてんじゃねえぞ。それこそ文字通り首輪付けて引きずってでも首都につれてくわ」
ハッとした表情をしたレオンにノクスは手早く手刀を振り下ろし、意識を刈り取った。
だらりと弛緩したレオンを抱え上げようとしたノクスの肩に手が置かれる。
ノクスはガッと険しい顔で振り向きざまに手をつかみ、それから困った顔をして妹の名を呟いた。
「・・・ノクス兄さん・・・」
「あーユノ。許せ、これも仕事なんだ」
兄の今まで見たことのない顔に怯える妹にノクスはどうにかしていつも通りを装った。
昔ならばここで泣いているであろう妹は気丈にも涙をこらえ、ノクスは成長した妹を寂しげに見つめた。
「嫌だよ、レオンどっかにつれて行かないでよ・・・。 話全然わかんないけどレオン嫌がってるじゃない」
「・・・まあ嫌がることを強制してるからな。嫌われても当然だ」
「そんなの良いわけないわよ! なんだったら私もついていく!」
「だめだ」
きっぱりと自分の考えを否定され、一瞬ユノが戸惑う。ユノの視線を避けるようにノクスは目を閉じて首を横に振った。
「俺はあんなとこにお前をつれては行きたくない。なによりも兄として」
「そ・・・」
「聞き分けてくれよ、ユノ。 わかるだろ?大人の事情ってやつだ」
ノクスに諭されたユノはぐっと息詰まってうつむいた。
その様子を見ていたディアンがぼそりとノクスに話しかける。
「・・・前俺にどっかの殿下に似ているといっていたな?」
「なんだよ急に。 認めるのか?」
「王宮に行ってやる」
「はぁ?」
「な、なにいってるのディアン?館から出たくないんじゃないの?」
「・・・出たくはないが出れないというわけじゃない」
あっけにとられる兄妹にディアンはさらに言葉を畳みかける。
「レオンのことといい、『じゅうしゃ』などと俺の知らない単語といい、そこには俺の知らんけものについての知識がありそうだ」
「・・・王族に戻ると?」
「殿下になるつもりはない。が、どうせお前が勘違いしてつれて行くつもりだったんだろう?だったら研究のため自主的に行ったほうがマシだ」
「・・・ふーん」
ふんふんと頷くノクス。ディアンも行っちゃうの・・・?とさらに俯くユノをちらりと横目で見てディアンは言葉をつづけた。
「・・・だが一つ条件がある」
「何だ?おにーさんを引っ張り出すためならどんなものでも用意するぜ?」
「身の回りを世話してくれるヤツが欲しい。自慢じゃないが俺は一人だと勝手に飢え死にする上にそこらの他人じゃ満足しない」
淡々と告げるディアンの言葉にユノの瞳が輝いた。
「わ、私!私 ついてく! だてに6年ディアンのお世話してないわ!」
「・・・くっそ そうきたか」
心底悔しそうに言うノクスにディアンが涼しい顔で聞き返した。
「なんだ、不満か?俺を王宮とやらにつれて行きたいんだろ?」
「ああもう勝手にしろよ! あとユノ!」
「え、な何? ついていくからね!置いてったりしないでね!」
「しねーよ。じゃなくて」
頭に?マークを浮かべて首を傾げて見せるユノの髪をぐちゃぐちゃにしてノクスは哀しげな表情で言った。
「ごめんな、だめなにーちゃんで」
「??」
「とりあえずこいつは逃げない様に俺が預かっとく。出発とやらはまぁ明日話すわ。じゃユノ、俺今日家帰らずに宿泊まるから」
「ああうん・・・」
ぱたん、と扉が閉められてユノは茫然自失気味に呟いた。
「・・・あ、洗い物終わってない・・・」
「・・・俺も手伝ってやるから」