さがしもの
「ノクス兄さん!」
「おー元気だったかユノー」
目を輝かせて手の中の荷物を気にせずノクスへと飛びつくユノ。そんなユノをノクスはくしゃりとした笑顔で軽々と抱き上げてしまう。パン屋の中での兄妹愛に出くわしミリスははあと息をついた。
「メリクリスのお二人さん、仲がいいのはいいけれど出来るなら外でやってくれない?つーかノクス兄でかい。商売の邪魔」
「それは悪かったなぁ。ほら、ユノ出るぞーあ、荷物もってやるから!」
「あ、うん。じゃあまた明日ね、ミリス」
「はいはいまたのおこしをおまちしておりますー」
さっさといけとばかりに手を振るミレスに追い立てられ、ユノとノクスは店の外に出た。
ノクスはユノの荷物をすべて取り上げ、抱える。ユノが持つだけでも息が切れそうな大荷物はノクスにかかると何でもないようだった。軍服の下のたくましい腕が荷物に安定感をもたらし、荷物持ちには もってこいの人材だ。
ノクスがついているのは文官の地位だ。だがその体格、趣味でやっている筋トレでついた筋肉のためそう思われないことが多い。ましてや男にしては細いレオンと比べれば本当に同じ年齢か、と疑いたくもなるだろう。
「ノクス兄さんなんか動物追ってるんじゃなかったっけ?なんでここに?」
「あーそうそう、上司が鬼畜でな。地方を飛びまわされてやっとここまで来たんだよ。寄ったついでに家族の顔でも見てみようかと。あと俺が探してるの動物じゃないから」
「え?でも探してるって手紙に・・・」
「ああ、探してるのは間違いじゃない」
首をかしげるユノににっかりと太陽のような笑顔を向けてノクスは言った。
「けものだよ」
「・・・けものってあの?」
「そう、あの童話にでてくる人になった美しいけもの」
「・・・命令してるのって誰だっけ」
「第5皇子。つまり俺の上司」
「・・・この国って大丈夫?」
「俺も不安に思う・・・いやでもちゃんと王族がけものを探すのには意味があるんだって」
心なしか落ち込んだ声の会話は兄の国を弁明する言葉で遮られた。
本当に?と目で訴える妹を目で本当にと答え、歩きながらノクスは理由を話そうと口を開いた。
「けものの話の最後の方知ってるか?」
「えーと王が欲のためけものから種を奪い、それでけものが嘆いて人の前に二度と姿を現わせないことを誓って、王はその種のおかげで裕福になって国も大きくなったけどけものに会いたいからずっとさがしてる・・・んだっけ」
「そうそう、よく覚えてたな?」
「えへへー」
まさか隣人に嫌というほど読み聞かせられたなどといえない。
感心したようにノクスはユノの頭をがしがしといささか乱暴になで、荷物を持ち直した。
「つまりそういうこと」
「え?そういうことって?」
「王様、王族が探してるから俺が探す。まあ所詮下っ端の方には情報なんてくるわけないよなー」
「んー・・・ノクス兄さん大変なんだね?」
「そうそう、まあなんか情報あったらくれよ?っとついた」
ただいまーと久しぶりの我が家にノクスの声が明るく響く。久しぶりの家族の歓迎に家がいつも以上に騒がしくなる。ユノも顔をほころばすとノクスの後に続いて家の扉をくぐった。
昼食を食べた後。いつもこの時間からがユノの自由時間であり、館へ訪れる時間ともいえる。
食糧を持ってそのまま館に居座るのが常であるが、今日は久しぶりの家族団らんとしゃれこみたかった。
ということで。
「ディアンー?レオンー?いるー?」
今日は部屋に入り込まず、玄関ホールで帰ろうと声を張り上げた。しばらくしてぎいと本だらけの部屋に続くドアが開けられ、出てきたのは埃まみれのディアンだった。
「めずらしいわね、ディアンが出てくるなんて」
「レオンは本屋を見てくるそうだ。ついでによさげな本があったら買ってくるようにとも」
「へえ」
そのままディアンがバスケットの中身を確認するのを手持ちぶさたに眺める。
ディアンがいつも薄暗いところにいるので、その髪や目の色がはっきり見えたことはない。
顔立ちはわかるのだが、それも薄暗闇の中でしか見たことがない。
ディアンを外に出したいというのはディアンをはっきりみてみたいというユノの些細なわがままでもあるのだ。
「これでいいの?」
「まあ明日またもってきてくれれば嬉しいが・・・」
そういってディアンがバスケットを閉めようとしたその時、ぎぎいとユノの後ろのドア・・・つまり館の入り口が空いた。外の光が館内に差し込み、ユノは目を細めた。
光を背負うように人影が館の中に入ってくる。
「おい、ユノ?なんでお前こんなところに・・・っておい」
人影はノクスだった。
隣にある幽霊屋敷に妹が行ったところを見て心配になったのだろう。しかし今ノクスの目は信じられないものを見るように開かれていた。
兄のそんな姿を今までユノは見たことがない。
誰をみてそんな顔をしているのだろう。ノクスの視線を追っていくと光を逃れてユノから距離を開けたディアンがいた。
バスケットはその手になく、警戒心をあらわにして侵入者を見定めようとしている。
歩いて20歩がそこらの距離。けどなぜかその距離が嫌に長く感じてユノは距離を縮めようとディアンに近づこうとした、が腕をつかまれて進むことができない。
誰だと振り向くといつにもまして真剣な顔をした兄がいた。そして確信を込めて口を開いた。
「・・・第3皇子殿下。行方不明のはずの貴方が何故このようなところに?」