相談屋お筆は葬儀に参列する
翌日の夜。
わたしは八兵衛とともに人力車に乗り、寺までの道のりを進んでいた。
あの川原で浮いていた死体が埋葬されることになったようだ。
わたしたちはその葬式に呼ばれているらしい。
手ぶらで参加するわけにもいくまいと、今朝から八兵衛は少しばかりのお布施や米などの供物を寺に手配していた。
八兵衛が呼ばれたのはそういう大人の事情もあるということは、想像に難くない。
こういう付き合いがあるから、人間というのは面倒なものである。
昨日寝るときに「明日はお筆ちゃんも一緒に行こうね」と言われて首を傾げた。
わたしは猫であるからして、葬式に行く必要がないのだ。
だから明日は八兵衛がいないのか、なら猫又と出かけようかなどと考えていたのだが。
そもそも、動物をそんな場面に連れて行っていいものだろうか。
なんとなくよくない気がするのだ。
『今、わたしも葬式に行くって聞こえた気がするんですが』
『安心しろ、おれもそう聞こえた』
『死体を見つけた本人だからでしょうか』
『葬式に猫って連れていくものなんですか?』
『おれに聞くなよ…』
『ちょっと聞いたことはないですねえ』
『葬式っていうのはどこで挙げるんだい?』
『前に行った回向院だそうで』
『ああ…』
ふたつも察しただろう。
わたしの参加を勧めたのは、間違いなくあの坊主だ。
ずっと考えないようにしていたが、あの人間はいったい何者なのだろう。
なんだかわたしの正体を知っている気がして、薄気味悪いのだ。
猫又も、くれぐれもあの坊主には近づくなと言っていたし。
まあ寺は好きだし、そこに行くことにはまんざらでもないのだが。
誘ってきたのは誰なのかという疑問について、なんともいえない寒気がしてくる。
昼くらいになって、夜に出かけるから寝ておくといいと八兵衛に撫でられるまま眠った。
目が覚めると、わたしは八兵衛と一緒に人力車に揺られていたのである。
今日のところは、八兵衛から離れないようにしつつ、早く終わるのを待つしかない。
「やあどうも八兵衛さん。今日はお筆ちゃんも一緒かい?仲がいいねえ」
「お筆ちゃん、今日もかわいいねえ。大人しくていい子だね」
「あら、八兵衛さんこんにちは。お筆ちゃんもねえ」
「お筆ちゃん、眠くないかい?」
会場である寺に着いてから、すでに来ていた人々に声をかけられた。
猫がいることに眉をひそめる人間がいるかと思っていたが、そこまで嫌な顔をする人がいないのが意外である。
それだけ八兵衛の病的なまでの猫好きが知れ渡っているということだろうか。
嬉しいようなわびしいような気持ちになるものだ。
当の本人はというと、最初こそ愛想よく挨拶を返していたが、早々に投げ出してわたしを構い倒している。
本当に、わたしが絡まなければ有能な商人であるのに。
わたしは元が猫ではないから、肉球を触られたりあごをなでられたりしても嬉しくはないのだが。
よく知っている温かい手が触れているというのは安心するものだ。
『筆さん、この人、筆さんにしか構っていないけどいいんですかね?』
『わたしに聞かれても…』
『寄付金出してりゃ文句も言われねえんじゃないか?』
『というか周りの人、ほほえましい目で見ていません?』
『癒し空間みたいに思われてるってか?いうておっさんが猫構ってるだけだろ』
『だれか注意する素振りくらい見せてくれませんかね…』
『お?坊主たちが来たぜ』
『そういえばお葬式ってなにをするものです?』
櫛がそう尋ねるのも無理はない。妖、特につくも神は基本的に人の営みに興味がない。
「お集りの皆さま、本日はお越しくださりまことにありがとうございます」
僧侶が挨拶をするのをよそに、わたしはふたつへざっくりと説明した。
普通は自宅に遺体があって、坊主が出向いてお経を上げて、そのあと寺に遺体を運ぶ。
そして遺体を墓に入れて土を被せる。
これで遺体の埋葬が終わる。
そうして人は土に還るのだ。
これが普通の埋葬である。
『だったら今日は、なんで寺に集まってるんだい?』
『今回、遺体は寺に安置されていますから、ここで経を上げて墓の場所に持って行く…んだと思います。それから期間をあけて経を上げたりすることもありますが、わたしたちは今日だけでいいはずです』
『なんにせよ、早く終わってほしいですよぅ。夜更かしはお肌の天敵だっておふささんも言ってましたし』
そんな話をしている間、僧侶は遺体が安置されているところに案内し始めた。
八兵衛もわたしを抱き上げて後に続く。
…もしかして、店に帰るまでこのままなんだろうか。
楽だからいいんだけれども。
遺体がある場所は、数十名という参列人数を考えてか少し広めの間であった。
あの人間の葬式に、ここまで多く参列する人がいたことには驚いた。
人徳があったのだろうか。
遺体は白装束を着ていて、顔や皮膚の部分は布で隠されていた。
『そりゃあ、あんな色でぶよぶよしてたら隠すかあ』
『こら鈴さん、そういうことを言っちゃだめですよぅ』
『水死体ですからね、仕方ないって河童さんも言ってました』
心中とか入水とかに魅力を見いだす人もいるようだが、これを見たらそんな阿呆な感情は浮かばないだろう。
わたしたちの緊張感のない会話をよそに、式は滞りなく進んでいった。
僧侶たちが経を上げている最中に、関わりが深い人間から焼香が始まった。
八兵衛はほぼ無関係であるため、後の方である。
ところでわたしは、経といえば般若心経だと思っている。
寺でよく聞いていたのがそれだからだ。
でも、それ以外にもいろいろな種類の経がある。
現に、今僧侶たちが唱えているのは知らない経だ。
機会があったら覚えたいものである。
焼香が後半の方になると、僧侶が上げる経が変わった。
わたしがよく知る般若心経である。
わたしは一度彼に向けて経を唱えたが、もう一度唱えてあげてもいいかと思った。
退屈だったし。
少し遅れて、わたしも般若心経を唱える。
わたしを頼って話しかけてきたあなた。
どうか成仏してくださいね。あなたは意外と人に好かれていますよ。
参加者がこんなにいるでしょう?
そんな思いを込めて。
『摩訶般若波羅蜜多心経
観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時 照見五蘊 皆空 度一切苦厄 舎利子
色不異空 空不異色 色即是空 空即是色 受想行識 亦復如是
舍利子 是諸法空相 不生不滅 不垢不浄 不増不減 是故空中 無色
無受想行識 無眼耳鼻舌身意 無色声香味触法 無眼界 乃至無意識界
無無明 亦無無明尽 乃至無老死 亦無老死尽 無苦集滅道 無智亦無得
以無所得故 菩提薩埵 依般若波羅蜜多故 心無罣礙 無罣礙故 無有恐怖
遠離一切顛倒夢想 究竟涅槃 三世諸仏 依般若波羅蜜多故 得阿耨多羅三
藐三菩提 故知般若波羅蜜多 是大神呪 是大明呪 是無上呪 是無等等呪
能除一切苦 真実不虚 故説般若波羅蜜多呪 即説呪曰 羯諦羯諦 波羅羯諦
波羅僧羯諦 菩提薩婆訶 般若心経』
ちょうど唱え終わって目を開けたとき、八兵衛が呼ばれて立ち上がった。
わたしを抱き上げたまま。
普通こういうときって猫はその場に置いていくものではないのか?
…一緒に参加している時点でもうだめかもしれない。
わたしも一緒に焼香するんだろうか。
手、ないけど。
黙ってされるがままになっていると、八兵衛はわたしを左手で持ったまま線香を上げた。
さすがにわたしに焼香しろとはならないようだ。
そりゃそうかと胸をなで下ろしたとき。
線香の煙がわたしに向かってきた。
風もないのに。
見れば、すぐそこに立っているろうそくも揺れていない。
不思議なことがあるものだ。
すると。
『ありがとう』
確かにそういう念が聞こえた気がして首をひねった。
気のせいだろうか?
『お、おい今の聞こえたか?』
『ありがとうって言ってましたねぇ…そ、それはそれとして怖いですよぅ』
気のせいじゃなかった。
ふたつにも聞こえたようだ。
『遺体の方、でしょうか?』
『それしかいないだろうよ』
『ゆ、ゆうれいですよぅ…』
どうやら彼は無事に成仏できそうだということだろう。
『落とし物をしたんだが~~以外にも喋れたんですねえ』
よかったよかったと言うと、ふたつは呆れたようにため息をついた。
違う、そうじゃない。そうじゃないが。
あの人間が筆に感謝しているのは本当だろうなとも思っていた。
江戸編終盤に差し掛かってきました。




