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筆だって自分で文字が書きたい~人になりたいのに、異世界で神にされました。~  作者: 嶋田愛那
出会い~江戸編

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筆は猫又と出会う③




猫又に教えてもらった「念」の練習を続けて、どのくらい経ったか。



寺でも、江戸行きのこの道中でも、わたしは飽きずに「念」の練習をしていた。



荷馬車での猫又は、揺れるのをものともせず1日の大半を寝て過ごしていた。



のんびりしたものである。






寺で出会ったこの猫又は、猫らしくとても気まぐれな性格の妖であった。




あるときは、わたしが置かれている部屋で昼寝をし、

またあるときは、ぷいっとどこかへ消え、何日も戻らなかった。



いない間になにをしていたかは聞いていない。

たぶん、よそでねずみを捕まえたり昼寝をしたり、忙しくしていたのだろう。



彼女は坊主たちとも顔見知りであったようで、ねずみを獲ってはよく煮干しをもらっていた。




一度聞いてみたことがある。



『猫又さん、煮干しってそんなにおいしいものですか?』




『当然さ。私ら猫又にとって、干した魚はごちそうだよ。

かつお節なんて手に入った日には、踊りが止まらないねえ。

でも一番いいのはまたたびだね。あれは人が呑む酒よりも気持ちよく酔えるのさ』




『そうなんですねえ。わたしは口がないので、想像しかできませんが。

猫又さんがあんまりおいしそうに食べているものですから』




『ふふん、あげないわよ』




『いらないです』




素直にそう返すと、猫又はつまらなそうに昼寝をしだした。




『強がっちゃって。あなたも口が欲しければ、化けるでもなんでもやり方があるでしょうに。』




そんな言葉をわたしに投げて。



…そんなに羨ましそうにしていただろうか。

たしかにわたしには口がないが。



なにもそんな言い方をしなくても…

少し毛羽立った気持ちになった。



だが、かつて親方の親戚連中に感じた、祟ってやりたいほどの怒りとは別の感情のように思えた。

実際、彼女を祟ってもやり返されるだけだろうし。




またあるとき、猫又はねずみを何匹も捕まえてきた。



『あんたが猫だったら、ねずみの捕まえ方のひとつも教えられたのにねえ』



としみじみ言う彼女に、わたしはなるべくなら遠慮したいと思った。



そんな色々な思い出のある、わたしが猫又と出会い、過ごした寺はもうない。

いま、新しい持ち主と猫又と共に、江戸に向かっている途中である。



江戸行きが決まったとき。わたしは故郷となるこの奈良を離れることに、軸が震えるほど恐ろしいと感じて、気が塞いだ。

商人の手に渡らず、ずっと寺にいたかった。

坊主たちのお経をもっと聞きたかった。



しかし、猫又に改めて身の上話をしたことで、ある事実を理解することができた。




そう、わたしは筆だ。




紙に書き損じた書き物は、もう消すことはできない。




捨てるか、焚き付けくらいにしかならない。




わたしがずっといた奈良も、寺も同じだ。




失ったものは戻らない。




だから、少しずつでも前に進まなければならないのだ。




無理やりにでも身の上話をさせた猫又に感謝しなければ。

荷馬車のすみで、静かにそう心に決めた。



それを猫又に言ってみたら、『随分と辛気くさいことを考えるわねえ』とひげを鳴らしていた。

彼女は、妖怪は長い時間を生きるのだから、故郷なんてさっさと捨ててしまえばいいと言った。



随分とつめたい言い方をしているが、その声はやさしいものだった。

突き放しているようで、実は彼女なりに優しい猫又なのだろうか、と思った。



彼女だけでなく、もしかすると猫とはそういうものなのかもしれない。




そうして、いろいろと吹っ切れてきたとき、旅は江戸まであと半分の道のりであった。






旅が後半になったとき、唐突に猫又は言った。




『じゃあ筆、そろそろ化けてみなさいよ』




聞こえないふりをしたかった。





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