猫又は無茶ぶりをする
『じゃあ筆、そろそろ化けてみなさいよ』
『化ける、ですか?』
唐突に言われたわたしは、口をあんぐりと開けたい気分になった。
またこの方は、突然なにを言い出すのだろう。
『そうよ。妖怪は大体のやつが使えるわ。
あんたにもできるはずよ。』
『そう言われましても、わたしは「念」の使い方もまだできていないのですよ。
それに、化けるのをやったことはおろか、見たことすらないです』
『「念」の使い方は十分でしょ、もう教えることもないし。
長旅で退屈なんだもの、そろそろ化ける練習でもすればいいじゃない』
どうやら、暇だから付き合えということだったらしい。
『猫又さんは化けられるんですか?』
と聞くと、猫又は誇らしそうにひげを揺らした。
『当然よ。猫又は人間には「化け猫」と言われるほど恐れられる妖よ?
化ける力で言えば、狐や狸にも並ぶほどなのよ』
『…わたしは筆ですが、化ける力はあるのでしょうか』
正直わたしは化けなくてもいいので、このまま話が流れてくれないかと期待した。
化けるということは、自分が筆の形ではなくなるということだ。
筆でないおのれに、生きる価値などあるだろうか。
わたしは筆だ。筆として使われ、生きていくのが本望なのだ。
それに、こういうときの猫又とは、なんというかあまり話したくないのだ。
絶対に話が長くなるので。
猫又はわたしの問いに、少しの間考える素振りをした。
ややあって、
『わからないわ』
と答えた。
『そうですか、やはりわたしは「念」の練習を続けることにしま『でも』え?』
『つくも神が化けているのは何度か見たことがあるわ。
だからあんたも、頑張ったらできるかもしれないわよ』
『というか筆、あんた面倒くさがっているのがばればれよ』
化けるのを見たことがないって、わたしが普通の猫に化けているのを知っているでしょ。
猫又はそう言って不満そうにわたしをじろりと見た。
わたしは慌てて取りつくろった。
『い、いえいえとんでもない。猫又さんみたいに上手に化けられるかわからないものですから…』
そう言いながらわたしは、ああこういう感覚が「面倒くさい」というものなのか、としみじみ思った。
確かに面倒くさい。
初対面の彼女は、「猫又」らしくしっぽが2本あった。
しかし出会ってからしばらくして、しっぽが1本しかなくなっていた。
猫又に聞くと、坊主の前では普通の猫に化けているのだ、と言った。
もしばれたら、「化け猫」だと言って退治されかねないのだと。
普段はのんびりしている彼女であるが、いろいろと苦労しているのだなと思ったものだ。
『それで、あんたが化ける方法なんだけど』
『…はい』
機嫌を直した猫又が話を続けるのに、わたしはもう逃げられまい、と観念することにした。
つくも神が化けたのを見たことがあるなら、彼らがどうやって化けているのかも知っているかもしれない。
『自分で見つけてちょうだい』
『…えっ』
もしやこの方は、自分でもわからないのにわたしにできるはずだと言っていたのだろうか。
沈黙するわたしに、猫又は目を泳がせて、言い訳するように言葉を紡いだ。
心なしか耳としっぽが下がっている。
『し、しょうがないじゃない。
妖っていうのはいろんなのがいるし、種類によって化け方も違うのよ。
狐や狸は頭に葉っぱを乗せるけど、猫又はそんなことしないもの。
つくも神の化け方なんて聞いたこともないし…』
なるほど。
『つまりわたしも、自分なりの化け方を見つけないといけないと、そういうことなのですね』
『…! そう、そういうことよ!』
わたしの返事に調子を取り戻したのか、猫又は声に力を入れた。
ひとまず、猫又の言いたいことはわかった。
わかったのだが。
猫又がわたしの化け方を知らないのなら、わたしはどうやって化けろというのだろうか。
困惑していると、猫又は背を伸ばして言った。
『だから、特別に私の化け方を見せてあげる』




