まいごもの
ユノが住んでいる街は首都から程よく近く、けれどさほど都会ではない割にそれなりに大きく、そこそこ人通りもある。
しかし大きな街ゆえに長年住んでいるユノにも把握できていない場所は多い。
例えば裏通りとか。
「・・・・・・ここってどこ・・・」
斜陽の刺す狭い道でユノは途方に暮れて呟いた。
人はいるにはいるが、みな俯いて早足でユノの横を通り過ぎてしまう。話しかけようとしても軽くかわされてしまうのだから自分で道を探すしかない。
しかし進めば進むほど道は複雑になっていき、最後には袋小路にたどり着いてしまった。
日が落ちようとしている。
レオンは焦って自分を探しているだろう。それとも怒って帰ってしまったか。
それにそろそろ家に帰らなくては家族が心配する。兄も心配性だから遅くなると怒られるだろう。大好きな兄に怒られるのはできれば避けたかった。
息をついて引き返し、最初の曲がり角を曲がろうとした瞬間目の前にぬっと黒い壁が現れた。
どうにかぶつかる直前でユノは身を翻し、鼻に打撃を与えられずにはすんだ。
既視感を感じて見上げると深いフードを被り、口元も黒い布で隠された人間がユノをフードの奥から見ていた。
その背の高さから男性だということが分かる。体系的にはディアンとどっこいどっこいだ。
フードの男は首を傾げ、布に阻まれてくぐもった低い声で呟いた。
「子どもがなんでこんなところに・・・?ああ、迷子か」
「迷子じゃないですーちょっと走ってたら道がわからなくなったんですー」
「それを迷子と言わずになんと言うんだ」
迷子という言葉に反応してユノは唇を尖らせた。自分でも迷子だとわかっていたが、気づきたくなかったのだ。14歳にもなって迷子だなんて!
さらにユノは何か言おうと口を開いたが、はっとした。
フードを被ったどう見ても怪しい男と話している場合じゃない。早く見知った場所にでてレオンに謝らなければ。
フードの横を通って行こうとすると呼び止められて腕を掴まれる。さては人攫いだったか。ユノは一気に顔を青くさせた。
「なんだその顔。傷つくじゃないか」
フードはため息をつくと腰を屈めてユノと視線を合わせた。そしてぱっとユノの腕を離すと両手をあげて自分がユノに何か害する気はないことを表明した。そのうえで真剣にユノに話しかける。
「いいか?ここは夜になると極端に治安が悪くなる。たまたま居合わせたのが俺だったからいいが、次に会うのが人攫いじゃないとも限らんぞ。変態もよくでるしな」
「う・・・仕方ないじゃない、道がわからないんだもの」
ユノはフードが何もしてこないことに安堵してその話の内容に不安げに服を握った。
フードはにやりと笑い、悪戯気に提案する。
「そこでだ、俺が道を教えてやる。俺がいれば変なやつも寄ってこないだろう。どうだ?」
「本当?」
「本当だ」
フードに頷かれてもユノは疑わしそうな目をする。優しくされてもフードには何のメリットもない。
美味しい話には裏がある。安い野菜だってワケがあって安いのだ。たとえは少々おかしいかもしれないが。
フードはそのかわり、と前置きをした。それきた、とユノは身を固くさせる。
「ちょっとお使いを頼みたい・・・いや、簡単なものなんだが」
「何?」
「女物のアクセサリーを買ってきて欲しいんだ。知り合いにあげなくちゃいけないんだが、俺には何かなんだか分からなくてな・・・。それに装飾店は俺には居心地が悪い」
「そんなのでいいの?」
ユノは呆気にとられた。簡単ではあるが確かにフードでは難しいだろう。
その背の高さでは店の天井に頭をぶつけてしまいそうだ。
頼むよ、と軽く拝んで見せるフードにユノは了解の返事を返した。
ひょいひょいと進むフードの端をユノはしっかりと握りながら道を進んでいた。
フードはユノの歩幅を考えてゆっくりとは進んでくれているようだが、それでもユノには十分早く、いささか駆け足で歩かなければいけなかった。
「そういえばそのアクセサリーをあげる女の人ってどんな人なの?それがわからなかったらアクセサリーを選ぼうにも分からないわよ」
「そうだなぁ・・・好きな色は赤っぽいやつな。そしてじゃらじゃらした奴が嫌いらしい。シンプルなやつを頼む」
歩きながら話すフードの声は弾んでいて、その女の人のことを好ましく思っていることが伝わった。
ユノはふむふむと頷き、じゃあ、とさらに突っ込んだ質問をした。
「そのアクセサリーとおそろいのものは必要?」
ぶっっと何かを吹きだした音がして、フードが急停止した。急に止まったフードの背中にユノは顔面から突っ込み強かに鼻を打った。
いったいと涙目になるユノにフードは振り返って噛みついた。
「おま・・・!なんてこというんだ・・・!」
「だってアクセサリーはおそろいのものを持った方がそれぞれの身を守るお守りになるって・・・」
本に書いてあった。
ユノがそう言おうとすると軽く頭をはたかれる。痛さが倍になった。
「馬鹿。首都ではおそろいのアクセサリー付けてると恋人もしくはそれ以上としてみなされるってことは・・・ああ、子どもだから知らないか」
「子どもって!これでも14歳なんですからね!」
「充分子どもだ。ああくそ・・・」
フードは顔を手で覆うとさっさと行って来いと近くの装飾店を指差す。
気づけばユノの見知った場所に出ていて、指差された装飾店も何度が通ったことがある。美しいものばかりと有名な場所だ。
ユノは素直にフードの財布を受け取り、店の中に入って行った。
選んだアクセサリーは赤い宝石のついただけの銀細工のネックレスだ。
金貨が20枚ほどフードの財布から消えて行ったが、それなりの品だから問題はないだろう。
アクセサリーを受け取って店を出るとフードが店の横の小さな路地でこっちだと手招きをしていた。
ユノが近づいてアクセサリーと財布を返す。
フードが袋の中のアクセサリーを確かめるのをどきどきしながら眺める。
「どう?金貨20枚以上しちゃったんだけど」
「ん。これならあいつも満足すると思うぞ。センスあるなぁ。金なら無駄にあるから心配すんな」
そういってユノの頭をぽん、と軽く撫でる。褒められたとユノはくすぐったい気持ちになった。
「ここら辺で大丈夫か?」
「うん。あとは道に沿って行くだけだから」
心配しているように言うフードにユノは大きく頷いて見せた。それからここまで送ってくれてありがとうございます、と丁寧に頭を下げた。
フードはお互いさまだと苦笑した。
そうなのか、とユノが軽く首をかしげているとユノサン!と聞きなれた声がしてユノは思わず後ろを振り返った。
「よかったな。迎えが来たみたいだぞ、ユノサン」
「ユノです」
「そうか」
最後にフードは軽くフードをあげてユノと視線を合わせて笑った。
「じゃあ、また会うときにな、ユノ」
そういうとフードは路地の闇の中に消えていった。
「ユノサン!ああもう心配したんですカラネ!一人で勝手にどこかへ行かないでくだサイ!何かあったらどうするんデスカ!」
「うん・・・」
ぷりぷりと怒るレオンにユノは生返事を返す。
さっき見たものの衝撃がまだおさまらない。
「・・・?ユノサン?聞いてマスカ?あ、大丈夫デシタカ?何か変なことがあったりトカ・・・」
「ここまで送ってくれた人がいたから大丈夫」
「そうデスカ・・・その人はドコニ?お礼を言わなくテハ・・・」
「もう行っちゃった。ちゃんとお礼を言ったから大丈夫よ、それより早く帰らないとノクス兄さんに怒られちゃう」
「そうデスネ。ディアンさんもお腹を空かせているでしょうし」
ああ、そうだ、贈り物は買えましたか?と問うレオンにユノは黙って頭を振った。
そうデスカ、とレオンはユノの手をつかむ。
もう離れちゃいけませんカラネ、と微笑むレオンにユノもぎこちなく笑みをかえす。
フードの男は漆黒の目を持っていた。
兄に聞いたら何か知っているだろうか、とユノは考えつつもなぜか秘密でいたくてこっそりと胸の奥にしまった。